長嶺誠治の林間学校二日目 その4

 夕食を終え、しばらくの休憩時間を挟んでから、待ちに待った――いや、俺は待ってはいないが、肝試しイベントが始まった。

 キャンプファイヤーをする広場に全員集合させられ、薄暗いランタンの灯りに照らされた中で、先生が点呼をとっている。


「肝試しは班ごとにくじを引いてペアを決める! ルートは一本だから迷子にはならんはずだ。……まあ、途中で迷ったら幽霊に連れていかれるだろうけどなー?」


 ……根室先生、妙にノリノリで説明してるけどさ、それ普通に生徒の心臓に悪いからな?

 ちなみにこの人、職員室で普通にホラー映画見ながらカップラーメンすする系の人間である。信頼度ゼロ。


「そんじゃ、くじびきをはじめるぞ!運命を信じろ!運命を恨むな! ……んで、先生は見張り役で一緒に山入るから、そのつもりでな〜」


 なんかそれっぽい音頭の取り方だな……なんだかんだ楽しんでないか?


 ***

 紙を引いて開いた瞬間、俺は結果を確認した。


 俺が引き当てたペアは――田所さんだ。


「……田所さん、よろしく」

「あ、うん……よろしくお願いします」


 まさかの田所さん。正直ホッとした。

 花蓮や吉崎さんじゃないだけで、胃へのダメージは最小限で済む。


 お互いぎこちないけど、どこか安心感のある組み合わせ。悪くない。むしろホッとするまである。


 一方で……。


「なっ、なんで俺の運命の相手がお前なんだよぉぉ!!!」

「それはこっちのセリフだぁぁぁ! 俺のア〇ナはどこにいったんだよぉぉ!!」

「ア〇ナは俺のもんだ!!」

「なんだとぉぉ!?」


 飯島と萩谷が、くじ結果に地の底から絶望していた。

 ……っていうかもはやお前らカップル成立してんじゃねーか。


「……で、拙者のペアは誰でござる?」

「おー、草間。お前は俺だ」


「……………………おろ?」


 半蔵の隣に立っていたのは、まさかの根室先生。

 半蔵は剣道部の大将戦に出る前みたいな顔で空を仰いでいた。


「誠治殿……これは試練でござるか?」

「……頑張れ」


 ***


「吉崎と、大石な」


 その瞬間、場の空気がわずかに変わった。

 周囲のざわめきの中で、二人の少女だけが別世界に隔絶されたかのように向き合う。


 綾女は柔らかく微笑んでいた。だが、その笑みの奥には鋭利な刃のような光が潜んでいる。

 一方の花蓮は、隠すことも忘れたように敵意を剥き出しにし、その瞳で綾女を射抜いていた。


 正反対の表情なのに、二人から漂う気配は妙に似ている。

 背筋を粟立たせるほどの圧――それはまるで、火花が散る一瞬を目撃したかのようだった。


「……よろしくね~花蓮ちゃん?」

「ふん、まあいいけど」


 笑顔と冷笑。重なり合う視線は、互いの胸の奥に潜むものを確かに感じ取っていた。


 ***


 ペアごとに間隔を空けて出発していく。

 俺と田所さんも山道を歩き始めた。


「……なんか、こうして二人で歩くの、変な感じだね」

「そうだな……」


 田所さんは照れ隠しみたいにランタンを揺らす。

 静かな夜道、聞こえるのは草木が揺れる音と俺たちの足音だけ。

 妙に心地良い沈黙が流れていた……が、田所さんがふいに立ち止まった。


「……長嶺くん。さっき……誰かに見られてた気がする」

「え?」


 彼女は真剣な顔で振り返る。

 俺も思わず背後を確かめるが、闇と木々しかない。

 でも――田所さんの口から出た名前は、やっぱり。


「……多分だけど、隣のクラスの大石さんから、見られてた気がする」


 思わず息が詰まった。

 まだ終わっていないのかもしれない。あの関係は。


 俺の顔が固まっているのを察したのか、田所さんが少し慌てたようにランタンを振る。


「ご、ごめん! 変なこと言っちゃったよね。忘れて」

「いや……気にしてない」


 不安を誤魔化すように、俺は話題を探す。すると田所さんが先に切り出してくれた。


「……ところで、長嶺くんさ」

「ん?」

「私、家族全員アニメとか漫画とかも見るんだけど……長嶺くんも結構好き?」

「ああ、好きだけど……え、俺そんなオタオタしてた?」


 田所さんがくすっと笑う。


「だってこの前、私が格闘漫画の話したら、綺麗にツッコミ入れてくれたじゃん。あの感じ、絶対わかってる人だな~って思ったんだよ」

「あー……なるほどな。無意識だったわ」

「でしょ! だからさ……あの漫画の“試合中に急に長い回想始まる”やつ、わかる?」

「わかる! で、その回想が“親父にぶっ飛ばされながら鍛えられた過去”とかでさ。読んでるこっちが思わず背筋伸びるくらい壮絶なんだよな」

「そうそう! でさ、回想が終わった瞬間、さっきまで倒れそうだった主人公が立ち上がるの!」

「しかも『あの頃を乗り越えた俺が、こんな程度で倒れるわけねぇ!』って叫んで。鳥肌立つんだよな」

「わかる~! あれって単なるファンタジーとかじゃなくて、“努力と血統の重み”を一気に突きつけられる感じがしてさ」

「そうそう、理屈抜きに『あ、これはもう勝っちゃうな』って納得しちゃうんだよな」

「うんうん! ああいう展開、笑っちゃうけど……やっぱり格好良いんだよね」


 思わず二人で声を立てて笑ってしまった。

 夜の林間道に場違いなほど明るい笑い声が響く。


「……なんか、怖いの忘れるね」

「だな。漫画最強説」


 ふっと笑い合ったあと、田所さんが少し俯きながらぽつりと呟いた。


「……こうして長嶺くんと話してると、なんだか楽しい」

「俺も。ありがとな」


 ランタンの光に照らされた田所さんの横顔は、夜気の中でどこか幻想的に見えた。

 まっすぐに落ちる黒髪が歩くたびにさらりと揺れ、そのたびふわりと甘いシャンプーの香りが漂う。きっと特別高価なものじゃないんだろう。それでも、不思議と落ち着く香りだった。


 大きな瞳は夜道のランタンに反射して淡く光り、心なしか少し潤んでいるようにも見える。整った輪郭と控えめな仕草が、彼女の清楚さを際立たせていた。

 冷たい夜風が頬をかすめても、その存在が隣にあるだけで胸の奥がじんわりと温かくなっていく。

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