7-3『影のKと忍び寄る者達』




 ヴィーガレンツとは、人間が人間のために作り、リージェンの全滅を目指している宗教的なテロリスト集団。

 郷仲の友達だった男が離反して創設し、今では通称『人間至上主義団体』とまでも呼ばれている反政府組織の一つだ。


「…っ!」

 大量のハイドニウム弾丸が発射された後、首謀の米山は無数の穴が空いて浮遊する水…つまり"スレスレで特異を使用し、全ての弾丸を避けた僕"に驚いていた。

「すまんな……ハイドニウム弾丸の対処法は、もうスプリミナル内では練られていてな…」

 僕の影の中から姿を表す基山くん。

「君らのような至上主義と対立するのが…僕らなんでね…」

 僕も水の身体からいつもの姿に戻る。

 僕らのような変質系の特異は、このように着弾する前に体を隠したり、分裂させたりすることによって、ハイドニウムをある程度避けることができるのだ。

 まぁ、回避するまでに認識する必要があるのだが…。

「くそっ…!」

 勉強不足だった米山達は、悔しがりつつも、武器を手から離すことはない。

 それどころか、何人かはハイドニウム性ナイフまでも持ち始めているようだ…。

「平和的解決は…無理か…」

 できれば争いたくはなかったのだが、仕方がない。

「かかれっ!かかれっ!!」

 米山の合図と共に、僕らは戦闘態勢へ入る。


「「特具武装アーツアンフォールド!」」


 声帯認証と共に、僕らの手には水色の二刀の禍剣を、基山の手には紺色の槍が握られる。

「「はぁあっ!」」

 襲いかかってくるハイドニウムの弾丸を弾き避けながら、僕らは彼らの持つ武器を切り裂いていく。

 いっそ、身体をぶったぎれば良いのかもしれないが、許可がない限りは、できるだけ戦闘不能にするのが最善策なのだ。

「面倒だ…一気に行くぞ!」

 基山くんの指示と共に、パーカーに描かれた丸から、各々の特異を表すエフェクトが吹き出す。

「#000B00…」

 彼はカラーコードを呟くと、足元の影が実像として伸び、数名覆えそうなほどの黒く巨大な翼へと形を変えた。…。

濡翼ぬれつばさ!」

 すると、羽が一つずつピキピキと開くと共に、ヴィーガレンツ達に向けて放たれた。

「ぐぁぁあっ!」

 針のような羽が、大勢の人間の腕に突き刺さり、武器が次々に地面に落ちた。

「このやろう…っ!」

 それでも無鉄砲に敵に素手で挑む馬鹿もいる。 

「原水圧縮、機関銃ハードヴァッサー!」

 それを見逃さないのが僕だ。

 身体から放出された多くの水の弾丸が、基山くんに攻撃しようとする奴らの頭に当たり、間抜けな声を出しながら次々に気絶していった。

「は…はやい…っ!」

「気にしないで!なんとか彼らの身体を傷つければ勝ちなんです!」

 米山が慌てて指示をするが、立ち向かえば僕らが倒すだけ。

 ミラーマフィアよりも厄介な存在のヴィーガレンツであっても、僕らの力には叶わないようだな…。


「あと何人?」

 迫りくる敵に警戒しつつ、基山くんから聞き出す。

「意外としょぼい…こっちはせいぜい10だ」

「こっちは9…。もう大雑把に行こうか…!」

「了解した…」

 上記、3つの括弧の中で僕らは即座に作戦を構築し、決行する。

