第269話 岩手くずまきワイン 夏

 山口貴司は、落ち込んでいた。


 今日は、調達部門との打ち合わせ。

 会議の前、調達部門は明らかに非協力的な態度であった。

”社長の肝いりらしいが、巻き込まないでくれ”

 心の声が、ありありと漏れ出ていた。



 そんな調達部門の態度を、柏木洋子はあっという間に変えてしまった。


「御社の営業部門と打ち合わせをしてきましたが、営業部門からのわずかなINPUTに対して調達部門の対応が非常に迅速で正確であることに非常に感銘を受けました。ぜひその秘訣を教えていただきたいと思い打ち合わせを設定していただきました。

お忙しい中、無理を言って誠に申し訳ありません。何卒、ご教授いただきたく思います」


 若い女性が、にこやかに・・・褒めてくる。

 調達部門のおじさんたちは、コロッと態度を変えてしまった。



 わかったこと・・・それは調達部門独自に見積もりシステムを構築していたのである。

 過去のデータから需給予測を行い、案件を事前に予測し見積もりを行っておく。

 

「素晴らしいです!ぜひそのノウハウを共有いただきたいです!」


 キラキラとした瞳で女性に褒められると、ついつい了承してしまう。

 

 こうして、会議が終わることには調達部門の全面協力の約束を取り付けたのであった。

 しかし・・・

 貴司がやったことと言えば、議事録を取ることだけ。

 これでは、新人のころと変わらない。


 貴司は、無力さを感じた。




 ”いい天気”に入ると、何やらにぎやかであった。


「何かあったんですか?」


 隣に座っている常連客・・・リンさんに聞いてみた。


「今日は、早乙女ちゃんが昇進したって言うからお祝いしてたんだよ~」


 上機嫌で教えてくれた。


「昇進ですか」

「そ、部長さんになったんだって」

「へえ・・・すごいですね」


 たしか、早乙女さんは有名なIT企業に勤めている。

 40くらいで部長とは、かなり速い出世だと思われる。


「これ、早乙女さんのおごり~~」


 そう言って、店員のミキさんがワイングラスを目の前に置く。


 そのワインは・・


 岩手県岩手郡葛巻町 岩手くずまきワイン

 夏


 デラウェアを使用しているのに、珍しく辛口の白ワイン。

 さわやかで少し甘めの香り。

 果物のような酸味が心地よい。夏にぴったりのワイン。


 いちおう、挨拶しておくか・・と席を立って早乙女さんの所に行った。


「すみません、ごちそうさまです。部長に昇進ですって?すごいですね」

「ありがとう、でもここにいる常連に比べればまだまだだよ」

「はぁ・・」

「高橋ミキさんはこの間社長になったし、リンさんはITベンチャーの社長だしね」

「え・・リンさん、社長なんですか?」

「そ・・S社の社長だよ。知らなかった?」


 S社と言えば、もはやベンチャーという枠を超えた有名な企業である。

 高橋ミキも先日社長になった。

 柏木洋子は業界で引っ張りだこのプロジェクトマネージャ。

 そして早乙女さんは大企業の部長。


 それに引き換え、自分はただの平社員。


 つい数か月前まで貴司は、有名企業の営業のホープだと自負して自信に満ちていた。傲慢だったと言ってもいい。


 しかし、そのプライドはすっかり粉々になってしまっていた。



 

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