6-2『破壊と幸運の隊長H』
現在の空模様も晴天。
真っ白い雲が羽毛のようにちらほらと出始めているが、この美しい青色が損なわれる程ではないようだ。
「すみません。見てないんで」
「そ…そうですか…ありがとうございます……」
アーケード街の入り口。
聞き込みを無愛想に切られた僕は、礼を一つだけ言って通りすがりの男性と別れる。
ちょっとだけ疲れた。
事情聴取といい、聞き込みといい、警察や探偵と言った仕事はこんなにも精神を削られるものだったのか…。
この前の日之出さんの時は誤って怒らせてしまったし、
それでもめげずに続ける始堂さんや斐川さんは凄いな…。
届かぬ実力への妬みを溜め息にして換算しながら、僕は商店街の中へと入っていった。
ここ、赤茶のタイルが敷き詰められたレトロ感溢れるアーケード商店街は、スプリミナル本拠地のある花菜村の名物らしい。
通りすがる風景は、活気溢れる八百屋の呼び込みや、冷蔵機能搭載の昔ながらのショーケースに入った肉や洋菓、名前もしらない床屋の赤と青のグルグル看板やら、如何にも昭和後期から平成の時代を守ってきた様だ。
店から香る惣菜とパンの香りや活気づいた声が、感じたことのない懐かしさを感じさせるが、通りすがるリージェンや道行く人の持つスマートフォンを見る度、今はリージェン社会なんだと思い出させられる。
格差が大きな世の中であっても、まるで実家に帰ってきたかのように暖かな場所が、こんな近くにもあったんだな…。
「あっ、ユウキさんじゃん!」
すると、たまたま目の前から黄色いパーカーを着た跳ね髪の女の子が近づいてくる。
「あ、君は…ユイちゃんだっけ?」
今日の彼女は学生服ではなく、黄色いパーカーとショートパンツにスニーカーで、如何にも動きやすそうな格好だ。
「そっ!さっき、ハイカワのおじさんにも会ったけど…今日もお仕事?」
いつも元気な優衣ちゃんは、僕の前に立ってニカッと微笑む。
やはり協力者だから、彼のことも知っていたのか…。
「うん、ちょっと色々とね…」
いくら協力者だからと言って、犯罪者を追ってると知ったら驚かれるだろうか…。
「そっか…大変だね。今日も頑張ってね!私も、ダンス頑張ってきますっ!じゃね!」
しかし、彼女は特になにも聞かず、軽く僕を応援してから手を振り、駆け出した。
あんまり詳しく聞かないのは、僕らの邪魔をしたくないからなのかな…?
「いつも元気だなぁ……」
韋駄天の如く軽やかに走る姿に、僕も元気をもらえた気がする。
高校生も、親子も、酔っぱらいも、どんな人でも元気そうに生活をする
しかし……こんなところに、本当に異能力犯罪者がいたのだろうか?
