4-3『Y講習中、K仕事中』
「そう……占いついでにごめんね。今日はクモに気をつけて」
晴天の下、占いの客である20代くらいの男女にそう言うと、彼らは僕に向けて一礼して、無言で代金を置きながら、そそくさと立ち去ってしまった。
彼らがこんなに素っ気ないのは、彼らに、今日は少しだけ運が悪いかもしれないと言ったからだろう。
仕方がないけど、それが占いだからしょうがないんだけどな…。
ちなみに、この光景を見られると、僕が占いで遊んでいると思われてしまいそうだが、任務をサボっているわけではない。
兼森宍道からの依頼を受け、僕は占い師を装い、ここら周辺のことを徹底的に調べていたのだ。
先程のように、昨日いなくなった娘の目撃情報については勿論、娘の通っていた学校への問い合わせや、家事代行サービス事務所への疑惑についても、占い師をしつつ多数の手がかりとなる場所へ聞き込みをしていた。
勿論、先程の客のように情報無しと言う場合もあるが、これまでに集めた物を全て纏めると、有力な物は沢山あった。
じゃあ、この貯まった情報をかき集めて整理し、いなくなった娘さんの行動について整理してみようか。
7時45分、兼森柚子は登校を始め、特に何事もなく学校へ行く。
凡庸な住宅街から、資材置場のある少し大きな町工場、24時間営業のファミレス、コンビニエンスストア、スーパー等の商業施設を通り、学校区に到着するというルートだ。
家からはそこまで長い距離はないため、小学生くらいの子供が群れて歩く速度であっても、約15~20分までには必ず到着できる。
彼女の行動を第三者視点から見ても、登校時になにか変わったことはないし、聞き込みからは、学校区についたら、普通に友達と歩いていたという情報もあった。
学校側も、登校してきた兼森柚子には特に変わったところはなく、友人と楽しくいつも通りの一日を過ごしていたらしく、校内でなにかトラブルがあったようにも見えなかった、と言っていた。
学校側の主張が真実となると、誘拐された時刻は下校時ということになる。
6時間目が終わるのは大体15時で、帰りの会を終えて帰る時間は15時10分。
その時間、教員やクラスメイトからは、彼女はいつも通り普通に下校をしていたと言う情報を得ている。
兼森親子が住んでいる場所に同級生は居らず、学校区から出れば、一人で帰ることがほとんどとのこと。
そのため、彼女がいなくなったことに、同じ地域に住んでいる人間の多くが、彼女が帰ってこないことに疑問を抱いていたのだという…。
となると、彼女は"住宅地に付く前にもう居なくなっていた"ということになる。
その上、平日で多くの人間は仕事に忙しかったため、ファミレスの店員や町工場の人間達も、彼女の姿をみることはなかったと思われる…。
「居なくなった場所は、学校区から居住区の間…かもな……」
となると、考えられるのは車等の乗り物か、異能力による誘拐。
家事代行サービスの亀梨は、毎日車で家に来ていたし、兼森柚子からは信用を得ていたため、誰の疑問も抱くことなく犯行に写すことは可能だろう。
それに、地域の人間からの情報によって、亀梨は15時から車で買い物に出ていたとの証言もあった。
しかし、ここでネックな手がかりとして成り立つのは『砂』だ。
亀梨の住んでいる家を調べてみると、彼女はバラーディアでは珍しい、農業地帯に年老いた両親と住んでおり、家の近くには砂栽培を行っているビニールハウスがあるとのこと。
その砂が車や靴につき、兼森柚子を誘拐する際、車や身体についた物が、道に落ちたとも考えられる…。
僕はその情報を、家事代行サービスに行って突きつけてみたが、そちら側は否定の一点張り。
その上、亀梨は"自分の責任力の怠り"を責められたが故、本日は業務に来ていなかった上、家に行っても家族ぐるみでそこには居なかった。
これはもう犯人で確定だ…とも思っていたのだが、捜査をしている最中に、その節は一瞬で崩れ去った
路上に落ちていた砂の成分と、農業で使う砂の成分が、目で見てわかる程、全く一致していなかったためだ。
それに、彼女のことを同僚の人にも色々聞いてみたが『本当に仕事熱心な人だった』や『要らない感情を仕事に持ち込まず、しっかりと仕事をこなす人だから、今回の失敗を重くみたのかもしれない』という声が沢山上がっていた。
家事代行サービス全体で嘘をついているのではないか?とも考えたが、全国展開の大きなサービスであったから、一人の女性を庇うだけの嘘をつくには大きすぎる責任がのし掛かるし、そもそも起業ぐるみでたった1人の女の子を拐うにはリスクが高すぎるのだ…。
