晩餐会【後編】


「お口直しでございます」

「?」


 さて、これが勝負の時。

 アレファルドは気づきそうなものだけど……。


「こ、これはっ……」

「キレー! 半透明でキラキラしてて……アレファルド様~、これはなんでしょうか? まあ、冷たい!」


 リファナ嬢やトワ様たちは気づいていない。

 しかし、食した事のあるであろうゲルマン陛下とローザ王妃、試食したロザリー姫は唇を歪ませている事だろう。

 アレファルドの驚いた顔がここからでは見えないのが残念☆


「『ソルベ』という食べ物ですわ」

「そるべ?」

「はい、果汁に少量のリキュールを加えたものを

「……!?」

「凍らせ……?」

「?」

「こっ……!?」


 ロザリー姫がお上品な笑顔で告げた言葉に強く反応を示したのはアレファルドとロリアナ様だ。

 その意味をすぐさま理解してくれたらしい。

 リファナ嬢とトワ様は首を傾げている。

 まあ、この二人は……うん。

 アレファルドの、その驚愕の顔を見られないのは……まあ以下略。


「ああ、ソルベを作った者については貴殿たちにも紹介しよう! 食後にな! 我が国は最高の竜石道具を手に入れた。これからは平民たちにも『氷』が浸透していく事だろう! その前祝いだ! コース料理もまだ折り返し……我が国と隣国の新たな絆の証として是非食して欲しい! 若い王太子たちよ!」

「……っ……あ、ありがたく、頂きます……」


 ゲルマン陛下の愉快と言わんばかりの声。

 この国では会食の席でも「わはははは!」と大笑いしていいらしく、陛下のむっちゃ愉快げな笑い声が響き渡る。

 スプーンでひとすくいして、口に入れるトワ様が瞳を輝かせて「つめたーい!」ときゃっきゃ笑う。

 ……うん、ちなみに……トワ様とロザリー姫たち未成年はリキュールなしね。

 代わりに蜂蜜を少々。


「…………」


 アレファルドは、急に押し黙った。

 リファナ嬢が「冷たい! 美味しいですね!」と話しかけても無反応。

 その様子にリファナ嬢が不思議そうな顔をする。


「………………」


 腕を組んだまま見下ろす。

 ラナは腰に手を当てたまま、少しだけ睨むようにカーテンの向こう側を見つめていた。


「逃した魚は大きかったわネ……青竜アルセジオスのボーヤ……」


 レグルスの言葉にカールレート兄さんが微笑む。

 ああ、俺もそれには……同意見だよ。


「こちら、メインの肉料理です」


 メインの『肉料理』が出された。

 この国でも肉は手に入る。

 むしろ、『黒竜ブラクジリオス』よりも珍しい肉……羊や山羊も食べるので、本日のメインのお肉料理には若羊の肉が出された。

 クセは強いが、そこはお城のシェフたちがしっかり美味しく調理しただろう。

 上品な仕草で肉料理を平らげるアレファルドは、やはり先ほどから全く喋らなくなっている。

 反対にトワ様の満面の笑み……癒されるなー。


「ほっぺおちるぅ〜」

「はい、美味しいですねトワ様」


 天使かな?

 トワ様とロリアナ様の美味しそうに食べる姿は実に微笑ましい。

 見習え、アレファルド。

 せめて余裕を持ったくらい続けないとダメじゃないか。


「デザートでございます」

「わあぁぁ〜〜!」


 トワ様の嬉しそうな声。

 キラキラとした顔。

 こっちまで頰が緩む。

 デザートは肉料理のあとなので、アイス載せのパンケーキ。

 甘さ控えめだが、ミルクの濃厚なバニラアイスが温かなパンケーキの生地に溶けて広がり、添えたベリーソースの酸味とともに芳醇な味が楽しめる。

 ……そう、アイス。

 これもラナが考案した事になっている前世レシピというやつ。

 俺も食べたけど、あんなに砂糖入れたのにあんなに甘く感じないのもすごい。


「……ほんと……固まってよかった……」

「ホントよネェ……」

「うんうん」


 それと同時に俺たちは頷き合っていた。

 アイスはちゃんと固まるかどうか分からなかったのだ。

 パンケーキに載せればどうせ溶ける、多少固まってなくても仕方ない!