地図を見たときには、確かに花菜村の駅にも多くの目撃情報があったし、
でも、こんなに陽気でほのぼのとしている場所に潜伏しているとは、あまり考えられないような、考えたくないような…。
「ユウキさん!お疲れさまですっ!」
すると、別の場所で聞き込みをしていた始堂さんが、僕を見つけて駆け寄ってきた。
このアーケード街は結構長いから、それぞれ分担して聞き込みを行っているのだ。
「あ…どうも…」
僕はよそよそしく頭を下げて応じた。
大人になってからというか、この職業についてから、少々人見知りになってしまったから、すぐには人を信用できなくなっている。
だから、こう言う人であっても、実は難アリでは…?なんてことを考えてしまうのだ…。
「大丈夫ッスか?疲れてないッスか?ユウキさんは始めてっスよね?こう言うの」
「あ、いや…一応、この前事情聴取に行ったりはしたので…」
「そうなんすね!じゃあ、勝手は分かってるんスね!スゴいッス!」
「いや…僕はそんな…」
「いやいや!俺…まだケツの青いガキで、こういうの全然慣れないんス…。つい、舌打ちしたくなっちゃうんスけど…ユウキさんは文句言わずに頑張ってて、そういうところ、すごく素敵だと思うんッス!リスペクトってやつでスッ!!」
前言撤回。
この子は確実に良い子だ。
僕なんかにも、こんなに腰を低くして接してくれるし、なにより今まで誉められたことなんて母さんから位しかないもんだから、彼が誉めてくれたことが、心のそこから嬉しいと思える……。
「あ…ありがとう。えっと…確か…」
「シドウ トウジっス!改めてよろしくッス!」
彼は初対面の時のように、僕に向けて背筋を正して敬礼をする。
「改めて、よろしくお願いします」
「敬語とか良いっすよ!俺はまだ21なんで、気軽に話してください!」
僕に謙遜する始堂さん。
ファーストインプレッションから、なんとなく後輩感はあったけれど、やはり年は下だったんだな…。
それでも、経験は彼の方が多めだろうに、こんなにフレンドリーに接してくれるのは、少し心地良さを感じる…。
「あ…じゃあ、シドウくんで良いかな?」
「シドウくん……良いッスね、こう言うのっ!!年の近い先輩ができた感じして、嬉しいッス!」
にっこりと微笑む始堂くんの目はまさに十字星を描いているかのようにキラキラとしていた。
この子は本当に純粋で、可愛げがある後輩だ。
自分が学生の頃、後輩とは殆んど接点がなかったのだけれど、こんな後輩がいたらきっと楽しかっただろうし、今も職場には先輩しかいないから、こう言う年下の後輩と、ずっと仲良くなりたかったんだろうな…。
「あ、そういや…他の皆さんは…?」
そう言えば、分担作業を開始してから、まだ始堂くんにしか出会ってなかったな…。
「はい!ヒカワさんはあそこのオバさ…いや、ご婦人に聞き込みをしてるッス!それでハイカワさんは…」
始堂くんが目を向ける方向に、僕も視線を向けてみる。
そこは、くたびれて光る黄色い看板が目立つ、オープンタイプの総菜屋。
大きく広い三段机の上に、沢山のバットや鍋が置かれており、そこに裸の揚げ物やマヨネーズで和えられたサラダ等の総菜が鎮座し、その横には丸型パイプ椅子と長いパイプ机が乱雑に置かれた飲食スペースが儲けられ、壁には女性の裸体や昔売っていたお菓子の宣伝等の年代物のポスターが貼られている。
「ハッハッハッハッ!まだまだ若いなぁ、キヨさん!」
そして、極めつけに飲食スペースの椅子に座って、机を叩きながら大声で笑っている陪川さん…。
「まだあたしゃ死にゃあしないよ!食え食え!」
その向かいには、ニホンヤモリのリージェンのお婆さんが、悪びれるような顔で威勢よく笑い、彼の皿に揚げ物を乗せた。
「イノスケさーん!今日も余り物持っていくかい?」
「おぉっ!オバちゃんありがとう!仕事中やから、また寄っていくわ!」
店の奥から顔を出した人間のオバさんに、陪川さんがニッコリと笑って応じる。
