第59話 初恋の人に俺は本気を見せた
「井口さん、すみません!! 申し訳ないですが井口さんのラケットを貸して頂けないでしょうか!?」
俺がまさかそんな事を言うとは思っていなかった井口さんはとても驚いた表情をしていたが俺の真剣な顔を見て今度は心配そうな表情になりこう答えた。
「べ、別に貸すのは良いんだけどさぁ、俺のラケットは『カットマン』用のラケットだから普通の『シェイクハンド』のラケットよりも少し大きいし重たいし……それに片方のラバーは『スーパーアンチ』というラバーで全然スピンがかからないけど大丈夫なのかい?」
そう、このラケットなんだ!!
俺は『前の世界』で井口さんに憧れて中一の冬には母さんに頼み込んでその同じラケットを購入した。
だから俺にとっては一番使いやすいラケットなんだ……
今から10点差をひっくり返すのは難しいかもしれないが、『後悔』をしない試合は出来ると思う。
だから……
「だっ、大丈夫、だと思います!! 是非、井口さんのラケットを貸してください!!」
俺は井口さんからラケットを受け取り卓球台に戻って行った。
そしてグリップの感触を確かめるが、とても懐かしい感じがする。
やっぱり『本気』で卓球をするならこのラケットじゃないとな……
試合再開!!
右川さんの強いスピンのかかったサーブから始まる。
しかし俺は『スーパーアンチ』というラバーが貼っている方で、そのサーブを簡単に返すのだった。
「 「えっ!?」 」
「ん!?」
二年生の先輩達、それに右川さんも俺が簡単にサーブを返したので少し驚いた声を出している。
この『スーパーアンチ』というラバーはスピンを殺す性質があるのだ。
そしてこのラバーにはもう一つ特徴がある。
俺の返した球を右川さんも打ち返すのだが、その球が上に舞い上がったのだ。
「えっ!?」
俺は舞い上がった球を今までで一番強い力でスマッシュを打った。
パッコッーーーンッ!!
右川さんは一歩も動けずに茫然としている。
「 「 「え―――っ!?」 」 」
他の一年も俺のスマッシュに驚いていたが、『つねちゃん』だけは首を何度も縦に振り『うんうん』と満足そうな表情をしていた。
さぁ、ここから反撃開始だ。
俺は右川さんの打ってくる球を全てカットで打ち返す。
どんな強いスマッシュでも簡単にカットで打ち返す俺の姿を見て『ギャラリー達』は最初のうちは驚いていたが、途中からは大歓声に変わっていった。
「 「うぉぉぉおおおお!!!!」 」
村瀬、森重そして大石達も最初は何故急に卓球が上手くなったんだという様な顔をしていたが、俺が連続でポイントを取っていく内にいつの間にか他の人達と同様に俺に声援をするようになっていった。
高山だけはかなり複雑な表情をしている。まぁそれは仕方が無いであろう。
俺が『一年間の記憶が無い』事を唯一知っている友人だ。
高山達と練習していた事も忘れていた俺が急にラケットを変えた途端に右川さんを圧倒する様な卓球をしているのだからな。
右川さんの『弾丸スマッシュ』と、それを打ち返す俺の井口さん並みの『華麗なカット』のラリーを見て、女子テニス部の人達や女子バレーボール部の人達が口をそろえてこう言っていた。
「たっ、卓球って凄いハードなスポーツだったのね?」
「あの二人のラリー、凄くカッコイイわ……」
「卓球があんなにも面白いと思ったのは初めてだわ……」
そんな女子達の中にいる寿や石田の目はなんとなくだが潤んでいる様に見えた。
『好きな男』がいきなり凄いプレイをしている姿に感激しているのだろうか?
