追放



「とはいえ、宰相のご機嫌がブッチブッチになるよな? そりゃあ」

「そうだ。だから……」

「だから俺に、結婚してついて行け、か」


 陛下のご意向、宰相のご意向、アレファルドの意向も全部ひっくるめた、苦肉の策。

 はは、ここまで苦肉すぎると笑えてくるなー。

 うーん、今日のお茶も美味い〜。


「おかわり」

「かしこまりました」

「フラン! 聞いておるのか!」

「分かってる分かってる。伯爵家うちには選択肢がないんだろう? いいよいいよオッケー」

「か、軽く言うな……!」

「さーて、それじゃあ荷物まとめてくるわ〜」

「………………」


 おかわりのお茶を飲み干してから、部屋に戻って荷物をまとめた。

 親父の言いたい事も分からんでもないが、選択肢がないのでは従うしかあるまい。

 それに……俺は心のどこかで少し喜んでいた。

 エラーナ嬢は公爵家のご令嬢。

 俺には釣り合わない。

 結婚を申し込んだところで、家長にならないだろう、俺のところへなど嫁いできてくれるはずもない相手。

 まして、アレファルド主君の婚約者。

 横恋慕もいいところ……。


「……〜♪」


 だから鼻歌を歌いながら荷物を持って家を出た。

 親父にも母様にも、微妙な顔で見送られたが弟たちはまだ幼いのでギャン泣きだ。

 さすがに次男ルースはそんな歳でもないし、ある程度わきまえて涙をこらえて見せたけれど……。


「た、たまには帰ってきてもいいですよ!」

「うん、無理じゃね?」

「びええええぇええぇ!」

「こ、こらルース! 男がその歳でガチ泣きすんじゃねーよ!」


 そんな可愛い見送りを笑顔で受け流し、馬車に乗ってエラーナ嬢のお屋敷へとお迎えに上がった。

 父のあの様子では……そういう事であると受け止められたからな。

 そして、エラーナ嬢のお屋敷の使用人もそりゃあもうわきまえていた。

 複雑そうな表情を隠しもしなかったが、真っ直ぐに応接間へと通されたのだから。


「おお! ユーフラン君!」

「おはようございます〜、宰相様〜」


 ……でも最初に入って来たのは宰相様だった。

 人殺しそうな顔で入って来たから出された紅茶吹き出すかと思ったよな。


「君の! 昨夜の雄姿には心打たれた! どうか娘をよろしく頼む!」

「(顔近ッ!)……はあ、まあ、俺で申し訳ないですが……出来る限りの事は致しますー」

「くっくううううぅ〜〜! 君の報告を! 冗談かなにかだと鼻で笑っていた過去の自分を殴りたい! 娘を! 娘をよろしく頼むーーー!」

「はい」

「…………!」


 ああ、リファナ嬢にみんなまとめて射止められてるよー、ってあの報告ね。

 まあ、俺がしたんじゃあ、そう受け取られかねないもんね。

 いいさ、と笑って頷く。

 俺は秀でた才能もないし、家も中の上ぐらい。

 とても今の暮らしのように、彼女に贅沢はさせてやれないだろうけど……。


「俺の全力で……頑張りまーす」

「っ……!」

「えーと、だから宰相様、手を離してもらっていいですかね〜? あと、顔近いです……涙、ハンカチでお拭きになりますー?」

「こんな! 優しい青年だったのか! 君は!」

「うわー、初めて言われました」


 昨日の怒りの突破からなにかおかしくなってやしないよね、宰相様。


「……それに比べてアレファルド殿下は……! なんとも手際のいい婚約破棄だ! 昨晩中に手続きが完了したのだぞ!」


 ええ、両家の話し合いとか普通行われません?

 ……いや、守護竜を絡めた……か……?

 あの王子様、無駄にそういう能力には長けてるんだな?


「……その上まさか、婚約破棄された翌日中には国から出て行けなどとっ!」

「…………」

「あまりにも! あまりにもエラーナが可哀想でっ!」

「……まあ、確かに急ですよね……」


 その辺りも守護竜に絡めたのか?