「……あれ、聞き込みなんですか…?」
酒を飲んでいないだけマシだけど…ただ単に食っちゃべってるだけにしか見えない。
というか、まさに昭和の風景って感じ…。
「そうッスよ!ハイカワさんは言わば地域密着型ッスからね!」
「密着型?」
なんか、土曜のお昼にやってそうな地方テレビ番組みたいだな…。
「ハイ!実際、こう言うのってよくあるんスけど、日常のなかに潜んでいる噂とか、そういう小さな世間話にも、僕らが気づかないような視点にヒントが隠されてるんスよね!それに特化した聞き込みが、ハイカワさんのやり方なんっス!!」
「なるほど…」
確かに、ほんの些細な情報であっても手がかりにして行かなければならないのは、聞き込みの基本ではある。
スプリミナルでは、それの代わりが、優衣ちゃんと文華ちゃんということになるわけだ…。
噂調査の心得は、武装警察からも由来していたんだな。
「いろんな視点を大切にしないといけないわけか…」
「そゆことッスね!」
始堂くんは独り言にも相槌を入れてくれる。
彼の経歴は全く知らないけれど、もしかしたら根っから真面目な子なのかもな…。
「ところで……」
ふと、僕は総菜屋の反対側に目を向ける。
そこは、明確な入り口のない店と違い、しっかりと壁と扉が儲けられた酒屋なのだが、店の前には酔っぱらいが使うためのビールの空きコンテナがいくつか並べられていて…
「Zzzz……」
そこに新聞で顔を隠して仰向けで寝ている
「あの人はなんで寝てんの…?」
正直、呆れて物が言えない…。
「スミウラさんはこう言うの向いてないって言って、聞き込みは基本参加しないんスよねぇ……」
あの人の態度ばかりは、さすがの始堂さんでも、溜め息がでるほどの困り物らしいな。
「この前…事情聴取はしてたくせに…」
住浦さんは確かに一番になれそうな素質を持っているから、こういう聞き込みであっても深いところまで聞けるはずだ。
それでもやらないと言うことは、たぶん彼が仕事をサボりたいというだけなんだろうな…。
「でも、それを言ったらなんか怒られるんで、めんどくさいんスよねぇ……」
「あ、やっぱりシドウくんも思う…?」
「住浦さん自体はスゴい人だと思うんすけどねぇ~…なんかぁ…あれですよねぇ~?」
「だよねぇ~…なんか、お金にがめついし…」
「小さいことを正論攻めしてきますし」
「サボるときはいっつも寝るかゲームしてるかだし」
「その癖、そのゲームも下手ですし」
「聞き込みとかも、性格が関係してるから下手なんじゃない?」
「聞いた人を全員怒らせてそうッスね」
「「やぁ~ねぇ~」」
「聞こえてるからなっ!!」
「「すみませぇん!!!」」
怒号に驚いて背筋が硬直した。
愚痴話に花を咲かせて、怒られてしまった…。
彼は怒鳴った後、フンと息を着きながら、体制を変えてコンテナに座る。
ほんと、実力に見合わないもったいない性格をしているよな…。
てか、住浦さんはいつから起きてたんだろうか…。
「シドウ、終わったか?」
先ほどまで聞き込みをしていた斐川さんが戻ってきた。
「ヒカワさん!なにか、つかめましたか?」
僕と話しているとき以上に目を輝かせている始堂くんだが、帰ってきた返事は、残念ながら僕らの期待とは違うものだった。
「否、まだこれと言うものは掴めない…。ここらを歩いていた気がする、という情報がちらほら…という感じだな」
「そうっすか…実はこっちもまだまだ決め手になるものがなくて…。すみません、力になれなくて…」
申し訳なさげに首を横に振る斐川さんと自責を思って落ち込む始堂くん。
僕も殆ど断られたから、気持ちはわかる…。
「大丈夫だ…それに…」
「聞き込みなんてそんなもんだろ…掴むまでは何度も何度も聞かなきゃなんねぇんだからな…」
斐川さんが励まそうとする所に割り込んできたのは、さっきからずっとサボっていた、うちの先輩だった。
「スミウラさん…」
「まっ…俺は俺で果報を待ってるわけだがな…」
彼は腰に手を当てて偉そうにしているが、なにもかっこよくない…。
