第十八話 カルーゼルの領主城
領主のお城に着くと、初老の男性執事が出迎えてくれた。後ろには30人ぐらいのメイドが並んでいる。
「ようこそカルーゼル城へ。わたくしは当お城の執事である【サイフォン】と申します。以後お見知りおきを」
「こちらこそよろしくお願いします。サイフォン殿」
来賓の立場で招待されたので、平民だけど貴族の待遇らしい。けど私は貴族の立ち回りなんてわからないよ?
ネルはわかるのかな?
「……うん。お父さんに教えてもらったから僕は大丈夫。わからなかったら教えてあげるよ」
「……ふへへ」
聖騎士は任務終了の報告など、それぞれの仕事に戻っていった。
傭兵団と私は普通の客間に通された。まぁ平民、いや奴隷()だし、ここで待っていればいいよね。
アイルスさん一家は別室に通されていた。私はネルと離れるのはちょっと不安だったけど、ドーバンさんもいるし大丈夫だよね?
「……ふひひ……だいじょ……ぶかな?」
「んぁ?ああぁ大丈夫だろ。何かあってもミネルアがいるからな。たぶんここの騎士団100人いてもあいつにゃ勝てないぜ」
「……ふひ……つ、つよいね」
「ああぁ……俺もあいつにゃ負け越しちまってるからなぁ」
「……ふひひ」
冒険者仲間なのかな?いいライバルみたいでカッコいい。
それだけ強い二人がいるだけで、私は安心した。
しばらくすると、ノックが響き、サイフォンが入ってきた。
「失礼いたします。ニア様はいらっしゃいますか?」
「……ひ……」
え?わたし?用事ないよ?
怖いしドーバンさんと離れるのはちょっと……。
「アイルス様がお呼びでございます。こちらへどうぞ」
アイルスさんが?うーん大丈夫なのかな?私は不安になってドーバンさんを見たら、頷いて大丈夫だって合図をくれた。
ちょっと怖いけど、行くしかなさそう……。
「……ふひ……」
仕方ないので、私はサイフォンさんの後にしぶしぶついていった。
別室の広い部屋に通されると、待つように言われた。アイルスさんも誰もいないんだけど。
……
……
……
いよいよ不安になってきた……。
よく考えたら、私はこんな貴族に通されるような立場ではない。
もしかしたら、ステータスを覗かれた!?だとしたら……カードと整合性が取れてないし、奴隷()の浮浪者なのが一発で分かってしまう。
浮浪者が貴族や領主と関わり合いのある隊商に近づいたなんて、ばれたら……こ、殺されちゃう!?
や、ヤバいっ!
ネルたちとの信頼関係は絶対だと思うし、友達だから疑わないけど、領主はそうじゃない。
それにサイフォンさんもあんまりいい目で見ていなかった。
これでネルとお別れなんて嫌だけど……ごめんねネル、みんな……私、逃げなきゃ……。
と、とりあえず周囲には誰もいない。この部屋に入るときに入口に騎士が立ってたはず。出ていけば止められるどころか殺されそう……。
となると……窓?開くかな?あ……ベランダがあるから出られそう。
普通にベランダへ出る扉は開いた。不用心な気もするけど。ここは三階だから、ロープか何かで降りられるかな?
で、思いついたものがカーテンだ。怒られそうだけど、今はそうも言ってられない。大きいカーテンだから2枚あれば降りられそう。
私はなんとかカーテンをとって、ベランダに結んで簡易脱出ロープを作った。
これで降りられる……とその時。
コンコン……
あ……いまもう降りないとだめだ。急いでベランダの窓を閉じて、ロープを伝って降りて行った。
よじよじ……よじよじ……よじよじ……よじよじ……
よじよじ……よじよじ……よじよじ……よじよじ……
あ……これダメだ……私の体力を計算に入れてなかった。
もう手と足がしびれて限界が……。
ぜひ……ぜひ……
ぜひ……ぜひ……
や、やばい……もうあと一階分。
ぜひぃいい……ぜひぃいい……
く、くるしぃ……あっ!
