異世界転生、された側の苦悩(異世界短編ちょいホラー)

さじみやモテツ(昼月)(鮫恋海豚)

本編1「気色が悪い」



 可愛くない。


 それが二歳の我が子に抱く感情として正しくは無いことぐらい、十分に理解していた。


 夕食後、いつも光景だ。あいつは部屋の隅で本を読んでいる。ランプを棚の上に置いて、壁に寄りかかり、丸めた膝に本を広げて。

 読んでいるのは初級魔法指南書という類のモノらしい。なにが楽しいのか、時折クスクスと笑っている。

 たった二歳の、小さな男の子だ。灰色の髪の毛は俺から受け継がれたモノで、尖った耳は妻と同じ形をしている。間違いなく、俺と妻の子供だ。それなのに――


 気色が悪い。


 そう思ってから、重い自己嫌悪に苛まれる。我が子だ。愛しの。愛すべき。歯を食いしばる。俺は、最低な父親だ。気を抜くとその感情が浮き彫りになる。繰り返し繰り返し。嫌な連鎖だ。

 

 食後に本を読む我が子が聡明である事は間違い無い。同年代の他の子供達と比べて、いや、これまで見てきた数多の子供達と比べても尚、飛び抜けて頭の良い子供だ。

 二歳にしてすでに文字を理解し、発する言葉は大人となんら遜色は無い。

 様々な事柄に興味を示し、さらに理解を深めたければ本を読み調べている。

 まさに、神童だ。周囲の人間はそう褒め讃えている。

 

 本来の親ならば、手放しで喜ぶべき事だろう。しかし俺は、どうしてもヤツを、我が子を愛する事が出来なかった。

 

 思い返せば、生まれた頃より違和感があった。

 泣かず、騒がず、規則正しく。

 子育てというモノに抱いていた覚悟が、良い意味で挫かれた。

 妻は愛でた。心底の愛情を注いでいた。俺もそうでありたい、そうあるべきだと思い続けていた。

 だから、取り繕った。我が子に愛情を抱けぬ自身を悟られぬ為に。

 可愛いと声を掛け、胸に抱き、頬を撫でた。違和感を抱き続けながらも、いつかこの偽りの愛情が本物に裏返るだろうと。


 妻譲りの蒼い瞳。俺から受け継いだ高い鼻。肌の白さは妻だ。

 我が子だ。間違いなく。真実だ。それだけは覆す事はできない。

 だからこそ、二年間、隠し続けている。誰にも問われた事は無い。咎められた事も無い。気づかれてはいない。俺は、この子を愛してはいない。


 父親の自覚というモノは、すぐには抱けないらしい。


 あいつが生まれたばかりの頃、その言葉に随分と救われた。自ずと、気づけば、親子の関係になっているだろうと。

 しかし時が経てば経つほど、違和感は質量を持ち始め、さらに大きくなり、固まっていく。


 あり得ない。そう、あり得ないんだ。この考えは。

 見ろ、と自身に問いかける。可愛い我が子だ。自慢の我が子だ。聡明で、明るく、元気な我が子だ。


「頭の出来まで、お前に似なくて良かったな」


 友人の言葉が、ずっと胸の奥に刺さっている。俺の子供である事は間違いないはずなんだ。しかし俺はどうしても、二年間ずっと、こいつを、自分の子供だとは思えなかった。


 お前はいったい、誰なんだ?


 初級魔法指南書のページを、指に唾を付けてめくる我が子を見つめながら、俺は心の中で問いかけた。


「どうしたの、父さん? 怖い顔して」


 蒼い瞳と視線が重なり、ハッと我に返った。


「す、すまない。いや、なんだ、なにもそんなところで読まないでもいいだろうと思ってな」


 どうにも、慣れない。その目に、その声に、その仕草に。その全てに。二年間、ずっとだ。だからこそ、取り繕うのにも慣れてしまった。


「体が小さいから、ここでこうやって読む方が落ち着くんだよ」


 我が子の言葉に、チリリと耳の内側がざわつく。神経を逆撫でるその出所を必死に探すが、見つからない。

 あいつがしゃべるようになってから、幾度と味わった感覚だ。

 言葉の端々に、苛々する。可愛い我が子の。流暢に話す二歳の子供の、何ともない言葉に。


「じゃあ、父さんに抱っこして貰おうかな」


 テケテケテケ、と音を立てて、可愛らしい仕草で、我が子が近づいてくる。

 最近だ。こいつが、俺に甘える様な仕草を見せるようになった。まるで俺の心を見透かしているかの様に。僕はあなたの子供ですと、権利を主張するかのように。

 気持ちが悪い。吐きそうだ。俺は最低だ。可愛い我が子。

 抱く矛盾に、胸が詰まる。


「ああ、良いよ、おいで」


 断る理由も思いつかず、そもそも断る理由などなく、俺は膝の上に我が子を招いた。

 しっかりとした重量が、股ぐらにのし掛かる。投げ飛ばしたい衝動を押さえつけ、頭を撫でてやった。


「フフフッ」


 我が子が、首を捻ってまで笑みを見せつけてきた。世辞もなく、愛らしい顔のはずだ。そう言い聞かせ続けなければ、めちゃくちゃにしてしまいそうだった。


 無意識のうちに握られていた拳を、ゆっくりと開く。


「父さんの事は気にしないでいいから、ほら、読め読め」


「うんっ」


 コクリと、可愛らしく頷く。ニコリと笑う。笑みを残したまま、本に顔を戻した。

 どこまでも、完璧なまでの可愛らしさだ。ずっと、ずっと。


「最近、仲が良いわねぇ。羨ましいわ」


 洗い物をしている妻が、そういった。

 なんとも微笑ましい光景のはずだ。気づかれてはいけない。最低なのは俺なんだ。いつかきっと、普通の家族になれる。


 愛そう、我が子を。ただそれだけで良いはずだ。なに一つ、間違ってはいない。



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