第四十四節 夢かなう
「それで……試験の結果は、どうだった?」
孤児院に来たルーヴァが、不安そうな面持ちで食堂にいたスグリとヤクを見る。彼らは顔を見合わせてから満面の笑みでルーヴァに報告する。
「二人とも、無事に合格!」
「次の4の月から、二人とも士官学校に入学します!」
二人の報告に、ルーヴァも歓喜を表情に表して彼らの合格を祝福した。まるで自分のことのように祝ってくれるルーヴァを前にしたら、今までの苦労が報われたような気がした。おめでとう、と繰り返すルーヴァに礼を述べて、ようやく息を吐く。
「本当におめでとう、二人とも!」
「ルーヴァさんが勉強を教えてくれたから」
「ううん、キミ達二人が諦めないで努力したからだよ。これまでよく頑張ったね」
「ありがとうございます。これでまた、目標に近付けました」
ようやく肩の荷が下りたような気分になると同時に、長かった受験勉強から解放されたこともあってか、二人のテンションは高い。おめでとうとありがとうをしばらく繰り返した後、今後のことをルーヴァに伝える。
数週間後に士官学校で入学前説明会があり、そこで入学の際に必要になってくるものなどの説明を受けるのだそうだ。士官学校入学の入校日なども、その日に伝えられるらしい。それまではまた、気ままな学生生活に戻る。
「でもこれで、あとは学園を卒業するだけだな」
「うん。一段落ついたね」
「お疲れ様。でも気を緩めすぎないこと、いいね?」
「はーい」
気の抜けた返事だったが、仕方ないねとルーヴァは咎めることはなかった。長かった受験期間が終わり自由の身になれた解放感に浸りたい、というスグリたちの気持ちを汲み取ってくれたのだろう。一度安堵の息を漏らしてから、彼は告げる。
「何はともあれ、本当によかった。士官学校は厳しいところだけど、卒業したら無事に軍に所属することになる。そうなったら、僕とキミたちは同志だ」
「俺たちとルーヴァさんが、同志に?」
「うん。強くなったキミ達のことを、僕は軍で待っているから。頑張ってね」
「……!はい、頑張ります!」
それからその日は将来の話に花を咲かせながら、目標の一つを達成したという余韻に浸るのであった。
それからは残りの学園生活を食いの内容に過ごしつつ、士官学校で入学前説明会にも赴き、順調に平和な日々を過ごしたスグリとヤク。それからまた数日経った頃、いつものようにルーヴァが孤児院を訪れる。スグリとヤクも下の子供たちの面倒を見ながら、彼との会話を楽しんだ。その中で、士官学校についてのことを相談する。
「そういえばこの間入学説明会に行ったときに教えられたんだけど、入学後訓練で使う自分の武器は、自前のものでもいいって……」
「ああ、そうだね。もちろん支給される武器を使う生徒もいるだろうけど、大抵は自分の手に馴染んでいる武器を使用する生徒の方が多いね。武器と一口に言っても慣れない武器を使うのは大変だし、支給される武器が必ずしも自分にとって良いものとは限らないから」
「そっか……」
「もしかしてスグリ、自分が使いたい武器が支給されるものの中になかったらって、考えてる……?」
ヤクの予想に、頷くことで肯定する。何度も目にしてきたように、ミズガルーズ国家防衛軍で主に使われている武器は自分が使っていた"刀"とは、形状から何もかもが異なる。剣術も当然、ミズガルーズで使用されている剣を基にしている。
ヤクの許しもあり、アウスガールズで主流とされている剣術を極めると決めているが、今のスグリには己の武器となる刀がない。武器がなければ必然的に、士官学校では支給される武器を使用することになる。
そのことで悩んでいると白状すれば、嫌な顔一つせずにルーヴァが助け舟を出す。
「それなら、僕が買ってあげるよ。もちろん、ヤクの武器も一緒にね。魔術具にもいろんな種類があるから、自分に合った魔術具を用意しよう」
「でも、いいのか……?」
