オーボエ王国編

 第13話  【旧友と仲間の行方】




 サージュ村に帰ってきた一行はパトの家で休憩を取っていた。




「ありがとうパト君。君たちには救われた」




 ガーラはパトに礼の言葉を伝える。そしてリトライダー達の方を横目で見ると、




「しかし、俺は冒険者を連れて来いって言ったはずだったんだがな……」




 リトライダー達は目を逸らす。そんな彼らの姿を見ながらも、ガーラは誇らしげに言った。




「だが、戻ってきてくれたのは嬉しかった。お前達は俺の最高の仲間だ」




 それを聞いたリトライダー達は一気に明るく笑顔になる。




「それでこれからどうするんだ?」




 一連の話を聞いていたガオが腕を組みながらパトに聞いてくる。




 やることと言ったら決まっている。

 洞窟から戻ったばかりでまだ何があったかは村の人たちに話していない。そして何より、オルガさんについても分かっていないこと多い。




「オルガさんは確か、70年前にこのサージュ村の住民にあの洞窟での魔術研究の許可をもらったって言ってましたよね」




 するとオルガは首を縦に振る。




 洞窟でオルガから話を聞いている時、そう言っていた。だとすると、その時この村にいた人に話を聞くのが一番だ。




「これからある人に会ってもらいます。そこであなたの話が本当か確かめます」




 パトはオルガを連れてある住民の住む家に向かった。

 そこには古びた探検の道具や装備が大事そうに並べられている。




「ライトさん! いますか?」




 パトはドアを叩き、村一番の年長者であるライトに呼びかける。その呼びかけに応えるように、家の中からコツコツと杖を突く音が近づいてくる。

 扉が開くと、そこには立派な白い髭を生やした老人がいた。




「なんじゃ? パト君や」




 ライトは髭を撫でながら首を傾げる。




 パトは後ろで待っているオルガを前に出す。オルガには村に入る時、他の村人たちを驚かせないように仮面をつけさせた。

 顔の見えない状態、いや、それ以上に70年も昔の人物をライトは覚えているのだろうか。そう心配していたパトであったがその必要はなかった。




 オルガはライトの前に立つと、ライトの杖は倒れた。




「ま、まさか、その服……お主、生きておったのか……」




 その言葉にオルガは恥ずかしそうに応える。




「ああ……久しぶりだな。ライト」




 その返答にライトは首を振る。




「まさか、おぬしと再び会うことができるとは……。70年前のことをワシは昨日のように覚えている」




 ライトは嬉しそうに語り出す。




「オルガ。おぬし達のおかげでこの村はここまで発展を遂げた。70年前におぬしが貼ってくれた結界。それがこの村を何度も窮地から救ってくれた」




 その話を聞き、パトは昔ライトから聞かされたある話を思い出す。




 それは70年前のサージュ村。当時の村はオーボエ王国から遠く離れているということから警備も浅く、よく盗賊やモンスターに襲われていたという。




 そんな状態から救い出してくれたのが、ある冒険者達であった。




 彼らは村を襲っていた盗賊を撃退し、さらには村に巨大な結界を張り、村が襲われないようにしてくれたという。




 その冒険者である一人が、オルガだということだろう。




 パトは一安心する。これでオルガは村に危害を加える気はなかったとわかった。




 モンスター大量発生の原因がオルガによる魔術であったとするならば、これでモンスターの襲撃も減ることだろう。




「それで仲間は見つけることはできたのか?」




 ライトの言葉にオルガは下を向く。




「魔術を使っても探し出すことはできなかった……」




 その言葉にライトも思わず言葉を詰まらせる。




 オルガは仲間を探すために70年前に村の住民から洞窟を借り、魔術の研究をし続けた。しかし、その結果得られた情報は一つもなかった。

 それにオルガは魔術により、村を危険に晒していたことに責任を感じている。




 それに気がついたのか。




「そう、責任を全て背負うことはない。お主は一人で戦ってきたんじゃろ。よくここまで頑張った」




 ライトはそう優しい言葉をかける。




「でも、俺は……村を危険に晒した」




「それは知っておる。じゃが、今はそれを乗り越えてどうするかじゃ」