渋々、砂は科捜研の方に成分調査を依頼し、僕はまた聞き込みへと回らざるを得なくなった。
依頼受諾から、占い兼聞き込みをして数時間。
有力と感じた物は、間接的な手がかりとして一件だけだ。
それも、今回のトリックや犯人を解くには、少々難解なもの。
時刻はもう昼を過ぎてる。
この兼森柚子誘拐事件は、もう少し混沌を極めそうだ…。
「はぁぁぁあっ!こんなの一人でやれとか…ほんっと面倒……」
僕は大きくため息をつき、机に足を乗せながら、背もたれに体重を乗せて仰け反った。
満点の青空が僕を嗤っているようで腹立たしい。
別に苦しくはないが、昼飯もとっていないから腹は減っている。
今日はバケモノがしゃしゃり出てこないだけ良いが、未だ解決の糸口が見えない事件のせいで、僕の中の面倒くささが誇っている。
今の頭のなかにあるのは、想定できる幾人もの犯人やその動機の数々。
だが、その想定で動きすぎてしまっては、本当の悪い大人ってやつに自身が騙されてしまうから、もっと現場に踏み込んだ上で確信が取れる証拠を掴まないといけない…。
「となると……もうあれに頼るしかないか……」
スプリミナルの立場として、あまりグイグイと警察に頼りに行くのは進まないのだが、依頼を全うするためだから仕方がない…。
僕はズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、その番号からスプリミナルの隠れた協力者であるその場所に発信をした。
「もしもし?スプリミナルのミズハラですけど、中央警察署の監視課に繋いでもらえます?」
僕がそういうと、案内員はスプリミナルという存在に少し戸惑いながらも、この外線を監事課に回した。
「……もしもし?ミヤサワくん?ちょっとそっち行くから、昨日の15時10分~15時30分までのバラーディアTB市部15区僉川M-AS辺りの監視カメラ映像集めといてくれる?…うん0066の朝道小学校からのところ。よろしくね」
僕が話し終えると、電話の奥から了解の声が聞こえ、同時に電話が切られた。
あっちに頼るのはあまり好きじゃないが、"警察と道具は使いよう"ではあるから、立場的に形見が狭かろうが、仕事を終わらせるためには、なんでもすればいい。
そう、郷仲から教わっていた。
「あとは……」
しかし、自分の考えを確立させるためには、まだ調べなければならないことがある。
また電話帳アプリを開き、そこから情報操作課の番号を出し、そこから電話をかけた。
「もしもし?特異探偵課のミズハラだけど。捜査課のユウカくんに、特定種のリージェンについて調べて欲しいって伝えといてくれる?詳細は……」
まだ確定した情報ではないから、ここでは伏せておこうか。
「……ありがとう。よろしく」
情報捜査課に捜査を委託し、それを相手が了承したことを確認したところで、僕は電話を切った。
この事件にとって、これが少しでも好機になってくれると良いのだが、世の中そんなにうまく行かないことはわかっている。
「よっし…行くか……」
それでも、とりあえずは歩いていくしかない。
太陽が照る空の下、未だ半人前の僕は、中央警察の方へと急ぐ。
ふと目に入った電光掲示板の時計は、そろそろ二時を過ぎようとしていた。
◆
「それじゃあ次に、スプリミナルと武装警察についてを解説していくわね」
「よろしくお願いします」
僕が軽くお辞儀をすると共に、スクリーンに『スプリミナルと武装警察』の画面が写され、叶さんが説明を始めた。
「武装警察は、あくまでも軽視庁内の部隊のひとつ。リージェンがこの世界で暮らすようになってから、警視庁は『普通警察』と『武装警察』で部隊を二つに分けて、民間人の皆を守れるようにしているのは、知ってるわよね?」
画面には、警視庁からは『普通』と『武装』が分岐された画像が写されている。
「それも聞いたことがあります。普通警察は基本的に対同族関係を受けとることが多く、武装警察は対違族関係が多いって…」
警視庁に関することは小学生の教科書には書いてあるのだが、武装警察だけは、設立をされたのが20年ほど前で、正式な巨大警察機関として確立されたのは10年前、その時に明記されたのは小学生の教科書のみと言われているため、自分はギリギリ武装警察の事に関しては本格的な授業を受けていなかったのだ。
自分が本格的に武装警察の存在を知ることになったのは、テレビでやっていたニュース番組等だけだった。
