第161話 サンサンワイナリー メルロ クラレット 樽熟成 2015 ②

 時は3年ほど前のこと。



 くねくねと曲がりくねる山道を、ひらりひらりと疾走する車。

 時々硫黄の香りが車内にも入ってくる。

 ここは、群馬県と長野県の県境にある、草津白根山。


 健司は、この当時は休みの度にドライブをしていた。

 車を運転していれば、いろいろな雑念を忘れられる。特にこういう山道だと、運転に集中するしかない。


 一人で家にいるのは苦痛だ。

 どうしても、思い出してしまう。そして、考えてしまうのだ。

 ”何が悪かったのだろう”


 考えて、いろんなことが思い浮かぶ。でも、だからと言って現状が変わるわけではない。

 でもどうしても考えてしまうのだ。


 なので、休日は一人でドライブに出かける。休日だけではない。夜中に車に乗って運転することだってある。

 どこかにいくという明確な目的なんかない。ただ、運転するためだけに車を疾らせる。


 峠道を上っていく。

 健司の車は今どき珍しくなってきたマニュアル車。2Lターボで燃費はよくない。

 だが、上り坂でのパワーは十二分にある。


 カーブの手前で減速。ブレーキは姿勢制御。シフトダウンを素早く行う。エンジンブレーキを併用しながら速度を落としハンドルを切る。

 そして、カーブの出口に向かってアクセルを開ける。

 スローイン・ファーストアウト。

 アウト・イン・アウト。


 大学生の頃も、峠道でよく疾っていた。

 その頃ほどではないが、まだ運転技術は残っている。

 

 峠道を上りきったら、万座温泉から嬬恋方面に向かった。

 まぁ、理由なんかなく”適当に”だ。

 学生時代はこんな風に適当に旅をすることをした。それこそ棒を立てて倒れたほうに向かうとか。(実際は道なき方向に倒れることが多く、やめてしまったが)


 山道を今度は下っていく。ここは冬はスキー場になるんだろう。木が少ない山肌を見ながら車を走らせる。


 やがて・・民家が増えてきた。


 ”さて、この後どうするか・・・”

 軽井沢に向かう気はない。観光地に行きたいわけではない。

 むしろ、山道の方。須坂方面に曲がった。


 しばらく走ったが・・・。

 ”なんか、整備された国道だなぁ・・”

 こういう道をゆっくり走っていきたいわけではない。


 すると、左にそこそこ昇っている脇道がある。”湯の丸温泉”という案内看板。

 ”こっちに行ってみるか・・・”


 その道は、やはりカーブの続く峠道。交通量も少なく快適である。


 ストレスなく、車を疾らせることができる。

 こちらの峠道は狭くはないが、カーブはきつい。

”そろそろタイヤを替えなきゃな・・。それとも車自体かな・・”

 この車も、もう12万km走っている。

 前回の車検で、整備費用も結構かかった。

 とても、気に入っている車ではあるが・・・


 峠を上り、やがて下っていく。

 途中に何軒かの温泉旅館やホテルがあった。

 ただ、そこでは泊まらずに通り過ぎていく。

”いつか泊まってみてもいいかも”

 と思ったが。

 

 やがて視界がひらけた。

 下り坂だけど、カーブの少ないまっすぐな道。

 坂の下の盆地が一望でき、遠くにも山が見える。

 眺めのいい道路。


 左手に、駐車場におしゃれな屋根。

 なにかのお店と思われる。


 ”そろそろ喉が渇いたな。まぁ、自販機くらいあるだろう。トイレ休憩にもいいしな”

 砂利の駐車場に車を停めた。


 健司は、当時はその店を知らなかった。


 その店は、”アトリエ・ド・フロマージュ”。

 青山にも支店がある、チーズ工房。


 その後、何度も通うことになった店だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


 

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