 ライトはオルガに気にせず前を向いて生きろと言っているんだろう。

 オルガの魔術は村に大きさ損害を及ぼした、しかし、彼に悪意がなかったのは事実だ。彼に洞窟の使用を認めたのも、元は村の住民達であることだし。

 彼だけに罪を擦りつけるのはどうかともパトは考えていた。




「なら、オルガさん。結界を張ってもらえませんか?」




 その話を聞いていたパトはオルガにそう提案した。




「あなたが70年前にこの結界を張ってくれたんですよね。これほど強固な結界は並の術者じゃ貼れないらしいんです」




「それくらいなら、簡単なことだが……」




「村のみんなには俺から説明します」




 オルガには罪悪感が大きく覆い被さっているようだった。だが、パトの表情を見て、オルガは懐かしむと、




「やっぱり。君はあの人の……」




 そう言い、しばらく考えた後、オルガは答えた。




「わかった。俺が結界を張ろう。だが、もう一つ、俺にやらせて欲しいことがある」







 パトは父親に呼び出され、家に戻り、オルガとライトの二人だけになった。




「オルガ。お主はなんであんなことを……?」




「ある人との約束だ。俺が70年も仲間を探すことを諦めずにいられた。それは彼女のおかげなんだ」




 それを聞いたライトには分からなかったが、追求することはしなかった。




「そうじゃ、久しぶりに再開したんじゃ。仮面越しではなく、顔を見せてくれんかのう?」




「俺の顔を見たら、びっくりして腰抜かすぞ?」




「わしを誰だと思ってる……。お主がどうなっているか、大抵想像がつく」






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「あのオルガさん。もしよろしかったらなんですが、俺にその仲間探しを手伝わせてくれませんか?」




 それを聞いたオルガは驚く。




「本当か!? それはとても嬉しい。だが、もう魔術は使えないし、何か、探す方法はあるだろうか」




 そう、魔術を使えばモンスターが発生する。対応策としてゴーレムで発生したモンスターは駆除していたらしいが、魔術の腕が上がれば上がるほど、ゴーレムでの駆除が追いつかなくなっていたらしい。

 そして魔術でも見つけ出すことのできなかったオルガの仲間たち、現在はどこにいるのか。その見当もつかない。




 だが、そんなパト達の前に自信満々に言い放つ。




「ありますよ。探す方法なら!」




 そこに現れたのは青髪に青い瞳の少年。




「シーヴか」




 彼の名前はシーヴ・レーベル。オーボエ王国にある王立魔法学園に通う生徒だ。そしてエリスの後輩だ。




 シーヴの言葉を聞いたオルガは興味を持ち、すぐさま聞き直す。




「方法がある? どんな方法だ?」




 しかし、シーヴはオルガのことなど既に見ておらず、シーヴは周りをキョロキョロと見渡す。

 そしてシーヴはその場から密かに立ち去ろうとするエリスの姿を見つけた。




「エリス先輩!!」




 名前を呼ばれたエリスは肩はビクリと揺れる。

 そして恐る恐るシーヴの方に顔を向ける。




 するとシーヴは怒ったような口調で言う。




「教授がお呼びです。直ちに学園に帰ってきてください」






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 オルガがライトと繋がりがあった冒険者だったことが分かり、一時的にこの村に泊めることになった。

 そしてこの村には宿のないということで、村長の家に泊めることにしたのだが……。




「……流石に多すぎる」




 父親であるガオは帰って来ており、ヤマブキの居候も決まった。それにエリスとその後輩シーヴが住み着き、冒険者のガーラ達は遠慮し、外で野宿をしてくるようだが、この人数は家がパンクしそうだ。




「それで教授が呼んでるってどういうことなの?」




「はい。それなんですが……」





 シーヴは恐る恐る説明を始める。




 それは近々オーボエ王国内で開かれる魔法研究発表会が行われるが、学園の代表に選ばれていた生徒が突然代表を辞退し、他の学生もやりたがらないというものであった。

 その発表会は毎年のように開かれており、ここ数年はずっと学園の生徒が優勝を勝ち取っていたらしい。ここでその評価を落とすわけにはいかない学園側としてはここでエリスに出てもらいたいようだ。