「その通り。その上、武装警察は汎用型のアーツやトランススーツを装備することが可能になってるのと、ハイカワ イノスケさんっていう人が、対人対異行用の戦法を全員に教えてるため、ある程度のリージェンや異能力犯罪は食い止めることが出きるの。だから、普通と武装で管轄が違うのよ」
彼女の解説と共に、画像が男女の武装警察が装備しているアーツやスーツの解説を描いたものへと変わっていた。
正直今まで、武装警察と呼ばれている理由が分からなかったのだが、この解説でなんとなく納得できた。
スプリミナルと同じような装備をしているから"武装"警察と言うネーミングになったわけか…。
まぁ、まだトランススーツがどんな物なのかは分からないけど。
「なるほど……じゃあ、スプリミナルは…?」
「スプリミナルは、武装警察が設立されてからずっと後にできたんだけど…実はスプリミナルは、元々設立される予定はなかったのよね…」
その言葉に僕が少し驚いている最中、また彼女の顔が少し曇っていく…。
「…なにか…あったんですか?」
恐る恐る聞いてみると、彼女はおもむろに口を開く。
「スプリミナルが設立される前、当時、武装警察に協力をしていた一人の人間が、武装警察から離反して
スプリミナル設立の真実を知り、僕は先程以上に驚いた。
スプリミナルが出来たのは、郷仲さんの思いただ一つだったことと、それが友人の離反であったこと…。
郷仲さんの思想だけが、この大きな組織を作ったのだと思うと、彼の背中がさらに大きく見え、それと同時になにか大きな悲しみのようなものも見えてきたような気がした…。
「それが設立した理由なんですね……。ってことは、サトナカさんって警察関係者…だったんですか?」
僕が質問をした途端、彼女の曇り顔はスッと消える。
「一応そうだったわ。ただ、彼の本業は画家だから、立場的には警察への協力者というだけ。と言うのも、武装警察のハイカワと言う人は、ヴィーガレンツ創始者とトウくんの三人で親友だったのよ」
彼女の鬱めいた顔が消えたのは、恐らく三人のことを思っての事なのかもしれない。
郷仲さんの妻であるからというだけではなく、きっと創始者の人も、ハイカワさんと言う人も、叶さんにとっては大切な人だから…という風に自分は捉えられた。
というか、ふと考えると、郷仲さんの交遊関係ってすごいな…。
武装警察の偉い人と、敵組織の総帥…。
「……あ、だから警察との連携ができてるんですか!?」
冷静に考えてみると、そっちの方が自然だと思った。
「まぁ、平たく言ったらそう言うことかもね。トウくんとイノさんの関係があるからこそ、スプリミナルは存在できると言っても過言ではないし、多分、いま任務に出ている社員も、警察組織の人たちと連携して、依頼解決にむけて行動をしてるんじゃないかしら?」
叶さんの答えたことが、自分の想定したものと大体同じだった…。
通りで罪人だらけの組織でも、警察から認可されるわけだ…。
ここが罪人だらけなのも、僕なんかがここに居て良いのも、少し視点を変えれば、郷仲さんの思想の延長線だから…ってことになるのかもしれないな…。
やっぱり不思議な組織だ、スプリミナルは…。
「じゃあ、僕もまた警察の人達と連携することになったりするんですかね…?」
自分は詐欺師だったから、あまり歓迎はされない気がする…。
「可能性は十分にあるわね。まぁでも、イノさんがフレンドリーな性格だから、あんまり気を張らなくても良いわよ。ちなみに、民間人からの協力もたまにあるから、また確認しといて」
恐る恐る質問したが、叶さんの返答は特に恐れも怖じけもないものだった。
「は…はい」
その楽観的な返答が正直不安だ…。
いくらフレンドリーだって言われても、警察と元詐欺師が共に手を取り合うのは少しだけ無理がありそうで怖い。
こんなたらればまみれでヘタレな僕でも、ハイカワという人は受け入れてくれるのだろうか…。
「あと、スプリミナルは基本的に武装警察への許可がないと逮捕や駆除などに動けない、ということも言っておくわね」
彼女がそう言った途端、スクリーンにスプリミナルと武装警察の協力条件と命名された項目が写し出された。
【スプリミナルと武装警察の協力条件】
1.警視庁からの指示に必ず従うこと
2.原則、武装警察からの許可なく逮捕しないこと
3.処刑許可の降りていない犯罪者を処刑しないこと
4.駆除許可の降りていないノーインを駆除しないこと
5.犯罪行為は禁止。破った場合は罰則追加
推定されている5つの項目に、僕は疑問を感じた。
「認可組織なのに条件…ですか?」
認められているはずなのに、少し厳しいのではないか?
これでは確保のために自由に動けないのではないのだろうか?
