『収穫祭』【後編】


 サクッと五メートルの奴にとどめを刺し、『青竜の爪』を使ってその巨体を持ち上げる。

 あ、どうしよう。

 めちゃくちゃ放牧場を血塗れにしてしまった。

 あと、五メートルの奴の血抜きするのにデカめの桶が欲しいけど……うちにその大きさのやつ、ないな。

 やはり先にクーロウさんに報告を……。


「ユーお兄ちゃん!」


 あれ? ファーラが走ってくる。

 ルーシィと学校の方に逃げたと思ったの、に——……。


「お兄ちゃん! 怪我!」

「ファっ……ファーラ……その、目……!?」

「?」


 ……ファーラの目は、茶色かった。

『赤竜三島ヘルディオス』から来た子ども達の中では金髪茶目と比較的珍しい髪色ではあるが、この国で疎まれる色ではない。

 だが、駆け寄ってきたファーラの瞳は——金色になっていた。

 金色の瞳。

 そう、それは……。


「……馬鹿な……『聖なる輝き』……!?」


 なぜ……?

 ファーラは『加護なし』のはずだ!?

『聖なる輝き』を持つ守護竜の愛し子とは相容れない、守護竜の加護を得られないんじゃないの!?

 でも、毎日見ていたから……間違えようがない。


「お兄ちゃん? ど、どうしたの」

「…………」


 ファーラには自覚がないのか?

 おいおい、これ……ちょっと頭を抱えるとかそんなレベルじゃない。

 この俺が、天を仰いだ。

 ああ、空が青いなぁ。


「……っ……、……ファーラ、ちょっと待ってて」

「? う、うん」


 家の中から帽子を持ってくる。

 気休めだが、ないよりはいい。

 ……困ったな……どうしよう……うーん、いや、まずは確認だ。


「ファーラ、これ、触ってみて?」

「?」


 持たせたのはセンサーの竜石道具。

 ……うん? これまで通り、ファーラが触れると竜石は微かな光すら失うな?

『聖なる輝き』を持つ者……守護竜の好む魔力、もしくは魂の輝き、清らかな心を持つ者。

 その存在は『加護なし』同様解明されていない事も多いが、少なくとも守護竜の好む魔力を持つ者は先天性、魂の輝きは先天性だったり後天性だったり、清らかな心を持つ者は後天性でも『守護竜の愛し子』になるとか……そんな話が多い。

 まあ、あれだ……『守護竜の愛し子』様を持ち上げるために、色々尾鰭がついているのだろうとは……思っていた。

 でも、少なくとも……俺も、守護竜に関わる家の者ではあるが……『加護なし』が後天的に『聖なる輝き』を持つ者になったという話は聞いた事がない。

 それに、相変わらず竜石の力は打ち消されている。

 い、一体どういう事だ?

 守護竜の加護……竜力を強めるはずの『聖なる輝き』……。

 ファーラは、相変わらず『加護なし』。


「? ? ?」

「お兄ちゃん?」


 守護竜の好む魔力を持つ。

 守護竜の好む魂の輝きを持つ。

 守護竜の好む心の清らかさを持つ。

『聖なる輝き』を持つ者は、金の瞳となる。

 ……これまで言われてきた、それらの『守護竜の愛し子』基準は……まさか根本的に間違っていたのか?

 いや、もしかして——『聖なる輝き』は瞳の事?

 確かに世界創造の『王竜クリアレウス』の瞳は金であった、という話は全世界共通。

 そして、これまでの『守護竜の愛し子』も金の瞳が最大の特徴とされてきた。

 と、とはいえ、ファーラは『守護竜の愛し子』と真逆の特性を備えたままだ。

 金の瞳が『聖なる輝き』だとして、これでは『守護竜の愛し子』とはいえないような……?

 親父ならばなにか知っているだろうか?

 というか、どうして『聖なる輝き』を持つ『守護竜の愛し子』になった……!?

 きっかけがあったハズだろう!?

 ……ルーシィと逃げる前は普通、だったはず……なんで?


「ファーラ、なにか変になったの?」

「ファーラは自分の瞳の色を覚えてる?」

「? ちゃいろ!」

「今金色になってるんだよ」

「え? え!?」


 本人も驚く事だ。

 一時的なもの、だろうか?

 ファーラが『清らかな心』を持っていたから、一時的に『聖なる輝き』を持つ者のようになっている、とか?

 だが、それなら『加護なし』の特徴が治っていないのって……。


「………………」


 天を仰いだ。

 見上げて、浮かんだ考えをなんとか消し去ろうとする。

 しかし、他に……考えられない。

『聖なる輝き』を持つ者とは、なんらかの理由で瞳が金色の者を指す。

 そして——守護竜の加護、竜力を強める力など……ない。

 嫌な汗がぶわりと溢れる。

 まさか。そんな? そんなはずは?


