第十五話 ニアと隊商の親子その2
目が覚めると、暖かい毛布にくるまって暗いところだった。
周りも寝静まっているようすだったけど、私は寝る前の記憶があんまりないことに気が付き、のそっと起きた。
「……ん」
えーとどうだったっけ?たしか夕飯を食べ終わって、片付けしてたらネルが来てデザートをご馳走したんだっけ?
それで……えーと、うーんと?
あ
ネルのお父さんがアイルスさんって人だったね確か。
それでデザートだせって言われて、囲まれて……そうだ!
う……また漏らしちゃったんだった。うう……恥ずかしい。
それにパンツ交換しないとってあれ?綺麗なままだ。
キョロキョロとあたりを見渡すと、ここは馬車の中のようだ。
私が気を失ったから、きっと休ませてくれたのかな?
でもさっきはアイルスさんがすごい形相だったし、みんな怖かった……。
ブルルルル
思い出して、ちょっとまた恐怖が戻ってきそうになった。
はぁ……大丈夫。私はがんばるって決めたんだ。
多少の|失敗(おもらし)ではめげない!
良く見ると隣でネルが寝ていた。アイルスさんはいないかな?
私は外に出ようと馬車の後ろの幕を開けた。
「……おっ?嬢ちゃんやっと起きたな?」
「……ひっ!!……っ……っ……っひ」
「わ、わ!すまん危害は加えないから、お願いだから落ち着いてくれぇ!」
「……っ……っ……はーっ……ぜひ……ぜひ……」
またさっきの恐怖が強くなった。完全にトラウマになってるような……。
でも今度は、馬車にいた見張りの傭兵のおじさんは優しい顔をしていたので持ちこたえられた。
うーん、こんなんで私、旅なんてできるの?
まぁするしか選択肢がないんだけど、もうちょっと慣れないと……。
恐怖が落ち着いてきて、肩で息をしていたのもだいぶ落ち着いてきた。
「……大丈夫か?」
「……はぃ……」
息が整うまでちゃんと待っていてくれた。この人は優しそうな人だ。
私の相手をしつつちゃんと見張りの仕事もしているようで、辺りの警戒は怠ってないようだった。
すごいね傭兵。物語の傭兵って大体さぼってるとか態度が悪いとかそういう表現をされるけど、この人はちゃんと仕事してる。
かっこいいね。働くおじさん。
私が感心してると、事情を説明してくれた。
どうやらあれから3日経ってた。私が全然目を覚まさないので、ショック死してしまったんじゃないかと心配していたらしい。
どうやら私が寝てるときって、死んだ人間みたいにまったく動かないらしい。それに痩せて色白だからほとんど死体に見えるんだって。
失礼な。
でも気を失ってる間もちゃんと隊の女性が介抱してくれていたらしく、身体もちゃんと拭いて漏らしたパンツもちゃんと交換して洗ってくれたらしい。
その女性はアイルスさんの奥さんで【ミネルア】さんっていって剣士でもあるんだって。
看病もできて、強いの?なんて万能。馬車の中に視線を戻すと、ネルの横に綺麗な女性が寝ていた。
あの人がそうか……すごく綺麗で、凛々しい感じ。栗色に赤っぽい感じの綺麗なロングヘアがいかにも漫画に出てきそうな手練れの女剣士ぽい。
とにかくすごい綺麗で、ちょっとアイルスさんにはもったいない気がする。
ネルのお母さんでもあるんだよね。……いいな。
「それでよ。キミがだしてくれたデザートってやつを旦那がえらく気に入ったようだったぞ」
「……そう」
「料理もうめぇんだろ?この前キミの野営場所からいい匂いをさせてたからなぁ。あれ周りの他の隊商からもすごく注目されていたぞ」
「……えぅ……」
そ、それは困る。この世界で目立つってことは死に近づくってことだと私は思う。体験談だし。
「お、噂をすれば……悪いがちょっと馬車から出ないようにして、毛布に隠れていてくれ」
「……」
私はこくりと頷いて、傭兵のおじさんの言う通り隠れることにした。毛布もそうだけど、認識阻害がついてるローブをすっぽりかぶる。
表の声に聴き耳を立ててみよう。
「よぉ、ドーバン。おめぇとちょっと取引したくて来たんだ」
「あぁん?俺ぁいま仕事中だ」
あの働くおじさんは【ドーバン】っていう名前らしい。覚えとこ。
「まぁそういうなって兄弟。ちょいと目こぼししてくれたら、いまの主の3倍だしてやるぜぇ」
「……あぁん?なぁに言ってやがる。そんなはした金じゃ俺ぁ降りねぇぜ」
「んだと!、っとすまねぇ……。じゃあ10倍でどうだ?」
え……なにそれ?元の値段がいくらか知らないけど、そんなに釣り上げてでもこの中を狙ってるってこと?
