第267話 甲斐ワイナリー キュベかざま甲州 2021

「早乙女さん、プロジェクト憲章って何を書けばいいのかさっぱりわかんないんですよ。これってほんとうに重要なんですか?」


 貴司は、プロジェクト憲章なるものを3回ほど作って柏木洋子に見せると、”全然ダメ!”と言われやり直しを命じられていた。


 貴司は、いくら考えてもなにが悪いのかわからなかった。


 そこで・・・最期の手段。”いい天気”の常連に助けを求めたのだった。

 もちろん・・・いっぱい奢るとの条件で。


 その常連・・・早乙女が頼んだのは・・・


 山梨県甲州市塩山

 甲斐ワイナリー  キュベかざま甲州 辛口 2021


 すっきりとした酸味でありながら力強い味覚と香りの白ワインである。


 早乙女は、ワインを味わいながら言った。

「プロジェクト憲章ね・・・結構ないがしろにされがちだけど非常に重要な文書だよ」

「そうなんですか?」

「まず、プロジェクトの目的・ゴール・概要・作業範囲・前提条件・制約条件や予算を書くんだが・・・これらはプロジェクトが終わったときに、そのプロジェクトが成功したか失敗したかを判断するために使うんだ」

「プロジェクトの成功・・・ですか?それってシステムができたらOKじゃないんですか?」

「もしそうなら、出来上がったのが全然使えないクソシステムだったとしてもOKになってしまう」

「はぁ・・・」

「でも、実際にはものすごく怒られるだろう?」

「そりゃそうですよ」

「だから、プロジェクトが始まる前にプロジェクトのゴールを明文化しステークホルダと合意することで、”プロジェクトが始まるときこう言ってましたよね”という言質をとるのが重要なんだ」

「あ・・・なるほど・・・」

「それと・・・プロジェクトが始まると、ついでにあれもやってくれとかこれもやんなきゃだろうとか・・・まぁ悪く言えば思い付きでいろいろ言ってくる人が出てくるんだ」

「そうなんですか?」

「だから、作業範囲をはっきりさせておくことでガードする一定の抑止力とするんだよ。あとはこれしか予算がありませんとかね」

「はぁ・・・じゃあ、プロジェクト憲章って自分の身を守るために必要ってことなんですか?」

「まぁ、そうだね。あと、書くだけじゃなく合意することが重要だね」

「なるほど、なんとなくわかりました」


「もうひとつ重要なのは・・・プロジェクトのオーナーやステークホルダを明確にすることだよ」

「プロジェクトのオーナーですか?それってどんな人がなるんですか?」

「プロジェクトを起こすことを承認した人と言ったらいいかな?」

「それじゃあ、うちの部長しょうかね・・・」

「う~ん、たぶん違うね」

「違うんですか?」

「プロジェクトオーナー・・・そうだね、わかりやすくいうと・・・その人がプロジェクトの結果についてダメって拒否したらプロジェクトを潰せるようなひとかな」

「え・・・それって・・・社長?」

「部門をまたがるプロジェクトのような場合は、それくらい偉い人がなる場合が多いと思うよ」

「はぁ・・・そうなんですか・・・でも、それが明確になると何がいいんですか?」


「それは簡単だよ。プロジェクトオーナーにはダメって言われないようにしないといけないんだ。例えば状況報告を密にとかね。それはプロジェクトオーナーだけでなくプロジェクトの関係者・・・ステークホルダに対してもだけど」

「・・・・あっ」


 貴司は、いままでプロジェクトの状況を上司である課長や部長にしか報告してこなかった。

 たしかに・・・関係者がへそを曲げると大変なことになりそうだ。


「ど・・・どうしたらいいんでしょう・・・」

「まずは、だれがオーナーでステークホルダが誰かをプロジェクト憲章で明確にして合意することからだね。その後、どうやってどれくらいの頻度で報告するかはその次の計画段階で決めるんだよ」

「け…計画ですか?」

 貴司にとって計画とはスケジュールを引くことであった。


 そんな不思議そうな貴司を見て、早乙女はにやりと笑った。


「たぶん、洋子さんはPMBOKにそって開発を進めているみたいだ。だとすると・・・計画をつくるのはとっても大変なことになるだろね。まぁ必死にがんばるしかないね」


 貴司は、言葉の真意は理解できなかったがこの先が非常に不安になってきた。

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