2-③
三日後。私は校門の前で
友だちには「三原と話したい? なんで!?」と驚かれた。
変な噂というと、やっぱり恋愛絡みなのだろうか。その可能性をうっすらと察することはできても、具体的な内容までは想像できなかった。
使い捨てカイロを揉みながら十五分ほど待っていると、三原が昇降口から出てきた。
たっぷりとしたマフラーにぶかぶかのコート。ズボンをはいていても細いとわかる足。海風にさらわれてしまいそうな、見ているだけではらはらする歩調。
三原が充分に近づいてきてから、私は相手の前に飛び出した。通せんぼするように足を開いて立って、三原を真正面から見据える。
「三原、ちょっといい?」
私が問いかけると、三原は足を止めた。困惑したような顔で、私を見返してくる。
「菜々子について訊きたいことがあるんだけど。三原だったらわかるかなって」
なるべくやわらかく聞こえるように、声量を調整してみた。
三原はぱちぱちと効果音のしそうなまばたきを繰り返したかと思うと、なんの前触れもなくにっこりとした。
「いいよ、訊いて」
甘くとろけ落ちそうな笑顔だった。少女っぽいようで、まったく性のにおいがしない。そのとらえどころのない不可思議さに、顔のつくりをつぶさに観察したくなってしまう。
「菜々子の恋愛についてなんだけど」
私が切り出すと、三原のわたあめのような笑みはまたたく間に消え失せてしまった。
「もしかして訊いちゃいけないことだった?」
あわてて問いかけると、三原は「そうじゃない、けど……」と首を横に振った。胸の前で両手を組み、周囲に視線をせわしなく走らせる。
「あの、
やがて、おずおずと私と目を合わせてきた。
「菜々ちゃんのことなら、
「青井? なんで?」
三原はなにも言わずに、背後――三十メートルほど先にある中庭を指さす。
私は三原の示す方向を見る。思わず「うわ……」と声が漏れてしまった。
職員室前の桜の木の陰に、青井と思しき長身の男子が立っていた。顔を半分だけ出してこちらを凝視している様は、どす黒い空気をまとっているようで気味が悪い。
「ごめんね、おれ、いろんなひとに嫌われてるから……」
三原が蚊の鳴くような声でささやいた。
「ここで魚住さんと話してたら、青井くんに刺されちゃうかもしれない」
「三原?」
私が視線を戻すと同時に、三原は身をひるがえした。
「あの、魚住さんが学校で話しかけてくれて、すごくうれしかった。だから、また今度ね!」
名残惜しそうに振り返りながらも、走り去ってしまった。
三原に逃げられた私は、とりあえず青井のもとへと移動した。青井もなにかしら用事があるから、私をじっと見ていたのだろう。
「魚住さんも、三原くんみたいな中性的なイケメンのほうが好き……?」
青井は私と対峙するなり、わからない言葉をぶつけてきた。しかも、恨み言めいた語調で。
「は?」
「あ、そうでもなさそう」
私の正直な反応に、青井は安心したような顔をする。
ますますわけがわからない。私は腕を組んで、青井を見上げた。
「なんの用?」
「特に用事はないけど……。たまたま魚住さんが三原くんに話しかけてる現場を目撃したから、盗み見してただけで」
青井に悪びれたような色はまったくなかった。ということは、恋愛において相手の監視というのは一般的なことなのだろう。
「魚住さんこそ、俺になにか用事でもあるの?」
「三原に菜々子について訊いたら、青井に訊けって言われた」
菜々子の名前を出した途端、青井の表情がくもる。
「三原くん、
「青井は菜々子とは仲よかったの?」
一応、青井にも訊いておく。菜々子の通夜にも来たくらいだから、きっとそれなりに交流があったのだろう。
青井はばつの悪そうな顔をした。
「仲がいいというか……協力者?」
予想外の返答に、私は「なにそれ?」と青井を直視した。
青井は目をそらす。
「俺、実は鵜飼さんに恋愛相談をしていて……。魚住さんのいとこだって聞いたから」
「菜々子に? 殴られなかった?」
不用意に私の話なんて持ちかけようものなら、菜々子に激怒されてもおかしくなかった。菜々子はありとあらゆる情動の振れ幅が大きく、嫌いなものを前にすると感情が先走る傾向があった。
「魚住さん、鵜飼ちゃんに殴られたことあるの?」
「菜々子は凶暴だよ」
殴るといっても、小さな子どもみたいに泣きながら拳でぽかぽかと腕や背中を叩いてくるだけだったけれど。身の回りの小物を投げてくることのほうが、多かったかもしれない。
青井は「仲、よかったんだね」とぽつりとこぼした。
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