「スミウラさんはなんにもやってないじゃないですか……」
「こう言うの向いてねぇんだよ…。なんでかは知らねぇが、大概、怒って帰りやがるからな…」
口を尖らせてぼやく住浦さん。
彼が聞き込みをやりたがらなかったのは、本当に想像どおりの理由だったわけか…。
「言った通りッスね…」
「うん……」
自分が言えたことではないけど…なんか理由が悲しいな…。
「おーいスミウラァッ!お前もこっち来て食え!ヒカワ達もええでぇ!」
僕らが
この人、本当に聞き込みしてるのだろうか……。
「ったく……とりあえず俺だけでもいかねぇとうるせぇから行ってくる…。めんどくせぇからお前らは来なくてもいい」
住浦さんはいつもよりも面倒くさげに大きくため息をついて、陪川さんの元へ歩きだした。
彼ら乗り気では無さそうだが、あの
「じゃあ、俺は次の聞き込み行ってくるッス!」
そう言って、始堂くんは敬礼をして、今度こそはとスーツのよれを直して意気込み、聞き込みへと駆け出した。
休日の南中、ライブフェスの開演時間のように賑わう商店街の真ん中、元詐欺師の若者とベテランの警官が二人…。
僕の隣にいる彼は、ふぅと息を着いて、改めて聞き込みで得た情報をまとめたであろうメモ帳を開いている…。
彼は、どこか彼の後輩とは違う真面目な雰囲気が漂っているから、なんかちょっと気まずい…。
正直、始堂くんとは年齢も近いし、なかなか馬もあったから時間がつぶれたけど、斐川さんは年齢が全然違うし、なにより作戦会議の時に口走りそうになっていたあの言葉もある……。
少し言い出し辛いだが、ここはもうこちら側から「僕もちょっと聞き込み行ってきますね」と切り出すしかないか…。
「えっと…」
「全く……あんなのがスプリミナルとはな……」
しかし、口を紡がなければならなくなるような冷たい言葉が、また斐川さんの口から耐えられずに溢れでていた…。
その言葉は、換気扇の起動音よりも小さくて、普通なら誰にも聞こえないと思う。
けれどそれは、軽度の疑心暗鬼な僕によって、たまたま拾われてしまった。
「ヒカワさん……スプリミナル、嫌いですか?」
その上、やめておけばいいのに彼の言葉の理由を聞いてしまう…。
「…何故、そう思ったんですか?」
斐川さんは、住浦さんと同じ罪人である僕に対して、笑みを忘れずに毅然としている…。
「だってさっき…"あんなのがスプリミナルとは"って言ってましたし……会議の時も"これだから特異点は…"って言おうとしてましたよね?」
僕の問いかけを聞くと、彼の笑みが苦いものに変わる。
「アハハ…わかってしまいましたか…」
すると彼は、ため息を鼻から吐きながら、手帳を胸ポケットにしまい、自らの胸に手を当てる。
「始めに言わせていただくと、私は人間もリージェンも好きです。どちらにも正義があって、どちらも思いやりの気持ちが溢れている。だからといって、どちらの至上主義と言うわけでもありませんし、少なくともこの街だけでも、互いの種族によって誰も傷つけられず、皆が平和に笑って暮らせる場所になったら良いのにな、って思います。ただ…自分は犯罪者と能力者が好きじゃないだけです……」
僕の顔をうかがって、まだもう少しの笑みを保っているのに、悲壮感を感じた。
「どうして…?」
「実は、スプリミナルができる前から、私は警察としてハイカワさんと行動を共にしてました…。大勢の犯罪者を捕まえましたし、その中には同種の至上主義者もいました。しかし…その中でも、犯罪者の中の人間は、あまりにも能力持ちが多すぎる……」
この言葉を聞いた後、彼の顔からは伺いの笑みですらも、忍に消えていた。
「手刀から風の刃を出して、無関係の人間を斬首した者、水の能力で溺死させた者、土の能力で生き埋めにした者……今浮かぶ中でも、これだけの異能犯罪が存在していたんです…」
残酷すぎて考えたくもないけれど、それが現実か…。
