episode クラナ



『肉加工祭』はまだまだ続く。

 店先でミンチになった肉がどんどん動物の腸へと入れられる。

 それを一定間隔で捻り、ある程度の長さにしたら燻製器へと入れられるのだ。

 それが外で行われているんだから、色々ものすごい。

 その横で同時に大市も開かれている。

 冬に必要な物をここで買う。

 食べ物は現在あっちこっちで作っているので大市で買うのは毛布や冬用のコートなど。

 でも、ちょっと珍しい異国の品も数多く売っている。

 これは『聖落鱗祭』のために贈り物として多くの人が買い求める……需要があるのだ。

 俺はもう買ったけど…………。


「…………」


 さて、ラナは……前世の記憶が流れ込んできた事で、記憶障害とやらの多い彼女はその事を覚えているだろうか?

 まあ、忘れられていても俺は贈るけれど。


「?」


 あれ、クラナじゃないか。

 一人で出店を眺めてどうしたんだろう?

 真剣な顔。

 声かけない方がいいかな?


「なあなあ、ユーフラン兄ちゃん」

「んー?」

「牧場の仕事手伝ったら小遣いもらえるってほんとか? あのさあのさ、明日なんか手伝うから……あのブレスレット買ってくんねぇ?」

「えー、なにそれシータルずるーい」

「どれ?」


 ファーラは文句を言うけれど、俺はシータルは『聖落鱗祭』の事を知ってるのだろうと身を屈めてみる。

 でかい布を何重にもしたような頭のおっさんが「魔除のブレスレットだよ」と胡散臭い笑顔で言う。

 ほーん……これは『赤竜三島ヘルディオス』の特産品の一つだな。

 乾燥させたヘルサボテンを丸くくり抜き、側面に糸を通してブレスレットにした物。

 シータルはこれが『赤竜三島ヘルディオス』の物だと知っていたのだろうか。


「もしかして年末のお祭りに?」

「う、うん」

「それならいいよ。ファーラも買うなら出すけど」

「? ねんまつのおまつり?」


 おや?

 知らなかったのか?

 知らないのでは可哀想だ、と『聖落鱗祭』の事を説明すると、本気で驚いた顔をされた。

 マジで知らなかったんだ?


「わ、わたしもなにか買うー!」

「うん、買っておいで」

「ありがとうユーフラン兄ちゃん! 買ってきた!」


 シータルはやんちゃだが、アルよりは素直だな。

 お釣りもきちんと俺の手に渡してきた。

 ファーラも店先で悩み、それから同じようなブレスレットを買ってくる。

 まあ、ファーラが買ってきたやつは多分サボテンの種類が違うっぽい。

 やけに赤みが強いのを選んできたものだ。


「これ買った! ありがとうお兄ちゃん!」

「赤いの買ってきたの」

「うん、お店のおじさんがこれが可愛いってゆってた!」

「…………」


 ニッコリ微笑んで、そのまま店のオヤジを見る。

 スゥ、と目を……いや、顔を背けられた。

 この国では赤い品は売れないもんなぁ?

 だからって、子どもを騙すかね?


「……まあいい。俺たちにくれるんだろう?」

「うん!」

「それならいいよ」

「? なにがー?」


 もう少し大人になれば分かるよ。

 と、言って待ち合わせの広場へと移動する。

 先程の店にはもうクラナはいなかった。

 代わりに、広場の噴水前に立ってソワソワとしている。


「クラナー!」

「あ、クラナー!」

「! シータル、ファーラ! お帰りー!」


 お互いに気がつくと駆け寄って抱きしめ合う。

 その姿は『きょうだい』そのもの。

 ん、クラナのいた場所には紙袋。

 拾って持っていくと、顔を赤くして立ち上がる。

 差し出すとなにやらもじもじしながら、紙袋を受け取り……「あのう」と恥ずかしそう。


「うん?」

「あ、『青竜アルセジオス』の人って、こういうの大丈夫ですか?」


 そう言って紙袋を開いて見せてくれた。

 中身は毛糸……ではなく、緑色の……。


「これは、繊維サボテンの糸? なにか編むの?」

「は、はい。セーターを」


 セーター。

 繊維サボテンは『赤竜三島ヘルディオス』で一般的に使用される『糸』の代わり……だったはず。

 俺も聞き齧り程度の知識だけど……。

 これでセーターを……編むのか。


「ラナに?」


 姉さん、なんて呼ぶほど仲良くなっているのだから、『聖落鱗祭』に間に合わせたいのだろう。

 編む時間の確保に協力して欲しいとか、そういうのなら俺も——。


「い、いえ、ダージスさんに」

「へ?」


 ダージス、に?

 え? 聞き間違い?

 思わず聞き返すと、頬を染めたクラナが紙袋で顔を隠す。

 いや、いや?


