第9話 LONELY HEARTS ~アンジローの場合~

 「勝手にしてください! もう帰りますからね!」


 そう言うなり安藤は礼拝堂の扉を開けて外に出る。背中にフランチェスカの暴言を受けながら。


 「はぁ……」


 ほんの些細なこと、それも周りから見れば取るに足らないことで始まった口論でケンカに発展し、いつもならスルーするのだが、今回は我ながら大人げなくムキになってしまった。


 はぁ……。


 ふたたび溜息をついてとぼとぼと歩く。と、腹の虫が鳴った。


 そういえば昼メシまだ食べてなかったっけ……。


 商店街のアーケードを歩くと、良い匂いが安藤の鼻腔を刺激する。見れば赤い提灯をぶら下げたラーメン屋が目に入った。

 ごくりと唾を飲む。ポケットから財布を出して中身と相談した結果、店に入ることにした。

 カウンターと小さなテーブル席が三つのいかにも昔ながらのラーメン屋だ。


 「らっしゃい! おひとりさんかい?」


 厨房から威勢の良い声。大柄な体にエプロン姿、頭に三角巾のおばさんが立っていた。


 「学生さん? なら安くしとくよ」


 ありがとうございますと礼を言って安藤がカウンター席に腰かける。

 厨房でじゃっじゃっと麺をザルで茹でる音がしたかと思えば、豪快に丼に投入して慣れた手つきでメンマ、チャーシュー、ナルトを乗せる。


 「あいよお待たせ! チャーシューおまけしといたからね」


 ごとりとカウンターに置かれたラーメンから立ちのぼる醤油スープの匂いが食欲をそそる。


 「いただきます」


 パキッと割り箸を割っておもむろに麺をすする。


 美味しい……!


 麺にスープが程よくからみ、チャーシューは味がしっかりと染みこんでいた。


 「美味しいです!」


 おばさんがにっこりと笑顔になる。


 「学生さん。あんた、もしかしてこないだフラちゃんと一緒に歩いてなかったかい?」


 フラちゃん……?


 「あの、フラちゃんってフランチェスカさんのことですか?」

 「そうそう! そんな名前だったような……おばちゃんもう年だからねぇ」


 外人さんの名前ってなんであんなに長いんだろうねぇとふぅっと溜息をつく。


 「はぁ……で、そのフランチェスカさんがどうしたんですか?」

 「いやね、フラちゃんとは恋人同士なのかな? って思ってね」


 安藤が思わずぶっとスープを噴き出す。


 「いやいや! 別にそんな関係じゃないんで!」

 「そうかい? よくふたりでいるのを見かけるからてっきりそうだと」


 おばちゃん早とちりしたみたいだねと笑う。


 「あの子、お転婆だけど根はすごく良い子なんだよ。こないだ出前に行こうとして腰をやっちゃったところを代わりに行ってくれたしねぇ」

 「そうなんですか……」


 自分の見ていないところでも彼女は人助けをしているようだ。


 彼女らしいな……。


 思わず頬がほころんでしまう。おばさんに悟られないよう丼を持ってスープを飲み込む。


 「ごちそうさまでした。また来ます」

 「はいよ。今度はフラちゃんと来ておくれ」


 ぴしゃりと戸を閉めて、ふぅーっと息を吐き出す。腹が満たされたおかげか、さっきのケンカがどうでもよくなった。

 明日、謝りに行こう。そう決意した安藤は帰路につく。




フランチェスカの場合に続く。

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