No.9 ナクリィ

 

 エンディン船内 転送エリア


「よっと、ただ今帰りましたー!」

「ナクリィ……」


 そう呼ばれたヒトケタは狐の獣人のような見た目をしていた。

 ただ普通の狐とは違い、尾を九本持っており、浴衣の様なものを着用している。

 なにより、銀色の体毛と顔の黒い隈取りが特徴的であった。


「おっ、ラヴェイラじゃん!久しぶりー!」

「チッ、うるさいのがきた……」


 露骨な舌打ちに気づいたナクリィが、ヴァルハーレに近づいた。


「あ、ヴァルハーレ。……あれ、他にいないの?レブキーもいないなんて、珍しくない?」

「ゲンブとレブキーもいますよ。」

「レブキーはゼスタート様に頼まれたものを開発している。ずっと部屋にこもりっきりだ。」

「ふーん、ゲンブは?」

「知るか。」


 ふんふんと大袈裟な相槌をするナクリィを、ヴァルハーレは嫌そうに見ていた。


「……ねえ、ヴァルハーレ。オレ会いたい奴がいるんだけど。」

「ゼスタート様なら、いつもの場所だ。」

「そうだね、ゼスタート様へ報告しなきゃー……って、違う違う。もうヴァルハーレ、わかってるクセに。」

「他に誰がいると言うのだ。」


「もー、もったいぶらずに教えてよー。黒い氷を使う、ヨロイのデベルクのこと。」


 ナクリィの発言に、ヴァルハーレとラヴェイラは驚きを見せた。


「キサマ……!」

「ナクリィ……あなたなぜ……!?」

「オレの情報収集力……ナメないでよね。オレの記憶が正しいと……シニガミ以来じゃない?消滅せずに地球から戻ってこれたのって。そこから一度も地球に来てないってことは、ここにいるよね。」

「……。」


「ゲンブがいないってことは……彼とゲンブが一緒かな♪」


 わざとらしく手を顎に当てて考える仕草を見せるナクリィ。

 だが視線は、ヴァルハーレとラヴェイラを見据えている。


「……お前、地球で一体なにをやっている?お前とあいつだけだ。何をしているのか、動向が掴めないのは。」

「ねえ……それ、お前に教える必要……ある?」


 口元を緩ませているのに反し、ナクリィの目は笑っていなかった。


 その返答を聞いたヴァルハーレの瞳孔が開いた。


 そして---


 バチバチバチバチバチヴァチヴァチヴァチチチチチチチチ!!!!!


 2人の気迫とオーラが、ぶつかりあったっ!!!


「やめなさい。ここが壊れたらどうするつもり。」

「チッ……」

「ハァ……」

「ナクリィ、フェルゴールならバトルルームです。」

「ラヴェイラ、なぜ!」


 ヴァルハーレの問いかけに、ため息を吐いてラヴェイラは答えた。


「彼はすでに知っていますし、隠しても無駄かと。それに遅かれ早かれいずれ皆に知られます。なにより--」

「なんだ?」

「フェルゴールが会いたがっていましたので。他のヒトケタに。」

「……そうか。なら何も言うまい。」



 ♢♢♢



 エンディン船内

 バトルルーム


『今の!ヴァルハーレと、誰だ……!』

「ふむ……」

(ナクリィが……帰ってきたみたいじゃの)

「気にするな。いずれわかる。」

『そう、か。』

「どれ、ワシらも……」

『ふっ!』

「しぃっ!!」


 ゲンブ流の組手や殺法を高速でやっていく2人。


 バシィ


『くっ……!』

「甘いわ!」

『せぇ!』

「まだじゃ!」

『はあっ!!』


 ガシッ

 ギュォッ

 バシィ

 パッ

 びゅぉっ!


「止め!」

『うっ!』


「力み過ぎじゃ。」

『すいません、ありがとうございます……』


 パチ、パチ、パチ、


 乱雑な拍手がバトルルームに木霊した。


「へえ、キミが例の……黒い氷の能力を使う、ヨロイのデベルクかぁ。」


 銀色の狐のヒトケタがニコニコと笑顔で近づいてきた。



 ♢♢♢



(なるほど、こいつも化け物だ……!)


