第56話   毒嫁VS毒義母①

 義母かあさんはハイヒールも蹴飛ばして、僕に駆け寄ってきた。僕はもう、隠しきれない嫌悪感で数歩下がったが、義母さんの歩幅のほうがでかくて、目の前まで迫ってきた。うーわ、香水くさっ!


「舞踏会でお前を見たよ。お前あれだろ、旅費の工面に、赤い宝石のイヤリングを使っちまったんだろ。怒んないから、どこの誰に売ったのか教えとくれよ」


「え? 赤い宝石?」


「モーリス家とか近くの行商人とか、なじみの行商人とか質屋とか、いろいろ声かけたけど、誰もそんな宝石は見たことがないって言うんだよ」


 どうして僕が、母さんの形見の宝石を隠し持ってることを知ってるんだ? 僕、誰にも言ってないのに。


 言ったら、義母さんのことだから、絶対に差し出せって騒ぐだろうし。


「なにも売ってないよ。親切な人たちが助けてくれたおかげで、僕は王都まで行くことができたんだ」


 ニヤついていた義母さんの顔が怒りに豹変し、僕の胸ぐらを掴んできた。


「ウソつけ! 貧乏人をタダで助けたい連中が、どこの世界にいるって言うのさ! いったい誰に売ったんだい! モーリス家の魔物馬でも借りなきゃ、あんな短時間で行けるわけないだろ! 誰に売ったんだ、ええ!?」


 さっきから、お金の話ばっかり……アイリスはどうしたのか、とか、殴られた僕の顔を心配してくれる、とか、そういうのは、無いのか?


 この人に、心っていうものは無いのかよ!!


「義母さ――」


「あの赤い宝石は、世界一大事なモノなんだよ! アレだけが、どんなに屋敷を探しても見つからなかった。それを旅費に充てるなんて、お前はなんて自分勝手な子なんだい! 王都で遊びたいからって、そんな物隠し持ってるくらいなら、どうして妹の誕生日ケーキも買ってやらなかったんだい!!」


 ……何か言い返そうとしたはずだったのに、あまりにも理不尽かつ頭の悪い言い分を並べ立てられて、一周回って、何を言おうとしていたのか忘れてしまった。


「何も売ってないってば!」


「ウソこけ! 今すぐ白状しないとブッ殺すよ! ハア、近隣の人間に声かければ、すぐに見つかると思ってたのに! 余計なことしやがって、この親不孝者!」


 目玉をかっぴらいて、唾を吹き散らしてくる、この人は、本当に義母さんなんだろうか。ここまで荒れてるのは、見たことがないよ。それに、顔がすごく、しわしわなんだけど……。


「王都にいるモーリスどもは、何も知らないの一点張りだし、モーリスのババアはお前が帰ったって言うし、モーリスんに寄ったら、使用人は口が固くて使えやしないし! お前は口を割らないときた! ああやだやだ、使えない連中ばかりだよ!」


 義母さんは僕の気持ちなど全く無視して、ただひたすらに不平不満を喚き散らしていた。その中には、かなり気になる内容も含まれていたが、本人は自分中心の目線で起きた理不尽に対して大変憤っており、まだまだグチが止まらない。僕が口を挟む隙もないよ……。


「おはようございます、お義母様」


 鈴の音のような可憐な声で挨拶したのは、レニーだった。義母さんの剣幕がすごすぎて、レニーがとなりに立っていることを一瞬だけでも忘れていた。


「誰だい、お前は。メイドなんて雇える余裕はないんだよ、帰んな!」


「いいえ、わたくしの帰る家は、ここですわ」


 義母さんは何を言われたのか理解できなかったらしく、目をかっぴらいたまま硬直していた。レニーの顔をしげしげと眺めるうちに、みるみる顔色が変わり、「げええっ!」と叫んで後ろに何歩も下がってしまった。


「ベ、ベラドンナ・レニーじゃないか!! 薄化粧してるからわからなかったよ。な、なんで毒殺娘がこんな所に!!」


 その毒殺娘って通り名は、初耳なんですが。知ってたら、結婚しようなんて絶対に言わなかった。


「お前、これ、どういうことだい。なんで、え? なっ、え? つまり、どういうことだい」


「僕ら、結婚したんだよ」


「はあああ???」


 フクロウみたいに首をかしげる義母さん。まあ、そういう反応になるよね。


 変な角度に首を曲げた義母さんの視界に、ようやくあの馬車が入ったのか、絶叫が上がった。そりゃあんな肉塊だらけの恐ろしい血だまりを見たら、悲鳴も上がるだろうな。


 義母さんはごちゃごちゃになった馬車の瓦礫に突撃すると、割れた瓶を両手に抱えて、さらに絶叫を上げた。血走った眼光を、御者に向ける。


「なんてことしてくれたんだ、このカス!! あたしの化粧水が全部こぼれてんじゃないかい!!」


 え……? 化粧水って、肌につける水のことだよな。化粧品のことよりも、僕はミンチになった馬と、御者が気の毒過ぎて、かける言葉が見つからないよ。


「ふっざけんな!! このババア! うちの馬にヘンな水を飲ませたと思ったら、馬が二日も寝ずに走り出して、あげく止まらずに壁にめりこんじまった! テメエがヘンな薬を飲ませたせいだ! どうしてくれんだ、弁償しろババア!」


