大雨の次の日



 翌朝。

 すっかり雨も上がり、朝陽がカーテンを開けると燦々と降り注ぐ。

 今日の朝ご飯は俺が作る事にしたので、ラナが焼いてくれた食パンを縦長に切り、といた卵と牛乳、砂糖を混ぜたものに浸す。

 フライパンにはバターを引き、溶けたところに浸したパンを投入。焼く。

 軽く焦げ目がついたら、皿に盛る、と。

 スープはラナが作ってくれた『野菜だし』なるもので豊かな風味の野菜スープ。

 あとはカリカリに焼いたベーコンと、朝取ってきたレタスをサラダにして。


「うーん、いい匂い〜! おはようフラン!」

「おはようラナ。並べておいてくれる? 俺、ルーシィたちに水やってくる」

「うん、分かった!」


 朝から元気だなぁ。

 外から注ぐ朝陽の光が見劣りするほどだ。

 そこへ、階段を降りてくる二人分の足音。


「アラァ、晴れたわねェ! それにヤダ、なによソレ〜!」

「おはようレグルス、グライスさん! 今日の朝ご飯はフランが作ってくれたんですよ」

「ハア!? なにそれ、ユーフランちゃんってば料理まで作れたのォ!? ……アラ? 確か元々は貴族よネ?」

「そんな事言ったらラナだって元貴族だからね?」

「ア、そうだったわネ。ホホホホ。そんな事より、昨日の二人はどうしたノ? まだ目覚めないのかしラ?」


 話を逸らしたな?

 まあ、いいけど。


「まだ二階で寝てるな」

「そうね」

「……身元は分かってるのか……?」


 じとりと睨みつけてくるグライスさん。

 この人本当人見知りというかなんというか、警戒心強すぎって言うか。


「いや、助けた時には気絶されたから」

「まだまともに話が出来てないんですよね」

「…………」

「んモゥ、お兄ったら~。そんなに不安そうにしなくても、身元は貴族でしょウ。立派な馬車だったものン。潰れちゃったケド」


 そ。

 あのあと、一応馬車の中から小さな男の子を一人助け出した。

 御者の男は半泣き半狂乱なので音が崖を刺激するもんだから眠ってもらいました〜。

 いや、ちゃんと峰打ちだよ?

 ん? 俺が運動出来るの意外ってか?

 俺がアレファルドの『ご学友』だったのは『護衛』の意味込みなので最低限の動きは出来るに決まってるじゃないの。

 もちろん、俺が跡取りではなかった最もな理由は万が一の時の『壁役』なわけで。

 ……だからまあ、本当なら四六時中護衛してなきゃならなかったわけなのだが、割とみんなそれを無視して好き放題俺をパシるわけだよ。

 もうどうでもいいと思うよなー。

 まあ、『青竜アルセジオス』時代の話はそろそろ本格的に闇に葬るとして……昨日助けられたのはあの二人だけ。

 身形や馬車の豪華さを思うと、『黒竜ブラクジリオス』の貴族の中でも結構なご身分だと思うし、護衛が一人もいなかったのが気になる。

 大雨で視界が悪くなり、はぐれた可能性が高い。

 崖が崩れて馬車が岩に埋もれてしまったので、もしはぐれた護衛が馬車を探していても見つけ出すのは至難の業だろう。

 つまり、『黒竜ブラクジリオス』側に連絡しなければならないって事だな。


「レグルス、『黒竜ブラクジリオス』に伝手とかないの?」

「一応あるわヨ。今後は『黒竜ブラクジリオス』や『青竜アルセジオス』にも手を広げるつもりだったからねぇン! ……けど、国境の町の小さな商会なのよネェ。『黒竜ブラクジリオス』の貴族にまで届くかしらン?」