「はぁーあ……。ねぇ?さっきからザコイ攻撃ばっかりで疲れてきたんだけど…?」

 一歩前に出てニタニタと嗤いながら煽ると、僕の態度に彼らは唇を震わせて怒りを表しているように見えた…。

「一気に来なよ…?そっちの方が…めんどくさくないし…」

「なにをっ!」

 僕の挑発を見事に買った首謀者は、ナイフを持って僕に襲いかかろうと走ろうとする。

「ヨ…ヨネヤマさんっ!」

 しかし、その途中、ヴィーガレンツメンバーの一人の男が、弱々しい声で彼を呼んだ。

 その声に不安を覚えたのか、米山は冷や汗を逃がして振り替える。

「う……動けません!」

 米山以外のヴィーガレンツメンバーの影に、黒色の針のようなものが刺さり、彼等は動けないことに混乱している。

「#666464鈍枷ニビカセ…。捕獲用の技だ…」

 影に隠れていた基山くんが呟く。

 ここまで僕が彼らを挑発して気を引いたのは、その隙に基山くんが敵の影に"影でできた針"を刺し、一定時間彼らの行動を止めるためだった。

 タイミングと力さえあれば誰だって出来るn番煎じの簡単な技だ。

「そんで…これっと!」

 各々、固まって動けないヴィーガレンツの信者達を収容監獄グリュンツィマー、つまり僕が水で作った檻で捕らえた。

 しかし、グリュンツィマーは結構な量の水を使う癖に、前9人と後ろ10人で最低でも二つ作らなければならなかった為、檻自体が小さくなってしまったのは難点だ…。

 まぁすぐに捕まえるから良しとするか。

「く……っ!」

 一人が、隠し持っていた小型銃を、苦し紛れに取り出そうとするが、僕が弾丸ヴァッサーで撃ち落とす。

「はい。それやめてね」

 こんなバレバレな方法で勝とうとするのが大間違いなんだよな。


 しかしたった一人、グリュンツィマーの手から逃れていた米山は…。

「そ…そんな…」

 彼は疲労か失望か、地面に膝をつき、四つん這いの状態になってしまっていた。

 恐らく彼には、これから反抗しようとする力が残されていないのだろう…。

「もう終わりだ…ヨネヤマさん…」

 基山くんは槍の先端を米山に向けるが、彼はもう動じることもしない。

 恐らく、術がないから抵抗するような気すらも起きていないようだ…。

「確保する前に教えてくれ…あんたはなにがしたかったんだ…?」

 基山くんがプリズンシールをそっと握りながら聞く。

「……は…ハハハ…」

 すると、なぜか米山からは泣き声ではなく、笑い声がこぼれだす…。

「なにがしたかった……?いやだなぁ…私の仕事はもう完了しているんですよ…」

 米山が顔をあげると、不気味なほどにニッコリとしていた。

「御宅……今日の非番には炎使いがいますよねぇ…?」

「…っ!」

 その言葉に込められた意味。

 それは、本部にいる仲間の危機。

 米山の狙いは、スプリミナルにいる赤城くん達と僕らを分散させることだったんだ…。

 ということは…恐らく、赤城くん達にも何かしらの罠や攻撃を仕掛けているはずだ!

「ミズハラ!救援だ!先輩が危ない!!」

「了解!!」

 基山くんの声にハッとし、僕は即座に踵を返した。

 赤城くんと悠樹くんが危ない。

 救援に向かうために、僕は駆け出そうと足を出す。


 バァン!バァン!バァン!


