Trick or Treat ! if Paws cookie

 ほのかはお菓子を入れるバスケットを持ち、廊下に出た。

 ハロウィンの仮装する人は元々少なかったが、生徒会が行事を盛り上げる為に衣装を提供するようになってから積極的に参加する者も増えたという。

 生徒会の用意した衣装が可愛いお陰か、ほのかは廊下を歩いているだけでも通りすがりの生徒からお菓子を貰ったり、記念撮影を頼まれたりした。

 バスケットがいっぱいになったところで、一度教室に戻る事にした。

 教室には誰も居らず、席に戻ってバスケットの中身を空にしようとした時、隣の陽太の席を見て驚いた。

 陽太の席が有ったであろう場所には机も椅子も隠れる程高々とお菓子の山が築き上げられていた。

 何気なくその山を感心しながら見ていると、突然お菓子が小刻みに震えだし、ほのかは全身の毛が逆立つのではないかと思う程驚いた。


「ぷはっ」


 ほのかは本当にハロウィンのおばけでも出るのかと思ったが、それは杞憂であり、山のてっぺんから顔を出したのは陽太だった。


「あ・・・・・・」


 陽太も目の前のほのかに気が付き、お菓子に埋もれた様子を見られ顔が赤くなった。

 ほのかは生き埋めになった陽太を見て、どう反応すれば良いのかに困り、数歩後ずさった。


「ちょっと! 今引いたよね! 地味に傷つくからやめてー!」


 お菓子を掻き分けながら陽太は山から這い出ると、更に椅子を発掘しそこに腰かけた。


「えっと、お疲れ様。お菓子沢山集まったみたいだね」


 ほのかは陽太にならって自分の席に腰掛けた。


【おつかれさま! 私も埋もれるくらいもらってみたい】


 自分のバスケットの中と、目の前の山と比べてこれでは全く足りないと実感した。


「あはは・・・・・・、ちょっと机で寝てる間に皆がふざけて俺の周りにお菓子を積んでいったみたいでさ、殺す気かっての」


 ほのかは改めて陽太の狼男の姿を見て、よく出来ているなと思い見詰めた。


「そんなに見られると恥ずかしいんだけど」


【その耳、もふもふしてみたい】


 ほのかは陽太の頭についている耳が、気持ち良さそうな毛並みに見えてとても気になっていた。


「ん、これ? 触ってもいいよ」


 そう言われてほのかは恐る恐る陽太の耳に触れた。

 自分の猫耳フードの耳とはまた違う素材で、フワフワとしていて、触れているだけで温もりを感じるような、なんだか幸せな気持ちになった。


「そんなに気持ちいい?」


 ほのかが幸せそうな顔をしているのを見て、陽太もほのかの猫耳が気になった。


「俺もその耳触ってみてもいい?」


 陽太がそう言うのでほのかはコクコクと頷いた。


「あー、確かにこれは和むね。幸せを感じるね・・・・・・」


 お互いの耳をもふもふしながら二人は幸せそうな顔を浮かべた。

 暫くして、陽太はお互いの距離がかなり近い事に今更気が付き、顔を真っ赤にさせながら勢いよく離れた。


「うわわっ」


 いきなり陽太が離れてしまって、ほのかはまだもふり足りず、少し残念に思った。


「ご、ごめん! あの、そうだトリック・オア・トリートってやつやろう! はい、これトリック・オア・トリート!」


 陽太は話題をそらそうと思いそう言うと、ほのかにラッピング袋に入ったクッキーを差し出した。

 そのクッキーは犬の様な足の形をしていて、肉球の部分はチョコレートで描かれていた。

 ほのかはトリック・オア・トリートと言うのはこの場合自分の方なのにとおかしくなって微笑みながら受け取った。


【ありがとう。トリック・オア・トリート!】


 スケッチブックにそう書き見せた後、お返しに自分が用意してきた猫の形をしたチョコレートを手渡した。


「サンキュ!」


 陽太はチョコレートを鞄にしまうとお菓子の山に手を突っ込み手頃な袋を二つ取った。


「はい、ケーキ食べる?」


 陽太がくれたのはクリームがたっぷりと入ったロールケーキだった。


【ありがとう。お菓子の数減ってもいいの?】


「これだけあればちょっとくらい大丈夫、大丈夫」


 そう言われてほのかは安心してロールケーキを食べた。

 生地がフワフワで、クリームも程よい甘さで、これを作った人は中々料理が上手いのだろうとほのかは羨ましく思った。

 ケーキを食べ終わり、陽太がこっちをじっと見ているのに気がついた。


「あ、動かないで、顔にクリームが付いてる」


 どこについているのだろうと思い、ほのかは恥ずかしくなり、慌てて右頬を擦った。


「そこじゃなくて・・・・・・、ちょっと待って」


 陽太はほのかの右手首を掴み頬からずらし、顔を近付けると舌でクリームを舐め取った。


「っ!」


 あまりに突然の事でほのかは思わず声が出そうになってしまった。

 そして、陽太の舌の感触が、その熱が頬に残りほのかは顔を紅潮させた。


「ん、うまい」


 陽太はそんなほのかの顔を見て様子が変わった。

 それは何かのスイッチが入ったかの様でもあり、例えるなら、月を見た狼男そのものだった。


「ふぅん・・・・・・月島さん、そんな反応もするんだ。月島さんの声、聞いてみたいな・・・・・・」


 陽太の瞳はいつになくつやめかしく、獣の様で、ほのかは目が離せなくなった。

 握られたままの手には力が入っていて逃げられそうもなかった。

 陽太の顔が徐々に近くなり、このまま食べられてしまうんじゃないかと思った時、陽太はほのかの右首筋を舐めた。

 ほのかは驚き、頬の時とはまた違う感覚に、体がゾクリと震えた。


「ふっ」


 ほのかは声が出ないように左手で口を押さえた。

 陽太は舐めるのをやめず、舌の熱が全身に広がっていくかの様にほのかの体は熱くなった。


「照れた顔・・・・・・可愛い」


 荒く息をしながら陽太はほのかの顔を覗き見てそう言った。


「もっと、欲しくなる・・・・・・」


 陽太はほのかの口元にあった左手も掴んでずらし、真っ直ぐに顔を近付けていった。

 両手を封じられていよいよ抵抗出来なくなったほのかは目をぎゅっとつむった。

 唇と唇が触れ合うかと思った時、陽太は急にほのかの手を離した。

 何が起きたのかと思い、ほのかはそっと目を開けた。

 すると、目の前には頭を押さえて苦しむ陽太と、その背後にはシーツおばけ、もとい冬真の姿があった。


「いってーー」


「黙れ、このドスケベ変態狼ヤロウ!」


 どうやら陽太は冬真に頭を殴られたのだろうとほのかは察した。


「いや、これはその、つい・・・・・・」


「つーいー?」


 冬真の顔はシーツで隠れていて形相も声もほのかには分からなかったが、怒っているのだけはなんとなく分かった。

 冬真が再び陽太に殴り掛かろうとすると陽太はまずいと思ったのか素早くその手を避け、逃げ出した。


「うわわ、やばい!」


「おい、待ちやがれ!」


 二人は教室から出ていき、その場にはほのかだけが残った。

 ほのかはそっと首筋に手を触れた。

 そこにはまだ陽太の温もりが残っていて、顔の熱も当分の間冷めそうになかった。

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