「くぁぁ……!こいつには、フェルゴールのこと……知られたくなかったわ……」

「……え、なんで。みんな酷くない?なんで?そんなただのデベルクひた隠すの?」

「彼が特別だからよ。」


 ナクリィの後から、ヴァルハーレとラヴェイラが入室してきた。


『ラヴェイラ、ヴァルハーレ。』

「ラヴェイラ……!お主か、ここを教えたのは。」

「ラヴェイラが言うには、フェルゴールが私達以外のヒトケタに会いたかったそうだ。」

「フェルゴール、このヒトケタはNo.9 ナクリィ。地球で何をしてるのか、全くわからないヒトケタです。」

『……さっきの気迫とオーラの正体ですか……』


 ボウッとフェルゴールから気迫とオーラが噴き出した。


『あなたの実力を推し量る、そして自分の今の実力を……確認するのに、いい相手かもしれない……!』

「あれ……舐められてる、感じ?」

(なんやかんやで、フェルゴールはワシら全員と戦っておるからのう……)

(他のヒトケタに会いたいっていうのは……こういうことか。面白い。)


「どこまでできるか……見せてもらうぞ、フェルゴール。」

「うむ……」

「ははっ」


 不意にナクリィが笑った声を出した。


「あのさぁ……オーラっていうのは、気迫っていうのは……こうやって出すんだよ!!」


 ギュオオオオオ!!


 フェルゴールよりも強く、大きいオーラと気迫が噴き出した。


(やってやる……!)


 ダン、


 仕掛けたのは、フェルゴール


 一瞬で間合いを詰めた。


 だが、


 ドンという衝撃音と共に吹っ飛んだのはフェルゴールだった。


 ナクリィの腕からは、煙が出ていた。


 ナクリィが腕を振り下ろした。

 その瞬間カッと光り、光弾のようなものが飛び出した。


『ちっ……!』


 ガキィン


 フェルゴールが黒い氷のシールドで防いだ。

 すぐさまフェルゴールは臨戦態勢に入った。


黒氷数多こくひょうあまた


 ヒュウウウウウウウ……


 フェルゴールの一際強いオーラが、黒い冷気へと変わっていく。


ジャベリン


 たちまち黒い冷気が、瞬時に百本の黒氷の槍となり、矛先がナクリィに狙いをつけた。


 パチンとフェルゴールが指を鳴らすと、槍はナクリィ目掛けて飛んでいく……!


 ポウッ……ギューン……


『っ!?』


奏鳴曲ソナタシャイン』」


『なに……!?』


 ナクリィの周囲が球体に包まれ、さらには光が一斉に波のように放出され、いくつもの黒氷の槍はが灰塵となった。


(遠距離戦はダメか……なら!)


  ピン……


 フェルゴールがコイントスのように何かを上に放った。


「アレは……」

「タブレットアームズか!」


 やがて砕かれたタブレットは宙で大鎌となった。


「シニガミの……!」

「違いマス!」


 ナクリィの呟きに、レブキーが反応した。


「『シニガミの』ではありません!アレはフェルゴールのタブレットアームズ!」


 --『シニガミとフェルゴールを比べてはならぬ。フェルゴールは、シニガミとは同じデベルクでも、違う。事実、シニガミと違い、フェルゴールは私に忠誠を誓った。フェルゴールは地球人から受けた痛みを知り、我々と共有している。シニガミと一緒にしてはならぬ。フェルゴールはフェルゴールだ。』


(アナタの仰ることが正しいのなら、きっとあのアームズの変化も運命なのデショウ……!)


「まだ完成ではないですが……見せてあげなさい!あなたのタブレットアームズ……」


 黒氷河の大鎌グレイシャルサイス---!


「アレが……」

「フェルゴールの、」

「タブレットアームズ……」


黒の銀盤リンクステージ



 パキン


 すぐさま4人が警戒し、飛び上がった。

 だが、その警戒を裏切るように現れたのは、壁床一面に傷一つない黒いスケートリンクであった。


「おっと、」


 タタタン……


 そして問題ないことが分かると、全員が地に降りたのだった。


 シャアアアアアアッ


 ナクリィが地に降りた瞬間を逃さず、フェルゴールはすぐさま壁を滑り、大鎌を携えナクリィに斬りかかった。


「シッ!」


 ボン!


 と大きな光弾が放たれたが、それは氷壁に防がれた。


(読んでるよ、それは!)


 黒氷河の大鎌グレイシャルサイスの黒い刃がギラリと光る。


(もらった!)


 ドンッ!


『カハッ……!』


 背後から翼を広げ、武装した女性を冠した巨大な盾が背後から突進した。


 とてつもない衝撃が襲い来た。


(く……!巨大な……盾……!?目の前にも……!?)


