30

 十日に及んだ領主公邸での執務を滞りなく終えたエヴラールは、長年よく勤めてくれている老齢の知事に平素のとおりに後事を託し、オディロンと数名の護衛を伴って学友たちと合流を果たした。

 侍従であるオディロン自身は発掘作業を行うわけではないが、エヴラールの身の回りの世話をするために、どこへでも付き従ってくる。自分のことは自分でできるから、と拒否しようとも、私の務めを奪うおつもりですか、と鬼気迫る顔つきで縋られれば、エヴラールには彼を無碍にすることはできなかった。

 いまもオディロンは、馬車から降り立ったばかりのエヴラールの肩に薄手の外套を着せかけようとしている。彼の目には、私はいつまでたってもか弱く頑是ないこどものままなのだろう、とエヴラールは思う。

 過保護な侍従とそれを甘受するエヴラールの姿にすっかり慣らされている学友たちは、そんなことは気にもしない。厚手のシャツと泥にまみれたパンツを身に着けたレミュザは、エヴラールの前に発掘計画表を広げ、ほとんど予定どおりに進んでいますよ、と笑った。

「仮説どおりならば、明日から作業を進めるあの一帯にめぼしいものがありそうな気もするんですが」

 いまのところはさしたる進展もありませんねえ、とレミュザは云う。

「お仕事のほうは滞りなくおすませに?」

 ああ、とエヴラールはなかば上の空で応じた。薄い水色の瞳は、自身が手にしている古地図とレミュザが広げる計画表とのあいだを忙しなく行き来している。

 殿下、とオディロンが苦笑交じりにエヴラールの注意を引こうとする。

 まったくこのお方は、とオディロンは、エヴラールの理知的な横顔を見つめながら軽いため息をついた。まったくこのお方はいつまで経っても大人におなりにならない。よくも悪くも、幼くていらっしゃる。

 王族として厳しい教育を受けているエヴラールは、得意な勉学は云うに及ばず、苦手な武術も人並み程度にはこなすことができるうえ、礼儀作法は完璧で、立ち居振る舞いもこれ以上望むべくもないほどに優雅なものだ。

 だが、自身の興味のないことには潔いほどに淡白で、いっそ冷淡ですらある。いまも、自身が組み立てた仮説とそれを立証する調査とにすべての神経を集中させているせいで、レミュザの気遣いになど毛一筋ほどの注意も払おうとしない。

 もう少し器用な立ち居振る舞いを覚えられなければ、とオディロンはやきもきする。本人はもうすっかり大人のつもりで、ともすると四六時中傍に張りついている侍従のことを鬱陶しく思っている節もあるが、当のオディロンにしてみれば、まだまだ目を離すことはできそうにない。

 殿下、殿下と続けて三度ほども呼びかけられ、エヴラールはようやく古地図から目を上げた。

「なんだ、オディロン」

「なんだ、ではございません。レミュザどののお気遣いを無碍になさるものではありません」

 小声で窘めれば、気遣い、とエヴラールは首を傾げてレミュザを見た。

「なにかあったか?」

 いいえ、とレミュザは苦笑いをした。自身が興味を持てないことにはいっさいの関心を示さない王子さまと、その彼にばかりひたすら忠実な侍従とは、レミュザからすると同じ種類の人間である。

 レミュザは苦笑いを深くしながら、ではひとつだけ、と続けた。

「なんだ?」

「今回の調査は少し規模が大きかったので、こちらで手伝いの学生を七、八人ほど雇いました。必ずしも地質学を専攻する者ばかりではありませんが、今年は雨も多いですし、手が足りなくなるよりはいいかと思いまして」

 そうか、とエヴラールは頷いた。

「そのあたりのことはすべて任せているのだ。やりやすいようにするといい」

 ちなみにそうした手伝いの学生らに渡す給金は、すべてエヴラールの私財で賄われる。相変わらず太っ腹なことだ、とレミュザは思った。およそ自身の研究に関することで、エヴラールが出費を渋ったことは一度もない。もっとも、この朴念仁の王子さまが金を使う場などごく限られていて、学問に使わなければ蓄財に回るだけだということはレミュザもよくよく心得ている。