ドスンッ!!
「……あぐぅ!」
背中から芝生に落ちたようだ。思いっきり背中から落ちたので、息ができない……くるしいっ!!!
酸欠になり私は意識を失った。なんか異世界に来て失神してばっかり。
……
……
……
……
……
ぼんやりと、ふわっと視界が開けてきた。身体が動かないようだ。
「おい、ニア?大丈夫かよ?おい!」
「……ドーバンさん?」
「ああ!意識が戻ったか……ふぅビビったぜ……」
「……ぁ……」
ああ……ドーバンさんがいるってことは、お城に戻されちゃったんだ。ううヤバい……。
「なんでぇ逃げようとしたんだ?……おれぁ大丈夫だって言ったよな?あんな無茶しやがって」
「……ごめ……なさい……で、……でも」
「心配したんだぜ!むっ……しかしその様子だとニアのほうが正解だったようだな……すまねぇ……俺が甘かった」
「ふひ?」
何のことかわからないとおもったけど、私の手と足には枷が付けられていた。
やっぱりこれ奴隷の時の枷だよね……ばれてる……。
「心配すんな!今度は間違わねぇ。俺が守ってやるからよ!」
「……ふぁ……」
ぽんと私の頭をやさしく撫でてくれる……。ああ、おとうさん……がまともだったらこんな感じなんだろうな。
私のためにドーバンさんは本気で怒ってくれている。
「とりあえずどういう了見か確認する。ニアの安全が確保するまで離れねぇから安心しな!」
「……ふひひ……あり……がと」
ごしごしと頭を撫でられて髪がぐしゃぐしゃになったけど、そんなに嫌じゃなかった。
しばらくして、またサイフォンが入ってきた。
「旦那様とアイエル様がお呼びです。そのクズを連れてくるようにと……」
「てんめぇ……今度ニアに何かあったら、城ごとぶっ潰すぞ……」
「……ひっ!……は、はやくしなさい!」
「……あぅっ!」
私は腕を強く引っ張られて連れて行かれそうになったけど、さっき落ちた所為でまだ体が動かないから、でろんと荷物のように垂れ下がった。
もれちゃ……その瞬間!
ドガッ!!!!!!!!!ドゴオオオオン!メキメキ……ボロボロボロボロ
文字通り城の壁ごと、サイフォンが吹っ飛んだ。
ほかのメイドや執事たちがワーキャーと騒いで、ばたばたと騎士団が駆けつけてきた。
「ニア!平気か?」
「……ふひ……大丈夫」
「しかしこれはやべぇな……ピュウウウウ」
ドーバンさんが指笛を吹くと、傭兵団のみんなが来てくれた!
もう安心だ!この人たちだけは絶対に裏切らないって思える。
「団長!!!おまたせ!!」
「ニア!!大丈夫か???」
「おう!おめえら!ニアが枷を付けられて隷属させられそうになった!!とても許せねぇ!アイエルの旦那との契約が反故になる可能性があるが、ついてきてくれるか!?」
「「「おおおおおおお!!!!おれたちゃニアが最優先に決まってる!!!!!」」」
え?……いいの?お金がはいらなくなるんじゃ……。
相手が領主かもしれないのに、私の味方してくれるなんてやっぱりこの人たちは……うれしい!!!
でも……。
「……ふひ……私……大丈夫……だか……ら……落ち着いて!」
「へ?ニア……でもその枷は……」
「……みんな……つかまっちゃ……ふひ……ダメ!」
そう、友達なんだから私だけがおんぶにだっこじゃだめだ。私もやれることをやらないと!
