第二十三節 繁栄のための選定試験

 広場に集まった人数は、ヴァダースを含めると全員で十二名となった。思ったよりは参加人数が少ないと感じたが、逆を言えばここに集まっている十二名は、己の力に自信があるものとして考えることができる。

 ちらりと周囲を一瞥したが、各々自信に満ち溢れた表情をしている。それくらいの気合がなければ、最高幹部など務まらないだろうが。などと考えていたら、不意に横から声をかけられた。その顔には明らかに、こちらを軽視している色が見て取れる。自分を馬鹿にでもしに来たのだろうということは、安易に予想できた。


「よぉ、まーさかあのお坊ちゃんまでもが参加するたぁな。とんだ命知らずの馬鹿野郎がきたもんだ」

「どうぞなんとでも」

「へぇ、こんくらいの挑発には乗らねぇか。なんでぇツマンネ」

「何の用ですか」

「なぁに、ライバルになるやつのことは観察しようと思ってよ。ただ、ここには俺様より強そうな奴はいなさそうだ。残念無念。これじゃ、俺様の最高幹部決定は決まったも同然だろうよ」


 その人物は鼻高々に宣言する。確かに自信に満ち溢れていなければ、こんな発言はしないだろう。彼には勝利を確信させる、圧倒的に信頼できるものを持っているのだろうと予測する。だが──。


「一つだけ忠告しておきます。そのように自信があるのは結構ですが、あまり周りを軽んじていると足元を掬われますよ」

「ご親切にドーモ。けど、周りの人間なんて俺が高みに昇るだけの足枷でしかねぇよ。力のない奴は俺様の手となり足となって、死ぬ間際まで使いっ走りにするだけだ」

「……どうやら忠告を受け取る気はないようですね」

「当り前よ。だーれが受け取るかってんだ。せいぜい上に昇れるように頑張るこったな、お坊ちゃん。そんなテメェを俺様の犠牲第一号にしてやんよ」


 それだけ言うと、その男はその場から離れた。自分をからかうためだけに声をかけてきたとするならば、相当にこの試験を甘く見ていると捉えられる。態度から見ても中々の自信家なのだろうが、果たしてその自信だけでこの選定試験を乗り越えられると思っているのだろうか。一つため息をつくと、そのタイミングで一ヶ月前と同じように、ボスであるローゲが壇上に上がる。


「さて。ここに集まったということは諸君らは、最高幹部の選定試験の受験希望者ということだな。十二とは中々の数字ではないか、よい向上心だ。ではこれより選定試験のルールを説明する。心して聞くように」


 ローゲによる選定試験説明は、思っていたよりはシンプルなものだった。

 まず十二名の人員を二つのグループに分け、トーナメント方式による模擬戦闘を一次試験として行う。それぞれのグループで勝ち上がった勝者二名のみが、次の学力試験となる二次試験を受けることが可能。そこで正解を見つけたものが、最高幹部の地位を与えられることになる、とのことだ。


「なおこれらの試験の最中は私自らが試験官として、諸君らを監督する。万が一にも私の意にそぐわない行動をとった者は即時失格と見なし、カーサからの永久追放と処するので心しておくように」


 その言葉に全員が納得の意を示す。そして次に、模擬戦闘を行う一次試験の肝心のグループ分けの発表がされる。ヴァダースは、二番目のグループに配属された。ちなみに説明前にヴァダースに絡んできた男は、一番目のグループの配属だった。

 そしてその模擬戦闘試験は同時に行うということだが──。


「ボスおひとりで、二つのグループを同時に監督されるのですか……?」


 受験者の一人がおずおずと手を挙げ、発言する。その発言は受験者全員が抱えた疑問でもあった。ボスは一人しかいないというのに、どのようにして二つのグループを同時に監督するのだろうか、と。

 その疑問に対しローゲは小さく笑い、一つの印を結ぶと術を発動させた。直後、ボスは一人から二人に分裂──いや、分身と言った方が例えが合っているかもしれない。なんにせよ、二人に分身したローゲがこれなら問題あるまい、と答えた。


 受験者たちは納得し、会場となる修練場へと向かった。正式な戦闘員用の修練場は地下空間ののそれよりも、場所を広く取ってある。ここでなら、二グループが同時に戦闘を行っても邪魔にならない。

 準備が整えられた修練場に到着した受験生たちは、各々のローゲの指示に従ってトーナメントを開始する。模擬戦闘は相手をダウンさせた方の勝利。魔術行使は無制限。しかし相手を殺害、またはそれに値するダメージを与えた者は失格というルールだった。


 ヴァダースはその中で順調に勝ち進み、グループ内の決勝戦まで駒を進めることができた。まずは目の前の相手を倒せば、第一関門の突破だ。ここまで連戦が続いていたが、まだ体力もマナも十分に余裕がある。

 相対した人物は小さく笑うと、構えをとる。ヴァダースも隙を与えない構えをとり、相手を見定めた。

 目の前の男の戦い方は、この模擬戦闘で目にしていたことで理解していた。攻撃の瞬間はもちろん、移動している時でさえ音を立てていなかった。無音の状態で、相手の急所を狙い打撃を与える戦い方。通常ならばそんなことが、なしえるわけがない。人間は接近戦を持ち込むときはどう動いたって、音が鳴ってしまうものだ。その絡繰りさえ解けてしまえば、あとはシンプルな体術勝負に持ち込める。