様々な疑問やおかしいと思う部分が頭の中でグルグル回り、その
「スプリミナルは認可ではあるけど、それは"存在の認可"と言うだけなの。ここに書いてある通り、逮捕をする際には、警察から許可が降りている場合か、相手の攻撃への正当防衛等の特別な場合だけ。それに、ここは罪を持ってる人が多いし、それに対する世間の目も気にしてるみたいだから…しかたがないと言えばしかたがないのよね…」
やるせない気持ちを言葉に乗せながら、叶さんがペンを回すと、赤いレーザーの光が、条件の項目を丸で囲うようにぐるぐると動く。
彼女の言うとおり、ここは罪を持ってる人の集団だ。
規則が厳しくても、罪人だらけのこの組織に、世間もあまり良い目をしないだろうから、しかたないのかもしれない…。
色々と思うところがあるが、やはり地位や権力はあちら側が上だから、こんなことで反発しても良いことはないだろうな…。
「ちなみに、その許可が必要な逮捕の時、悪い人を捕まえる場合には、このプリズンシールを使います」
そう言うと、叶さんはポケットの中から赤黒く透き通るアクセサリーを取り出した。
「プリズンシール…?」
彼女の持つそれは、鳥かごのような造形の上に、十字架が備え付けられ、その下には大きな注射針のような物が生えている。
そう言えばこの前、発砲犯を捕まえるときに郷仲さんがこれを使っていたな…。
「これはなんと、相手をこの中に吸い込んじゃう簡易的な監獄なの!小さくて連行も楽だし、その上これに吸い込まれた人は、どれだけ深い傷でもつるっつるの新品肌に治してしまうほど、すごい治療薬が入ってるんです!」
なんと…そんな素晴らしい機能がこの小さなガラス細工のような、少しおぞましくも綺麗なアクセサリーに隠されていたのか…。
じゃあ、一昨日のあれはあくまでも籠の中に収容したってことなのか…。
「まぁ、あくまでも外傷だけだけどね~。ちなみに、医療現場でもたまに使われるのよ」
「へぇ……活気て……きっ!」
プリズンシールの機能性や汎用性に驚く最中、突然ぼくの腹部に、その太めの針がグサリと突き刺された。
「じゃあ、新人研修として、これに吸い込まれてみましょう!」
さすが郷仲さんの妻だ。
にっこりと微笑みながらさらりとそんな怖いことを言うとは…。
というか、これが攻撃じゃないからか、お腹がめちゃくちゃ痛いし!
「ちょ!ちょっとまってちょっとまって!こんなのきいてな…」
パンッ!
◆
昼下がり、日の光が大きな建物の銀のような窓に反射する…。
スマートフォンから時計を見てみると、もう間もなく三時になる位の時間で、腹がグルルと鳴る程に減っている。
特異を使えばもっと早く移動できるのだが、午前中に結構使ってしまったから、もしものためにクールダウンさせておかなければならないため、仕方がないから公共交通機関でここまできた。
早く一段落終えて昼食にしたいと思いつつ、僕はバラーディア中央警察署に足を踏み入れる。
自動ドアが開くと、そこには『万引き防止キャンペーン』だとか『やめよう、種族差別』、『リージェンと人間に優しい国を』なんて言った、如何にも正義気取りな張り紙が、待ち合いの机や壁に沢山張ってあった。
相変わらず陰気臭いな、と感じながら、トランス済みの僕は顔を隠しているフードの位置を直しながら、受付に行く。
「こんにちは。本日はどうされました?」
受付の犬型女性リージェンが、笑顔を浮かべて話しかけるてくると、僕はパーカーについたエンブレムを外し、彼女に見せる。
「スプリミナルのミズハラ カドヤだけど、ミヤサワ セイヤくんの所にアポとってるから良い?」
スプリミナルの単語を聞いた途端、彼女の表情は歓迎から、軽蔑を含む物に変わった。
「確認します…」
睨んでいるような細目のまま、彼女は内線を繋ぎ、来客の確認を取る。
その途端、エレベーターからタイミング悪く交通安全課の警察官が数名出てくると、僕の姿を見るなり、小声で陰口を言い始めているのが遠くからでもわかった。
「罪人がなんの用だよ…」
「自首じゃねぇの?」
「いや、ブタ箱が家なんじゃねぇの?w」
悪口は種類問わずに聞こえてくる。
こんな小言、自分はずっと昔から聴いてきたから慣れているけど、あんまり気持ちの良いものじゃないのが当然だ。
「うるさいんだけど?」
振り向いて僕がそう言うと、彼らは一つ舌打ちをしてどこかへ行った。
活躍もできないくせに悪口しか言わない奴は、たった一言叱責すれば黙ることしかできなくなる。
