第三十節  うれしい便り

 ルーヴァからミズガルーズ国立魔法学園について聞いた日から、少し経過した頃。再び孤児院に顔を出してくれたルーヴァに、二人は早速話を持ち掛けた。

 本当は学園に行くと決めた翌日に話すつもりだったのだが、ルーヴァも忙しい身であり中々孤児院に来ることができなかった。先にリゲルに話してもよかったのかもしれないが、二人の中でまずはルーヴァに一番に報告したいという思いが強かったこともあり、今まで胸の内に秘めていたのである。


 いつものように休憩室でお菓子の準備をして、いつものように椅子に座る三人。ルーヴァは二人の様子がいつもと違うことに気付いたような表情をしたが、あえて黙っていてくれている。その様子から、自分たちから例の話題を出すのを待ってくれているのだと気付いたスグリとヤクはあの、と切り出す。


「ルーヴァさん。俺、学園に行きたい」

「僕も、行ってみたいです」

「……行きたくなった理由を、聞いてみてもいいかな?」


 ルーヴァの問いかけにまずヤクが、スグリに話した内容を説明する。

 今より強い自分になりたい、命を託してくれた人たちのためにも、いろんな経験を積みたい。初めて聞いた時にも感じたことだが、出会ってからヤクがここまで成長していたことに驚かされた。いつも周囲を警戒して、心も体も傷だらけで震えていた彼が。こんなにも自分の意見を、はっきりと伝えられるまでになるなんて。自分のことのように誇らしく思う。

 ヤクの説明が終わり、スグリの理由も聞かせてほしいとルーヴァは声をかける。


「俺は、この間も言ったように魔術とかそういう難しいことはすぐにはわからない。だけどその学園は魔法以外にもいろんなことを学べるところって聞いて、知りたくなったんだ。今はこうして幸せな毎日を生きているけど、どうしてヤクみたいな子供がいるんだろうって」

「スグリ……」

「知れたら、守れると思って。だから俺も、俺なりの強さを見つけてみたい。孤児院にいるだけじゃ知れないことを知れるってわかるのに、行かないなんてもったいないって思ったんだ」


 ルーヴァにまっすぐな気持ちをぶつけた二人。彼はただ静かに聞いていたが、やがてふっと表情を和らげる。そして一言、よかったと言葉を零した。その意味が分からずに首をかしげると、彼はこう話す。


「僕から勧めておいてなんだけど、二人に学園に行くことを強要してしまったんじゃないかなって、少し心配に思ってたんだ」

「ルーヴァさん……」

「だけどキミ達は自分たちでしっかりと考えて学園に行くことを決めたんだってわかって、安心したよ。二人とも、最初に出会った時よりもしっかりと成長してるね。それを知れて嬉しいよ」

「俺たち、ちゃんと成長できてる?」

「もちろん。ずっと見ているから僕はわかるよ。……さて、そうと決まったら、いろいろと準備が必要になってくるよ。必要なものを紙にまとめて、入学前に必要なものを一緒に買いに行こう」


 楽しそうに笑うルーヴァにつられ、二人も笑顔で行きたいとせがむ。善は急げと、三人は早速街に買い物に出かけることにした。必要なものは意外と多く、買い物は夕方まで時間がかかった。両手にたくさんの荷物を抱え孤児院に帰ってきたときには、夕日が街を照らしているところだった。


「疲れたねぇ」

「両手いってぇ……」

「重たい……」

「夕ご飯まで一休みしておこうか」


 ルーヴァの言葉に賛成する二人。自分たちの部屋に荷物を置くと、ベッドの上に倒れ込んでしまう始末だった。そんな自分たちの様子に苦笑しながら、ルーヴァは二人にねぎらいの言葉をかける。


「二人ともお疲れ様」

「必要なものって、思った以上にあったんだ……」

「知らなかった……」

「まぁ二人は中等科からの入学だからね、どうしても荷物が多くなっちゃうのは仕方ないことだよ」

「疲れて動けない……」

「僕も……」

「ゆっくり休んでいいよ。……あとそうだ。僕は明日も休みだから、明日は制服の採寸をしてるお店に行こうね。制服を作ってもらうために必要なことだから」


 その言葉に元気に返事を返せる体力の余裕はなかった。ベッドに突っ伏しながら「はーい」と間抜けた返事を返すだけで精一杯であり、それから夕飯に呼ばれるまでぐっすりと眠っていたのであった。

 夕飯後、体力の戻った二人は改めてルーヴァに呼ばれる。明日の予定だろうかと考えたが、どうやら違う様子だ。どうしたのだろうかと首をかしげながらもいつものように椅子に座る。話を切り出したルーヴァの表情は、どこか真剣なものである。


