side 『青竜アルセジオス』



『青竜アルセジオス』はとても緩やかな丘が無数に点在する。

 平地ではなく、丘だ。

 中央、王都『アルセジオス水都』には守護竜『青竜アルセジオス』の棲む巨大な湖があり、王城はその湖のほとりに建設されている。

 湖から流れる清水は、川となって大陸中に流れていた。

 故に、この国の民は『青竜アルセジオス』こそ史上最強の竜と信じて疑わない。

 太古の昔、戦乱の時代も水路を作り、水門を整えて流れを止めてしまえば容易く『勝利』出来たのだ。

 その考え方から、『アルセジオス』の民は身分制度が厳格になった。

『他国の者は奴隷にしてもよい。なぜなら、我々は至高の竜の民なのだから』……と。


「スターレット、南の水路の補修が遅れているそうだな」

「お言葉ですがアレファルド殿下、俺はちゃんと。遅れているのは平民どもの能力不足のせいでしょう。まったく……橋一つまともに建設出来ないとは畏れ入る、無能どもめ……。その代わりクラガン地区の橋は無事に完成しました」

「ああ、そうか。早かったな。……よく予算が間に合ったものだ」

「っ!」


 ニヤリと笑うアレファルドに、スターレットは一瞬顔を強張らせる。

 しかし、すぐに無表情に戻すと、新たに笑みを浮かべた。


「当然ですよ」

「……ニックス、宰相の動きは?」

「今のところおとなしいですよ。娘を追放されて怒り狂うと思っていたが……存外物分かりがいいですね。これも殿下の人徳故でしょうか? それとも、あの娘は家の方でも散々だったのかもしれません」


 くっくっ、と部屋の中が朗らかになる。

 他者を貶めて笑いを誘う。

 それがいかに簡単で幼稚で間抜けな事なのか、この場の誰も理解していない。

 もしもこの場にユーフランが、軽口で以って苦言の一つも呈しただろう。

 しかし、彼はもうこの場の者たちを見限った。

 その事に、誰一人気づかない。

 彼らはそれほどまでにある意味で幸せだ。

 事務机で書類に目を通していたアレファルドは、笑い終えたあと質の異なる笑みを浮かべる。

 この国は年に一度訪れる大災害『竜の遠吠え』という大嵐に、毎度毎度とんでもない損害を与えられる国だった。

 それもそのはず、川が多い為、大量の雨をもたらす『竜の遠吠え』で氾濫による被害が毎年凄まじいのだ。

 それに備えて、水路はいつも整備されていなければならない。

 国民はそれを分かっているから『補修税』を喜んで支払う。

 そして、その税金は今年……上がる事が決定した。

 アレファルドの提案が通ったのだ。

 その上、スターレットの『おいた』が思わぬものを与えてくれた。

 笑うなという方が無理だろう。


「…………」


 だが、その『おこぼれ』を眺めていたアレファルドは唐突に剣呑な空気をまとった。

 それを敏感に察したカーズが、ソファーの背もたれから振り返る。

 スターレットも、ニックスもそれにすぐ気がついて息を飲む。


「アレファルド殿下?」

「……スターレット、ダージスはユーフランに会ったと言っていたな? 俺の言葉はちゃんと伝えたのだろう? その上で『戻らない』と答えた。間違いないな?」

「……は、はい……そう聞いています。ダージスが奴を庇っている可能性ももちろんありますが」

「そう、か……」


 ペンを置くアレファルド。

 空気は依然、悪い。


(ユーフラン……貴様が俺の命令に逆らうとはな。そんなにあの毒婦の側がいいとは……)


 あれは実に便利な道具だった。

 欲しいと思ったものを口にするだけで持ってくる。

 リファナが欲しいと口にしたものを伝えれば、やはり持ってくる。

 貴族は王族に無条件で仕えるもの。

 それが当然であり、アレファルドにとってユーフランが離反した事は実に腹立たしかった。

 よりにもよって元婚約者のエラーナの下を選んだのだ。


「……許せんな……。スターレット、ユーフランを……」

「ま、待ってください」

「?」


 始末しろ、と言葉にしかけた。

 それをスターレットが制する。

 なにを言わんとしていたのかは、スターレットにも分かっていただろう。

 それでもあえて、制してきた。

 主人であるアレファルドを。

 ギロリと睨み上げると、竦んだスターレットがそれでも意を決したように「ユーフランは弱みを握られているらしいのです」と報告をしてきた。

 弱み。

 ユーフランが、誰に?

 決まっている、今話題に上がったのはたった一人。

 ……エラーナだ。


「なるほど、あの毒婦ならやりかねないな」

「はい。ダージスの話では、ユーフランにとっては重大な弱みのようです。……逆に考えればその弱みをこちらが握れば……」

「……ほう……」


 にたり、と部屋の四人は笑む。

 便利な道具は、二度と逃げられないだろう。

 金輪際、二度と。

 これまでのようにおとなしく、自分たちの手足となって働く。

 確かに、本当ならば始末してしまうのは惜しいところでもあった。

 ダージスがスターレットに手渡した石板に描かれた、橋の設計図。

 基礎を石材で作り、橋を木材で作る。

 毎年水害で橋が破壊されるこの国にとって、石橋さえ壊れてしまう『竜の遠吠え』は本当に頭の痛い問題だった。

 石材は高く、川底に石が積もれば嵩も増す。

 大きい川ならばいざ知らず、『竜の遠吠え』で破壊されるなら小さな川にまで石橋を渡すのは予算が惜しい。

 だがユーフランが考えついた木製の橋ならば、安い木材で作り直す事が出来る。

 幸い隣国は緑豊かな『緑竜セルジジオス』。

 木や木材の輸入に困る事はない。

 とはいえ足元を見られるのは最強の『青竜アルセジオス』の者として許せないものがある。

『聖なる輝き』を持つ者……リファナがこの国にいる今、もし万が一『緑竜セルジジオス』の王家や外交官がこちらを侮るような態度を取れば、その時は——……。

 なにしろ、今『緑竜セルジジオス』には『聖なる輝き』を持つ者がいない。

 それはつまり、『青竜アルセジオス』が水路と『聖なる輝き』を持つ者両方を持ち得ている、優位性に他ならないのだ。


「いいだろう。それなら……スターレット、またダージスをユーフランの元へ送れ。今度は『仕事』を与える事にしよう」

「……! なるほど、さすがアレファルド殿下。次期国王陛下でいらっしゃる。奴もその恩情に涙する事でしょう」

「当然だな」


 アレファルド・アルセジオスは王になる。

 王らしく、全てのモノに平等な愛を与えるのだ。

 リファナという少女以外の全て、それこそ……自身の父親すら彼にとっては『その他大勢』であった。

 この国を守護竜と共に守っていく者。

 守護竜の隣に立つ王になれ、と育てられてきたのだ。

 自分はそれと同等のものである。

 そして、それに相応しい器でなければならない。

 目の前にいる『友人』たちも、『友人』だった者たちも、全ては『自分』のモノ。

 それらを使って、リファナと自分は幸せになるのだ。

 賛美の声と共に、建国以来の賢王として名を刻む。

 アレファルドにとっては、自分の未来が事が当たり前であった。


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