「ま、やるだけやってみよ。御者が起きたら話を聞いて、必要なら送り届ければいいし」

「それもそうよネェ。とりあえず手紙は送っておくワ」

「それじゃ、まずは俺は家畜のお世話してくるね。冷める前に食べてていいから」

「うん、ありがとう。先に食べてるね」

「ん」


 ……可愛い。


「レシピはラナのだけど、上手く作れた自信ないからあとで感想よろしく」

「フランが作ったやつなら絶対美味しいに決まってるじゃない。すぐ私より上手くなるんだからもー」


 そんな事ないと思うんだけど。

 そもそもレシピがしっかりしてるからであって、レシピがあれば誰でも美味しく作れるものだ。

 それが料理だ。


「わん!」

「おはようシュシュ。馬の番ありがとう。働き者にはお肉をプラス」

「わん! わん! ハッ、ハッ!」


 まだ子犬なのに、人間より馬たちの側が好きなシュシュ。

 ご飯をあげて、ルーシィや家畜たちに干し草、新しい水を入れる。

 レグルスの馬たちにもサービスサービス。

 よし、オッケー。

 家に戻ると、ラナに「おかえりー! 絶妙な甘さとミルクのまろやかさ、卵のトロッと感、全部完璧」と親指を立てられた。

 よし。

 ……え? 別に内心でガッツポーズとかしてませんけど?

 別にラナの好みはこのくらいだろうなー、とか、思って調理はしたけどそれだけだし?


「さて、ユーフランちゃんが戻ってきた事だし、そろそろ昨日の話の答えを聞きましょうカ!」

「あ? だから削岩機とかは『黒竜ブラクジリオス』の方と交渉するから設計図を先に描いておくって……」

「んモゥ、そっちじゃないわヨ〜。竜石職人学校のコ・ト」

「…………」


 忘れてたー……。


「フランったら、あからさまにテンション下がったわね」

「下がるよ……やりたくないし。言ってる事は分かるけど」

「デショ? なんにも不安に思う事はないわヨ〜。たまーに来て、生徒たちに指導してお家に帰るだけの簡単なお仕事! それに生徒たちは牧場の収穫とか手伝わせちゃえばいいじゃな〜いン?」

「…………」


 それは美味しいな。

 ラナの作りたいメニューのために畑をだいぶ広げてしまったから、最近収穫が大変になってたんだよ。

 それに、ラナが小麦パン屋や牧場カフェを始める時にも人手はあった方がいいだろうし……。


「分かった。お金もあんまりないけど出すよ。いい? ラナ」

「うん、賛成! 事業は地元に貢献し、広げてこそ意味があるわ!」

「…………」


 カッケェ……。

 時々貴族令嬢感出してくるのなんなのすごい。

 俺、これ以上惚れる余裕ないと思ってたのに……。


「それと、もちろんレグルスは私の牧場カフェにも色々融通利かせてくれるんでしょ? ねえ?」

「フフフ、もちろんよォ。最大限にこっちにも利益を上げてもらわなきゃいけないんだものォ……」


 悪い顔になってる悪い顔になってる。

 利益は大切だけどね。

 ……ふむ。


「じゃあ、とりあえず冷凍庫の竜石核はいくつか作っておこう。それでいい?」

「! エエ、ありがとウ」

「お、お、オレも作るぞ」

「もちろん手伝ってもらうよ。……あとは設計図だな。ラナ、ポンプで水を汲み上げる井戸、構造教えてくれる?」

「……見た目だけでいい?」

「……。うん」


 構造は覚えてないんだな。

 まあ、それなら構造から考えればいいか。

 設計図用の紙を持ってきて、朝食のお皿は食洗機へ、と。


「ネーェ、昨日も思ったんだけどソレなぁにン?」

「これ? これはフランが作ってくれた食洗機! 食器を自動で洗ってくれる竜石道具よ! 今試運転中なの。一ヶ月使って問題なかったら、これも売り出そうかと思って!」

「な! じ、自動で皿を洗う!? そんな事が可能なのか!? 一体どうやって……!」


 バタバタと走って食洗機に近づくグライスさん。

 まあ、簡単に構造を説明すると……。


「木製の箱を使うんだけど、水を下に入れて食器用石鹸を液状にしたやつを垂らす。んで、ジャバジャバ全方向に水が巡って皿を洗う仕組み。箱の内側には腐らないようにコーティングのエフェクトを仕込む」

「……っ! ……馬鹿な、こんなものを……!」

「…………(フラン……やっぱりさらりととんでもないもの作ったのね……恐ろしい子……)」


 ラナは「これで世界の専業主婦が救われるのよ!」とドヤ顔していたけど、主婦でなくとも皿を洗う時間が必要なくなって他の事が出来るようになった。

 救われるかどうかは分からないが、ラナが小麦パン屋や牧場カフェの計画を進める時間が増えたのはいい事だと思う。

 最初は急激に環境が変わって体調を崩すんじゃあないかと思っていたけど…………うん、ちょっとむしろ元気すぎやしないか?