「のちほどで結構ですので、殿下からお声掛けいただけますと彼らの士気も上がるかと思いますので」

 レミュザがそう頼めば、もちろんだ、とエヴラールからは鷹揚な返事が返ってきた。傍らのオディロンが不満そうな顔を見せていることはあえて視界に納めないようにしておく。

 エヴラールに生涯を捧げるつもりでいるオディロンにしてみれば、どこの馬の骨ともわからぬ学生にエヴラール自らが声をかけることなどあってはならないと、そう思っているのに違いなかった。

 オディロン、と先ほど着せかけられたばかりの外套を肩から外しながら、エヴラールが侍従を振り返った。

「おまえは先に宿へ向かっていろ。私はみなと少し作業をしてから戻ることにする」

「しかし殿下、そのお召し物では……」

 侍従に窘められて自らの装いを見下ろしたエヴラールは、しかしすぐに、かまわん、と首を横に振った。

「気にするな。それよりも今宵はみなに酒を振る舞いたい。適当に見繕ってたっぷり用意しておけよ」

 殿下っ、気にするなではございませんよっ、仕立てたばかりのシャツでございますっ、とオディロンがなおも食い下がるのを完全に無視して、エヴラールはそのまま土いじりへと駆け出していってしまった。あとに残されたレミュザが、オディロンの不興を買うこともかまわずに笑い転げたのは云うまでもない。


 宿の食堂を占拠しての宴席で、エヴラールが隣で静かに酒を飲む男の存在に気がついたのは、夜もだいぶ更けてからのことだった。

 主に対する忠告を蔑ろにされながらも職務に忠実なオディロンが、馬車に積めるだけ買い込んできた甲斐があったのか、あらかたの人間が酒精に飲まれたいま時分になっても酒が尽きる気配はなかった。

 エヴラール自身は酒をほとんど嗜まない。飲めないというわけではないのだが、唇を湿らす程度に楽しめればそれでよく、あとはあたたかな茶や果実水を好んだ。レミュザと学友たちが、こちらで雇った学生たちと杯を酌み交わし大いに盛り上がっている。その様子を穏やかな笑顔で見守っていたエヴラールが、ひとり宴の輪から外れた風情の男に気づいて声をかけたのは、だからごく自然ななりゆきだった。

「飲んでいるか」

 酒瓶を片手に、茶の入った器をもう片手に近づいてきたエヴラールに、男は最初、目線を上げただけの不躾な態度で応じた。相手がエヴラールであることに気づき、慌てて腰を上げようとしたところを首を横に振って制すると、どこか不敵な笑みを浮かべて小さく会釈して寄越した。

 もしもオディロンが傍にいたならば、即座に斬って捨てられそうな不敬だな、とエヴラールは少しだけ可笑しくなった。かすかに上がった口角に気づいたのか、男が不審そうな顔をする。

「いや、なんでもない」

 まあ飲め、とばかりに酒瓶を突き出すと、男は慌てるふうもなく、しかし一息に盃を空にして見せた。そこに赤い酒精を満たしてやると、上目で見上げてくる。座っても、とエヴラールは身振りで尋ねた。

「楽しんでいるか」

 男の隣に腰を下ろしたエヴラールがそう問いかけると、男は唇の片端だけを持ち上げて不敵な笑みを作ってみせた。

「いや、別に」

 エヴラールは思わず首を傾げる。

「でも、こんな機会でもなきゃ、こんないい酒、二度と飲めませんからね」

「酒?」

 ええ、と男は頷いた。

「貧乏人の意地汚さってやつですよ。施しを受けるほど落ちぶれちゃいないが、くれるってもんを断るほど誇り高くもないんでね。とくに楽しくもないが、飲めるだけは飲んでおきたい。そういう意味です」

