第89話 初恋の人に一番近い人
カレーライスを無事に作り終えた俺達はテーブルで賑々しく食事をとっていた。
しかし水井だけは暗い顔をしながら口数が少ないように思えた。
それにしても今日は驚くことばかりだ。
どう考えても『前の世界』とは状況が違ってきている。
何故、こうなってしまったのだろうか?
もしかすると俺が自己紹介で『つねちゃん』のことを言ってしまったからだろうか?
でも俺は『好きな女性のタイプ』を言っただけで、別に『つねちゃん』のことを詳しく話した訳ではない。
それなのに何故……
まさか水井京香と『合宿』までにこういった関係になるとは思ってもいなかったし、まして『アルバイト』を誘われる前に佐々木真由子とも知り合うなんて想定外だ。
「五十鈴!! お前、何をさっきからカレーを口に入れる寸前で『フリーズ』してるんだよ? 食べるのか食べないのかどっちなんだよ!?」
上野が呆れた顔をしながらそう言ってきたが、それが同じ班の人達に結構ウケてしまった。
「 「 「ハッハッハッハ!!」 」 」
この時はさすがに水井も笑っていた。
「ハハハ……そうだよ、五十鈴……もしかして五十鈴は『猫舌』で、カレー熱くて食べれないのかい? それでカレーを冷ませていたとか……」
入谷が笑いながら言ってきたので俺は『犬舌』だと言い返したが、俺の返しはややウケに終わってしまう。
昼食後、俺達は班ごとやクラスごとでの様々な『オリエンテーション』を行い、入学してから約一ヶ月が経った俺達は学校ではなかなか出来ない事を皆でやる事により、今まで以上に親睦を深めていくのだった。
「なんか俺達のクラス、凄い団結力が出来た感じがするから、『球技大会』や『合唱コンクール』『体育祭』それに『学園祭の催し』でも全てトップを狙えるんじゃないか!?」
上野が少し興奮気味な感じで話している。
「でも他のクラスの奴等も同じことを思っているんじゃないのかい?」
入谷が上野に冷静なしゃべり方をしている。
「なんだよ、入谷~っ!? せっかく俺がテンション上がりまくっているのに、冷めるようなことを言うんじゃねぇよ~っ!!」
俺は二人の会話を苦笑いしながら聞いていた。
すると新見が微笑みながら俺に近づき耳元でこう呟いた。
「五十鈴君、今夜私達の部屋ではきっと五十鈴君の話題も出ると思うけど、私、絶対に『あの事』は言わない様にするからね……」
「えっ? 『あの事』って何……?」
「えーっ!? 『あの事』というのは五十鈴君が今でも幼稚園の先生と頻繁に会っているってことじゃないの……」
「ひっ、頻繁には会ってないし……で、でも言わないでいてくれるのは助かるよ……くれぐれもよろしく頼むよ……?」
「オッケー、任せておいて!!」
新見の満面の笑顔が逆に不安になった俺ではあったがとりあえず俺は新見を信じることにした。というか信じたい……
そうこうしているうちに夜になり、俺達は風呂に入ったあと、『大食堂』で夕飯を食べた。
そしてお腹がいっぱいになり全員、自分達の部屋に戻りあとは寝るだけとなったが、皆そう簡単に寝るはずが無い……
以前から上野が言っていた通り、俺達の部屋では『クラスで好きな女子の名前』もしくは『可愛いと思う子の名前』を言い合うという俺にとっては『試練の時間』が訪れるのだ。
きっと今頃、新見達の部屋でも女子達の『恋バナ』で盛り上がっているんだろうなぁ……
たしか新見と同じ部屋の女子は……
不安でしかたがない。
なんという『最強メンバー』なんだ……
俺が不安でいっぱいの中、俺達の部屋でも『女子』の話で盛り上がっている。
まず上野が口火を切った。
「やっぱ俺は顔だけでいえば諸口だよなぁ……可愛いというよりも綺麗って感じだな」
うんうんと全員が頷くが
「諸口も良いけどさぁ、俺は新見が好きなんだよなぁ……」
すると羽田が米田にこう言う。
「ヨネちゃん、でもさぁぁ……新見はヨネちゃんよりも背が高いぞ。それでも良いのか?」
「俺はそんな事は気にしないよ。愛さえあれば身長差なんて……」
「 「 「おーっ!! ヨネちゃん、男前~っ!!」 」 」
男子全員が米田の言葉に盛り上がるが、ポツリと米田が俺に話しかけてきた。
「ところで五十鈴……」
「なんだ?」
「新見と五十鈴は同じ中学だし、いつも教室で仲良く話をしてるけど、二人は付き合ってるのか?」
「バッ、バカなこと言うなよ!! 付き合ってなんかいないよ!! 全然大丈夫だよ、ヨネちゃん!! だから思い切って告白しちゃいなよ!!」
「えーっ!? まだそんなに話もしたことが無いのに、告白なんかして大丈夫なんだろうか……?」
「大丈夫だ!! 新見はヨネちゃんみたいなタイプが好みだ。俺が保証する!!」
なんてったってお前等二人は『前の世界』でラブラブカップル……『前の世界の未来』で言う『バカップル』だったんだからな!!
米田はニコッとしながらこう言った。
「なんか五十鈴にそう言われるといけそうな気がしてきたよ。近々タイミングを見て新見に告白してみるよ……」
「 「 「おーっ!! ヨネちゃん、すげぇぇええ!!」 」 」
米田の『告白宣言』のお陰で俺達は大いに盛り上がってきた。
そんな中、今度は南川が俺に話をしてきた。
「ところでさ、五十鈴……お前の好きなタイプは幼稚園の先生だってことは分かったけどクラスの女子で言えば誰が一番近いと思う?」
「おっ、それ良い質問だな。俺も聞きたいぞ!!」
上野も南川の質問に便乗してきた。
「えっ? クラスに似ている人はいないよ……」
「えーっ、そんなことは無いだろう? しいといえば誰が近いんだ?」
南川と上野が諦めずに聞いてくる。
「だからうちのクラスにはいないって!!」
俺は少し怒り口調で言い返すが、実のところ『つねちゃん』に一番近い女子の顔は浮かんでいた。
髪型はセミロングで髪色は少し茶色がかっていて、肌は白くて黒目の大きい子……
そしてとても優しく、ずっと話していても楽しい人……
佐々木真由子……
「うちのクラスにいないと言えば俺もそうだぜ」
「えっ?」
突然、俺の話題を消すかのように羽田が口を開いた。
お陰で俺に注目していた奴等が全員、羽田の方を向きだした。
さっきから笑うだけで何一つ喋っていなかった神谷がポツリと……
「じゃぁ、羽田は誰が好きなんだい?」
そして羽田はここでまさかの名前を口にした。
「ヘヘ……俺が好きな子はさぁ、七組の佐々木真由子っていうんだ……」
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お読みいただきありがとうございました。
この章も次で最終となります。
次々回からは新章が始まります。
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