いや、それは無いだろ。今、自分で言ってて凄く恥ずかしい……
19対19
遂に俺は追いついた。
「 「 「うぉぉぉおおおお!!!!」 」 」
体育館の中は大盛り上がりだ。
「す、凄いぞ、隆!!」
常に皮肉を言う性格の森重が少し感動している様な声で言っている。
「隆はいつ練習をしていたんだろう……?」
「さぁ、俺は全然分からないなぁ……」
大石と高山の声も聞こえてくる。
右川さんの表情はとても険しくなっていた。
恐らく彼のプライドはズタズタになっているだろう。
でも仕方が無いんです。
俺も『今回だけ』は絶対に負けられないんで……
そして俺は『逆転』を願った渾身のサーブを打つ。
しかし右川さんは直ぐに俺の打ち返しにくいところを狙って打ってくる。
それでも俺は素早く反応し、その球を今度は右川さんのいる逆の方向へと打ち返した。
しかしさすがは一年の時からレギュラーの右川さんだ。
態勢を崩しても何とか球に追いつき、無理な体制ではあるが思いっきり『ドライブ』をかけて打ち返してくる。
でもその球はネットギリギリのところまでしか飛んでいかない。
俺はネットに引っかかると思い、前に出ようとしなかった。
が、しかし!!
球はネットの上に一瞬引っかかる様な形で止まり、そしてポトンと俺のコートに転げ落ちた。
「 「あーあぁぁ!!!!」 」
「 「アンラッキー過ぎる……」 」
体育館中に残念そうな声が響き渡る……
20対19……
1点リードされてしまった。次、点を取られたら俺の負けである。
「隆君……」
『つねちゃん』から笑顔は消え、祈る様な表情で俺を見つめている。
俺はこのサーブを最後にはしたくないという気持ちで打つ。
右川さんは1点リードした事で動きに余裕が見える。
俺がどこに打っても直ぐに追いつき、そして強烈な『ドライブ』を打ち返してくる。
何度も何度もラリーが続き、周りも声を出さずに息を呑みながら俺達を見つめているようだ。
そして右川さんが勝負に出て来た。
一か八かだろうが俺のコートの左側、ほとんど角すれすれの所にスマッシュを打って来たのだ。
右側にいた俺は急いで左側に移動し、そして得意のバツクハンドでカットした。
「うわっ、今のカット……俺のカットよりも綺麗なフォームだなぁ……」
井口さんはそう呟いてくれているが、俺の打った球はネットギリギリの所に飛んでいる。そして球はネット上に当たり一瞬止まった状態になる。
すると球はネットの上を綱渡りの様に右に少し転がり……
俺のコート側にポトンと落ちたのだった。
試合終了!!
俺は負けてしまった……
一年生達は凄く悔しがっていた。森重や村瀬などは悔し泣きをしている。
でも勝った二年生もあまり嬉しそうな顔をしていない。
「五十鈴君、よく頑張ったよ!!」
「凄い試合だったわ!! 私、とっても感動したわ!!」
寿も石田も泣きながら俺を励ましてくれる。
そして『つねちゃん』も俺のところに近づき、ソッと肩の上に手を置きながらこう言った。
「隆君、『本気』を見せてくれてありがとね……グスン……」
『つねちゃん』の目にも大粒の涙が溜まっていた。
パチパチパチパチ パチパチパチパチ
俺達の試合を見に来てくれていた女子テニス部の人達や女子バレー部の人達が大きな拍手をしてくれている。俺はもうそれだけで満足な気持ちになっていたが……
「五十鈴……」
「は、羽和さん……僕達の負けです……偉そうな事を言ってすみませんでした……」
「そうだな。でも、もうそんな事はどうでも良いよ。明日からは五十鈴の『提案』通りの練習をやる。お前達のプレイを見ていたら俺達……もっともっと強くならないと……いや、なりたい……そして次の大会で良い成績を残したいって気持ちになったんだ」
「えっ? そ、それじゃぁ……」
「ああ、明日から俺達は先輩後輩関係なく同じ条件で卓球をやってやってやりまくってお互いに強くなろう!! そして次の大会でAチーム、Bチームとも上位を目指そうぜ!!」
「は、羽和さん……」
俺は羽和さんの言葉が心に響いたと同時に目から大量の涙がこぼれ落ちるのだった……
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
隆は負けてしまったが先輩達には『本気』が伝わった。
そして大会に向けて先輩後輩協力しあって練習をする事に。
これで『波乱の卓球部編』は終了です。
次回から新章、一気に飛んで『中三編』スタートです!!
どうぞ次回もお楽しみに(^_-)-☆
また感想頂けると嬉しいです(≧▽≦)
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