 しかし、どこからともなく銃声が聞こえた途端、僕らの身体が硬直し、鈍枷ニビカセとグリュンツィマーが解除される。

 それはまるで、テレビのリモコンの一時停止ボタンが押されたように…。

「な…こ…これは……」

 そこにいた人々は、影から現れた二人の男女の姿を見て、一気に冷や汗を流し始めた。

 悠樹くんに出会う前、僕はこの攻撃を受けたことがある…。

 それは、虫酸が走るほど不快で厄介で、なにより…一番合いたくなかった人間達…。


「Antithese Regenism……」

「Rebel yell Humanism……」


 詠唱されるは、ヴィーガレンツのポリシー。

 赤ラインの入った二つの白いローブがなびき、どこからともなく現れた二人…。

「あ…あなた方は……っ!」

 米山の声が震えだすと、二人はフードに隠していたその面を明らかにした。

「はじめまして…ではないですよね…?スプリミナルの皆さん…」

 ヴィーガレンツのローブに、レースの白いワンピース、ワンレンショートカットの美形顔の女…。

「はぁ……めんど…死にてぇ……」

 死んだ魚のような右目を隠すほど前髪の長い、死にたがりの男…。

「ヴィーガレンツ幹部…間克 玖美マカツ クミと…」

月村 桔梗ツキムラ キキョウ…だね……」

 二人の姿に、思わず僕らはたじろいだ。

 ヴィーガレンツの幹部は、異能力者のスペシャリストと言っても過言ではない、並外れた力を持つ人間だ。

 特異点は異能力の上位互換だが、能力は使うものの腕次第で大幅に化ける。

 だから、大体は能力に左右されまくっているような、僕ら特異点にとって、こいつらの登場は最悪に部が悪いのだ…。


「す……すみません!すみませんお二方!!私…こんなにも信者を連れてきたのに…こんな…こんな失態を……」

 一気に顔が青ざめた米山は、二人に向けて、その面を地につける。

 彼は命令を遂行できなかった事に責任を負っているようだが、救援に来た二人の幹部は、それに怒る様子はなく、間克はそっと米山の顔を持って、面を上げさせた。

「大丈夫…。あなたは謝らなくていいのよ…。よく頑張りました…」

 彼女は天使のように微笑み、彼の頬を優しく撫でる。

「お前達を責める気はない……。とっとと帰れ…」

 月村はめんどくさげに大きくため息をつくが、そこに彼への悪意はない。

 上司二人の予想していたものとは違う対応に、米山は突然両目から静かに涙を流し始めた…。

「あ……ありがたい…なんという…幸せ……」

 彼等のその慰めと賛辞に、また彼は面を下げた。

 宗教的だと思われているのはこう言うところだ…。

 仲間や人間には何をしようが、どんなミスをしようが、特に怒ることはない。

 これが人間ではなくリージェンになると…想像したくもないな…。

 

「ちょっと待ってね…」

 すると、間克はスマホを取り出して、音楽配信サイトを立ち上げた。


 ~♪


 スピーカーからクラシックが流れると、米山だけでなくそこにいたヴィーガレンツ全員の傷が音に合わせて塞がっていく…。

「パッヘルベルのカノンはいつ聞いても素敵よね…」

 目を細めて微笑み、戦場でクラシックを嗜む彼女。

 これは『鳴らした音によって特殊効果を与える』という、間克 玖美特有の異能力だ。

 米山達の傷が癒えたのもこいつのせいだ。

 どの音がなればどの能力が出るか…等の詳細はまだ解析されきれていないが、音の溢れるこの世界においては、結構厄介な異能力だ…。

「さぁ、これで走れる。はやくお逃げなさい」

 粗方、全員の疲労度や怪我が完治したところで、彼女は音楽を止めた。

「はいっ!行こう!」

 米山が立ち上がり、動けない同士の肩を持ちながら、仲間に声をかける。

「待て…っ!」


 ガキィンッ!!


