花に嵐

 冬真が廊下を歩いていると携帯が鳴った。

 ディスプレイを見るとそこには『ストーカー保健医』と表示されていた。

 冬真は舌打ちをしながらもその電話に出た。


「はい・・・・・・」


『やあ、お世話係君、職務放棄とはいただけないなぁ』


「別に放棄した訳じゃない。新しいお世話係が勝手に増えて、そいつと行動を共にする気になれないだけだ」


『新しいお世話係?』


「丁度そっちに行こうと思ってたところだけど、その手間が省けたな」


 放課後、教室であった事を冬真は時雨に詳しく話した。


『やれやれ、困るなぁ。こういう時に牽制けんせいするのが君の役目じゃないか』


「そんなの知るか。俺はあの手のタイプの人間が苦手なんだ」


 冬真は保健室に行くルートを変え昇降口に向かった。


『あの手のタイプに限らず、君は女子の事、あまり得意ではないだろう?』


「ぐっ・・・・・・」


 時雨の言う事は事実であり、冬真は反論出来なかった。


「なんでそんな事まで知ってるんだよ・・・・・・」


『うん? どこまで君達の事知ってるか、知りたい?』


「いや、いい・・・・・・」


 なんでも知っているような口振りに冬真は時雨の事が恐ろしくなった。

 一言で言えば、『敵に回してはいけないタイプ』だと理解した。


『それで、そのお世話係の女子についてだけど、僕は認めた覚えはないし、なんとかしておいてくれるかな?』


「ちょ、なんとかって!」


 逆になんとかして欲しい、そう思って冬真は時雨に相談したと言うのにこれでは本末転倒だった。


『じゃ、頼んだよ、お世話係君?』


 冬真が抗議する暇も無く電話は切れてしまった。


「はあ・・・・・・」


 最近厄介事ばかり押し付けられている気がする。

 そしてまたそんな厄介事が増えた。

 冬真は自分でなんとかするしかないのかと諦めながら学校を出た。



 ほのか達は駅までの道を三人で歩いていた。


「あ、ねえねえ、あそこのクレープ屋さん、美味しいって評判なんだけど食べていかない?」


「いや、俺はいいよ。・・・・・・それより、その腕離してくれないかな」


 愛華は陽太の腕を組み、かなり密着しながら歩いていた。


「ええ~? なんで?」


「その・・・・・・当たってるし」


 陽太は小声でそう言い、赤らんだ顔を隠す様に横を向いた。


「あはははっ、何? 照れてるの? 可愛い~。そんなのわざとやってるんだし、気にしなくってもいいのに」


 そう言って愛華はギュッと腕に力を入れ、より一層陽太に密着した。

 ほのかはと言うと陽太達の少し後方を一人で歩いていた。

 最初は三人で横並びに歩いていたが、愛華が陽太と腕を組み歩く速度を上げ、ほのかは一生懸命ついて行こうとしたが、なかなか追いつけずにいた。

 二人の会話は勿論内容が分からなかったが、仲が良さそうにしているのを少し羨ましく思った。

 陽太と冬真の三人で帰っている時も二人の会話は分からない事が多かったが、歩幅を合わせてくれて、たまに気遣うように話し掛けてくれていたのが嬉しかった。


「いや、気にしなくていいとかそう言う問題じゃないんだけど・・・・・・」


「なあに? それともあたしの事、嫌い・・・・・・?」


 愛華は急にしおらしくなり、上目遣いで陽太の顔を覗き見た。

 勿論、男はこう言うのに弱いというのを分かっていての打算的な行動だった。


「ううっ、その・・・・・・、嫌いとかそう言う話でもなく・・・・・・」


 陽太が愛華のギャップ攻撃にたじたじになっている所に、後方から自転車のベルの音がけたたましく鳴った。

 その音に陽太はハッとした。

 この道は他の場所より狭い道だ。

 急に後方に居るほのかの事を思い出し陽太は愛華の腕を振り払った。


「ちょっとごめん!」


 陽太が後ろを振り返り、走り出したが時既に遅く、ほのかは道端に座り込んでいる所だった。


「月島さん! 大丈夫?」


 すぐに駆け寄り、陽太はほのかに声を掛けた。


「怪我とかしてない?」


 心配そうな顔をする陽太に、ほのかはこれ以上心配かけさせまいと笑ってスケッチブックに【大丈夫、ちょっとビックリしただけ】と書いて見せた。

 だが、陽太の顔は後悔と焦りの色がより深まっていた。


「嘘だ」


 陽太はほのかの手を取り見ると、手のひらが擦りむけ、血が出ていた。


「ごめん、俺のせいだ」


 もっとちゃんとほのかの事を見ていれば良かった。

 これじゃお世話係失格だと陽太は思った。

 ほのかは辛そうな顔をしたままの陽太に、何でもないアピールをする為に何か出来ないかと考えたが陽太に手を掴まれてスケッチブックに文字を書く事すら出来なかった。


「あー、大丈夫~? もしかして怪我でもしちゃった?」


 そんな時後ろから愛華の間の伸びた声がし、陽太は振り返った。


「あー、擦りむいちゃってるね。痛そー。あたし、救急セット持ってるし、そこの公園で手当してあげるよ」


「え、そんなの持ってるの?」


「まあねー」


 愛華はカバンの中に、男を落とす為の七つ道具を持っていた。

 その一つがまさしく『急に怪我しちゃった男の子をナースの心で手当しちゃうぞセット』だった。

 そのセットの中には消毒薬、絆創膏、包帯、軟膏等色々と揃っていた。



「はい、出来たよ」


 愛華の応急処置は手際が良く、あっという間にほのかの手には綺麗に包帯が巻かれた。


【ありがとう】


 ほのかは包帯を見ながら愛華の女子力の高さに感動し、目を輝かせていた。


「月島さん、本当にごめんね、俺、もっとちゃんとするから」


 転んだのは自分のせいなのに、これ以上気にしなくていいのに、どうしたらそう上手く伝えられるだろうかとほのかは考えた。

 そして思いついたのが昨日テレビで見た時代劇だった。

 熟練の侍は後ろにも目がついているらしく、背後から襲いかかられてもカッコ良く返り討ちにしてしまう。

 これだ!


【私も修行して後ろに目をつけるようにする】


「ふっ、あははは、月島さん何それ? 忍者にでもなるつもり?」


【忍者じゃなくて侍】


「今時侍とか・・・・・・ククク、悪いけど月島さんには無理だと思う」


 やっと笑ってくれた陽太の顔に、ほのかはつられて微笑んだ。

 悲しい顔をするよりも、陽太には笑顔の方が百万倍似合う、ほのかはそう思った。

 そんな二人の様子を愛華は面白くなさそうに見ていた。

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