 エヴラールは思わず手にした酒瓶へ目を落とした。オディロンが買い付けてきた酒は、王城で振る舞われるような高級な品ではなかったが、かといって二束三文の安酒というわけでもない。エヴラールの口にも入るものであることを考えた、オディロンの絶妙な選択であると云えた。

「そういうものか」

 思わずエヴラールは呟いた。

「ま、王子さまにゃわからんでしょうけど」

 男の返事にむっとした顔をすれば、彼はなおも笑い、すみませんねえ、と少しも悪びれないふうで杯を干した。

「季節外れの稼ぎ口に飛びついてみりゃ、王子さまの泥遊びのお手伝いだってんで、仕事は楽だわ、酒は飲めるわ、こんなうまい話があってもいいのかってね」

「酔っているのか」

 あまりの直截な物云いに、さすがのエヴラールもやや不機嫌な声を上げる。

「いいや、まったく」

 エヴラールの手から酒瓶を取り上げた男はどぼどぼと盃に酒を注ぎ、喉を鳴らして半分ほども一息に空けたあと、まあ、そんなうまい話でもないか、と呟いた。

「なぜだ?」

 エヴラールは眉間に皺を寄せながらも問いかける。男の口のきき方は決して愉快なものではなかったが、なぜか離れがたく感じた。

「当の王子さまに向かってこんな口きいてんだ。明日には馘首クビだ」

「馘首?」

 ああ、と男は頷く。盃に残り半分になった酒を見つめる眼差しには、酔いの欠片も見当たらない。

「普通に考えりゃそうだろう。な、王子さま」

 エヴラールは唇を引き結んで不愉快に耐えた。まるで酔っていないような顔をしているが、この男はすでに相当に酒を食らっているのだろう。表情や口調ではわからないが、酔っているのだ。この暴言も酔っぱらいの戯言だと思えばいい。

「過ぎた酒は身を損なう。もうやすむといい」

「俺は酔っちゃいませんよ、王子さま」

「……その呼び方はやめろ」

 ほう、と男は嗤った。

「そいつあ申し訳ないことをした。ほかの連中と同じように殿下とお呼びすればお気に召すんで?」

 男の乾いた笑い声があたりに響く。いい加減にしろ、と思わず声を荒らげかけたエヴラールの気勢を削いだのは、リオネルッ! というレミュザの叫び声だった。

「レミュザ」

 気の抜けた声で応じた男の前に立ちはだかったレミュザは、手から盃を取り上げることもなく、リオネルと呼んだ男の頬に向かっていきなり拳を振り下ろした。

「レミュザ!」

 慌てたエヴラールの制止も聞かず、レミュザは、二度、三度と男の頬を殴り飛ばす。抵抗らしい抵抗もしない男は襟首を掴まれたまま椅子から転がり落ち、床に尻をついてなおへらへらと笑っていた。

「よせ、レミュザ」

「申し訳ありません、殿下」

 男の襟から手を離し、レミュザがその場に平伏する。エヴラールの呼びかけに顔をも上げないまま、レミュザは、申し訳ありません、と何度も何度も繰り返した。食堂の中は静まり返り、物音を立てる者は誰ひとりいない。

