第8話 NOEL ~クリスマスキャロル~①
――サンタクロース、そのモデルとなった聖ニコラスはトルコのアンタルヤの司教であった。
若い頃、彼は裕福な家庭から出家した際に三人の娘が貧しさゆえに身売りをすると聞き、私財を投げうって、彼女たちの家に人知れず金貨を置いた。これにより、娘たちは身売りをせずに幸せに暮らしたという。
これがサンタクロースの由来と言われている。(諸説あり)
寒風吹く師走のなか、教会の前にてフランチェスカはジングルベルをハミングしながら、扉にサンタの顔をかたどった飾りやモミの木の飾りつけをする。
「これでよしっと!」
飾りつけを終えて礼拝堂へと入る。そこにもクリスマスツリーが設置されており、そこかしこにモールやベル、オーナメントボールといった飾りが照明を受けてきらきらと輝いている。
「うん!」
礼拝堂の飾りつけの出来栄えも満足だ。
一年のなかでやっぱりクリスマスが好きだわ。
祭壇近くのいつもの長椅子にごろりと横になる。そしてアイマスクを装着してひと眠りだ。
すーすーと寝息を立てていると、ふと人の気配を感じたような気がした。
この時間では参拝者はほとんど来ない。とすれば……。
「アンジロー、あんたなの?」
アイマスクを少しめくる。だが、そこにいたのは友人の高校生の男の子ではなく、可愛らしい少女だった。年は5歳くらいだろうか? 純粋な目でこちらを見ている。
「おねえちゃん、なにしてるの?」
「へ? あー……お昼寝してたのよ。これもシスターの立派な仕事のひとつよ」
へぇえと少女が無垢な顔で驚く。
「ねぇ、おねえちゃん。サンタさんはここにいるんでしょ?」
「え?」
その時だ。扉が勢いよく開かれたのは。
「のえる! ダメじゃない勝手に入っちゃ!」
「ママ、ごめんなさい……でもサンタさんにあいたくて……」
「だからと言って……あら、シスターの方ですか? すみません。うちの娘が……」
謝りなさいと娘の頭を下げさせる。
「いえ、お気になさらずに。教会は等しく皆さまに開かれているのです」
にこりと布教用、もとい営業用スマイルで見習いシスターが微笑む。
「さ、良い子だから戻るわよ」
「でもサンタさんに……」
突然、のえるという名の少女がうずくまった。
「大丈夫!? まさか発作が?」
母が娘の背中をさするなか、フランチェスカはすばやくスマホで救急車を呼ぶ。
†††
「容態は安定しています。きっと無理がたたったのでしょう」
病室にて聴診器での診察を終えた医師が言う。聴診器を外すとベッドに横になっているのえるに毛布をかける。
「しばらく様子を見ましょう。危険な状態になったらすぐにオペをします」
「ありがとうございます! こんなことなら外出なんてさせるんじゃ……」母が深く頭を下げる。
「そう自分を責めないでください。今はのえるちゃんのそばにいてあげてください」
「はい……」
病室の個室の扉がぱたりと閉まる。残されたのはベッドの上で眠っているのえると母、そしてフランチェスカだ。
「ありがとうございます! 救急車を呼んでいただいて……」
「いえ、当然のことをしたまでですから……」
フランチェスカがのえるのほうを見る。
「重い病気なのですか?」
「ええ……この子は生まれつき、心臓に疾患がありまして……心臓移植が必要なんです」
「そうですか……」
その時、のえるが目を覚ましたのか、「ママ……」と声をかける。
「のえる、大丈夫? 苦しくない?」
「うん、もう大丈夫。おねえちゃんはどこ?」
「ここよ。のえるちゃんって言うのね? はじめまして。わたしはフランチェスカよ」
よろしくねとにこりと微笑む。
「うん、よろしくね。おねえちゃん」
ふたりのやりとりを微笑ましく見つめる母が腕時計を見やる。
「いけない! もうこんな時間だわ! ごめんね、のえる。ママお仕事に行かないと……」
「うん。ママおしごとがんばってね」
あの、とフランチェスカが声をかける。
「ご迷惑でなければ私がのえるちゃんのそばにいましょうか?」
「いいのですか?」
「ええ、これもシスターとしての立派な仕事のひとつですから」
「本当にありがとうございます! 何から何まで……」
母がまた深く頭を下げると病室の扉が閉まり、フランチェスカとのえるのふたりきりになった。
「のえるちゃんって良い名前ね」
「うん! あたし、じぶんのなまえすき!」
「そう、良い子ね。ノエルってどういう意味か知ってる?」
「うん! クリスマスのことだってママがいってた。あたしクリスマスがすき!」
「サンタさんも好きでしょ? だから教会のなかに入ったんでしょう?」
「うん……ごめんなさい。かってにはいっちゃって……サンタさんきてくれないかも……」
明るい顔がしゅんとなる。フランチェスカが頭を撫でてやる。
「大丈夫よ。のえるちゃんは良い子だってサンタさんはよく知ってるわよ。実はね、おねえちゃんサンタさんと友だちなの」
ええっ! と少女が驚く。
「おねえちゃんすごい!」
「うん。だから安心してね」
うん! とのえるの顔がぱあっと明るくなる。
②に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます