波待ちランデブー
「たっだいまー」
「おかえり、夏輝、今日はひやむぎで良いか?」
「ああ、何でも良い」
そう言いつつもそうめんとかひやむぎとかばかりで普段の食生活は大丈夫なのか夏輝は心配になった。
「天ぷらとか作ろうか?」
「おお、ありがとうな、夏輝の天ぷら楽しみだのう。ふふふっ」
「な、なんだよその笑い」
「いやな、今日はいつもより上機嫌だなと思ってのう」
そう言われて夏輝はドキッとした。
「別に! いつもと一緒だし」
「ふーん、へー、ほー、いつも海から帰ると誰彼構わず刺しそうなナイフみたいな目をしてるくせにのー」
「う、うるせー!」
夏輝は顔を赤くさせながら海での事を思い出した。
確かに、今までで一番楽しかった。
サーフィンをしている時よりも。
「ん?」
夏輝はふとちゃぶ台の上のチラシが目に入った。
それは黒い用紙に華やかな花火の写真が彩られていた。
「花火大会か・・・・・・」
日付は今度の土曜日だった。
「もうそんな時期か。夏輝もその気になる子ちゃんとデートでもしてくればどうよ」
「なっ、べ、別に気になってなんかねぇ!」
「ほー、ほー、ホントかなー」
「~~~~風呂っ!」
夏輝は好奇の視線から逃げるようにまたも風呂場に逃げ込んだ。
「花火大会・・・・・・か」
翌日、海は凪いでいた。
波は低く、なかなか思うような波乗りが出来そうになかった。
「これは今日は無理かもなあ・・・・・・」
あくびをしながら波を待っていると缶ビール片手に千鳥足で海に入ろうとしているスーツ姿の中年男が目に入った。
「ヒィック、海がー、俺を呼んでいるーー。待っててねーん、人魚さーーん」
その男は明らかに酔っていると分かった。
夏輝は溜め息をつくと世話焼き衝動に駆られ男に近づいた。
「おい、おっさん! 酒飲んで泳ぐと危ねぇからやめておけ」
そう言うと男は夏輝の顔を見るなり酒で赤くなった顔もみるみるうちに青ざめ、酔いも一気に冷めたのか、シャキッと背筋を伸ばした。
「ヒィイイイィィィィィイイ、鬼だーーー、助けてーーーー」
そして男は千鳥足も何処へやら一目散で逃げていった。
「お、おい!・・・・・・チッ、またこのパターンか!」
一人でしていると背中を指
その遠慮がちにつつく人物はすぐに誰だか分かり、振り返ると予想通り、そこにはあの少女が居た。
【こんにちは】
「おう・・・・・・」
一目見て、夏輝は頬を赤らめ目を
ささくれだった心が次第にほぐれて癒されていくのを感じた。
【今日はサーフィンしないの?】
少女は海を見ながら砂浜にそんな質問を書いた。
夏輝は海を見た。
風は静かで、空はやや曇り、波は銀色の光沢のある絨毯の様だった。
凪だ。
暫くすれば風向きも変わるかと思っていたがすぐに変わる気配もない。
【今日は波が低くてあまり出来ないかもしれない】
夏輝がそう書くと少女は砂浜にサラサラとあるお願いを書き出した。
【じゃあ、波を待っている間会話の練習に付き合ってくれませんか?】
「ん? 会話?」
夏輝はどういう事だろうと訝しげに首を傾げた。
すると、少女は続けざまに【読唇術の練習がしたい】と書いた。
そこで合点のいった夏輝は「ああ」と言った。
ただ、読唇術の練習と言われてもどういうものなのか、どうすればいいのか全く分からずにいた。
どうしたものかと少女を見ると、少女の少し上目遣いの瞳とぶつかった。
「うっ」
夏輝は見詰められるのに慣れていない為、顔を逸らしたくなった。
【筆談せずに何か質問をしてみて】
そんな夏輝の様子を見かねて少女はそう書いた。
「ええ? えっと・・・・・・じゃあ海は好きか?」
すると少女は暫く考える素振りをすると【月は好き】と砂浜に書き出した。
「んん?」
なぜ月の話になったのか夏輝は疑問に思ったがよくよく考えると口の形から海と月が似ているからだという考えに行き着いた。
【おしい、海だ】と夏輝がそう書くと少女は悔しそうな顔をした。
「じゃあ次、好きな色は?」
夏輝は出来るだけ分かりやすいようにゆっくりはっきりと口を動かした。
少女は一生懸命何を言っていたのかを考えている様子だった。
そして【ピンク】と書いた。
「お、すげーー!」
感嘆の声を上げ、【あたり】と書くと少女は嬉しそうにはにかんだ。
「じゃ、じゃあ次はー・・・・・・、好きな男子は?」
そう言うと少女は真剣に考え出した。
言ってしまってから夏輝は後悔した。
「って、どさくさに紛れて何言ってんだろ俺・・・・・・」
夏輝は後ろを向いてしゃがみこみ、ボリボリと頭を掻きながらそう呟いた。
かなりの時間を使って少女はようやく一つの文字を書いた。
【幸】
「さち・・・・・・?」
男の名前にしては変わっている、それともまだ続きがあるのか、幸一? 幸志郎? などと知りもしない男の名前を考えて夏輝は段々と苛立ちを募らせた。
「くそ、なんかムカつく・・・・・・」
夏輝が心にモヤモヤしたものを抱え、ふてくされ顔をしていたが、少女はその間も次々と砂に文字を書いていた。
【心】
【和】
「ん、なんだそれ?」
それぞれ書かれた文字を見て、そのまま繋げて読んだり、逆から読んでみたり、暗号のように入れ替えたり、色々と試みてはみたがどうやっても人の名前にはならなかった。
そして、一つの答えに行き着いた。
少女は好きな
「ぷっはは、なんだよそれ! 全然ダメじゃねぇか!」
夏輝は笑いながら少女の頭をワシャワシャと掻き乱すように撫でた。
少女はなぜ笑われたのか分からずにいたが、頬をほんのりと染め、主人に撫でられた猫のように気持ちよさそうに目を細めた。
「ぐっ」
そんな少女の瞳とぶつかった夏輝はすぐに手を離した。
【それ、もっと練習しとけよ】
夏輝は心臓がドキドキとうるさく、体温がドンドン上がっていくのを感じた。
その
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