「っ」


 もしも、それが……本当に、そうなのだと、したなら……今、世界に存在する、全ての『聖なる輝き』を持つ者は——。

 い、いや!

 もしかしたら、ファーラが特別なのかもしれない。

 たまたま、かもしれない。

 まだ覚醒して間もないから、その力がないだけ、とか。


「金色になると、変なの?」

「……ファーラ、よく聞いて。瞳が金色なのは——」




 ひとまずファーラに説明をして、今後の事をどうしたいのか意思の確認をしておく必要がある。

 この世界では、王族並みに『聖なる輝き』を持つ者は優遇されるのだ。

 それは『聖なる輝き』を持つ者が竜力という加護を強めると言われているから。

 統計的にもそれは事実であるはず、なんだけど……。

 もしそれらが捏造なら?

 もしそれがただの偶然の積み重ねだったら?

 権力者たちがただの『象徴』を欲しているだけだとしたら?

 考えれば考えるほどきりがない。

『聖なる輝き』を持つ者の意思は尊重される。

 大丈夫、ひどい事はされない。

 今よりずっといい暮らしが出来るよ、と……そう言いながらも……。

 いや、うん、大丈夫だ。

 トワ様は守護竜の背に乗ったとか言ってたし。

 ……でもトワ様が『王族』だから背に乗せられたという事も……。

 ううう、しかしどのみちいずれ町の人にはバレるだろうし、そうなればドゥルトーニルのおじ様も知るところになる。

 おじ様、定期的に様子見に来るだろう、あれは。

 そうなれば『緑竜セルジジオス』王家の耳に入るのも時間の問題。

『緑竜セルジジオス』は今、『聖なる輝き』を持つ者がいないから、すさまじい速度で飛びつく予感しかしない。

 とはいえ『緑竜セルジジオス』には王子もいないし、やるとしたら養子に迎えたい、くらいか。

 王家の養子とかとんでもねーよ。

 トワ様ともそこまで歳は離れていないから、『黒竜ブラクジリオス』も婚約者を変えるという方法も視野に近づいてくるだろうな……。


「イヤ!」

「い、いや!?」

「ファーラお兄ちゃんたちのとこにいたい!」

「え、ええ?」


 まさかの拒否!?


「クラナやみんなと一緒にいたい、ユーお兄ちゃんとエラーナお姉ちゃんとも、一緒がいい! 貴族のところになんか行きたくない!」

「……でも、お腹いっぱい食べられるし、ドレスも着られるよ?」

「いらない!」


 ……まあ、貴族の生活も楽ではないから無理に勧める気にはなれないけれど。

 まさかこんなにも全面的に拒否られるとは思わなかった。

 ああ、そうか。

 この子は、ファーラはもう自分の幸せな生活に関して……理解しているんだな。

 この子にとっては今以上に幸せな生活はないのか。

 その事を自分自身で理解している。


「そう……か……」


『聖なる輝き』を持つ者の意思は尊重されなければならない。

 無理強いをすれば、その土地の守護竜が怒る。

 ファーラが今の生活を続けたいというのなら、国も周囲もそれに従うべきだ。

 だが、一つだけ。


「ファーラ、それじゃあもしも、みんなの中の誰かが貴族になって、ファーラにも貴族になれって言ってきたらどうする?」

「え?」

「……『聖なる輝き』を持つ者……『守護竜の愛し子』はそういう存在なんだ。たくさんの人間がファーラを欲しがるだろう。それこそ、ファーラの周りの人間を利用してでも。……ファーラはそう思っていても、周りはそうじゃないかもしれない。いい暮らしがしたいって思ってる奴もいるだろう」


 思い浮かぶのはアルだけど。

 アメリーもなに考えてるのかいまいち分からないが……まあ、どちらにしても『今』ではない。

『いつか』だろう。

 物事に利益不利益を感じるようになれば……それは他者が付け入る隙になる。

 いつまでも子どもではない、というのは、そういう事でもあり……そして、その汚さを覚える事が大人になり、生きるという事だ。

 ……リファナ嬢も親に金で学園に売られたも同然だったというしね……本人はその辺を「親が裕福になって幸せならば」と捉えてるらしいけど。


「……お兄ちゃんたちも?」

「俺たちは……そういうものが嫌でここに来たからな」

「じゃあ、ファーラお兄ちゃんたちといたい……」

「…………」


 聡いな、と思う。

 淡い茶色は見る影もなく金色に染まった。

 それを潤ませて、ほどなく決壊した涙は礫になってぽろぽろと地面に落ちる。

 太陽の光で反射するそれがなるほど、『聖なる輝き』……言い得て妙だ、と納得する材料になってしまった。


「……町に行こうか」

「…………うん」


 ん、右手が動かしづらい。

 そう思ったら……あ、怪我してたんだった。


「…………」


 スーッと、今更ながら血の気が引く。

 ラナに、怒られる。


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