 基山くんが米山達を追いかけようとした刹那、月村がハイドニウムナイフを振るい、彼はそれを槍で受け止めた。

「待てっって待つやつがいんのかよ……」

「貴様…っ!」

 鍔迫り合いの状態のまま、二人は互いに睨み合う…。

 月村もなかなかに厄介な能力を持っている上に、奴と能力との相性は恐らく最悪。

 その上、基山くんは月村とは初めて戦うときた。

 彼には少々悪いが、その隙に僕は米山を…


 ザッ…。


「ごめんなさいねお坊ちゃん…。通すわけにはいかないわ…」

「なんて…うまいことにはならないか…」

 先に武器を構えて回り込まれては、しかたがない…。

 間克の裏で、米山達が走って逃げていくのが見える。

 奴らを追いかけるのは一旦諦めムードに入っといて、ここは戦って状況を打開するしかない。

 僕は改めて自らの双剣を握り、臨戦態勢へと入った。


「スプリミナルは良いよなぁ……。そんなにでけぇ武器持ってて」

 ナイフでアーツを弾きつつ、基山くんの首を狙う月村。

「くっ!」

 それをなんとか紙一重で避けた基山くんは、月村のナイフが届かない範囲まで後ろに下がった。

「こんなナマクラナイフじゃ…首をかっ切っても一発で死ねねぇじゃねぇかよ…お前も…俺も…」

 ギロリと無機質な目を向けられる基山くんだが、決して引目になることはない。

「勝手に死んどけ…」

 彼に苛立っているような言動で、基山くんは槍を構えて彼に立ち向かっていく。


 その一方、間克は彼等の戦いをみながら、フゥと一つため息を吐く。

「私はできれば平和に行きたいですね…。ボウヤはいかが?」

 如何にも上品な言い方にムカつく僕は、身体から小さな水球を作り出す。

「生憎…僕は、あんたみたいに育ちが良い訳じゃないんでね…」

 皮肉混じりに返答しながら、僕はこの貴族紛いの女に向けて、大量の水球(機関銃ハルトヴァッサー)を発射する。

「~♪」

 弾丸を即座に認識した彼女はクラシック調の旋律を歌いながら、そっと手を広げて前に出すと、鉄をも貫ける筈の水の弾丸を、間克は掌だけで防ぐ。

「ふっ!」

 しかし、それを囮にしていた僕は隙を逃さず、彼女に向けて剣を振るう。

 しかし、ガキンと音が響くと共に、この女の腕が僕の剣を防いでいた。

「クソ…防御力上昇か……?」

「どうでしょうかね…」

 このまま攻撃系の音を出されると面倒だ。

 僕も距離を取り得なかった。

 この戦闘が一回目ではないが、僕らはまだ彼女の音の性質が掴みきれていない。

 どんな音を出せばどんな効果が出るのか、解析しようとはしているが、彼女は音を流す度に旋律やら曲やらを変えてくるから、どうも解説と判断が遅れてしてしまうのだ。

 なにかの法則があるのはわかっているのだが…。


「はぁあっ!」

 一方、互いに武器をぶつけ合い、火花を散らし合う基山と月村。

 未だ、互いの一本の髪すら犠牲にすることなく、五分五分の戦いを繰り広げているようだ…。

「なぁ……キヤマ…?だったっけ?」

 ナイフ一本でデカイ槍を受け止めている月村が、ふと口を開いた。 

「なんだ…」

 槍の柄を握り締めながら、話に応じる基山くん。

「お前…なんでそんなにマジになって戦ってんの…?」

「決まっている…俺は世界の近郊を守る…それだけのためだ…っ!」

 基山彰は、恐らくスプリミナルで一番正義感が強い人間だ。

 元武装警察志望だからでもあるが、彼には生まれつき潜在意識として、悪を許せないと言う思想が強く根本にあるのも原因と思われている。

「ふぅん……。いっちょ前だなぁ…?俺なんかとは違って…」

 僕らとは反対の立場にいる月村は、ナイフの刃を滑らせてランスを退かしながら攻撃を避ける。

「お前とはわかりあえそうだと思ってたが…ぜんぜん違うんだなぁ…」

 そもそも僕らとは立場が逆なのになぜそんなことを…? 

「あぁ…でも、そんなこと言ったら…可愛そうか…」

 その一言の後、奴の空気が変わったことを即座に察した。

「キヤマくん!聞くなっ!」

 忘れていた…彼の異能力のこと…っ!


「お前が見殺した女のことがさ……」


 無慈悲に放たれた月村の一言は、完全に基山くんの地雷を踏んでいた…。

「なに…?」

 言葉を聞いた彼の表情が、クールなものから、熱く沸々と滾る物へガラリと変わる…。

「可哀想だなぁ…?どちらもがどちらもの思いを忖度してやったのに…まさか死んじゃうなんてねえ……。はぁ…悲しい…。俺も…似たようなことがあったから…わかるぜ…?」

 月村の一言一言に連動するように、基山くんの血管が浮き出始める…。

「貴様に…貴様なんかにわかって貰うほど俺は落ちぶれていない…」

「ふぅん…俺と同じで、自分のせいで愛する人を亡くしたのに?」

 いつもは冷静な彼から、グラグラと怒りが煮え立っているのが分かる…。

「違う…!俺とアイツの思いと、貴様の勝手な固定概念とは全く違うと言うことだ…」

「あぁ……そっかぁ……。だってキヤマの場合は、単純に男女どちらもが憐れすぎたからなぁ…」

「だまれ……それ以上…サキのことを話すな…っ!」

 ため息混じりの揶揄に、基山くんの怒りは限界に達している…。

 これはマズイ…!