こちとら、幾つもの事件を解決してきたんだから、たかだか声をあげることしかできない手足をもがれた百舌鳥みたいな奴らに、必要以上に構うことはないんだ。
なんて鼻で嗤っていると、受付のリージェンが受話器を置いた。
「確認とれました。どうぞ」
「どうも」
未だ軽蔑の目を見せる受付の案内に、僕は一礼をして離れ、陰口の警察官が下りてからずっと止まっていたエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押した。
スプリミナルと言うものは、異常な組織だ。
郷仲の趣味かなにかは知らないけれど、全員が罪を持っていて、僕のような人間でも、郷仲が認めさえすれば入れる物なのだ。
それは一発で法で裁ける程の重い物もあれば、法的にみれば罪にはならずとも、その人間が精神的に罪だと思いこんでいるような場合の罪もある。
ちなみに自分はその前者だ。
だからこそ、僕らは何をするにも身を潜めておかないといけなくて、その象徴であるのが、今深く被っているフードだ。
わざわざ依頼人意外には顔を隠さないと行けないというのは面倒なことだが…それも致し方ないことで…。
「まぁ…こんな事慣れてるから、別に良いけど…」
スプリミナルに入るよりも前から、何百、何千と陰口を言われたかなんてもう覚えてないし、元からそんな低俗なことは気にしていない。
同じ穴にすら入ったこともないバカに時間を費やすなんて事自体、馬鹿馬鹿しいんだから…。
―でも、願えるならやめてほしい…って思ってるんでしょ?
「またお前か…」
少しずつ上っていくエレベーターの中、僕は一人、僕と言う残像と対峙する。
―やめられないよね?全部僕のせいなんだから…
萎びた体毛を揺らしながら、ニヤリと笑うその姿は、今も昔も変わっていない。
相変わらずなにもかもわかっているような態度が腹が立つ…。
「わかってるよ…めんどくさいな…」
怒りを交えつつ、僕はそう言うと、バケモノはムカつく笑顔のまま、蜃気楼のようにそっと姿を消した。
内容が内容だから、自分の罪を滅ぼそうなんて気はさらさらない。
だからなのだろう、こいつがいつまでも僕に取りついているのは…。
嘘まみれの自分を好んで寄生するその害獣は、いつまでも僕を睨んでいるんだ…。
ピーンポーン!
なんてことを考えていると、エレベーターから到着のアナウンスが聞こえ、目当ての階で扉が開いた。
エレベーターから降りると、その場所はまるで、スラム街で神からの人類滅亡でも起こされたかのように、しんとしている…。
通りすがる部屋の殆んどは資料室や備品の保管庫で、日光すらも入っているのかどうかわからない薄暗い廊下に、毎度混乱する。
こんな闇に包まれたような空間の中、たった一室だけは明かりが灯っている。
そこがリージェン国家になって出来た、新たな警察課の一つであり、僕らの強い協力者だ…。
「ミヤサワくん、来たよー」
勢い良く扉を開けて声をかけると、机の上で無数に広がるモニターの画面をみていた一人の男が、僕に気がついて振り向いた。
「あぁ、ミズハラくん。言われたもの、用意しといたよ」
ブルーライトカット用の眼鏡を外しながら、裏表の境界が少なそうな表情で、彼は爽やかに微笑んだ。
普通警察バラーディア本部、監視課所属、
丸っこいショートカットに、如何にも何でも出来そうなお兄さんって感じの顔だが、体力を使うのはあまり好きではなく、趣味はインターネット経由のハッキングと言う、世間的には陰キャと言われる者にカテゴライズされるような人間だ。
「ありがと。さすが警察期待の星」
「それはどうも…」
宮澤くんは苦笑いで僕のお世辞を返す。
液晶画面で埋められたこの監視課は、宮澤聖夜一人で全て動かされている。
犯罪率25%を越したことにより、ついに政府や警察の数名が『全国の監視カメラ映像の保存と、視聴をするための部署を建てた方がいいのではないか?』という意見を出してきたのが事の始まりだった。
確かに、各所に監視カメラを置き、監視映像を保存することで、多くの犯罪を発見できるメリットがあるのだが、世間の人間は某国の歴史を思いだした事で『決して監視社会になってしまってはいけない』という意見が、賛成意見を上回る程多く出ていたため、監視課の設立は難航どころか、案の廃止すらも考えられていた。
そんな中、武装警察の隊長である陪川威之助という人間が『現在、リージェン至上主義団体の過激派増加が強く懸念されている。だからこそ、あくまでも保存をするだけの監視課は必用なのではないか?』と訴えた。