「今日だってそうですよ。概要はわかっていませんが、ユキマチは犯罪を起こす思想と異能力を持ってます。それなのに…能力者と言うものは…っ!」
「力は正しいことに使えば、きっと世界へ素敵な効果を及ぼす存在の筈なんです。なのに…私が出会った能力者の中には善き者は一人もいない……」
彼の口からそんな言葉が出るのも、きっと能力者への偏見と怒り、そして彼自身が武装警察への誇りを持っているが故だろう。
言葉通りに自分自身を見つめ直すと、なんだか内蔵を鷲掴みにされたような気分になる…。
罪を犯し終えた後に発症していても、僕だって同じ類いの犯罪能力者だと思う。
ミラーマフィアや雪待のように、誰か人を殺していなくたって、どこかの誰かを泣かした僕は、斐川さんの嫌う人間だ…。
「僕は…」
だからこそ、自然と口から溢れた言葉。
「僕は…できれば、この能力を良い事に使いたいです……」
その言葉に嘘はない。
もうできるだけ、付きたくないから。
「そう…そうですか……」
溢れた言葉を受け止めてくれた斐川さんは、柔らかく笑みを浮かべた。
「すみませんユウキさん。急に不平不満を沢山喋ってしまって…。大変申し訳ないことを…」
我に返った斐川さんが、先程まで語っていた愚痴について、申し訳なさげに平謝りする。
「い…いえ!僕こそすみません…そんな嫌なことを思い出させてしまって…」
斐川さんもそんなに気難しい人ってわけではないのか…。
「いやいや…私の方は別にそんな…。それに…それはハイカワさんが一番わかっていることかもしれないですしね…。私が貴方まで巻き込んで、こんなに能力者を否定するのは間違っていますし…」
僕を気遣って、言葉を取り繕って謝ってくれる斐川さん、
だが、僕はそれよりも彼の口から溢れた『ハイカワさんが一番わかっている』という言葉に、気を引かれていた…。
「もしかしてそれ…ヴィーガレンツの総大将…のことですか?」
聞いた途端、彼は少し驚いていた。
「知っていたんですか…?」
「はい。スプリミナルに入ったときに、武装警察との連携について聞かされて、その時に…」
講習で聞いたのはほんの少しだったのだが、郷仲さんと陪川さん、そしてもう一人の人間が武装警察として活動していたことが、なんとなく引っ掛かってはいたのだ。
「そうですか……」
すると、彼の表情がまた少し重苦しい物に変わる。
「実は、私は武装警察に来て結構長いので、その人の事も知っています…。彼はハイカワさんの事も、スプリミナルの社長の事も、親友として仲間として、大切に思っていた筈だったんですがね……」
過去形なのがまた悲しげに聞こえる。
信じるに足りていた人が、まさか信教的テロリストになるだなんて、きっと誰も思わなかっただろうな…。
「それと、スプリミナルの人間は誰もが罪を持っている、と言うのも私は知っています。だからこそ…私は一概に組織を信用することはできないんですよ…。勿論、スミウラも…」
今の斐川さんは、当人である僕に気を遣えるようなことをしない程、マイナスの感情が頓挫しているようだ。
彼の言うとおり、スプリミナルが罪人だらけなんてことを聞いたら、きっと誰も信用なんてしてはくれない。
だから証拠として、スプリミナルはその情報を隠すように都市伝説や噂の産物という存在になっているのだ。
自分自身だって同じだ。
僕が元詐欺師とわかれば、多く人間が離れていくんだろうな…。
なんて想像していたら、自分自信が虚しく見えてきた。
「大丈夫…ですか?」
斐川さんが僕の顔色に気づく。
「あ、一応…」
「すみません…いくら罪人だと言っても、今は仲間なのですから、こんなことを言ってはいけませんよね。申し訳ない…」
そういって、軽く頭を下げて平謝りをする斐川さん。
彼は厳格っぽくて少し怖いけど、しっかり礼儀がなっている人なんだな…。
「いえ…罪人を嫌うのは当然なので、大丈夫ですよ…」
彼の顔を伺ってそうは言うけれど、結局心が痛むのに代わりはない…。
この痛みも罪人が故。
我慢するしかないのだ…。
ガァンッ!