 いやー、便利に使われてんなぁ、守護竜様。


「宰相様、俺の知る限りエラーナ嬢や他の殿下の友人の婚約者たちもリファナ嬢へ虐めや嫌がらせはしておりません」

「⁉︎ ……なん、だと?」

「可能な限り慎重に……調べてください。……貴方の娘はそんな事をする人ではないはずです。どうか娘さんを信じて」

「…………。……ユ、ユーフランくんんんん!」

「うえっ!」


 顔が近いのはもう諦めよう。

 耳元でそう囁くと、首をピンポイントで抱き締められて……まあ、絞まる絞まる。

 死ぬ。

 おっさんの抱擁では死にたくない。


「だ、旦那様、お嬢様が」

「え?」

「…………」


 すごい不審なものを見る目で見下ろされていた。

 あちゃあ。


「お、おおおっほぉん! ……エラーナ、では、体には十分気をつけるのだぞ」

「は、はい……お世話になりました、お父様、お母様」

「…………」


 エラーナ嬢の母はなにも言わずにハンカチで涙を拭う。

 対する宰相は背中を向け……うん、俺からはエッグい泣き顔が丸見え……。

 愛された一人娘のお嬢様だったわけだ。

 持っているのはカバン一つ。

 それを俺が持ち上げて、手を差し伸べる。

 エラーナ嬢は、その手に素直に手を載せてくれた。

 ああ、まずい。

 口元が緩みそうだ。


「…………巻き込んでごめんなさい」


 屋敷から出ると暗い顔でそう言われた。

 馬車に荷物を詰め、彼女の為に扉を開け、手を取って馬車に乗り込み、御者に目で合図を送る。

 それまで特に返事をしなかった。

 そして馬車が走り出してから、じっくりエラーナ嬢を見る。

 派手さは極力抑えたダークブラウンのワンピースドレスとヘッドドレス風のハット。

 翡翠のような髪と澄んだ海のような瞳。

 これからどこへ行くのか、とか、これからどうなるのか、とか……そういう事を聞きたいんじゃないのか?


「えらくしおらしいなぁ? 昨日はあんなに堂々としていたのに」

「っ、き、昨日は……昨日はわたくしの……は、晴れ舞台でしたから!?」

「ふーん、なるほどー?」

「な、なんなの!? 人がせっかく謝ってるのにその軽ーい態度! も、もっとこう、慰めるとかないの!?」

「落ち込んでないなら慰める必要はないだろう?」

「ぐぅっ……!」


 おお、思ったより全然元気でなによりだ。

 元気があれば、今後もなんとかやってけるだろう。


「まあ、それはそれとして」

「な、なに?」

「今後の話をしよう。宰相様……お父上からなにか聞いているか?」

「……い、いえ、なにも。昨夜の時点で城から今日中に国から出て行けと言われた以外……」

「俺、それ今朝聞いた」

「うぅそ!?」


 あははは、と笑うと「笑い事じゃありませんわ!」と叱られる。

 元気で結構結構。


「まあつまり、行く宛もなく今馬車に揺られている」

「ううそぉ!?」

「……というわけでもない」

「どっちよ!?」

「実はうち、親戚が隣国の辺境伯に嫁いでいてね。その筋から住む場所を借りられないか問い合わせるつもりだ」

「!」

「それまでの間、その家に厄介になる事が出来ればしばらく屋根のある場所で生活が出来る。でも遠縁だから、断られる事も十分にあり得る。その場合は荷物片手に隣国の平民に頭を下げて軒下なりなんなりを借りて生活を始めなければならない。どうだ? なかなかに愉快な未来しか見えないだろう?」

「〜〜! わ、笑いながら言う事!?」

「まあ少なくともこれまでのような生活は出来ない。これは確実」

「……!」


 にっこりと笑って見せると、急にしおしおと肩を落とす。

 そしてなぜかまた「ごめんなさい」と俯かれた。

 なんで?


