第6話 駅

「あっ!そういえば、昨日『帰ったら小説を書く』って言ってましたけど、どうなりましたか?」


 学校からの帰り道、上崎さんを駅まで送るために一緒に歩いて帰っている時にふと小説の話を振られた。


「あ、まだ書いてないや……」


 僕がそう言うと、上崎さんは頬を膨らませた。やはり気に障ってしまったのだろうか……?


「……ほら、やっぱり!私が言った通り、書かなかったじゃないですか!」


「ご、ごめんなさい……」


 情けないことだが、ホントにどうやって書いたら良いのかが分からないのだ。


 上崎さんは怒っているのか、駅に着くまで一言も口を開かなかった。恐らく謝っても許してもらえないだろう。


 ……こういう時は言葉より行動で示した方が良いんだろうなぁ。今日は徹夜してでも二次創作小説を書こう。


 僕がそう決意した時、ちょうど駅の改札口に到着した。


 上崎さんは何も言わずに改札口の方へ歩いて行く。しかし、改札口の4,5歩ほど手前で立ち止まった。


「……上崎さん?」


 僕はか細い声で上崎さんの名を口ずさむ。すると、上崎さんはこちらを振り向き、僕の方へ小走りでやって来た。


「明日は予定とか入ってたりしますか?」


 上崎さんは顔に吐息がかかるほどの距離にまで顔を近づけてそう言った。


「予定とかは何も無いけど……」


 僕がそう言うと、上崎さんはパァッと薄紅色の瞳を輝かせながら嬉しそうにこう言ったのだ。その言葉に僕は時間が止まったかのように動くことが出来なかった。


「明日、私の家に来ませんか?」


 ――そう、まさかの『家に来ませんか?』発言だ。


 僕は何か裏があるんじゃないかと一瞬上崎さんを疑ってしまった。


 何せ、まだ僕と上崎さんは知り合って今日で3日目だ。普通、こんな早いタイミングで家に呼ぶなんてことはあり得ない。


 それこそ普段から男を連れ込むような女性のやり方だ。


 さっきまで怒っていたようなのに、一体どういう心境の変化なのだろうか?


「えっと、上崎さん。どうして僕が上崎さんの家に行かないといけないの?」


「明日、家で一緒に小説書きましょう。付き合いますから」


 あ、この人上崎さん、小説のことになると周りが見えなくなるタイプの人だ。


「わ、分かった。それじゃあ、明日上崎さんの家で小説書こう!」


 僕がそう言うと、上崎さんはホントに嬉しそうに笑みを浮かべながら、軽やかな足取りで改札を抜けていった。


 僕と上崎さんはお互いの姿が見えなくなるまで小さく手を振りあった。


 いや、待って。これじゃあ、傍から見れば初々しいカップルみたいじゃないか!?


「はぁ……恥ずかしいことをしてしまった……」


「滝平君……ですよね?こんなところで何してるんですか?」


 僕は驚きのあまり、ビクッと肩を揺らしてしまった。


 誰かと思って見てみれば、澄本さんだ。藍色の髪が月明りに当たって静かな輝きを放っている。


「す、すみ、澄本さん!?いや、あの、僕は……その……!」


 どうしよう。動きが完全に不審者みたいなことになってしまっている!どうしよう!


「何だか浮気現場見られて、パニック起こしてる人みたいになってますけど……大丈夫ですか?」


 ……いや、大丈夫だったらこんな動きはしてないよ!


 っていうか、心の中でならいくらでも喋れるのに!何で言葉を口から出して言えないんだ!


「あの、一旦落ち着いてください。ほら、深呼吸ですよ。ハースーハース―って」


 僕は澄本さんに言われて息を吐いて、吸ってを繰り返した。


「ふぅ……落ち着きました。ありがとうございます。それにしても深呼吸って吸って吐いてなんじゃないですか?」


 おお!落ち着いたら話せる!なるほど、焦るから話せなかったのか!原因が分かれば怖くない!


「ああ、よく言われるんですけど……って、普通に友達と話すみたいな話し方で良いですか?」


「あ、全然大丈夫ですよ」


「それじゃあ、そうさせてもらうね」


 そう言って気楽な感じで話す澄本さんは肩の力が少し抜けたようだった。


「……えっと、何の話してたんだっけ?」


「えっと、何で深呼吸を吐くことから始めるの?ってところから」


 僕の話を聞いて澄本さんは『思い出した!』と言った風に手をポンと叩いた。


「呼吸って吐くときが一番緊張するんだよ。だから、先に吐くんだよ」


 ……ということはいつも僕は深呼吸のせいで余計に緊張していたのか。


「あと、息を吐いたらまた勝手に息を吸うでしょ?逆は勝手には出来ないけどね」


 なるほどな……分かりやすいし、こんな知識よく知ってるなぁ……。


「澄本さん、そういうの詳しいんだ?」


「ううん、全然詳しくないよ。本とかで読んだことあるから知ってたってだけだよ」


「本読んで勉強してるだけでも十分すごいと思うけど」


 僕は本はライトノベルとかしか読まないし、そんな難しそうな本とか全然読まないし。


「そ、そうかな……?そんなことないと思うんだけど……」


「いや、ホントにスゴイと思うよ!」


「いやいや、全然すごくないよ!」


「ううん、凄いって!」


 ……この後、5分くらいこんな押し問答が続いた。


「それで、話が逸れちゃってたけど、こんなところで何してたの?」


「ああ、えっと……」


 ……言えない!『上崎さんが見えなくなるまで手を振ってたんだ~』……何て恥ずかしくて言えない!


 絶対、『へぇ~、二人は付き合ってるんだね!』とか誤解されるパターンじゃないか!


 どうしよう!何て説明しよう……!


「あれ?幸人?こんなところで何してるの?」


 僕はこの聞き覚えのある声に何となく安心感があった。


「あ、姉さん!」


「え、お姉さん?滝平君の!?」


 突然の僕の姉の登場に澄本さんは驚いた様子だった。


「幸人、どうしてここに?」


「いや、姉さんがそろそろ塾から帰ってくる頃かな、と思って」


 よし、まともな理由になったぞ!これで姉の帰りを待つ健気な弟ということになる……はずだ!


「えっと、それでそちらの可愛らしい女の子は……もしかして彼女!?」


「ち・が・い・ま・す!」


 澄本さん、そんなに一音一音切って言わなくても……


「そうなんだ。それじゃあ、お友達?」


「いえ、私は滝平君とは委員会が同じなだけです」


「そうなんだ!えっと、幸人と同じってことは図書委員なんだ!幸人、人見知りだから結構めんどくさいかもしれないけど、末永くよろしくね!」


 待って、姉さん!それじゃあ、意味が違う!


「す、すえ、末永く……!」


 澄本さんは僕と同様に通常の解釈をしてたようで、顔を耳まで赤く染め上げていた。


「姉さん、早く家に帰ろう!」


「ちょ、ちょっと!」


 僕はもうその場に居づらくなったため、姉さんの手を取って走り出した。


 ……澄本さん、何かごめん!


 僕はそう思いながら、家に向けて走った。


 明日、澄本さんとはちゃんと話をしておかないと!


 ああもう!姉さんのせいで面倒ごとが増えちゃったじゃないか!

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