そんな感傷に浸っていたその時、総菜屋の方に金髪といくつものピアスを上けた、如何にも柄の悪い男が押し入り、陪川さんの胸ぐらを掴んでいた。
「ようやく見つけたぜ…てめぇ…」
押し入って来たこと自体恐ろしいことだが、タバコと酒で焼けた掠れ声が、さらに恐怖心を煽っている…。
「あ?誰や?」
こんなに恐ろしい印象を前に出してるのに、陪川さんは彼に覚えがないらしい…。
「ふざけんじゃねぇ…っ!数ヵ月前に俺を侮辱したこと!忘れたとは言わせねぇぞジジイッ!!」
ガラの悪い男は、ポケットの中から大きな黒い物体を取り出すと、そこについているスイッチを押し、バチバチとスパーク音が鳴らした。
「あれ…スタンガンじゃ!」
助けに入ろうとしたが、斐川さんが片手を広げて僕を止めた。
「大丈夫ですよ。見ていてください」
「え…?」
武装警察の隊長であっても、スタンガンなんて相当警戒しなければならない武器なのに、なぜ止められるまでの自信が…。
「侮辱て…。ただ、未成年の煙草はアカンで~って言うただけやんけ。あ、あのとき一緒に
一方、叔父さん特有の悪気もデリカシーもない発言に、男の怒りが逆撫でされる。
「いちいちうるせぇんだよ!!てめぇに復讐するために来たんだ…死ねやぁっ!」
顔を赤茄子のように真っ赤にしながら、男はスタンガンを振りかぶり、僕は恐れで思わず目を閉じた。
「やめろっ!」
バァンッ!
住浦さんの声が聞こえた次の巡見、破裂音が商店街に鳴り響く。
「えぇっ!?」
さすがの隊長も倒れてしまったかと思ったその直後、間抜けな酒やけ声が聞こえ、恐る恐る目を開けた。
陪川さんは全くの無傷で、男の右腕にはなぜかバラバラになったスタンガンが握られている。
なにが起きた…?
「あー…ごめん、また壊れてもうたなぁ…」
何故か手を合わせて謝る陪川さんを、男はバツが悪そうに睨みつける。
「てめぇ…異能力者か…くそがっ!!」
武器が故障し、状況が不味くなった男は、踵を返してその場から立ち去ろうとする。
「
ガキィンッ!!
「ぐぶぅっ!」
しかし、住浦さんは腕を鉄化させ、逃げようとする男の首を巻き取るようにラリアットをかました。
「さっきからギャーギャーうるせぇんだよガキが…。やめとけっつったのに突っ走りやがって……」
攻撃を受けて倒れた男を煽りつつ、彼は男の腕を背中に回し、体重をかけて動きを止める。
「ハイカワ、こいつどうする?」
住浦さんの問いを聞くと、陪川さんは爪楊枝を加えながらしゃがみ、男の顔をじっくりと見つめた。
「恐らく、こう言うことは始めてやろ、今はユキマチの事件のが大事やから逮捕まではせん。これは俺の事情ってだけやし、第一お前が助けてくれるのは解っとったしな」
陪川さんがニッと微笑むと、住浦さんは鼻で息を吐く。
「ふん…。だってよ、運が良いなぁ?」
そう言って得意がる住浦さんだが、その顔はなんだかまんざらでもないようにも見えた。
「まぁ…俺だったら…てめぇの
「ひ…ひぃっ!」
先ほどまで死ねと粋がっていた男は、住浦さんの鉄化した拳と脅しに怯える。
誉められた時よりも脅迫する方が良い顔をしている先輩は、やはり罪人に間違いないのだろうなと、改めて分からせられ、それと同時に、陪川さんの目の前で起こった謎への疑問が浮かんだ。
「ね?大丈夫でしょう?」
陪川さん達の元へと歩き始めながら斐川さんが微笑む。
「ハイカワさんって、もしかして能力持ちですか!?」
足並みを揃えながら彼に問う。
あんな新品っぽそうなスタンガンを、僕が目を閉じている一瞬の間で、バラバラに壊してしまうなんて、さすがに異能力を疑った。
「違います…。彼は、そう言う体質なんです」
首を横に振った回答に、僕は首をかしげざるを得ない。
