第102話 夏凛の誕生日 1

 14時30分になると、叔父さんが車の鍵を持って玄関に向かった。


「んじゃ、俺は城ヶ崎さんを迎えに行くからよ。後は頼んだぞ?」


「ああ、オードブルの注文は任せてくれ」


 本当は北京ダックとか高級料理みたいなのを沢山作りたいんだけど、残念ながら俺と夏凛、そして叔父さんはその域に達していないのでオードブルを注文する他無いのだ。


 再び俺と夏凛は2人っきりになった。


「兄さん兄さん」


「縁結びの確認か?」


「はい」


 互いに近付いても光る気配はない。恐らく、明日にならないと転倒イベントは起きないだろう。


 ホッと胸を撫で下ろすと、夏凛が何か言いたそうにしていた。


「もし、私と兄さんが同級生だったら……どう、思いますか?」


「どうって言われても……」


「血が繋がらず、ただのクラスメイトだったら……意識、してくれますか?」


 言われて想像する。教室に黒髪ロングな清楚美女がいるところを。多分、高嶺の花として遠くから見るだけだと思う。


 でも──。


「意識はしたと思う。ずっと告白出来ないまま卒業するパターンにはなるだろうけど……」


「そう……ですか」


 夏凛はそう言って2階の自室へと戻っていった。



 叔父さんが恵さんを連れてきて、我が家はいつもより窮屈に感じた。それがいつもより新鮮で、本当に家にいるのかと思う程だ。


 談話もそこそこに、恵さんが話しかけてきた。


「黒斗、叔父さんが映画1本観ようぜって言ってるけど、どうする?」


「良いんじゃないか。時間的に映画観たら夕食時だしな」


「あ、そう言えば、この家ってプロジェクターあったよね? それで観ようよ!」


 君、なんでプロジェクターがあるの知ってるの? うちに来てもゲームしかしてなかったよね?


 そんな疑問を呑み込んで、準備を始める。


 ホントは家ぼっちが辛くて、独身貴族気分を味わう為に買ったのだが、いざ準備するとリビングという開放的な空間を1人で使うことに気まずさを感じて結局止めちゃったんだ。


 ただ、恵さんのお陰で思い出して良かったと思ってる。今は友達も妹も一緒に見ることができるからさ。


 準備が終わり、さて何を観ようかって時に意見が衝突してしまった。


「兄さん、ホラー映画を観ましょう!」と、夏凛が提案し。


「黒斗、ビズニィー映画の方が良いじゃん!」と、恵さんが言う。


「じゃあ、ここは間を取って"官能映画"でも──」と、提案する愚か者がいたので、大声で聞こえないように妨害してやった。


 2人の耳を汚すわけにはいかないからな。


 普通は主役である夏凛の意見が採用されるべきだが、俺は恵さんに全てを賭けるべくジャンケンで決着をつけるように提案した。


「むー、兄さんがそう言うのなら……わかりました」


「夏凛……あんた、黒斗が苦手なの知ってるでしょうに……」


 2人はジャンケンで対決し、結果として恵さんが勝利した。


「はぅ~~、負けちゃいましたぁ」


 可哀想だけど、これも勝負の結果だから。


 と、言うことで。スマホの無線機能を使い、プロジェクターとリンクさせて映像を流す。


 ソファの右隣は夏凛、左隣は恵さんが座り、叔父さんは別のソファに座っていた。


 デフォルメ調の動物たちが、赤ちゃんを人間の親のところに届けるという内容だった。


『これが、人間の世界……怖いけど、届けてみせる!』


 ライオンが人間界に乱入したことで街はパニックになり、警官を鳥が攻撃したりしてライオンをサポートしながら進んでいく。


『ああ、ボウヤ……無事だったのね。私の愛しいボウヤ!』


 赤ちゃんを届けられた母親は、子供を抱き締めて感動している。そして母親はライオンに視線を移した。


『あなたが届けてくれたのね。ありがとう!』


『ガォォォォォッ!!』


 人間視点故に言葉こそ伝わらないが、一部始終を見ていた街の人達は感動し、動物達と人間が共に歌いながらエンディングを迎えた。


 エンディングと共にスタッフロールが流れる中、ポツリと言った。


「良い話しだったな」


 俺の呟きに他の3人も頷いた。


「動物と人間が最後にわかりあえたのが良かった」と、恵さんが感想を口にした。


「そうだな、大人になるとかえってこう言う作品が心に染みるもんだ」と、叔父さんの感想。


「赤ちゃん、両親に会えて良かったですね~。赤ちゃん、良いなぁ……」と、夏凛は物欲しそうにしている。


 夏凛の言葉を聞いて、恵さんと叔父さんがジュースを吹き出した。


「げほっ、げほっ! か、夏凛……お前、やっぱり彼氏がいるんじゃないのか!?」


「もう、2人とも汚ないですよ? 彼氏なんていませんし、そういう予定もありませんから──って、兄さんはどうして放心してるんですか!?」


 夏凛に揺さぶられてハッと目が覚める。


「わ、悪い……夏凛が知らない男と光の中へ歩いて行く光景が浮かんでしまった……」


「安心して下さい。兄さんを置いていったりしませんから」


「それなら、安心……か?」


 なんだろう。それはそれで心配になるかもしれない。


 ふと、時計を見ると18時にオードブルを頼んでいた事を思い出した。


「あ、もう18時か。そろそろ宅配の人も来そうだな」


 という事で、散乱したお菓子やジュースを片付けて、俺達はダイニングに移動した。

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