「やめろ…耳を貸すな…」

「邪魔しないでくださいっ!」

 僕はなんとか耳を塞ぐように促そうとするが、仲間の間克が邪魔をする…。

 奴の異能力は、特異点でなくても避けたい位の厄介な能力…。

「分かりたくないならもっかい言ってやるよ…」

 月村はわざとらしくため息をつく…。


「お前とハナエ サキって奴は…極めて[[rt:愚蒙>ぐもう]]だったってな……」


「…っ!」

 その言葉に、ついに彼は堪忍袋の緒が切れた…。

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」

 基山くんはその身を怒りに任せて、槍を地面に突き刺すと、無数の槍状に変化した影が、コンクリートを突き破って飛び出し、月村に攻撃し始めた。

「おぉおぉ…威勢がいいこと…」

 しかし、月村はその攻撃パターンを始めに予習したかのように、紙一重で避ける。

 いや、したかのようにではなく"予習していた"の方が正しい。


 月村の異能力は『人の過去を読み取れる』と言うもの。

 その人間に何かしらのアクション、つまり触れたり話しかけたりするだけで、一定の期間の過去を見ることができる。

 月村はそこから得た情報で人の地雷をほじくりかえして精神口撃をしたり、過去から攻撃のパターンを予習して、対応ができるようにすることもできる。

 基山くんに他界済みの恋人がいることだって、彼にとっては筒抜け同然…。

 正直、性格が悪い奴にとっては最悪且つ、うってつけの異能力だ…。


「キヤマくん、落ち着い……ぐっ!」

 彼を止めようと水球を出そうとした瞬間、一発の弾丸が螺旋を描きながら脇腹を掠めた。

「どこを見てるんです?」

 ハイドニウムを撃ち込まれたことと、不気味にニコリと微笑む間克が腹立たしい。

 脇腹をみると、トランススーツが弾丸よりも大きく裂け、露出した皮膚に黒い粉と血液が付着していた。

 特異を使うための力がでない。

 異能力で弾丸の威力を上げられている上に、少しの間、特異の使用を禁じられたようだ。

 面倒だが、アーツで対応するしかないか…。


「だってそうだろう……?おしはかってやったのに死ぬなんて残念でしかない。それに…あまりにも無価値な死に方だ…。大した夢も持ってなかったくせにな…」

 無情な言葉を投げつけ続ける月村に、基山くんの怒りは収まらない。

「黙れ…っ!貴様なんかが……サキをバカにするなぁ!!!」

 死んだ彼女のことを思いつつ、基山くんは影に槍を突き刺したまま、自らの特異を再度発動させる。

「#373C38っ!」

 カラーコードを叫ぶと、ビルの壁にかかっている影が具現化して伸び、綿雲のような形に変化する。


哀済雨あいずみのあめっ!!!」


 すると、具現化した影から真っ黒い液体が雨のように降りだした。

「ぐ…っ!」

 その雨に腕を掠めた間克。

 その瞬間、その腕の肉と覆っていた衣類が切り裂かれ、血液を噴出させた。

 この攻撃は、針状の雨を降らせて、敵の身体を切り裂く物。

 その威力は、間克と月村の着ているローブを皮膚ごと裂くことだって可能だ。

「でも…そう言うの、もう俺はわかってんだよなぁ…」

 月村はポケットにいれていたハイドニウムの粉を取りだし、それを上空に向けて撒く。

 すると、雨がハイドニウムを拒むと共に、基山くんの技が雲ごと消滅した。

 やはり、過去を読む能力は厄介きわまりない…。


「すみません!ツキムラさん!」

 裂けて血の出た箇所を抑えながら、間克が遠目に謝る。

「別にぃ……って、あれ?」

 月村が返答をしていた数秒の間、彼はいつのまにか基山くんの姿が消えている事に気づく。

「…っ!」

 その途端、月村の背後に基山くんが影から出現した。

 哀済雨あいずみのあめは囮だ。

 雨に気を取られている数秒のうちに影を経由して敵の背後に移動する事くらい、彼にとってはお手の物だ。

 基山くんは喰らえと呟きながら、月村の背に槍を穿とうとする。

「あぁ…悪ぃ…」

 しかし、彼はそれすらにも動じない…。


 キィンッ!

