第四十七節 明るい未来にむかう
メルダーと和解してから数日が経ち、無事に完治した彼は前線に復帰した。彼が欠けていた分の仕事は四天王や自分が請け負っていたこともあり、特に支障もなく仕事は進んでいる。
ちなみに当のメルダー本人は、己が休んだ分の仕事を取り戻そうとしているのか、次々に仕事をこなしていく。微笑ましくも思えるが、まだ彼は復帰したばかりだ。あまり無理をさせられては困る。
「……あまり無理をしすぎて、また倒れられても困ります。まだ病み上がりなのは変わらないんですから、そんなに焦る必要はありません」
「すみません。ですが最高幹部たるもの、みなの手本になるよう振る舞わないとって思っちゃって」
「貴方はもう、立派に最高幹部の責務を全うしていますよ」
「そう、ですか……?」
不安そうに自分を見てくるメルダーに対して、小さく笑ってから肯定する。ヴァダースに認められたと知ったメルダーは安心したように息を吐いてから、無理な働き方をしていたことを謝罪する。どこか焦っている自分がいたと正直に白状する彼に対して、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「焦る気持ちも分かりますが、最高幹部は貴方一人だけではないのです。まぁその、何かあれば頼ってもらっても構いませんから」
「いいんですか?」
「あくまで私ができることに限られますが、ね」
ヴァダースがそう呟いた後、それならば早速お願いしたいことがあると告げられる。詳細を尋ねると、この場では難しいと説明を受けた。場所を移動してから詳しく話すとのことで、ヴァダースはメルダーと共に訓練場へと向かった。
「実は、俺が意識を失っていた間に空間転移の鉱石の試作品が出来たそうなんです。それで実験のために、時間を作ってほしいとキゴニスから頼まれていたんですよ」
「試作品のデータ採取のため、ですか?」
「そうです」
だがなぜそこで自分の協力が必要になるのか。メルダーだけでは何か検証に不都合でもあるのだろうか。それらの疑問をぶつけ、返ってきた返事はこうだ。
第一に、空間転移の必要性がある状況をいくつか想定しておきたいとメルダーは考えたそうだ。鉱石を使う場面は主に撤退するときだと考えられる。しかし実際にその場に停止した状態での撤退という事態に対して、彼は現実味をあまり感じられないのだそうだ。移動中だとしても鉱石を使用することは可能なのか、戦闘中でも撤退することは可能なのか。そもそも正しく鉱石の効果を発動できるのか。発動後鉱石がどう変化するのか。それらを検証する必要があるのだと、メルダーは話す。
実験はメルダーが主体となって行われるが、戦闘中と仮定するときにメルダー一人では実験が行えない。また彼と同等の力量を持った人物でなければ、検証の意味をなさない。それに加えてメルダーと同等の腕を持つ存在など、このカーサの中ではヴァダース以外に存在しない。
ゆえにメルダーはヴァダースに協力を仰いだ、というわけである。彼の説明に納得したヴァダースは、それならばと彼に協力することにした。
到着した修練場にはすでに、実験の準備に取り掛かっていたキゴニスとボスであるローゲが待ち構えていた。ローゲがこの場にいるとは予想外だったが、彼曰く試作品の効果を己の目で確認しておきたい、とのことだ。
検証の準備が整ったと伝えられ、メルダーとヴァダースも準備する。組み手の要領で手合わせをしてほしい、とのことだ。魔術不使用の状態で鉱石を発動させ、起動するかを確認する。起動に成功したら、空間転移の術が発動するタイミングまでの時間等を計るらしい。時間計測後、次は本格的な戦闘であることを想定した組み手を行う。その際に鉱石を使用できるかどうか、判断もできるというわけだ。
ちなみに鉱石の発動方法だが、その鉱石に多少マナを送るだけでいい、とのこと。
「ってことですので、よろしくお願いしますダクターさん」
「承りました。開始の合図は貴方に任せます」
「わかりました。じゃあ……」
最終確認、とメルダーはキゴニスに視線を送る。メルダーが言わんとしていることを正しく理解できたのだろう、キゴニスは改めて計測用の機材を一瞥してから頷く。それを準備完了だと受け取ったメルダーが、ヴァダースを見据える。
「──いきます!」
メルダーは開始の合図を告げたと同時に、ヴァダースに突進。体重を前足にかけてから突きを繰り出す。
その突きに対して上体を低くして、ヴァダースは回避。そのまま拳を突き出し終わったメルダーの、一瞬の隙を狙う。
身体を低い位置からもとの構えの状態に戻しつつ、一歩踏み込んでメルダーにお返しの突きを繰り出した。しかしメルダーもさすがの身体能力か、ヴァダースの繰り出した拳を手で弾く。