戦女神の大楯イージス二重奏デュエット


 盾が迫って……いや押されて……!


 まずいッ!


「『Shutシャット』!」


 ガキィン


「潰れた!?」

「いや……」

「上じゃ」


『はぁ……はぁ……!』


『アレが……ナクリィのタブレットアームズ……』


「ふむ、面倒じゃな……」

「そうだな……あれがあってこそのナクリィの"絶対防御"だからな。」

「ナクリィのタブレットアームズ『戦女神の大楯イージス』、複数の浮遊型の盾を操り、攻撃も防御も行う万能武器デスネ。」

「さて、どう潜り抜ける?」


『く……』


「スキだらけっ!交響曲シンフォニーシャイン』!」


 ピピピピ……と無数の光線がフェルゴールに襲いかかる……!


 あ、無理だ……!!

 威力を落とすだけでも……!


黒氷数多こくひょうあまたシールド!!』


 パキン、パキンと次々に黒氷盾が砕け散る。


 そして---


『があああああああ!』

(どうする!?どうすれば……)


『……』


(くそっ、すぐ疲れるんだけど……)

『やるしか……ない。』


 ギュウウウウウンと一際オーラが強くなる。だが、そのオーラは小さくなり、左右の手には強く輝く漆黒があった。そして、フェルゴールは切り札を発動した。


黒氷の質クオリティオブアイス


 黒い雪の結晶が2つ出現した。


『く、まだ2つしか出せない……か……』


「?」


黒氷の鏡ミラーオブアイス


 2つの冷気を纏った黒い鏡が現れた。

 側から見ればただ黒い鏡である。


「なにをしようとしてるのか知らないけど、それ壊せばお前の狙いも終わりでしょ?序曲オーバーチュアシャイン』!」


 速い!


 すぐさまフェルゴールは黒い鏡を盾にした。

 鏡に当たった序曲オーバーチュアシャイン』は、鏡の中へと入っていった。


「!」

「消えた……?」

「いや、あの中に入った……!」

「一体、どんな能力なのか……」


 スッ


 吸収した鏡とは別の鏡が既にナクリィの後ろに回っていた。


「えっ……!」

(鏡の中から……!?)

戦女神の大楯イージス独奏ソロGuardガード』!」


(間に合え!)


 ドンと


 強い衝撃が横から襲いかかった。


「が……!」


「フン」


 ヴァルハーレが満足そうに口元を緩めた。


「なんと……」

「鏡の中から……ナクリィの放った光弾が……?」

(だけど……)


 しかし、一撃入るより

 ナクリィの反応速度が上回った。


 チッ


「ふぅ……!」


(かすった、だけか……!)


戦女神の大楯イージス三重奏トリオ……!」


 ナクリィから強いオーラが吹き出す。

 だが、彼はとっさに3つの盾をタブレットに戻した。


「やめた」


『え……?』

「「「は!?」」」


「ふぅ……その鎌ホント嫌い……!疲れた……」


『なんで……』

「聞いてないの、レブキーから……」


 --シニガミが持つと普通の大鎌から姿を変え、相手の生命力やエネルギーを一気に吸収できマスが、持ち主の生命エネルギーやグラッヂまで吸収する問題児。私が創り始めた頃に開発した武器なので仕方ないデスネ。


『あ……!』

「あのバカのシニガミじゃなくても適合してんなら、そのアームズの能力も十分発揮されるってこと念頭になかったわ。」


「あーあ、遊ぶだけのつもりだったんだけど……いやー思った以上だった!ただのデベルクだって思ってたオレがバカだった!ヴァルハーレとゲンブの考えもわかるなあ。」


「っていうわけで、オレはナクリィ。よろしくな、フェル。」


 ナクリィが手を差し出したので、フェルゴールはそれに応じて握手した。


『なんですか、フェルって。俺、フェルゴールなんですけど。』

「名前長えよ。」

『ヴァルハーレも長いでしょう!?』

「ヴァルハーレにヴァルって呼んだら本気で怒られたから二度と呼ばない。」

『この……!』

「いいじゃん、俺の方が生きてるんだから。それともお兄様とでも呼ぶか?地球では年上の兄弟をそう呼ぶんだろ?」

『おかしいでしょ!なんだその変な知識!』


 ナクリィはふはっと笑って、フェルゴールの頭を撫でた。

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