第35話 プールでハプニング 4

 俺と夏凛はすぐに別れた。お互いに連れがいるのだから当たり前のことだ。


 だけど、別れ際の夏凛は少し寂しそうな顔をしていた。いや、本音を言うと俺も、もう少し夏凛と一緒に遊んでみたかったんだ。


 ただ、さっき感じたあの感覚……あれを忘れるためにも少しクールタイムが必要だ。


 だから丁度いい、そう思っていたのだが……。


「ねえ、黒谷……後ろにいるの、あんたの妹に見えるのは気のせいかな?」


 別れた夏凛とこうも早く再開するとは思わなかった。いや、よくよく思い返せば一緒に来てた部長がウォータースライダーで待ってる、と言ってた気がする。


 んでもって飲み物を2つ持ってきた恵さんが、ウォータースライダーを提案したから今俺達はここにいる。

 この施設の目玉の遊具故に、待ち時間1時間の階段をゆっくりと上がっている。その時に後ろに並んだのが実の妹と水泳部の部長だったってわけだ。


「そ、そうか? 他人の空似ってやつじゃないか? 髪型だって違うし」


「プールに来て、ながーい黒髪を下ろしっぱなしなわけ無いでしょ! セミロングのあたしだってバレッタで折り返してるんだから──顔みなさい、か・おっ!」


 とりあえず指示通りに後ろを向いて見る。夏凛がこちらに気付いて小さく手を振っていた。本当に俺と同じ遺伝子を持っているのか、怪しいレベルに可愛い苦笑いをしている。


「いや、違うだろ。俺に似てないし」


「似てないのは知ってるし。……はぁ、もういいよ。ただ、あたしと遊びに来たのは黒谷だってことを覚えといてよね!」


「ああ、わかってるよ」


 恵さんは少しだけ不機嫌そうな顔をしたものの、すぐに元の元気な顔に戻った。


「てかさ、あの胸に腰のくびれ……卑怯過ぎない? しかも真っ白な肌に真っ白なビキニを着こなしてるし、お爺ちゃんから兄まで男なら例外なく反応するんじゃないの?」


「い、いや、しないよ……兄妹だし」


 はい、嘘です。さっき生で触れた時、マジやばかったです。本人は水着を直すので必死だったみたいだけど、俺は危うく禁断の扉を開いてしまうところだった。


 うん、マジでこれからは気を付けないと。兄妹関係が良好な現在をぶち壊すわけにはいかないからな。


「黒谷、何ボーッとしてんの? 前空いたよ、進も?」


「お、わりぃわりぃ」


 気付くと3歩分ほど前の人が進んでいたので、俺も進んだ。今いるところは、ウォータースライダーの長い階段の7割ぐらいの位置だ。手すりから下を見ると人が小さく見えて足が震えそうになる。


 と、その時──少し強い風が吹いた。


「きゃあッ!」


「あ、恵さん!」


 恵さんの身体がよろけたので俺はすぐに肩を引き寄せた。肩口から胸の谷間が見えてしまったのですぐに目を反らす。


 悲しいかな、男とはソレがどうしても目に入ってしまう生き物なんだ。そんな俺の気持ちとは裏腹に、恵さんは顔を赤くして感謝を口にした。


「黒谷、ありがとう」


「か、風が強いからさ、気を付けようか」


「うん、じゃあさ、頂上までこのままでお願い」


 気恥ずかしいが、友人の頼みとあらば仕方ない。背後から少しだけ唸り声が聞こえつつも、俺達は順調に上がっていった。


 そして頂上に着くと、係の人が来て何人で滑るか聞いてきた。


「お客様、2人で滑りますか?」


「え? ちょ、ちょっと待ってくださいね」


 俺は恵さんにどうするか聞いてみる。


「念のため聞くけどさ、1人ずつだよな?」


 恵さんは更に顔を赤くして答える。


「あ、当たり前じゃないっ! ふ、2人で滑るなんて……カップルみたいだし……」


 良かった、友達とはいえ男と女だ。滑ってる最中に色々当たるのはマズイから正直助かる。


「お客様、後ろがつかえてますので、お早めに」


「あ、はい。じゃあ────」


「じゃあ3人で!」


 俺の声ではない、夏凛でも恵さんの声でもない、となれば1人しかいない。その人は夏凛と一緒に来ていた水泳部の部長、つまりは俺の同級生だ。同じクラスじゃないから多分話したことはないが。


「俺達は1人ずつ──」


「あなた、黒谷の兄でしょ? ずーっと黒谷があなたの背中を見てるんだもん、いつも話しに出る"お兄様"だってすぐにわかったわ。それに端から見てたけど、面白そうな事になってるみたいだから協力するわ」


 それを聞いた夏凛が慌てて部長の口を塞ぎにかかるが、それを彼女は難なくかわした。


「係員さーん、三名様入りまーす!」


「お、おい!」


 ぐいぐいと押される。それも問答無用に……。

 係員も早く人を流したいのか、俺達3人をスタート位置まで押して注意事項を早口で説明したあと、トンっと背中を押されてしまった。


「うああぁぁぁっ!」「きゃあぁぁぁっ!」「ひえええええええっ!!」


 お約束と言わんばかりに体勢は崩れ、俺の懸念していたモノが2倍となって押し寄せてきた。

 最初のカーブで真っ白くて柔らかいモノが顔全体を覆ったり、2回目のカーブでは緑色のVラインが顔面に押し付けられたり。


 ──「に、兄さん……あ、ン……」


 ──「黒谷、そこは……あぁっ!!」


 時に下になり、時に上になり、それを繰り返し、何度か嬌声を聞きながらようやくスプラッシュに至った。


「……」「……」「……」


「お客様、終わったらすぐにそこを退いてください! 次が来ますので!」


 係員に注意されたので、俺達はプールサイドで水泳部の部長を待った。

 後続で現れた彼女は豪快に笑っていた。


「ごめんごめん! てかさ、この後4人で遊ばない? 多い方が良いだろうし!」


「気まずくなるよりは、良いか」と恵さんが承諾し。


「部長、兄さん達に何か奢ってあげて下さいね!」と夏凛も承諾した。


 ここのウォータースライダーは全国トップの長さを誇り、その長さの分だけ色んなところに接触してしまった。

 故にその後の気まずさが訪れることは必至なので、正直助かったかもしれない。


 水泳部なりの遊び方を教わったり、約束通り出店でかなりの量を奢らせたりして楽しんだ。心なしか、夏凛と恵さんの会話量も増えてるようにも見えた。


 何だかんだで元気な部長に引っ張ってもらったので、その後はそこそこ楽しく遊ぶことができた。

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