「パウリ効果のラッキー体質。人間が元々持ってる体質が、少し肥大してるだけなんですよ。なので、彼は意識をして壊すことはできず、異能力とも分類されていません」
「な…なるほど?」
わからない…。
彼が破壊さんと呼ばれている理由は分かったし、パウリ効果が簡単に言えば『人より物を壊しやすい』って言うのも理解した。
それにラッキー体質ってのも文字通り。
ただ、それら全てが同じ身体に同席していると言うミラクルに理解が追い付いていないのだ…。
リージェンに適用するために人間に異能力者や特異点等の種類があるけれど、人間の本質もそんなに肥大しているなんて思いもしなかった。
「おっ、ヒカワとユウキくん、おつかれさん。ごめんなちょっと取りこんどって……」
「いえ、お気になさらず」
総菜屋に入ってきた僕らに気づいた陪川さんに向け、斐川さんは癖の如く敬礼する。
人が良い上にスタンガンを動作もせずに壊せる彼が、まさか無能力者だったとは…。
世界ってのは、本当に見えなくてわからないものだな…。
「おっと…悪い、ちょっと一つだけ聞きたいことがあるんやけど…」
スーツの内ポケットから、彼は一枚の写真を男に見せる。
「こう言うやつ…知らんか?」
男の目の前に出されたのは、雪待の顔写真。
そこに映る顔を見るなり、男の顔からスーっと血が引けるのが見える…。
「し……知ってる……!知ってるから!もう暴力はやめてくれ!」
「どこや?」
ダラダラと汗を流しながら、男は話始める。
「よくゲーセンの裏で屯してんだよ…。ウィルハウスってとこ!そこでヤクみたいなもん売ってるの見た…。けど、俺はそんなもん使ってねぇ!だから放してくれ!」
汗まみれで助けを乞う男、先ほどまでの威勢は一体どこへ行ったのか…。
「うーん…。でも、お店のひとに迷惑かかってもうたからなぁ…?せめてなんか誠意見せてもらわんと…」
陪川さんが迷っている最中、キヨさんと呼ばれていたヤモリのリージェンが、ふぅと煙草を吹かした。
「いいよ、イノちゃん。離してやりな。誠意なんか食えたもんじゃないし、こんなのがいたら店の士気が下がっちまうからね」
煙草片手に嘲笑する年配、上った煙が天井にぶつかって崩れる…。
そんな情景にちょっとしたハードボイルドみを感じつ、この人の寛大さを知った。
「やって、もう悪いことすんなよ?誓えるか?」
「は…はいぃっ!」
「うん。良ぇ返事や」
陪川さんと誓いを交わすと、住浦さんは鉄化を解いて彼から退く。
先ほどまで堂々と悪びれて復讐心を抱いていた青年も、今では小便でも漏らしそうな程のへっぴり腰だ…。
「とっとと行けカスが…」
「今度やったら、俺が直々にげんこつ食らわしたるからなぁっ!」
住浦さんの冷嘲と陪川さんの威圧に、青年は恐れのあまり即座に背を向ける。
「ご…ごめんなさいぃぃぃぃいっ!」
そして、泣き出しそうな声を出しつつ、コメディ漫画のように爆走してどこかへ消え失せた…。
「二人とも…強い……」
この前も思ったけれど、"こう言うところだけ"はさすが先輩と言えるし、陪川さんも大隊長としてすごく偉大な威厳を見せてくれた…。
隣にいる斐川さんも、これには口角が緩んでいるようだ。
「よーっしゃ!これでユキマチが居るところが分かった!キヨさん!オバちゃん!いっつもありがとうな!お総菜はまた取りに来るさかい、置いといて!」
口に加えていた爪楊枝を、遠くのゴミ箱にノールックで投げ捨てながら、総菜屋のおばちゃんに別れを告げる。
「はーい!」
「次来るまでにはくたばるんじゃないよ!」
「わかっとるわっ!」
彼はニヒヒとちょっと悪びれて笑った。
こんなふざけた喧嘩腰の会話も、陪川さんが地域とふれあい続けたからこそなんだろうな…。
こういう友達を一人も作ったことがない人間にとっては、少しだけ羨ましさや妬ましさを感じてしまったりする。