監視をするのはたった一人。
現在設置されている監視カメラの追加設置を、国からは決して要請しない。
国民のプライバシーを最大限に守る。
という、陪川の監視課の条件も合わせて提案したことにより、自体は大きく動き、世間の人間の中にも、監視課設立の声が多く上がり始めた。
その結果『選定は警視総監に一任する』であったり『監視によって、指定犯罪以外では自発的に逮捕することは禁ずる』等、様々な条件が多数寄せられた事で、監視課の設立は決定した。
そんなゴチャゴチャと弁論を繰り返していた裏で、警察のデータベースを興味本意だけでハッキングして除き見ていた人間、宮澤聖夜が、監視課の唯一の隊員謙課長として選ばれた。
そんなことで?と思われるかもしれないが、実は警察のデータベースのログインは、犯罪係数の低下のため、2020年よりもさらにさらに強固なものになっており、海外の天才ハッカー集団でも、ログインには数ヵ月以上は必要だと言われている程。
それを宮澤聖夜が行った、たった一時間のハッキングをしただけでログインして覗き見れた、という事実を、警視総監が高く高く評価したらしい。
そして、監視課に抜擢された宮澤くんは、彼の許した人間でないと入室できない程、厳重な管理がなされた部屋の中で、ほぼ休みなしどころか、仮眠用の居住スペースまで備えられているその場所で、毎日監視カメラの映像を整理、保管している。
「お、今日はドーナツか…アメリカの警察みたいだね」
その上、宮澤くんの場合は、食糧も基本的に『言えば買ってきてくれる』というシステムらしく、そんななにもしなくて良いことに、少しだけ羨ましさを感じている。
「昼食まだだから、ひとつ貰うよ」
僕はストロベリーチョコレートのかかったスタンダードな生地のドーナツを手に取った。
「相変わらず、おやつを見つけるのは早いね…ついでにコーヒーでもいる?」
「甘いのでね」
「ハイハイ…」
彼はそう言って、席から離れて居住スペースに置いてあるサイフォンを手に取った。
ハッキング以外の趣味がドリンク作りのため、彼はよくコーヒーを作ってくれるのだが、それがなかなかに旨いのだ。(まぁ、あおいのコーヒーには叶わないけど)
そんな彼を横目に、僕は無数の監視モニターの机に置いてあるタブレット端末を手に取った。
「よっと……それじゃあ見ていくかね…」
近くの椅子に座り、ドーナツを口に加えながら、画面をフリックすると、彼に頼んでおいた監視映像が大量に出現し、一斉に動画が再生された。
それは、誘拐された被害者である兼森柚子の登校ゾーンにつけられた監視カメラ映像の全てだ。
時間を指定して映像を再生し、兼森柚子の行動を追うように見る。
「コンビニ前は…なにもないか…」
動画を粗方確認してから横にフリックすると、映像がまた違う視点からの物へと変わる。
「町工場……も無し……一番怪しかったんだけどなぁ……」
例え視点が変わっても、映像に写る彼女に特に違和感を感じる様子はなく、普通に登下校をしている様しか見受けられなかった。
しかし、次に見た住宅街の映像からは違い、時間が経過しても姿が見えなかったことから、彼女の姿は消えていたと判断した。
「ってことは…住宅街近くで消えた…ってことか……」
口に含んでいたドーナツを飲み込みながら、改めてザッと全ての動画を見直してみる。
「一応、スーパーのところに家政婦の車はないし、家にも帰ってない…」
だが、動画を見る限り、家政婦が連れ去ったと言う形跡もない。
それだけで家政婦の線を消すことは勿論できるが、この世界には異能力と言う物があるから、可能性を紙屑のようにポイと捨ててしまうことは出来ないのだ。
「お待たせ」
画像探しの最中、宮澤くんが出来立ての珈琲を持って、僕に渡した。
「ありがと…」
少し高そうなコーヒーカップを手にとって、再製されている動画を注視しながら、淹れてもらった珈琲を一口飲んだ。
「ん…豆変えた?」
「変えてないよ。僕のブレンドは当たり外れが激しいっていったでしょ?」
そういや始めてここに来た時にもそう言ってたな。
あおいのコーヒー位ずっと飲むわけじゃないから、忘れてた。
「んじゃ当たりか」
「おめでと」
普通のコーヒーと違い、苦味よりも甘味が強いから、個人的には大当たりだった。
と、そんなコーヒーの感想を述べている場合ではない…。
「僕、作業してるから、なにかわかったら呼んで」
「了解~」
宮澤くんは僕の近くにあった椅子に腰掛け、多くのモニターを見つつ、パソコンを動かし始める。