 とか言ってたけど、いや、本当に間に合ってよかった……。


「これも冷たい! すごい! こっちのクリームは甘いし、ソースは少し酸っぱいですね! ベリーでしょうか? 鮮やかだし、甘くて冷たくて不思議……パンみたいな食感ですけど……この白くて冷たいものはなんというのですか?」

「それは『アイスクリーム』と申します。下のスポンジケーキは『パンケーキ』ですわ。こちらも新作ですの」

「アイス……! とっても不思議です! それに、これはパンなのにケーキ、なんですか?」

「直接食べても美味しいんですよ」

「え! そうなんですか? …………。……! ほ、本当です! アイスもパンケーキも、それぞれほんのり甘くて美味しいです! 不思議! でもとっても美味しい!」


 ロザリー姫のお勧めに、素直に従ったリファナ嬢がキャッキャッと騒ぐ。

 その様子に、アレファルドは「よ、よかったね、リファナ」と声をかけていたが、その声はややかすれ気味。

 同じくトワ様がロリアナ様とアイス載せパンケーキに笑顔ホクホク。

 あそこだけ平和なんだよなぁ。


「アイスティーでございます」


 そしてラスト。

 コースの最後は飲み物で締められる。

 温かなパンケーキと冷たいアイスのハーモニーを味わったあとは、冷たい氷がたっぷり入った紅茶がテーブルに運ばれた。

 これで確信した事だろう。

 目に見えてアレファルドとロリアナ様は固まった。


「トワイライト様のお茶にはお砂糖が入っております」

「わーい!」


 メイドがそう言うと、ロリアナ様は「あ、ありがとう」と思わずお礼を言っている。

 本当に根が真面目な人なんだろうな。

 で、ロザリー姫とローザ王妃はトワ様の機嫌の良さに笑みを深めている。

 あのお二人は四女ロザリア様がトワ様と婚約者となれば、トワ様がこの国に来る機会が増える……イコール、『聖なる輝き』を持つ者に与えられる守護竜の加護の力が『緑竜セルジジオス』内でも強くなると期待しているのだ。

 一応今『緑竜セルジジオス』にお世話になっている俺たちとしても、その加護の力が強くなるのはありがたい。

 まあ、それもあるのでトワ様には『緑竜セルジジオス』を気に入ってもらいたいのだ。

 トワ様の反応を見て第四姫だというロザリア様はそわそわしている。

 なんとも可愛らしい幼姫。

 ゴクゴクとアイスティーを飲み終えたトワ様が「さっきのアイスもういっこたべたい」とロリアナ様におねだりしている。

 んー、でもアイスって食べ過ぎるとお腹ゆるくなるらしいからやめときなー。


「……実に素晴らしい料理の数々でした」


 食後、最初に口を開いたのはアレファルドだった。

 低く、暗い声。

 その声色にリファナ嬢は「アレファルド様?」と首を傾げる。

 椅子が動く音。

 レグルスが少しだけ、カーテンの隙間を広げる。

 覗き込む俺たち。

 やはり立ち上がったのはアレファルド。

 ゲルマン陛下の方を見るアレファルドは、笑顔だ。

 笑顔だけど……。


「ぜひシェフにお会いしたいのですが」

「もちろんだとも。シェフと……そしてこの国に素晴らしい竜石道具をもたらした者たちも紹介しよう!」


 手筈通り、ゲルマン陛下が手をあげる。

 その合図に、全員の唇が弧を描く。

 さあ、出番だ。

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