「顔を上げろ、レミュザ」

 ひとりにやにやとしている男を見下ろし、エヴラールは、おまえの名は、と問いかけた。その質問に答えたのはレミュザである。

「この者はリオネル・クザンと申しまして、私の既知です、殿下」

「リオネル・クザン」

 ああそうさ、と云わんばかりの笑顔で、クザンがエヴラールを見上げる。エヴラールは眉間に皺を刻んだままレミュザを見下ろした。

「王城学問所で、ほんの一時同僚だったのです。故郷へ帰ると云っていたのを思い出して、今回の仕事に誘ったのですが、その……」

 間違いでした、とレミュザは小さな声で呟いた。エヴラールは大きく嘆息する。

「学問所にいたことがあるのか?」

「ほんの二年ばかしね」

 クザンの答え方はどこまでも軽い。

「でも、どうにも肌に合わなくて、すぐに辞めた。で、こっちに帰ってきたってわけです」

 しかし、とエヴラールは眸を眇める。

「学問所への入所を許可されたということは、おまえは貴族なのか」

「金で爵位を買ったような似非貴族ですがね」

 なるほど、とエヴラールは眇めた瞳の奥で熱された思考を冷まそうと努めた。

「道理で酒の味もわかろうというものだな」

 エヴラールの微笑みに、今度はクザンが顔をしかめる。いったいなにが云いたいんだ、とばかりにその濃灰色の瞳が剣呑な色を帯びた。

「立て、レミュザ」

 気色ばむクザンを放置して、エヴラールはレミュザの腕を取って渋る彼を無理矢理立ち上がらせた。

「……殿下」

 レミュザ、とエヴラールは声の調子を穏やかなものへと変える。

「今宵の振る舞いはどうもクザンの口には合わなかったようだ。明日はもう少しよい酒も用意させよう。それで許せよ」

 そんなこと云っていいのか、王子さま、と床に座ったままのクザンが挑発的な声を上げた。厳しい表情で振り返ったレミュザは、しかしエヴラールに腕を引かれて言葉を失う。

「むろんだ」

「俺はあんたを莫迦にしてるんだぜ、気づいてねえのか」

「……リオネル・クザン」

 エヴラールは穏やかな笑顔のままクザンを見下ろした。

「ひとつだけ訂正してはもらえぬか」

 クザンは目を細めてエヴラールを見上げる。

「王子と呼ぶのはよせ。私は王族だが王の子ではない。王子と呼ばれるいわれはないし、万が一にも誰かに聞き咎められれば、不敬罪でしょっ引かれてしまう。おまえも私の累が及ぶなどまっぴらだろう」

 クザンが奥歯を噛みしめた。騒がせて悪かった、とエヴラールはクザンから目を逸らすと穏やかな声を上げた。

「私はそろそろ引き上げよう。明日も早い。みなもほどほどで切り上げるとよい。酒は明日も用意させるゆえにな」

 まだなにかを云いたそうなレミュザを掌で制し、エヴラールは脱いでおいた上着を手に取った。自分の一挙手一投足を、息を詰めて見守るみなの前で、ではまた明日、と最後に小さく笑ってみせ、エヴラールは食堂をあとにした。


「待ってくださいよ、殿下」

 私室へ引き上げようとしていたエヴラールの足を止めたのは、食堂から追いかけてきたクザンの声だった。エヴラールは内心ではうんざりとしながら、しかし表面上はなんとも思っていないような表情を取り繕って、なんだ、と振り返った。

「俺を馘首にはしないんですか」

「馘首になりたいのか?」

 いいや、とクザンは正直に応じた。

「貧乏なのは本当ですからね。あんたからもらえる給金は正直惜しい」

「金で爵位を買えるほどの実家が後ろ盾にあるのではないのか?」

「俺はとっくに勘当された身でしてね」

 ならば、とエヴラールは吐息とともに応じた。

「このまま残ればよかろう」

 五、六歩ほどしか離れていない距離で向かい合ったふたりは、宿屋の狭い廊下で睨み合うように見つめ合う。

「あんたの沽券にかかわるんじゃないかと云っているんですが」

 はん、とエヴラールは笑った。冷たい笑みは日ごろの彼には似つかわしくない。しかし、この冷笑はエヴラールの中にたしかに潜む、彼の一面を表すものでもあった。

「沽券なぞを気にしているようでは王族など務まらん。つまらぬことは気にせずに、働いたぶんだけの給金を持っていけばよい」

「あんたはどうも王子さまっぽくないですな」

「……王子ではないと何度云ったら理解する」

「王太子に次ぐ王位継承権を持ってるんだ。立派な王子さまですよ」

 それもそうか、とエヴラールは短く応じた。いい加減この絡み酒のクザンを遠ざけたくて仕方なかった。

「なんの用だ」

 端的に問えば、クザンはにやりと唇の端を持ち上げてみせた。途端、レミュザに殴り飛ばされたときに切った唇の端が痛んだのだろう、顔をしかめている。どこか憎めない男だな、とエヴラールは思った。