 うわあ、御者もカンカンじゃないか。泣きながら怒鳴ってる。


 馬って化粧水を飲んだら、壁にめりこむのか? って、そんなわけないだろ。義母さんはいつから危ない薬に手を出してたんだよ。だからそんなに老化が早まったんだな。


「ハーァ、お下品な方々ですこと。スライムがお芋を掘っている景色を眺めてるのと、どっちが健康に良いかしら」


 嫁がすごい毒を吐いている。


 窓から、メイド二人が怯えきった顔をのぞかせていた。


「あら、ちょうどいいところに。シラユキ、シンディ、おいでなさい。わたくしのお義母様の荷物を運んで差し上げて」



 尋常じゃない老化速度だと思った僕は、とりあえず水分を取ってほしくて、義母さんを台所に連れてきた。義母さんは椅子にどっかりと座り、だるそうに足を組んでいる。


「お前たち、二人してあたしを殺そうって算段だろ」


「そんなことするわけないだろ」


 レニーがいるだけで、そんな発想になるんだ。いったい、どれだけの人から恐れられてるんだ、きみは。


 それにしても、義母さんのこのしわっしわの顔、ほんとにまずいよ。思わず、まじまじと観察しそうになる。


「とりあえず、何か飲もうよ。しわしわが治るかも」


「しわしわしわしわうるさいね! 女に向かって、なんて口の利き方するんだい」


「でも……」


「そうだね、まぁ、茶ぐらいもらおうか。ああ、淹れるのはお前だよ! そこの女じゃあ毒を盛られちまうからね」


 露骨に指をさされたレニーは、にこにこしながら立っていた。何か手に持っている。


「わたくし、お茶菓子をご用意しましたわ」


「お前は台所に入るんじゃないよ!」


「大丈夫ですわ、お義母様。このお菓子の缶に、見覚えはありません? まだ未開封ですの」


 レニーが持っていたのは、ピンク色した缶だった。義母さんはそれを凝視するうち、ぱっとまぶたをはね上げた。


「それは!」


「うふふ、王都で人気の紅茶クッキーですわ。あのピンクのお城で、よくお取り寄せしていましたでしょう?」


「確かに、それはあたしの好物だけど、でもね、そんなの調べたぐらいで、あたしに取り入ろうなんて、おこがましいんだよ! なんなら中身も、お前の作った毒入りクッキーに入れ替えてるかもしれないじゃないか。食わないよ、そんなもん」


 と言いつつ、義母さんは恨めしげに、その缶をじーっと見つめている。


「そうだ、クラウス、お前が食べな」


「え? 僕?」


「お前が食べて平気だったら、あたしも食ってやるよ」


 そんなに警戒してるなら、食べなきゃいいじゃん。クッキー一つにこの警戒心、レニーってほんとに毒盛ることで有名なんだな。


「義母さん、水でいい?」


「はあ? 普通、茶だろ」


「茶葉なんてとっくに切らしてるよ。言わなかったっけ? 水か、沸かしたお湯しか出せないよ」


「わたくしが持参した物がありますわ。たくさん種類がありますの」


「それは助かるよ。じゃあ、もらってもいいかな」


「ええ。わたくしの部屋にありますから、メイドたちに取ってこさせましょう。お茶も彼女たちに淹れてもらいますわ。貴方も座っててくださいな」


 メイドたちは今、義母さんの荷物を回収しては、部屋に運んでくれている。馬車が大破した際に、荷物鞄もぐしゃぐしゃになってしまい、レニーの御者も手伝って、私物を回収しているのだ。もうすぐ終わる頃だと思う。


 僕らの耳に、大きなため息がハァアアァア〜と聞こえてきた。振り向くと、義母さんがテーブルに片肘を乗せて、頬杖をついていた。うわ、たるんだ顔の肉が片方だけ持ち上がっていて不気味だ。


「あたしは疲れてるんだよ、見てわかんないのかい。メイドには肩と足を揉ませるよ。家事は適当にお前たちがやんな」


「レニーが淹れてもいいってこと?」


「なんだい、生意気な口を効くね。お前が淹れろって言っただろ! そしてあたしと同じポットの茶を飲むんだよ。あたしが口をつけるもの全部に、お前が毒味をするんだ。ああ、まったく、恐ろしい連れ子だよ! ヘンな女を拾ってきたあげく、育ての親を殺そうとするなんて!」


「だからそんなことしないってば」


「じゃあなんでベラドンナ・レニーがここにいるんだい! 結婚なんてウソだね、あたしが貴族街に建てた別荘の出来に嫉妬したから、殺しに来たんだろ!?」


 へ……? 嫉妬……?


「ひょっとして、あのピンクのお城のこと言ってるの?」


「なんだ、お前も知ってるんじゃないか。貴族街はこの女の管轄でね、この女の許可なく建物を増やしちゃダメなのさ。だから無許可で建ててやったんだよ。いくら待っても許可なんて降りるわけがないからね、この女はあたしの建築の才能に嫉妬してるんだからさ」


 ……うわ、レニーの眉間に青筋が立ってる。笑顔なのに、青筋がビシッと入っちゃってるよ。


「先週もガキに飲酒させたとかで、店が一軒、潰されたんだ。あれもその女がやったのさ。惜しかったねぇ、あそこのカクテルは、あたしの好物だったんだよ、だからもうあたしの機嫌を取ろうなんてバカなマネはあきらめな!」


 カクテル? そう言えば、レニーと初めて会ったとき、彼女は一軒のバーを見上げていたっけな。あの店かも。


「未成年も未成年、十歳にも満たない子供に甘くて高価なお酒を飲ませて、お小遣いを搾り取っていたのですわ。その子は心臓を悪くして、親に背負われて帰りましたが三日三晩、高熱と嘔吐が続いたそうです。全く、とんでもなく低次元な大事件でしたわ。子供を危険に陥れる大人を、わたくしは許しません」


「そんなもん、吐くヤツが悪いのさ!」


「行きましょう、クラウス。お茶の葉を一緒に選んでくださいまし」


「わかったよ」


 待ちな! と、大きな声が僕たちを引き止めた。


「茶葉はあたしが選んでやるよ。だから全部持ってきな!」


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