直後、メルダーが蹴りを入れようと自身の前足を上げた。その蹴りは後方に撤退することで回避。
一度合間をとる二人。実験のための組み手とはいえ、お互いいつの間にか楽しんでいたのだろう。ヴァダースもメルダーも、つい笑顔が零れていた。
とはいえ、これはあくまで検証のための組み手。実験を行わなければ意味がない。空間転移の鉱石を発動させるため、次はヴァダースから仕掛けていくことにした。
構えを取り、軽く前進する素振りを見せてから一気に詰め寄る。次に二度突きを出し、メルダーの反撃を防止すると同時に動きを制限させようと試みた。
メルダーはヴァダースの突きを回避するため身を後ろに引くが、それが狙いだ。
二度目の突きのあと、着地と同時に重心を後ろ足へ持っていく。重心が後方に乗った瞬間、前の足にその勢いを乗せて蹴り上げた。
「っ!」
寸でのところで、メルダーに回避される。その後彼はヴァダースから距離を取り、制服のポケットの中に手を入れた。恐らく空間転移の鉱石にマナを注いだのだろう。
しかし戦闘中であると想定しているのだ、自分が手を緩めるはずがない。
メルダーが攻撃する前に近寄り、回し蹴りを繰り出す。慌てながらも身体を低くして、ヴァダースの足の下をくぐる形で回避を試みるメルダー。回し蹴りの着地後はすぐに動けないだろうと考えたのか、己の体勢を元に戻そうとするが──。
「そこです」
着地の瞬間のバネを利用する。完全に体勢を戻せていない状態のメルダーの顔を目掛け、背面からの蹴りを繰り出した。入る、と思われたがメルダーも自分と同じ実力を持つ最高幹部の戦闘員。咄嗟に腕で顔をガード。ダメージを軽減させられた。
だが威力をそこまで削ることはできなかったのだろう。彼の身体は威力に負け、後方へと吹き飛ばされる──はずだったが。
煌々とした赤い光がメルダーを包み込むと、彼の姿をその場から転送させた。
それを見る限り一応、空間転移の効果は無事に発動できたのだろう。
そのことに一安心していたが、ふっ、と自分の頭上が暗くなったことに気付く。同時に、どこか慌てたようなメルダーの声が頭上から聞こえたような気がした、と思った直後のことだった。
「ぐっ!?」
重い何かしらの物体が自分の上に落下してきて、ものの見事にヴァダースはそれと衝突した。突然のことで当然躱せたはずもなく、勢いそのままヴァダースは修練場の床の上に倒れ込んでしまう。
痛みと衝撃に呻いていると、慌てたようなメルダーの声が降り注いできた。
「うわぁああごめんなさいダクターさん!!でもわざとじゃないんです信じて!?」
どうやら落下してきた物体というのは、メルダーのことだったらしい。自分の上に倒れ込んだまま謝罪の言葉を述べている彼だが、とりあえず──。
「謝罪はいいですから、まずはどいていただけますか……?」
恨めしく呟けば、ようやく気付いたメルダーは即座にヴァダースの上から離れる。床に倒れたことで受けた身体の痛みに、呻きながらもどうにか起き上がる。一度大きくため息をついて横を見れば、隣で床に額を擦り付けんばかりの勢いで土下座をしたメルダーが視界に入った。
「大変申し訳ございませんでしたっ……!!」
「……貴方が意図していたわけではないのでしょう?わざとではないのは、理解していますので……」
「じゃあその、許していただけますか……?」
「今回は、大目に見ましょう……」
恐らく空間転移の鉱石が発動した後、つまり転移先については考えが及んでいなかったのだろう。メルダーは今まで自分の血を目印に転移先を選んでいたが、この鉱石に宿っている空間転移の能力は、メルダーのコントロールからは離れている。
それゆえにメルダーが意図しない場所へ転移してしまう可能性も、ありえるというわけだ。これは今後の修正として、課題に挙げざるを得ない。
キゴニスとローゲが二人のもとに近寄る。ヴァダースとメルダーは立ち上がって、彼らと今回の検証について議論する。
「今回の検証は七割方成功、といったところか」
「そのようです。鉱石に融合されている空間転移の能力が無事に発動できたことは、喜ばしいことではありますが……」
「しかしその術式が展開するまでに時間がかかる点は、問題があります。発動前後に時間を多く必要とするのは、戦場においてはかなりの痛手となるでしょう」
「他にも、転移先がこちらで指定できていない点も課題となります。それと、一度使用した鉱石は再利用するのは難しいかと。この鉱石に宿っていたはずの空間転移の能力が、もう感じられません」
とにもかくにも、要改良の余地があるということで今回の話がまとまった。
空間転移の鉱石が完成するのは、まだ少し先のようである。
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