第16話 初恋の人に見て欲しくない

 運動会のプログラムも順調に進み、俺達は昼休憩に入っていた。


 この時代は家族と一緒に食事が出来たので、俺も両親や二つ下の妹と四つ下の弟の家族五人でグランド端にある大きな木の下で食事をしていた。


 昼休憩前に母さんが『つねちゃん』に「一緒にお昼どうですか?」と誘ったのだが、『つねちゃん』は他の『元教え子』の手前、低調に断っていた。


 俺は残念には思ったが、『先生』という立場だから仕方が無いと、そこは割り切っていた。


 それに俺は学校内ではあまり『つねちゃん』と馴れ馴れしくしない方が良いとも思っていた。


 『本当の小学一年生』ならば、そんな事は気にせずに『つねちゃん』にべったりしているところだろうが、俺は中身が『大人』である。


 ついつい、余計な事を考えて気を遣ってしまうのである。


 そんな俺に妹の『かなで』が口におむすびをほおばりながら聞いてきた。


「ねぇねぇお兄ちゃん? お兄ちゃんが出る『リレー』はいつあるの?」


「え? あ、うん……お兄ちゃんが出る『リレー』はこのあと直ぐにあるよ」


 俺が奏にそう答えると父親の『まこと』が心配そうな顔をしながら話してくる。


「だったらアレだな、隆。あまり食べ過ぎるとお腹一杯になって走り辛くなるから、食べ過ぎない方がいいなぁ……可哀想だけどさ……」


「う……うん、そうだね……だけど今はあまりお腹が減ってないから大丈夫だよ」


 俺はそう言うと、卵焼きを一口食べた後、『来賓席』のあるテントの方を目を細くしながら眺めていた。勿論、そこに『つねちゃん』がいるからだ。


 その『つねちゃん』の周りには食事を終えた『元教え子』達が続々と集まりだしていた。

 

 そしてその中には何故か『元教え子』ではない寿の姿もあった。


「ん? 何で寿が『つねちゃん』のところに来ているんだろう……?」



 寿が『つねちゃん』の目の前まで行き声をかける。


「常谷先生……」


「え? あぁ、アナタは隣の『桃組』にいた寿さんよね? へぇ、しばらく見ない間に大きくなたったわねぇ……とても可愛らしくなって、お姉さんの顔になったわぁぁ……」


 『つねちゃん』は笑顔で寿にそう言ったが、寿は無表情のまま『つねちゃん』に質問をした。


「先生は五十鈴君の事が好きなの?」


「えっ!?」


 『つねちゃん』は寿から何か言われて凄く驚いた表情になっている。


 俺はその『つねちゃん』の驚いた顔を遠目ながら確認してしまい、そして一瞬『つねちゃん』と目が合った様な気がした。


 寿のやつ、一体、『つねちゃん』と何を話しているんだ?


「先生、どうなの? 五十鈴君の事が好きなの? 教えて、先生!?」


 寿が『つねちゃん』に詰め寄っている様に見えた俺は居ても立っても居られない気持ちになり、手に持っていたおむすびを小皿の上に置き、そして立ち上がって『つねちゃん』のところへ走り出そうとした瞬間……


 グキッ


「うっ!! しっ、しまった!!」


 俺は右足首を捻ってしまったのである。


 その頃『つねちゃん』は座っていたパイプ椅子から立ち上がり、そして寿の前でしゃがみ込みながら頭を撫でて何かを言っている様子が痛みを我慢しながら確認できた。


「うん、先生は隆君の事『大好き』よ。でもここにいるみんなの事も『大好き』……寿さん? アナタの事も『大好きよ』……」


「えっ? ほんと?」


「えぇ、本当よ。先生はみ~んなの事が『大好き』なの。寿さんは隆君の事が好きなの?」


「う、うん……好き……」


 寿は頬を少し赤くしながらそう答えた。

 そして『つねちゃん』は今度は寿の手を握りしめて微笑みながらこう言った。


「そうなんだぁ……こんな可愛い寿さんに『好き』って思ってもらえている隆君はとても『幸せ者』ねぇぇ」


「『幸せ者』??」


「そうよ。『幸せ者』よ……お願い、寿さん……これからも隆君の事、『好き』でいてあげてね? そして、ずっと『仲良く』してあげてちょうだいね……?」


「う、うん、わかった……」



「つ、つねちゃん……」


 俺は二人が何を話しているのか分からない不安を持ちながら、足の痛みをこらえなんとか『つねちゃん』のところまで来ていた。


「あっ、あら、どうしたの隆君? お昼ご飯はもう食べ終わったの?」


「ま、まだ途中だけど……」


「それじゃ早く戻って食べないと。隆君が出る『リレー』はこの後すぐなんでしょ?」


「う、うん……分かった……戻るよ……」


 俺は『つねちゃん』の言う事を素直に聞き、家族の居るところへと戻って行く。

 俺の歩いている後姿を『つねちゃん』は見つめていたと思うが、俺は振り返らずに痛みを我慢しながら少しびっこを引きながら家族の元へ戻って行った。


 その歩いている俺の心の中は現在、『絶賛大ピンチ中』であった。


 マズイ……こんな足ではちゃんと走れない……

 これじゃ、『つねちゃん』に良いところなんて見せれない……


 こんな俺なんかを『つねちゃん』には見て欲しくない……

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