 

「それもわかってたんだわぁ……」

 突きつけた矛先は、即座にその小さなナイフで防がれてしまった…。

「くっ……。そこまで見きるか……っ!」


 バキュンッ!


 諦めずに次の一手を出そうとした瞬間、基山くんの顔に向けて弾丸が飛来する。

「ちっ…!」

 それを見きっていた彼は、なんとか銃撃を紙一重で避けた。


「あら…かわされた……」

 弾丸を放ったのは、先ほどから耳障りな旋律を奏で続ける、生け簀かない女だ…。

「お前の相手は僕だろ!」


 ギィンッ!


 振るった双剣は、逆手持ちされたリボルバーのスライドで受け止められた。

「なかなか出きるのねボウヤ…。剣道でも習っていたのかしら?」

 その余裕な表情がさらに鼻につく…。

「生憎…我流だよ!」

 返答と共に、乱れ刃の間に彼女の持つ銃を差し込み、そのまま剣を振り下ろす。

 剣についていた水飛沫が舞うと共に、敵の腕から武器が落ちた。

「くっ…!」

 銃が着地すると同時に、彼女はスペアの拳銃を懐から取り出そうとする。

「ふっ!」

 だが、その隙を逃さない僕は、間克の腹を思い切り蹴ってやった。

「くっ…」

 痛みと衝撃に顔を歪めながら、彼女は牽制する。

 踵からいつもの液体の感触が戻っているようだ…。

 もう水が出せる…。

 恐らく、付着したハイドニウムが微量だったからだろう。

「よし…っ!」

 そうと決まれば、僕は踵から水を出して浮かぶと共に、肩から水を放出して水球を二つ作り出す。


「原水圧縮!大砲グロースシャオムっ!!」


 肩から作り出された巨大な砲弾が、間克に向けて打ち出される。

「くっ!」

 攻撃を間近に、彼女は足元にあった石を咄嗟に広い、近くにあったトタンに投げつけた。


 カァン!バシャァンッ!


 トタンと石、人体と水の防弾。

 各々の衝突音が共鳴するように鳴り響く…。

「ゲホッ!クッ…!」

 異能力で身を守っていた間克だが、どうやらそこまで強固な防御力を発動できなかったようだ…。

「お得意の異能力はどうしたの?えらくお疲れのようだけど…」

「さすがに…この音量じゃ無理だったのよ……」

 軽い煽りに対応できると言うことは、まだこちらの攻撃に対応できると言うことか…。

 ようやく奴の異能力ちからについて少しつかめたような気がする…。

 この異能は、出した音の大きさによって力の増幅が変わる。

 大きければ大きいほど強くなり、逆に小さければ弱くなる。

 これだけでもデカイ収穫だが、歌声と衝突音でなにが変わるのかがまだわからないから、まだ観察が必要だ…。


  バァン!


「おっと!」

 しかし、未だ彼女が鼻唄で旋律を奏つづける限り、この厄介な戦いはつづく。

 このまま戦っていても埒が空かない。

 ポケットからタロットを数枚取り出してみても、結果的には負けの確率は高いと出ているし、例え勝ったとしても、彼らの事だから、何かしらの方法で逃亡を図る可能性が高い……。

 そもそも、首領があいつな訳だからな……。


千墨針せんぼくしん!」

 一方、影から多くの針を突出させて攻撃をする基山くんと、それを避ける月村…。

「こうやって串刺しにされたのか…?シンプルに首吊り?それとも…ビルかどっかから突き落とされたか…?」

「黙って死ね……っ!」

 次々に地雷を踏まれ続け、精神を安全に彼の手のひらで踊らされている基山くん。

「ふん…」

 すると、彼は長いコートの中に隠し持っていたコンパクトマシンガンを取り出す。


 ダダダダダダダダダ!