「……私……よばれ……た。……だから……お話……して……くるね?」
「ああぁ……でもオレらがついてることを忘れるなよ!」
「俺たちゃどんなことがあってもニアの味方だ!」
「……ふひひ」
「「「……へへへへ」」」
……私たちはニカッて笑って、拳を前に出しあった。ドーバンさんとコツンと拳を交わした。
騎士団の人はお城に来るときに護衛していた人もいて、理解を示してくれた。
ドーバンさんと交渉して、領主に手を出さない事を条件に、剣を収めてくれるようだ。
「ようし、そこのメイド。ニアが呼ばれた場所に案内してもらおうか?いるんだろ?領主様がよ」
「は、はぃいいいい!」
サイフォンさんは部屋の壁ごと外に飛ばされていったから、見えない。死んでなきゃいいんだけど……。
私はまだ背中を打ち付けて身体があまり動かないから、ドーバンさんに抱えられて連れてってもらうことにした。
いまはメイドの後を追って城の廊下を歩いてる。傭兵のみんなも一応一緒だ。
トコトコ……トコトコ……
「そっれにしてもよぉ。ニアは軽すぎだろぉ……。何にも持ってねぇみてぇだ」
「……ふひひ」
「笑ってねぇで、自覚してちゃんと飯をくえよなぁ」
「……ふひ……はぃ」
また撫でてくれた。この人は本当にお父さん向きだね。
しばらく歩いていくと、大きな扉の部屋の前に着いた。
ココン……
「ニア様をお連れしました」
「少々お待ちくださいませ……どうぞ」
ドア番の側仕えが対応してくれたようだ。貴族だから手順が面倒くさい。
広い部屋の奥には領主と数名の人達、それにアイエルさん一家もいた。
「よく来てくれた……何やら失礼があったようで申し訳ない」
「……っ!おやめくださいロード・カルーゼル!平民に頭を下げるなど!!」
領主は【ロード・カルーゼル】って呼ばれてた。カルーゼル領主ってことだね。
まだ30前ぐらいのイケメンな領主だ。隣に奥さんらしき人と娘さんが一緒にいた。娘さんはネルと同じぐらいかな?
私はのんびり領主一家を観察した。
だってなんか、勝手に挨拶して勝手に揉めてるんだもん。
貴族の人たちがわいのわいの騒いでるので、私はアイエルさん一家に視線をむける。
私はひどい目にあった気がするけど、彼らは無事のようだ。よかった。
どちらかというと私の身分が低いのが原因みたいだし、私だけが何かされるならいいと思う。
でもネルたちに何かあったら……許せないと思う。
私にもちゃんと守る力が欲しい……。
ネルが心配して駆け寄ってきた。
私がドーバンさんに抱えられて、枷を嵌められてデロンとしているので心配させてしまったようだ。
「ニア!!ああぁなんてことを!!ニア……大丈夫?」
「……ふひひ……平気……だよ」
さっきみたいにニカって笑って見せた。心配されたくないし、足を引っ張りたくないからね。
一瞬おどろいたネルが、厳しい顔つきになって、領主のほうをにらみつけた。
優しかったネルが氷のように冷たく厳しい目つきをしたことに、私は驚いた。
「ロード・カルーゼル……これはいったいどういうことですか?」
「い、いや……手違いで……」
「ぼっちゃん。ここの筆頭執事がニアに手を上げやがったから城の壁ごと吹き飛ばして、殺しました」
殺しちゃったか……そうだよね……ドーバンさんは世界トップクラスだから、訓練してない人は死んじゃうよね。
「それにこの枷は領主紋のついたもんだ。つまり領主の指示でこいつはつけられたってことだ」
「なっ!!!」
貴族たちもネルもアイエルさんたちも驚いている。
「いや違うんだ!聞いてくれ!私は脅迫されていたんだ!!あのサイフォンに成り代わった暗殺者に!!!!」
もう領主の威厳なんかまったくないぐらい、鼻水とか涙とかよだれとか出して必死に弁解している。
うーん。立場がこんがらがってきた。
もう話についていけないから、私は大人しくデロンとしたまま様子を見ているしかできなかった。
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