「レミュザのやつを責めないでやってもらえますか」

 どういう意味だ、とエヴラールは片目を眇めた。

「今回の調査の人手が足りないと、俺に声をかけてきたのはたしかにあいつです。金に困っていた俺は一も二もなく引き受けた。レミュザがあんたの手伝いをしていることは知ってましたがね、金が稼げるならなんでもよかったんで」

 クザンの言葉には不足が多く、エヴラールは彼の云いたいことをすぐには理解できなかった。その気配を察したのか、クザンがすぐに云い添える。

「ああ、俺はね、王族ってやつが気にくわないんですよ。貧乏貴族の僻みだと思ってくれてもいい。学問所を追い出されたのもそれが原因でね」

「追い出された?」

「ラ・フォルジュによる支配体制に対する批判を論文に書いたら、袋叩きの目に遭わされて次の日には追い出された。こんなところで学問なんかできるかって自分から砂掛けて出てきたつもりでしたが、よく考えてみりゃ、あそこは王城学問所だった。莫迦だったのは俺のほうだってことです」

 エヴラールは軽く眉を持ち上げる。察しのよいクザンは淀みなく続けた。

「あの頃に比べれば俺も少しは成長して、あんたの前でも普通に振る舞えるつもりだった。なのに実際はこの体たらくだ。レミュザの顔を潰したいわけじゃなかった」

「……おまえはなにも潰してはいない」

「寛容なんですね」

 違う、とエヴラールは首を横に振った。面倒なばかりだったクザンとの会話が、少しばかりおもしろくなってきていた。

「おまえの気持ちが少しだけわかるからな」

「あんた、俺を莫迦にしてるんですか」

 あんたはラ・フォルジュを体現してるような男じゃないですか、とクザンは苦笑する。

「この立場が学問には邪魔なのだと云えば、云いたいことがわかってもらえるか」

 クザンの頬から笑みが消えた。

「ラ・フォルジュが気にくわんという論文を書いたせいで、学問所を追い出されたと云ったな。だが、ほかのところでそれを書けばどうだったか、想像したことはないのか」

「……ありますよ」

 ありますがね、とクザンは瞳よりもさらに濃い灰色をした髪をぐしゃぐゃと掻き乱した。

「結論は同じだ。どこの私塾にいたとしても俺は追い出され、故郷へと逃げ帰る羽目になったことでしょう。学問を続けることなんてできなかった」

「それが正しいありようだと、おまえは思うのか」

 クザンの濃灰色の瞳の底に、熾火のような鈍い光が宿った。不意に生まれたわけではなく、隠されていたものが露わになったような光は、しかしそれ以上輝きを増すことはなく、クザンが幾度か瞬くうちにまた灰色の中に静かに沈んだ。

「述べてはならぬ真実、犯してはならぬ禁忌を自ら設けるような学問に未来などない。それが私の持論だ」

 なるほど、とクザンはふたたび苦笑した。

「それではたしかにラ・フォルジュも邪魔になりましょうな」

 エヴラールもまた苦笑いで応じる。

「そうは云っても、私が学問を続けることができるのは、この家名あればこそ。そう考えれば、私は誰を責めることもできない。レミュザも、おまえも、自分自身も」

 クザンはしばしのあいだ、ごく思慮深い眼差しでエヴラールを見つめた。エヴラールは薄く微笑みながらも、その視線を避けるように軽く目を伏せている。

 やがてクザンが、わかりました、と応じると、そうか、とエヴラールは軽く頷いた。ならば、明日からはよろしく頼む、とすぐにクザンに背を向けた彼は、だから気がつくことはなかった。自分の背を見送る剣呑な男の、昏く滾るような色を湛えた眼差しに。

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