第56話 JKアイドルさんは多忙。02

 

 鈴木が詩乃のことを……全然気づかなかったな。


 6限の自習で鈴木の話を聞きながら、俺はずっとそのことを考えていた。

 詩乃は中学の時から男子の人気も凄かった。

 だからこそ詩乃が俺のことを想っていることが噂になった時はすぐに俺の耳に届いたわけで。


 ……鈴木も相談してくるくらい、素直な気持ちを持ってるからモテるんだよな。

 自分の気持ちに正直だから、そうやって他人にも言えるのかもしれない。


 俺は、そんなに正直になれるだろうか。


 ✳︎✳︎


 今日も今日とて、放課後にいつもの場所に行くと、桜咲の様子がおかしかった。 


「待たせて悪い」

「う、うん」


 なんとなくいつもより足をもじもじさせていた。


「桜咲、トイレでも行きたいのか?」

「ほへ⁈ ち、違うよ! 閑原くん、女の子に対してそういうのはストレートに聞くものじゃないよ!」

「じゃあどうした、足がふらついてるっていうか」

「そ、それは……その」


 俺はなんとなく違和感を覚えた。


「ちょっと足見せろ」

「きゃっ、ちょ閑原くん!」


 俺はテナントを囲う石段に桜咲を座らせて靴と靴下を脱がせた。

 すると、真っ赤に腫れた足首が露わになった。

 思い返せば、確かに朝から変に右足を気にする素振りはあったような気もする。


「……これはどうした?」

「そ、それは」

「いつからだ」

「昨日の、ダンスレッスンの時から……みんなに迷惑かけたくなくて、隠してたんだけど」

「お前な、そんなんじゃ治るものも」

「でも! ……ライブまであと1ヵ月なのに、わたしは休めないから!」

「桜咲、だとしても無理はダメだ」

「そんなの閑原くんにはわからないじゃん!」


 ……そう言われてしまうと俺も返す言葉がない。

 あぁ、確かに俺は、こいつに偉そうな口を叩ける立場でもない。

 でも……。


「…………」


 俺は桜咲に背を向ける。


「あ、その、閑原くん……ごめ」

「背中貸すよ、駅まで行ったら流石に一旦降りて歩いてもらうが、今日は家まで送る」

「……いいの?」

「このままお前に『後は勝手にしろ』とでも言うと思ったか?」


 桜咲は靴を履き直し、大人しく俺の背中に身を任せた。

 俺は桜咲の鞄と自分の鞄を肩にかけながら、桜咲を背負って歩き出す。


「閑原くん……ごめん」

「なんで謝るんだ?」

「心配してくれたのに、わたし酷いこと言ったから」

「……そんなことで俺が怒ると思ったのか?」

「え?」

「お前は毎日いろんなこと頑張ってる。だから焦りとかストレスとか当然あるだろ? 俺はそれを知ってるからお前に何言われても怒らない」

「……ほんと?」

「怒って言い争いになって喧嘩になって、それで何か幸せが生まれると思うか?」


 桜咲は小さく「思わない」と返した。


「俺はいつでもお前の味方だ。お前に何言われても全部包み込めるくらいの心持ちでいたい」

「……やっぱり閑原くんは甘々だよ」

「嫌か?」

「ううん、大好き……」


 とりあえず人気の少ない道ならまだしも、駅からは流石におんぶは目立つので、少し我慢してもらうしかない。

 桜咲はぎこちなく歩きながらも降りる駅までなんとか我慢していた。


「ほら、ここからはまた背中貸すから」

「うん」


 こうやって桜咲を背負っているとどれだけ桜咲の身体が小さいかがよく分かる。


 桜咲はこの小さな身体から物凄いオーラを放ってテレビの中からいつも夢を届けている。

 それがどれだけ大変なものか、毎晩の電話での話を聞いていて俺はわかっている。


 突然、桜咲が静かになった。

 もしかして、寝ちゃったか?


 ……なら、少しだけ。


「……桜咲、お前は凄い。やっぱり俺なんかが隣にいていいわけないと思ってる」

「…………」

「でもわがままを言えば、俺はずっとこうやってお前を支えていたい……」

「…………」


 俺は首を捻らせて桜咲を見る。

 やっぱ、寝てたか。


 そうこうしているうちに桜咲の家に着いた。


 ✳︎✳︎


「閑原さん、本当にうちの娘がご迷惑を」

「あのお母さんもういいですから」


 和室に案内され、一対一で向かい合いながら正座すると、突然桜咲のお母さんが土下座をしようとするものだから、俺はそれを必死に止めた。


「あの子、これが初めてじゃないんです」

「……まぁ、だと思いました」

「意地っ張りというか、やはりまだ心が子供なので自分に起きたことを飲み込めない、あの子の悪い癖です」


 お母さんは真剣な顔でそう言葉を並べた。


「本当に、この度は」

「だからお母さんやめてくださいって」


「いや、謝るべきだ。閑原くん、本当に申し訳ない」


 どでらを着た一成さんが戸を荒々しく開けて現れた。


「閑原くん、ちょっと付き合ってはくれないか」

「へ?」

「風呂にでも入って話そう」


 は?

 なぜか俺は一成さんと風呂に入ることになった。

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