「……二人に、聞いておきたいことがあるんだ」

「改まってどうしたんですか、ルーヴァさん?」


 初めて見る様子のルーヴァにどこか不安を抱きつつ、彼の言葉を待つ。ややあってから、ルーヴァは話を切り出す。


「学園に通うにあたって、必要なことがあってね」

「必要なこと?」

「そう。入学前に書かなきゃいけない用紙に書く内容で、保護者を書く欄があるんだ。通常なら父親とか母親を書くんだけど、キミ達は今孤児院での保護児童って扱いになってる。……ここまではわかるかな?」

「つまり、俺やヤクには正式には家族がいない状態ってこと……なんだよな?」


 スグリの言葉にそうだと頷くルーヴァ。それなら保護者の欄は、孤児院の院長であるリゲルの名前を記入すればいいじゃないか、と尋ねる。その質問に対しルーヴァは普通ならそうだね、と苦笑した。その反応を見て、増々彼の言葉に疑問が浮かぶ。彼の様子を窺っていたが、やがて意を決したようにルーヴァが二人に告げた。


「その保護者の欄なんだけど……実は、僕の名前を書こうと思っているんだ」

「ルーヴァさんの?」

「うん。役所に書類を出して、正式に僕が二人の保護責任者になろうって思ってる。簡単に言えば、二人を僕の家族として守っていきたいってことだよ」


 ルーヴァの告白に、スグリとヤクは互いの顔を見合わす。彼の言葉の意味は分かる。しかし、彼が何故そこまでしてくれるのかを理解できないでいた。確かに二人は彼に助けられ、今でもよく自分たちを見てくれている。それだけでも十分にありがたいのに、それ以上のことをしてくれる理由がわからない。


「それは嬉しいけど……どうして俺たちのために、そこまでしてくれるんだ?」

「理由を、教えてほしいです」


 ルーヴァに疑問をぶつける二人。ルーヴァも彼らの言おうとしていることが何なのか、理解しているようだ。そうだね、とどこか懐古に目を細めながら答える。


「二人を助けたのは正直、最初は憐れみからだった。たった子供二人で大陸を渡る、しかも密航までしてなんて、そんな悲しいことがあってはならない……ってね。ボロボロで傷だらけで、どんなひどい環境にいたらこんな風になってしまうんだろう。この子たちはなんて不憫でならないんだって思ってしまってた」

「……」

「でも二人を見ていくうちに、愛おしく感じ始めたんだ。子供ながら一生懸命に生きて、笑っているキミ達を見て、心から守りたいって思えるようになったんだよ」


 そう思い始めたのは、二人の大喧嘩を仲裁した頃からだったという。秘密裏にスグリたちのことを調べ、二人が深く傷ついていることを知った。癒えきれていない傷を抱えながらも、毎日を一生懸命生きている。そんな二人に対して自分は何ができるのだろうか、と考えていた矢先のことだったらしい。


「一緒に過ごしていくうちに、弟がいるのってこんな感じなんだろうなって思ってね。いつの間にか僕自身が、二人といるのが楽しいって思えるようになったんだ」

「ルーヴァさん……」

「この子たちを幸せにしてあげたい、幸せにしなきゃいけないって思った。そこで一番最初に何ができるかなって考えついたのが、二人を守る盾になることだったんだ」

「盾に……?」

「そうだよ。保護責任者になれば、二人を脅威から守ることができる……そう考えた。これが僕が、二人の保護責任者になるって決めた理由だよ」


 聞かされた言葉には、ルーヴァの二人への愛情が詰まっていた。そのことをスグリもヤクも理解できて、心が温かくなる。自分たちには、こんなにも優しくしてくれる恩人とも呼べる人がいるんだ、と。

 自分たちは自然と笑みがこぼれていたのだろう、ルーヴァもいつものように優しく微笑みながら、改めて問いかけてきた。


「スグリ、ヤク。僕を二人の家族にしてもいいかな?」


 その問いかけを無下にする選択肢など、二人にはない。笑顔で返事を返す。


「こちらこそありがとう、ルーヴァさん!」

「ルーヴァさんが僕たちのお兄さんになってくれるのは、嬉しいです」

「本当かい?よかった、僕も嬉しいよ」


 どこか緊張感が漂っていた空気が和らぎ、いつもの楽しい三人の空間になる。その後は他愛もない話に花を咲かせながら、ゆったりとした時間を過ごした。夜も更けた頃にその日はお開きとなり、明日の予定に期待に胸を膨らませるのであった。

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