「ど、どど、どうしてアイツに?」

「じ、実は昨日……」


 聞けば昨日の『狩猟祭』が終わったあと、パン屋の手伝いから帰るクラナをダージスは牧場まで送り届けた。

 そういえばそんなような事を頼んだ気がする。

 俺はラナと帰りたかったので待ってたけど。

 まあ、その時に改めて告白されたそうだ。

 まだお友達で、とお断りしたらしいのだが……学校の側で老婆が震えて倒れていたらしい。

 そのシチュエーションに「ん?」と疑問を感じはしたものの、その老婆は竜石職人学校に息子が入学し、心配で会いにきたと言ったので信用して学校の寮で保護する話になったそう。

 そしてその時のダージスのあまりに見事な対応に見惚れている自分に気づいたクラナ。

 老婆に優しく声をかけて、背負い、数メートルだがそのまま歩いて学校の中へと運び入れ、事情を教員たち——グライスさんに話して老婆を預け、無事にクラナを牧場まで送り届けた。


「そ、その、わたし、わたし……その時のダージスさんに……」

「……その老婆って、どんな姿?」

「え?」

「着ていた服とか、髪の色とか覚えてる?」

「えーと……髪は紫で、白髪が多くて、服も柄の薄紅色で……」

「そう……」


 国際指名手配の大泥棒、ディーアっぽい。

 帰りに寄って見てみよう。

 一応、あの学校にある竜石核はこの『緑竜セルジジオス』国内のみで出回っている竜石道具の核ばかり。

 迂闊に国外に持ち出されるとレグルスに迷惑がかかる。

 ふふふ、ダージスはセキュリティ関係てんで弱いなぁ。お仕置きけってーい。


「ユーフランさん?」

「ああ、ごめん。なんでもないよ。で? その時のダージスにときめいたと?」

「っ……は、はい」


 はーん、なるほど〜。

 クラナの前でちょっといいとこ見せちゃお〜って、いうタイプでもないからなぁ、あいつ。

 マジ、根っからのお人好し。

 不幸属性。

 厄介ごとを押しつけられる貧乏くじ。

 その辺、俺と似たところがあるのでどうにもなんとも。

 しかしそうか、クラナはそんなダージスでもいいと。

 いや、むしろ率先して倒れている老婆に駆け寄って声をかける……意外とそんな余裕は、平民にはないものだ。

 いろんな国を見てきたけれど、行き倒れに声をかける人情がある町はほとんどない。

 ダージスは貴族ゆえに余裕がある。

 そして、元来アホなほどお人好しで……あ、やっぱりアホ。

 だって、上にのし上がる事、人の足を引っ張るのが常の『青竜アルセジオス』の貴族社会で生きてきたはずなのに、クラナと暮らす事を選んだ。

『青竜アルセジオス』を捨ててまで、平民のクラナと。

 やっぱり最高にアホ。


「…………うん、そう……まあ、応援するよ。あいつ本物のアホだと思うから」

「は、はい……ありがとうございますっ」


 苦労するだろうなぁ。

 でも、まあ、本人が……本人たちが選ぶなら、外野がああだこうだと言う権利はない。

 かなり!

 とても!

 ものすごく!

 ……意外ではあるけれど。


「え、えー! クラナはあんなしょぼい男を選ぶのかよー!」

「し、失礼な! ダージスさんは優しくていい人だよ!」

「クラナにはもっといいひとがいると思うー!」

「ファーラまでひどい! い、いいの! わたしはダージスさんがいいって思ったんですぅー!」


 左右からシータルとファーラがやんややんや言うけれど、クラナの気持ちは固まっているようだ。

 良かったなぁ、ダージス……逃すなよって……あ、そうだ。


「それならクラナ、明日一日休みにしたら?」

「と、突然なんですか?」

「ダージス誘って明日も市に来ればいいじゃん。多分買うもの足りないと思うし……ダージスもこの国での冬超えは初めてで、分からない事だらけだと思うな」

「そ、そう言われてもわたしもこの国で育ったわけではないですし……」

「それ」

「?」

「その不安、ダージスに相談してみなよ。あいつ簡単に引っか……」


 んん。

 じゃなくて。


「男は頼られると頑張っちゃう生き物だから、あっという間にクラナのペースに持っていけると思うよ」

「そ、そういうもの、なんですか?」

「うん、俺もラナに頼まれるとなんでも作りたくなるというか、頑張っちゃう」


 冬支度や子どもたちの世話が増えたし、『でんわ』は難しいのでもう少しかかりそうだけど。


「張り切っちゃうよ、すっごく。だって喜んで欲しいから。ラナが笑うと、幸せな気持ちになるしね」

「…………あ」

「?」


 ファーラが顔を傾ける。

 んん? 後ろ?

 振り返ってみると、顔が赤いラナと他の子どもたち。


「……あ……あ、えーと、あの、わ、わ、わたくし、パン、パン屋に、顔を……」

「え? あ、ああ、今日開店日だもんな。そうだな、行ってみた方がいいんじゃない?」

「え、え、ええええぇぇえぇっ、いい行って参りますわっ」

「じゃあ、その間食堂でご飯食べてるね?」


 昼ご飯にしてはちょっと遅くなったけど。

 ラナ監修の小麦パン屋は小麦農家の人に任せている。

 今日が開店日なので、顔を見せた方がいいだろう。

 ラナが計画している牧場カフェはイートインスペースという『買って食べるスペース』があるけれど、小麦パン屋はパンを買って行くだけの店。

 この人数で押しかけるのは憚られる。


「とはいえ、俺も一回くらい小麦パン屋には行ってみた……」

「行ってきますぅぅう!」

「…………行ってらっしゃ……」


 この人混みの中を、誰にもぶつかる事なくするする抜けていく……!?

 なにあれ、すさまじい技術すぎない?

 どこで学んだらあんな事出来るようになるんだ……!?

 前世? 前世の記憶の力?

 前世の記憶ってすげー……。


「ごはん!」

「ごはん〜」

「うん、じゃあ行こう」

「…………」


 クオンとアメリーが手を挙げて空腹を訴えるので食堂へ行こう。

 ん? クラナ、そのなんとも言えない笑顔は一体なに?

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