これはもしかしてヤバい?私たち売られちゃう?
今この馬車の中には、箱1個とネルとお母さんの二人。そして私だ。
もしそこの箱が目的だった場合は……私は殺されちゃう?
ネルかお母さん目的なら?……やっぱり殺される。
私が目的の場合は……攫われる?いや……アカシャ禁書の存在をこんなおじさんが知ってるわけがない。
だとするとやっぱり殺されちゃう?
……うぅ……選択肢が殺されるしかないんだけど。
こ、怖いぃいいい。
「おい……あんまり調子に乗ってると、この場で切り捨てるぞ。それにさっき他の奴らににも連絡した。」
「族が入り込んでるぞ!切り捨てろ!」
「ちぃ!。な、なぜだ!十分な金だぞ?」
「はっ!それでも安いってこった。それに裏切るような傭兵なんて噂がたったら仕事が出来なくなる」
「くそぉおおおお!ただの傭兵のくせによぉおおお!あ?……」
ばたり。
「おっけい、カード回収して死体は捨ててこい。魔物が処理してくれる。それと念のため警戒レベルを上げろ」
「了解!」
バタバタバタバタ
すっごい!あっという間に倒しちゃった。
それに……裏切られなかった……それが何よりうれしかった。
私はすぐに馬車の後ろ側の幕から顔をだして、ドーバンさんにお礼を言った。
「……ほんとうに……ありがと……ふひひ」
「いいってことよ。それが俺らの仕事だからな!それにオレらは雇われとはいえ、ランクAの冒険者だから強さも保証するぜ!」
ちょっと暑苦しいけどニカッと笑うとなんだか可愛らしい。
うん、ちゃんと態度でお礼しよ。
「……うん。……それでも……ありがと。……ドーバンさん……ふへへ」
私はガンツが大量にいれたリンゴを取り出して、すり下ろしてデザートを作った。
ハーブもちょっとすーっとする、元気が出るものにした。
結構多めにつくって、ほかの傭兵さんにもふるまった。ドーバンさんだけじゃなくて、みんなも守ってくれたんだもんね。
「……ふひひ……どうぞ」
「おおぉ!これ食べてみたかったんだよ!」
「さんきゅぅ!おお!!!うんめぇ!それにすーっとして目が覚める!!」
「だいぶ眠かったからこれは助かる!!」
うん。私のコミュ障改善にもなってまさに一石二鳥だね。見張りの傭兵には全員配ったので、私は馬車に戻った。
気を失ったときから、だいぶ景色と雰囲気が違うことから、3日間で結構進んできたことがわかる。
確か馬車で6日ぐらいって書いてあったはずだから、もう隣のカルーゼル領には入ってるじゃないかな?
馬車に戻ると、まだ二人は寝ているようだった。結構うるさかったと思うんだけど、主にドーバンさんが。
夜明けまでまだ少し時間があるから、暇なのでまたドーバンさんとお話した。
そのあと交代で来た、若い傭兵の人とも話したけどこの人は寡黙すぎて、私も人見知りだから会話が弾まなかった。
それでもゆっくりと話していくと、傭兵団のことも教えてくれた。
ドーバンさんが傭兵団【鷹の目】のリーダーで、参加に5人の3パーティーが護衛についてきてるって。
これだけ雇えるアイルスさんは大きい商家みたいだね。
それとギルドについても教えてくれた。
F~Aランクがあり、依頼をこなした実績で昇級していく。Aが最高ランクで、それ以上のSというのがあるけど、Sランクは国が認めないとなれない上に、国家機関に強制的に所属させられるため、冒険者じゃなくなるらしい。自由がないね。
ドーバンさんはSランクになれる実力があるけど、国に縛られたくないから昇級しないでって、ギルドに頼んだらしい。本当にすごいねドーバンさん。
ちなみにドーバンさんは奥さんと娘さんがこのカルーゼル領の街で暮らしているんだって。私と同じぐらいの娘がいるから、私とも話しやすいのかも。
ドーバンさんみたいなお父さんだったら羨ましいね。
夜も明けて、そろそろみんな起きてきた。
「んん~~おはよ~~っ!?あ!ニア!目が覚めたんだ!!」
「ふふ……おはようニア。良かったわ。私はこの子の母の【ミネルア】よ。夜明け前は大変だったわね。」
「……ん。おはよ……ございます。……お世話に……なりました」
「ん?母さん?夜明け前に何かあったの?」
「ええぇ下賤な輩が何やらよからぬ交渉を持ち掛けてきていたけど、ドーバンに任せて大丈夫そうだったわ」
やっぱり察知してたんだ……。この人もすごいね。
「そっかー、ドーバン強いもんね!それに一番信頼してる!」
「ふふふ……そうね」
「……ふひひ」
ネルの高らかな宣言でみんな笑いあった。
ほんとうにこの隊商の人は良い人達でよかった。
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