監視課として、動画のデータベースの整理は大切な仕事だからな。
「自分も…もっとしっかり見ないとな…」
探偵として、仕事を全うすべく、僕はまたタブレット端末に目を向ける。
人間が一度に認識できる映像数は少ない。
だからこそ、繰り返し視聴をしないと気づけないことが多いから、僕は何度も何度もそれを見返して、手がかりを見つけなければならない。
それだけならまだ楽なのだが、尻尾をつかむなら、同時にカメラの死角や盲点も考えなければならない。
監視課はそこら中に監視カメラを置く組織ではなく『民間人が設置したカメラの映像にハッキングをして監視映像を入手する課』のため、死角や盲点が生まれるのは必然だ。
勿論、そこら中の監視カメラをハッキングするため、ほぼ全体の動画は見れるのだが、それでも本の少しの隙間は拭いきれないし、政府や警察による監視カメラ増設の命令等は禁止されている。
だから、注目すべきは彼女の姿だけでなく、壁、地面、その場の人間の反応等、注意して見なければ分からない程細かなことを、もっともっと広く見なければわからない。
今の監視カメラは画質が映画撮影用ばりに高いから、地面の先までなら少し拡大するだけでもよく見える…。
「………ん?」
だから、その違和感に僕はようやく気づけた。
地面が一瞬にして変わり、それ以降に"少女がいなくなっている"ことを…。
その間、長いことに一時間はかかってしまった…。
「ねぇ、この時間帯、ここに女の子通ってない?この子なんだけど…」
「ん…?どれどれ?」
僕は映像に指を指しながら、宮澤くんに聞くと、彼は僕の肩に顎をのせて、再生した映像を一緒に見た。
その映像は丁度、町工場にある資材置場を通りすぎ、住宅街へ差し掛かろうとしていた所だった。
資材を盗まれないようにと付けたのであろう、工場視点からの監視カメラ映像と、民家や電柱に取り付けられたカメラの映像には、間違いなく兼森柚子が通りすぎるところが写っていた。
しかし、その次にある監視カメラには、女の子の姿が全くと言って良いほど写っておらず、限りある視点を改めて見てみても、彼女が消えたと言うシーンが全く写っていなかった。
「女の子が、消えた?ちょっと待ってて」
彼は僕の手からタブレットを取り上げ、デスクに置いてあるパソコンから検索し、再生した映像と照らし合わせながら、捜査を始めた。
こういう事件の時だけは、監視課のデータベース検索や照会等を使うことが許されている。
ちなみに先程、監視用モニターに立ち小便をしている子供が写ったが、そういう場合の自発的な逮捕は禁止である。
「なるほど……これ見て」
数分後、宮澤くんがエンターキーを押すと、PCモニターに先程まで見ていた動画を写した。
「これとは別の日や時間を検索してみたら、昨日の映像以外で、この子は何気なく普通に登下校をしていたみたいだ。そのため、たまたま死角から寄り道や近道をしたとは考えられない。ということは、確かにこの日、この場所で、女の子は消えていることになる」
彼は説明に合わせながら、映像を何度も止めては動かしを繰り返す。
「その上、昨日の映像を巻き戻しやスロー再生、拡大等、色々してみたら"女の子が歩いていた形跡"までもが切れてるんだよね…。足跡のようなものは勿論、微妙の小石やチリすらも途切れてる。それに、壁にもなにかが擦れたり触れたりしたような形跡も初めからない…」
彼に言われ、僕は机に置いてあったタブレットを再び手にし、再度映像に注目してみると、確かに地面の極僅かな色の違いであったり、砂の微妙な大きさの違いと言った物が目立っていた。
こんな物が証拠になるのか?と思う者がいるかもしれないが、この世界では、もはやそれぐらいに細かな部分を見ていかなければ、能力系犯罪を見つけ出すことはできないのだ。
「まじか……となると…監事カメラの盲点を狙って犯行に及んだ上に、形跡を消すことができる能力者…ということになるか…」
「でも…もしも異能力者を考えるとしたら、そこだけの空間を抜き取る能力とか、カメラ内の映像を操る能力、時間を止める能力とか…そこらも考えた方が良いのかもね…」
「確かにね…」
特殊異形能力系の事件を疑ったとき、なにより面倒なのはこういうところだ。
リージェンの特性能力と人間の特異点と異能力。
この世界中に生息する野生物のように、沢山の能力が発見されていても、未だ確認されていない能力も多数存在しているがため、一概に"これが犯人の能力"と決めつけることはなかなかできない。