 大量の弾丸が土煙を舞わせながら、発射された。

 例えエイムが下手くそであっても、何十以上もの弾丸を放たれれば、即死もおかしくはない。

「…!?」

 しかし、そこに基山くんの姿はない…。

「影に逃げたか……」

 スプリミナルは対抗して攻撃をするよりも、避けたり防いだりする手を先ずは考えるため、コンマ数秒以内に影に潜る事も基本なのだ。

「そうくると……」

  月村は怯まず、弾丸のなくなった銃を地面に捨て、次の衝撃に備えてナイフを構えた。

 過去の記憶を遡り、次のパターンを即座に計算している…。

「…っ!」

 しかし突然、彼の背後から巨大なカッター形状の刃が突出し、月村の足を傷つけた。

「ッチ…翼じゃないのか…」

 攻撃を受けた月村は即座に後退し、ポケットから包帯を取り出して、素早く患部に巻いた。

「ワンパターンで動くほど、機械的じゃないんでなっ!」

 そう言いつつ、基山くんは影から幾つもの形状の剣を出現させて、敵に向けて飛ばして攻撃し始めた。

 

 もう、基山くんと共に逃走する策は無理だろう。

 精神口撃を喰らいすぎて、彼は感情に流され過ぎている。

 自分の愛するものをバカにされて、あぁなる気持ちはわからなくないが、少しは落ち着かないと命の危険に関わるはずだ…。

「あなたも……なにか過去を見てもらってはいかが…?」

 こちらの戦闘中、ふと間克が口を開いた。

「自然と出てくるわよ……いかに…リージェンが下等で下劣で下衆な存在なのか…」

 胸くそ悪い笑みを浮かべる彼女の言葉から、思い出されるのは自分自身の最悪の過去。

 暗闇のなか、捨て犬のようにへたばっていたあの日のこと…。

「あぁ…。確かに、リージェンはたまにゴミクズのような奴もいる…」

 彼女の言う通り、自分が出会ってきたリージェンに、全てが善人なんてものはなく、寧ろ悪の方が多い節もある。

 何度、殴られた?

 何度、蹴られた?

 何度、罵倒された?

 何度、顔に唾を吐き捨てられた?

 自分自身のバケモノと共に、それを思い出していた。

 この世は屑ばっかりだ。

 それも全部分かってる…。

「でも…そんなくそったれなものは…人間だって同じだ…っ!」

 自分が受けてきた暴力も罵倒も、全てリージェンがやってきた訳じゃない。

 どんな種族だろうが、誰かを蔑み、罵倒し、卑下しながら、自分自身を鼓舞しようと生きている。

 話せる知能のある生物なんて、大バカ野郎しかいないんだよ…。

 でも…それでも光って見えるんだ。

 知能があっても、バカなことをしない生物の笑顔が…!


「リージェンの善を見ようとしないで…わかったような口を聞くなっ!」

 

 ヴィーガレンツの馬鹿野郎どもに怒りを叫ぶ僕は、腹部から大量の水を放出した。

「キャッ!」

 間克の目をくらますと、僕は水球をいくつか作り、後退する。

 一旦落ち着け、怒りに任せて捕まえようとするな。

 今すべきなのは…奴等の計画を潰すこと……。

 悠樹くんや赤城くんの元へ行くことが一番の目的なんだ…。


「フゥンッ!!」

「…っ!」

 基山くんの方は、彼が大きく振るったランスが、ついに月村の頬を傷つける。

 互いに息を整えている数秒、彼は僕とは対照的のことを考えているはずだ…。

 如何に目の前の敵を殺すか、この戦いにどうやって勝利するのか…。

 いつも盲目になるなって言ってるような奴が、こうなっちゃ終いだな…。

「なら……やることは一つ……」

 僕が彼の忘れていることをカバーするだけだ…。

 成功するかどうかは分からないが…ヴィーガレンツ相手に、案じてはいけない!

 息を整えろ…。

 とにかくやれ…っ!

 今は打開さえできればそれでいいんだ!

 


「「これで…決めるっ!」」



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