1-⑨
待ち合わせ場所の一色海岸の北端は尖った巨岩に囲まれた磯で、冬場はひとが滅多に来ない。隣に砂浜に比べたらきれいでもなんでもないし、散歩をしようにも狭すぎるのだ。海岸のすぐ上の駐車場も、平日は閉鎖されている。
駐車場と磯とを繋ぐ階段に腰かけて
私は立ち上がり、振り返る。青井が派手なクロスバイクから降りるところだった。
「
青井はクロスバイクを柵に繋ぎながら、こちらに顔を向けずに挨拶してきた。
私は首をかしげて、一足先に最下段へと向かう。砂浜には降りない。ローファーを砂だらけにしてまで、波打ち際まで行く気にはなれなかった。
青井が転がるように階段を下って、私の隣に並ぶ。満面の笑みを浮かべる様は、波につっこんで尻尾をぶんぶんと振るラブラドールレトリーバーのようだった。
私は青井の正面に回りこんで、背筋を伸ばしたまま相手の瞳をまっすぐにのぞきこんだ。
青井はもみあげをちまちまといじりながら、「な、なんでしょうか……?」と目を泳がせる。顔立ちは悪くないはずなのに、挙動不審なせいでどうにも格好いいとは思えなかった。
私はさっそく本題に入ろうとして――その前に言っておくべきことがあると気づく。
「青井、大学合格おめでとう」
「ありがとう……って、え、んん?」
「推薦で受かったんでしょ?」
私が首をかしげると、青井はあわてたように「う、うん!」と頭を縦に振った。
「魚住さんも推薦で合格おめでとう!」
「うん」
それっきり会話が途切れ、沈黙が流れる。
いざ本題に入ろうにも、なにから語るべきなのかわからなかった。まず、今回の呼び出しの背景に
私が考えあぐねていると、青井が「ええっと」と頭を掻いた。
「もしかして、おめでとうを言うために俺のこと呼び出したの? いや、うれしいんだけどさ! でもさ、他にもさ、あるんじゃないかなって、ね? 魚住さんは海辺マジックって知ってる?」
青井はわざとらしい軽率さで問を重ねてきた。
「なにそれ」
「今適当に考えた。海のそばってそれっぽい雰囲気あるからさ……。ほら、俺も思春期だし……?」
「なるほど」
「ぜったいわかってないでしょ」
私が「うん」と大真面目に首を縦に振ると、青井が「だよねー……」と納得半分、気落ち半分な様子で肩を落とした。
「俺、なんで魚住さんに期待しちゃうんだろ……。いいかげん学習したい……」
めそめそと反省しはじめた青井を無視し、私は虚空を見上げた。
青井が言わんとしていることは、私にはさっぱり察することができない。ということは、恋について話しているのだろうか。
だとしたら、都合がいい。
本題に入る踏ん切りがついた私は、改めて青井に向き直った。
「青井。前に『俺と付き合ってもいいって気になったら教えて』って言ってたよね?」
「ん? んんん?」
青井が目を白黒とさせる。動物病院で注射される犬のような情けない顔で、「ちょ、ちょっと待って!」と裏返った声を上げた。
「そ、そんなこと言ったっけ……? 言ったね……? 言いましたね……。でもそれって二年くらい前のことだよね? なんで今さら?」
「青井は今でも私に恋してる?」
私が間髪入れずに迫ると、青井が「ひゃあ!」と情けない声を上げた。
「ししししししてるよ! いまでも魚住さんのこと大好きだよ! ていうかそれ、べつにわざわざ訊かなくてもわかるよね!?」
「青井のほんとの気持ちはわからないから」
「そうだね……」
青井は困り顔のまま、笑っているのか泣いているのか微妙な表情をする。
「菜々子が私のこと避けてたって、青井も知ってると思うんだけど」
私が切り出すと、青井がぎょっとするのがわかった。
「実際のところは、菜々子の気持ちがわからなくなって、私が先に逃げ出した」
抑えた声音で語りながら、礫の混じった荒い砂の上に降りた。
「でも、わからないものをわからないままにしておくのは、どうにも気持ち悪くて……」
満潮のときに打ち上げられたらしい、干からびた藻屑を踏みつける。死臭に似た潮のにおいが立ちのぼってきた。
「私、菜々子がなにを考えて死んでいったのか知りたい」
私は十歩以上先にある波打ち際を見やる。
「……ううん、なんで死んだのか知りたい」
いまは引き潮で、浜に降りたところで菜々子が死んだ海はまだ遠い。
「ねえ、恋って死にたくなるほど苦しいものなの?」
青井を振り返る。
「
青井は驚かない。困り顔のまま、泣くのをこらえているかのような表情をしていた。
どうしてそんな面持ちで見つめてくるのか、私にはわからなかった。恋は苦しいものだから? それとも、青井もまた菜々子の死に心を痛めているのだろうか?
「だから、私は知りたい。恋の痛みを、失恋のつらさを」
私は階段まで戻って、青井と向かい合う。
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