「ではこれより、第二グループ決勝戦──始め!」


 ローゲの、開始を告げる声が発せられた。目の前の男は相変わらず笑いながら、まずヴァダースに話しかけた。


「ラッキーだぜ、まさか元お貴族様のダクターお坊ちゃんとお手合わせできるとはなぁ。こんな機会滅多にないんだ、せいぜい楽しませてもらうぜ」

「……あまり私を見くびらないでいただけますか?」

「見くびっちゃあない。アンタの戦い方はたっぷり見させてもらったんでな、おかげで攻略法が分かったぜ」

「攻略法……?」


 ヴァダースの呟きに対し、男はこういうことだと術を発動させるためにマナを集束する。彼のもとへ集まっていくのは水のマナだ。


「"水を操る守護天使ヴァッサーシュッツエンゲル"!」


 術の発動後、一瞬見えた膜のようなものに包まれた男の姿が消滅する。

 何をしたのかと思考しようとして──。


「ッ!?がっ……!」


 右わき腹に、強烈な衝撃を受けた。

 思わず右の腹に手を添えたヴァダースに、男の声が響く。


「アンタ、随分と目がいいんだなぁ。オマケに耳もいい。戦ってた時、アンタは常に相手の動きを耳で聞いて目で追ってた。戦闘においちゃ基本中の基本だが、極めればそいつは圧倒的なカウンター力として威力を発揮する……そうだろぉ?」

「っ……」

「だったら、俺との相性は最悪さぁ。アンタだってわかってんだろ?俺の動きには音は発生しない。加えて今の術で光彩を妨げて姿を消してしまえば、アンタは俺を感知できなくなる。つまり──」


 男の言葉に続くように、ヴァダースは受け身をとる前に体の複数個所にダメージを受ける。男の狙いは毎度、急所を少し外した部分。まるで、急所なんていつでも狙えると言われているようだ。


 男の連続攻撃の前に、思わず片膝をつく。

 考えろ、見えない相手にどう対応する。


 音のない動き、それを可能にするメカニズムは何か。最初に相対したときに分かったが、男は普通の人間だった。人間である以上、攻撃の際の音を完全に消すことなど不可能だ。しかし実際に現時点で、その不可能を可能にしている。その点とはいったいなんだ。

 相手の不意を突き、確実に仕留める。まるで狩りをする鳥のような──。


「そういうことか……!」


 メカニズムは把握できた。この仮説が確定したものならば、今のヴァダースにその術を解除することはできない。そこまでの技量はまだ持ち合わせていない。


「完全に手がないわけではないです……!」


 対抗する手は一つ。そのためには、相手に気付かれないよう相手を自分の領域内に、己もろとも閉じ込めてしまえばいい。

 範囲は第二グループの戦闘区域内。イメージする形状は半円。


「"空間支配するは風の使いヴィントエスパース"!!」


 行使したのはドーム型の防御魔術。普段なら相手の攻撃を防ぐための術を、ヴァダースは己と男を閉じ込める檻の意味合いを含めて発動した。そして続けざまに、もう一つの術を発動させる。


「"冥界の神の言の葉トートシュピールドゥーゼ"!」


 己を中心として空間上に拡散する、風のマナを使用した衝撃波を生み出す術。空気を振動させる術を発動させたヴァダースを、男はあざ笑う。


「見えないからって闇雲に攻撃しても意味ないっしょ!」


 男の声が聞こえる。ドーム状の空間で、空気が振動する。相手は自分が自棄を起こしたのかと考えていそうだが──。


「──そこですっ!!」


 振り向きざまに、拳である一点を殴りつける。手には確かな感覚。そして地面を滑ったであろう音と土煙。間違いない、男は自分の背後にいた。そして今、己に殴られた。それを確証させるかのように、動揺した男の声が聞こえた。


「な、なんで……!?」

「私には今も貴方の姿は見えませんが、貴方のいる場所は確実に把握しました。私が何故続けざまに術を発動させたと思いますか?」

「そんなの、わかるわけないだろ!」

「ではお教えしましょう。私が発動させた二つの術には、ある役割がありました。一つは音を反響させる空間を作るため。そしてその反響させる音を発生させるためです」


 音は物体に当たると反響する習性がある。それを利用して、相手の位置を探ったとヴァダースは説明した。いくら姿を隠せる術だとしても、それがマナによって生成され、実体化された物体であるならば。届いた音が反響するのは自然の摂理。

 男の発動させた術に音が直撃した際に発生した、僅かな揺らぎをヴァダースは捉えた。それにより、その場に男がいることが確実と理解できたのならば、あとは腕なり足なり拳なりを繰り出せばいいだけの話。


「そして貴方の、音の発生しない動きもわかりましたよ。貴方の動きは、フクロウが狩りをする時や飛ぶ時と同じメカニズムだった」


 フクロウはその翼に特殊な風切り羽が備えられており、それが音を消す働きをするのだ。ギザギザの切れ込みが入った羽が動く際に発生する空気を抜いて、音を発しにくくさせる。これがフクロウの風切り羽の特徴だ。この男はそれを、マナを利用して再現させたのだろう。

 そこまで言うと、明らかに男の声が動揺に震えたことが分かった。その声を聴く限り、ヴァダースのこの仮説は当たっていたようだ。


「これで、貴方の攻略法が分かりました。貴方は既に私の演奏会に招かれている。あとはこちらの番ですよ!!」


 その言葉を皮切りにヴァダースは男に反撃の手を加える。動揺していた男に対処することはできず、そのままヴァダースの攻撃を全身に浴びる。そしてそのままダウンしてしまい、起き上がることはできなかった。ローゲが宣言する。


「……勝負あり。勝者、ヴァダース・ダクター!」


 ローゲの言葉を聞いたヴァダースは、一つ大きく息を吐くのだった。

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