 元気なのはいい事だけどな。


「という事は、ソレも来月になれば設計図を売ってもらえるって事かしラ?」

「ふふふ、そういう事よ。もちろん、売り上げの一割はいつも通り……」

「フフフ……エェ、これは庶民にも売れるワ……イエ、庶民にこそ売れるワ!」


 いくらで取引するつもりなんだろう。

 庶民に売るって言っても、値段とかどうするつもりなんだろ……。

 中型竜石で作るし、エフェクトは冷蔵庫並みだし、器になるアイテムも結構部品作ったんだけど?

 冷蔵庫やドライヤーの値段を考えると、それらに匹敵するんじゃないの?

 ……疑問に思ったので聞いてみた。


「簡単ヨ、竜石職人学校の子たちに作らせるノ♪ 修行中の子たちの練習で作られた竜石道具は半額ヨ」

「え、それ利益になるの?」

「心配ないワ。どうせ最初から使い物になるとは思ってないものン。事前投資ヨ事前投資」

「あぁ、まずは『自分で作ったモンに責任を持つ』事を教えるんだ。オレが師匠に最初に教わった事の一つ。……お前は、最初から出来ていたな」

「? 一ヶ月試運転する? 竜石道具の本に載ってたけど?」

「そうだ。その基本を守る事が大切なんだ。使い手が安心して使える竜石道具を提供するのが職人だからな」


 なるほど?

 俺は素人に毛が生えた程度だし、変なものばかり作ってるからちゃんと使えるかどうか毎回不安なんだけど……慣れてしまうとそういうのも確認しなくなるのか。


「!」

「フラン? どうしたの?」


 足音が聞こえてきたので、階段の方を見上げる。

 恐る恐る、こちらを伺うおっさんの姿。

 昨日助けた御者だ。


「あらァ、よかったわァ。目が覚めたのネ」

「体調はいかがですか? 食欲があるなら食事を用意しますけど」

「え、あ……、……あ、あの、ここは……」


 うんうん、ごもっともな疑問だな。

 なので、普通にここが『緑竜セルジジオス』の国境沿いにある牧場で、昨日の夜におっさんと馬車が賊に襲われているのを見つけて助けた、と話した。

 崖をどうやって降りた、とか、どうやって崖から連れて帰ったのか、等はざっくり端折って。

 だって説明めーんどくさーい。

 あと、サクサク話を進めたかった。

 なにしろ相手は貴族っぽいからな〜。

『黒竜ブラクジリオス』は『青竜アルセジオス』ほど身分が厳格化されているわけではない。

 大体、『緑竜セルジジオス』くらいのゆるさはある。

 ただ、王家が絶対的。

 特に今は王子が『聖なる輝き』を持つ者であるため、その権威は未だかつてない状況だろう。

 ないとは思うが、万が一あの坊やが王家に所縁のある貴族の身内とかだとめちゃくちゃめんどくさい事になるかもしれないじゃん?

 それでなくとも俺たち全員めんどくさい出身なのにさー。


「な、なるほど……そうだったのですね……。助けて頂き、本当にありがとうございました。ワタクシめはゴルドー・リンベルードと申します」

「アタシはレグルス。この近くの町で商会の代表をしてる商人ヨ。こっちは竜石職人の兄でグライス」

「わた、んん、私はエラーナ。こちらは私の夫で、ユーフランです」

「どーも。……さて、じゃあまずは食事かね? 馬車の中にいた子も起きてるようならご飯食べさせた方がいいよなー? 起きてる?」

「! よ、よろしいのですか? その、ワタクシも?」

「問題ありません。お口に合うか分かりませんけど、すぐご用意致しますわ」


 ……すげーなラナ。

 見事に『令嬢モード』と『庶民モード』の中間を使いこなしている……!

 ……は?

 別にラナに『夫』って紹介されたからって浮かれてませんけど?

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