「いや、俺はいいけど。面白そうだし。君は大変じゃない? 公爵家のお嬢様?」

「! わ、わたくしは平気です!」

「ふーん? まあ、それじゃあ多少の苦労は覚悟の上という事で?」

「え、ええ……、でも、その、貴方は……」

「言ったろ、面白そうだから俺はいいよ」

「…………面白そうって……」


 君と一緒にいられるだけでうきうきしてるんだから。

 いやぁ、困ったね、これ。

 人生どうなるか分からないな〜。

 一生叶わないと思ってた横恋慕が、まさか叶ってしまうとは〜。


「色々命令される事ももうないし、無駄な権力争いに巻き込まれる事もないし……最近忙しかったからのーんびり休めると思えば」


 それもエラーナ嬢と一緒にとは。

 最高かよ。

 アレファルドもあれだけ大々的にリファナ嬢との結婚を宣言したんだ、今更エラーナ嬢を取り戻そうとは思わないはずだもんな。

 結婚の手続きは国の方でされているはず。

 法の番人である親父と宰相と国王がグルの結婚だ、手続きは今日中に終わるだろう。

 ついでに俺と彼女の国民権の凍結も。

 剥奪は、おそらくされない。

 国民権も爵位もないものとされているだろうが、彼女の潔白が分かれば呼び戻せる。

 当然俺も帰れるんだが、俺はこのまま彼女と隣国の土地でのんびりしたいな。

 国の中枢って面倒ごとしかないじゃん。

 アレファルドもその『ご学友』たちも人使い荒いからなぁ。

 まあ、今後は自分たちで頑張ってください。

 こちらはこちらで頑張りますので。

 以上。


「……楽天的ね……」

「これ以上悪くなる事はないって、多分」

「だと良いけど」




 と、会話していた二時間後。




「国境に着きました」

「ありがとう〜」

「え?」

「で、では坊っちゃま……あの、本当に……」

「大丈夫大丈夫、なんとかなるって。ご苦労。親父や宰相様によろしくって言っといてー」

「え」

「は、はい……それでは……」

「ひひーん」

「……え」


 国境に着いたので馬車を降りた。

 荷物が二つ。

 俺の愛馬が一頭。


「…………え?」

「さーて、じゃあ張り切って歩こう。あ、エラーナ嬢、馬乗れる?」

「え? え? ………………え?」

「え?」


 どうかしたのか?


「え、え? 待って、待ってくださいユーフラン様……え? 徒歩?」

「え? いや、エラーナ嬢、馬に乗れるならルーシィに乗ってもいいですよ? 荷物を載せるので二人乗りは出来ませんけど」

「え……馬なんか乗れませんけど」

「じゃあ歩きですね。ルーシィ、荷物載せるよ」

「ふぅーん!」

「え……」


 ルーシィは俺が小さい頃に誕生日プレゼントでもらった愛馬。

 ここまでは馬車を引く馬たちに混ざって連れて来た。

 親父がさすがに隣国まで徒歩は無理だろう、あとお前の馬なんだから連れてけ、となんか半ギレで一緒に送り出されたのだ。

 いやぁ、ありがたいね。

 牧畜用の馬ではなく乗馬や狩りの時用だけど、いるのといないのでは大違いだから。


「え……嘘? ……うそ……歩き……?」

「歩きですよ。今晩は野宿でしょうね!」

「……………………」


 笑顔で親指を立てる。

 エラーナ嬢の絶望したような表情。

 三十秒後、小さな声で「やっぱり馬乗せてください……」と呟かれたのでルーシィに乗せて歩き出した。

 そして、瞬く間に夕方になる。

 適当な道の端の広まった場所に腰を下ろし、石で囲いを作りその中に適当に拾ってきた木を入れた。

 マッチは持ってきていたので枯葉や小枝に火を点け、焚き火の完成。


「干し肉でよければ食べますか?」

「……食べます」


 アッハハ、顔が死んでる。

 だろうなぁ。


「毛布いります?」

「……お借りします……」


 カバンの中から薄い毛布を取り出して手渡す。

 まあ、色々不慣れだろうとは思っていたが相当ショックだったらしい。

 まさか公爵家の一人娘として生まれて、野宿する日が来るとは普通思うまい。

 俺も干し肉を齧り、火の番をする。

 エラーナ嬢は火を見つめながら、無言で干し肉を齧っていた。

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