「もちろん。僕は二人の保護者なんだ。成長のために必要なものを買ってあげるのは、親代わりとしては当然の責務さ。なんなら、今から一緒に買いに行こう」
「……!ありがとう、ルーヴァさん!」
「ありがとうございます!」
「これくらいお安い御用だよ。じゃあ早速出かけようか」
まさに鶴の一声。ルーヴァの提案で、二人は自分が使用する武器を入手するために街の商店街へと足を運ぶ。様々な武具店の中から、二人に合う武器を拵えるための店へと向かった。そこそこ広さのある店内に入れば、他にも自分たちと同じような歳の青少年たちがそれぞれ武器を吟味している。
「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件でしょう?」
「今日は、この子たちの武具を誂えたくて。魔術具とあと、刀はありますか?」
ルーヴァの言葉に、店員は魔術具ならすぐに用意できると告げる。しかし刀に関しては、この店では扱っていないと返事を返された。恐らくこの周辺の武具店はどこも同じような状態だろう、という店員の言葉にスグリはショックを受ける。
予想はしていたが、やはりミズガルーズで刀を拵えるのは難しいらしい。アウスガールズの剣術を極めるのは、諦めるしかないのだろうか。そう考えていたが、その店員はでも、と言葉を続ける。
「この商店街から一歩路地裏に入ったところに、アウスガールズ地方専門の武具店がありますよ。もしかしたら、そこに行けば刀もあるかもしれません」
「本当ですか!?」
「ええ、腕のいい鍛冶師がいるとも聞きます。そこでなら、お客様が求める武具もあるかと思われますよ」
「よかったね、スグリ」
「ああ!」
店員の言葉に安堵したスグリは、我に返って己のことよりヤクのことだと話題を変える。店員とルーヴァから、魔術具について聞くことにした。
魔術具は主に、道具に宿っているマナを己のマナで発動させて使うものと、マナの体内循環機能を底上げして術を発動させるものの、二つに分類されるのだそうだ。前者は自らの「血中マナ含有量」の値が低い者が術を使うための道具であり、後者は「血中マナ伝達量」の値が低い者が術を使うための道具、とのこと。
この「血中マナ含有量」と「血中マナ伝達量」はそれぞれ「血液中に含むことのできるマナの量」と「体外に魔力を放出する際の血液中を流れるマナの伝達力」だったなと、受験勉強の時に必死に覚え直した内容を思い出す。加えて確か「血中マナ伝達量」は「血中マナ含有量」の値を高めて魔術の修行を重ねることで、その値が大きく変化していくものだったはず。
「ちなみに僕が武器として使っているのは、予めマナが宿っている魔術具だよ。実際僕の血中マナ含有量の値は、そんなに高くはないんだ」
「そうなんですか!?」
「本当だよ。だから僕が強いのは、それだけ強力な魔術具を使っているからなんだ。軍人としては、恥ずかしい話かもしれないけどね」
そう呟いて苦笑するルーヴァだが、その言葉を店員が訂正する。
「しかし、そういった魔術具は使用者本人がその性質を理解しなければ、本来の威力を発揮することはできません。魔術具の威力を十二分に発動しておられるヴァイズング様はまさに、ミズガルーズ国家防衛軍随一の魔術師にございます。まさに、海風の札使いの異名にぴったりです」
「海風の札使い?」
初めて聞く単語にオウム返しで尋ねれば、ルーヴァが気恥ずかしそうに顔を赤らめながらも説明する。彼が使用する魔術具は二十二種類の札であり、それぞれの札にマナが込められている。それを自在に扱うルーヴァの姿を見た一般人が、いつしか彼のことをその名で呼ぶようになったのだとか。
一般人に憧れられる姿のルーヴァを見て目を輝かせたスグリとヤクだが、本題から話が逸れていると諭される。今の目的は、ヤクの魔術具を決めることなのだからと。
まずはどちらの魔術具を使用するか。学園での健康診断の結果から、ヤクの「血中マナ含有量」が平均を大きく超えていることは認知していた。よって選んだ魔術具は、マナの体内循環機能を底上げして術を発動させるものに。