そう思うのも、自分が見た目よりも器の小さい人間だからなんだろうけど。
「ったく……ハイカワといるとめんどくせぇことばっかり起きる…」
一方、陪川さんに振り回されていた住浦さんは、ジト目で彼を睨む。
「やけどラッキーや!相手のスタンガンが勝手に壊れてくれたし、なによりお前が居ったしな!」
「へいへい…」
やれやれと、疲れを溜め息に換算させる住浦さん。
色々と気になることはあるが、とりあえず、彼と陪川さんはなんとなく良いコンビなのは間違いないだろう…。
彼自信は陪川さんを嫌うが、彼が陪川さんを守ろうとしていた姿には尊敬する。
「あ、そういやさっき携帯拾ったのに、おばちゃんに見覚えないか聞くん忘れとった…」
「知らねぇよ、金になるだろうから貰っとけ」
「なんでやねん」
まぁ、金に関しては本当にクズなんだけど…。
「ヒカワさん!」
そんな中、聞き込みに行っていた始堂くんが帰って来た
「シドウ。なにかあったのか?」
「はい!奴らのいるところわかりました!近くにあるクラッシュっていうバーの路地裏だそうです!」
始堂くんはようやく掴んだチャンスに喜び、笑顔で報告するが、その報告のせいで僕らの頭のなかに大きな疑問が発生した。
「ん…?ウィルハウスっていうゲーセンじゃねぇのか?」
「え……どういうことッスか!?」
「もしかして…あの不良は嘘を…?」
「でも…あの態度でデマカセを言ったようには…」
一時の疑心暗鬼が僕らの周りを舞う。
「ンンッ!」
しかし、重たい陪川さんの咳払いでそれは煙草の煙のようにスッと消えた。
「いや、どっちもあっとるよ」
彼はズボンの尻ポケットから古びた手帳を取り出して開く。
「総菜屋で話しとった時、実はユイちゃんとも出会ったんやけど、あの子は"ユキマチ達が喫茶店の路地裏で煙草吸ってるのを見た"って言うとったし、キヨさんから聞いた情報やと、あいつらはいっつも、どっかの路地裏に入っては姿を消しとるらしい…。その上シンパも多いっちゅうことは、ユキマチの囲いのなかに、異能力者がもう一人居るんやろう。任意の空間に移動させるっちゅう能力とかな…」
僅か数十秒の報告に込められた情報の量に、僕だけが驚いていた。
「さっきのお婆さん達とただ喋ってただけじゃなくて、ちゃんと事件のことも聞いてたんですか!?」
「まぁなぁ~♪ほれ、オバちゃんらや女子高生は噂話が好きやろぉ?半信半疑で信じとったけど、シドウやスミウラ達のお陰で、それがちゃんと確信できるものになったっちゅーわけや!」
発光ダイオードのように眩しくニカッと笑う陪川さんを見て、彼を疑っていた自分を殴りたくなる。
その上、彼は口先の推理だけではなく手帳の中には、一日では厳選しきれな誘うな量の情報が埋め尽くされていた。
半信半疑ではあったが、そのイメージに反し、彼は確かに地域と密着しながら、様々な情報を掴んでいたんだ。
この事実こそが、きっと今の陪川武装警察隊長という地位を作っているのだろう…。
「ちょっと待てよ!てことは、異能力の懐に入らなきゃ、確保もできねぇじゃねぇか!ミラーマフィアみたいな単調な奴等とは話が違ぇんだぞ!?」
住浦さんの一言に、僕らは気づかされてしまった。
そうだ、例えポータル効果的な能力を持ってる者がいたとしても、それを探る方法は少ない。
ハイドニウムが効くのも特異点だけだから、それを使うのも無理だ。
ようやく身柄を押さえられると思ったのに、これでは…。
「大丈夫!」
そんな時、陪川さんが啖呵を切ったと思えば、不意に僕の肩に手を置いて身体を寄せる。
「その為に新人くん連れてきたんやがな!」
「へ…?」
「頼んだでぇ…?スーパーレア特異点!」
「え…えぇっ!?」
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