「ただ一応、物的証拠みたいなものは上がってるんだけどね…」
「なに?」
僕がふと呟くと、宮澤くんが食いつくように顔を向ける。
彼の興味に答えるように、僕はポケットの中から、科捜研から受け取ったそれを取り出した。
「これだよ」
自分の着けているパーカーのアクセサリ(エンブレム)よりも小さなフリーザーバッグに沢山入ったその物的証拠は、依頼者の兼森くんと出会ったときに見つけたものだ。
「砂…?」
その灰色の粒子を見た宮澤くんは首をかしげる。
「これって…さっきの映像にもあったんじゃ…」
「そう。でも、これはただの砂でも、ましてや砂鉄でもない。これは"アスファルト化合物からできた砂"なんだよ」
科捜研からの成分分析はもう終わっていたため、もう砂の正体はわかっていた。
「アスファルトの砂…?確かに、それっぽいのはあるけど…そこで工事があったような形跡はなかったよね…?」
彼の言うとおり、今日だけでなく、兼森くんと会話していた日の前日やそれより前の日にも、道路工事があった形跡は一切なかった。
「うん。かといって、アスファルト自体が削れたと考えたとしても、それではあまりにも量が多いし、表面のアスファルトと比べて色も少し薄かった…」
アスファルトが劣化していくにしても、フリーザーバッグがいっぱいになるほどの砂が一度にこんなに手に入るのかと言われると、それは多分不可能だと思う。
「となると……アスファルトが層になっている内の『基層』や『上層路盤』の辺りになるのかな…?でも、そんなものが表層に落ちているってのは……」
「「…!?」」
何気なく話した宮澤くんのその一言が、まるでスイッチがパチンと作動したように、僕らの脳に電撃を走らせる。
「……もしも犯人が、地上からではない場所で能力を使ったら…?」
「もしも…能力に長く長く馴染んでいる者だったら…?」
僕ら双方、考えている視点は違うものの、結果的にその一つの結論へと合致していた。
「「そうか…!」」
その簡単だが気付きにくいトリックが解けた衝動で、僕らは顔を合わせて互いに指をさしあった。
プルルルルル!
少しの感動を噛み締めている瞬間、携帯から着信音が鳴り響き、僕はそれを手に取って、通話アイコンをタップする。
「もしもし?」
〈ミズハラさん。頼まれていたこと調べてみました。実は……〉
電話の相手は情報捜査課の人間からで、その口からは自分の調査を頼んだいた結果であり、衝撃的な事実が告げられた。
「…マジか……。了解」
調査結果を聞き終えた僕は、眉間にシワを寄せながら電話を切る。
「どうしたの…?」
見かねた宮澤くんが、僕に声をかける。
「なんとなくだけど…犯人の居場所がわかったかも」
「本当かい…?」
共に捜査をしてくれていた彼も、少し驚いた表情を浮かべていた。
「一応初めから予想は立てていたんだ。もしも該当する能力を持っているリージェンか異能力者がいるとして、その犯罪者がどこに避難するのか…って……」
依頼が始まってから、僕はずっとそれを考えていて、それに纏わる情報を、捜査課に集めてもらっていた。
けれど、それがいざ本当だと聞かされると、自分に真実を知った驚愕と推理完了の爽快感は避けられない。
「ミヤサワくん、カネモリ シンジって人が、武装警察に頼ってきたっていうデータある?」
最後の確認のため、僕は彼に聞く。
「えーっと……そっちは、公安のコウくんの方が正しいかもしれないけど、一応警察のデータベースから引きだせば、見ること位ならできるよ」
宮澤くんはそう言って、カタカタとキーボードを打ち込むと、ものの数秒で、意図も簡単に公安のデータベースに潜り込んだ。
ちなみに、勿論のことなのだが、監視課の人間は警察のデータベースへのパスコード等は一切教えて貰っていない。
「…やっぱりか……」
出てきた来署データベースには、自分が求めていた証拠が確実にあった。
バラバラだったピースが全て填まり、これで事件解決への筋は粗方見えた。
後は、これを実行に移すのみだ…。
「邪魔したね、ミヤサワくん。後は、僕に任せて…」
ニヒルに微笑みつつ、僕は持っていたコーヒーカップを机に置き、出口へと急いだ。
「健闘を祈るよ!」
彼からの激励を胸に、僕は推理を頭の中に持ちながら、依頼者の元へ走り出す。
仕事の引き受けから約6時間。
ようやく、事件は解決へと動き出した…。
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