次に形状だが、これは好みに左右されると説明を受ける。様々な形がある魔術具の中から、ヤクは一本の杖を手にした。まるで氷樹を切り取ったかのようなその杖を手にして、まじまじとヤクはそれを見つめる。
「それがいいのか?」
「うん。どうしてかは分からないけど、手に馴染むって思ったんだ」
「そういった直感は、強い魔術師になるうえで必要にもなってくるよ。気に入ったようだし、それにしようか」
「はい、これがいいです!」
そのままヤクの魔術具を購入して店を後にした一行は、先程の店員から教えてもらったアウスガールズ地方専門の武具店へと向かった。そんなに離れた場所にあるわけではないらしい、伝えられた通り裏道に入れば、それらしき店が視界に映る。
どこか懐かしさを感じさせる平屋の建物は、店内に入ると一人の壮年の男性が刀を研いでいた。店主だろうか。あまりにも真剣な顔つきで研いでいたために声をかけづらかったが、男性の方から声をかけられた。
「おう、なんだ?冷やかしなら帰ってくれな。俺ぁそこまで暇じゃねぇ」
「あ……いえ、違います。この子が使う刀を用意したいんです」
「ああん?」
店主の言葉に、いち早く我に返ったルーヴァが冷静に返す。彼の言葉に店主はやや面倒くさいと言わんばかりにスグリを見て、しかしすぐに、まるで見定めるような視線をスグリに投げかけた。思わず後ずさりしそうになったが、無言で店主を見つめ返してみる。
やがて店主は立ち上がると一度店の奥へと向かい、帰ってきたときには一振りの刀を手にしていた。太刀くらいの刃渡りはあるだろうか。
「小僧、こいつを使ってみろ」
「え?あ、はい……」
店主から差し出された刀を手に持ち、試し切り用に設置された藁の前に立つ。抜刀の構えを取った時に、スグリはある感覚を覚えた。初めて手にする刀であるはずなのだが、まるで随分前からこの刀を使っていたような錯覚に陥る。違和感を覚えてしまいそうなほど手に馴染む。一度呼吸を落ち着かせてから、抜刀して藁を斬った。
その瞬間、今しがたの感覚が確信に変わる。自分に合う刀はこれだ、と。スグリの身長では扱いづらいはずの刃渡りの太刀であるにもかかわらず、まるで太刀に自分が身長で劣っていることを許されているような、そんな感覚だ。
一人感銘を受けていると、満足そうに店主が笑う。
「どうやらお前は、刀に認めてもらえたようだな」
「刀に、認めてもらえた?」
「刀にもいろいろ性格ってのがあってな。扱いづらい奴や、斬りにくい奴なんかもいるもんだ」
スグリに今渡した刀は店主が打った刀の中でも、特に気難しい奴だと話を聞かされる。複数の購入者がその刀を試そうとしても、藁の一本すら切れなかったらしい。
「そんなことが繰り返し起きたもんで、ある日を境に店には置かなくなった。だからそいつは、店の裏でずっと錆びるのを待つばかりだったんだよ」
「そんな風には、感じなかったな……。俺、この刀をずっと前から知っているみたいに扱えたぞ?」
「そいつが刀に認められた証ってもんだ。きっとそいつは、お前に出会うのをずっと待ってたんだろうよ。相性が良かったってやつだ」
しかし何故、藁を一本も斬ることができない刀と分かっていながらそれをスグリに差し出してみたのかを尋ねる。店主が言うには、スグリの瞳の中に澄んだ風を感じたとのこと。その風はどこまでも凪いでいて、しかし容赦のない風なのだとか。店主の中の一種の勘のようなもの、らしい。
「どうだ小僧、使ってくれるか?」
「ああ、もちろん。こいつと一緒に、強くなりたい」
「そうか、あんがとよ。そいつの名前は"
手渡された刀──雄風の刃を見てから、スグリはその刀によろしくなと声をかけるのであった。
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