 だが、それを即座にエリスは断る。




「いやよ」




「なぜですか! せめて!! せめて!! 教授と直接交渉してもらうだけでも!」




「いやよ。私はしばらく帰る気はないの」




 それはそれでパトとしては困る。

 いつも面倒を見るだけでも大変なのに、今はこの人数。エリスだけにかまっている暇はない。ここはエリスには大人しく帰ってもらいたい。




 パトも同じくシーヴと一緒にエリスの説得に参加する。

 だが、エリスは断固として王国に帰ろうとしない。




 なかなか説得に応じないエリスにパトとシーヴが疲れて来たところで、ガオが台所から皿に乗せられた白く丸い物を持ってきた。




「何これ? 父ちゃん?」




「ああ、村長会議に行った時にシルバさんから頂いた異国の食べ物だ。確か大福とか言ったかな」




 パトが手に取ってみると、柔なく弾力がある。中には何が入っているようだ。




「いくつか貰ってきたから、みんなで食べてくれ、とっても美味しいぞ」




 ガオは家に泊まっている全員に大福を渡す。大福を受け取った面々はそれぞれ大福を口にする。




「うん、たしかに美味しい。パトは?」




「はい。そうですね。エリス先輩。美味しいです」




「あんたはどうでも良いのよ。パトはどう?」




「ああ、美味い……」




 パトはこの時初めて食べる大福の味に驚いた。だが、それ以上にパトには……。




「…………」




 大福を食べたヤマブキの表情が一瞬和らいだ。

 いつも無表情を貫いていた、その表情の変化に不思議な使命感を感じるのであった。






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 翌朝、一向に王国に戻ろうとしないエリスに呆れていると、朝食の片付けを終えたガオが独り言のように呟く。




「そういえば、そろそろ王国に行って、村で採れた作物の売買と買い出しをしないといけないんだよな〜」




 サージュ村では定期的に村で採れた作物を王国で売却し、王国で村で使えそうな魔道具などを購入している。




「ああ、そうだったね。じゃあ、オルガさんの件もあるし、俺が行くよ」




 その独り言に何気なくパトが返す。

 すると、それを横から聞いていたエリスが立ち上がる。




「なら、私も行く」




「…………」




 突然、王国に戻ることに反対していたエリスが、ついて来ると宣言してきた。




 パトが理由を聞こうとしたが、すぐに気づく。




 王国までの道のりは早くても丸一日はかかる。パトの予想では、村でのだらけきった生活を送れなくなるから帰りたくない。そう思っていたが、それだけではない。この道のりがめんどくさかったのだ。




 シーヴと二人っきりでは先輩としての威厳もあるだろうし、道中サボるのは難しい。だが、そこにパトが加わり人数が増えたらどうなるだろうか。

 それはエリスにとって楽をするチャンスとなる。




 しかし、パトもシーヴもエリスが帰ると言ったこのチャンスを逃すわけにはいかない。




 パトとしては才能豊かなエリスにはこんな小さな村に残らず、大きな舞台で活躍してほしい。なら、優秀な魔法使いの集まる王国にいるのが、エリスのためになるだろう。




 パトとシーヴは静かに目を合わせ、頷き合う。




「よし、なら今すぐ準備してきますね。エリス先輩!!」




「ああ、俺も準備してくる。今日の正午には村を出発できるかな」




「ん、そうなの。じゃあ、早く準備を済ませましょ」




 パト達が準備を始めると、オルガとヤマブキも身支度を始める。




「俺も当然ついて行く。王国で仲間を探す方法が見つかるかもしれないしな」




「私モ同行シマス。私モ任務ハパトヲ守ルコトデス」




 こうしてパト、ヤマブキ、エリス、オルガ、シーヴの五人でオーボエ王国へと向かうことになったのである。






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 準備を終えたパト達は荷物を台車に乗せ、馬車に乗り込んだ。




「道のりは分かってるよな?」




「ああ、勿論だよ。それに地図もあるし」




 心配そうなガオにパトは受け取った地図を見せる。




 道のりはそう難しくはない。それにパトは何度か王国へは行ったことがある。そうそう迷うことはない。




「皆さんも準備はできてますか?」




 パトが馬車の中を見ると、みんな大丈夫だと首を振った。




「じゃあ、頼むよ。シーヴ」




「はい、任せてください」




 馬車を操縦するのはシーヴ。パトも操縦することはできるが、よくエリスを迎えに来るシーヴの方が道のりには慣れていると引き受けてくれた。




 しばらく馬車を揺らし、道沿いに南東へと進んでいく。

 そのことに気がついたエリスが、荷台から顔を出し、シーヴに見る。




「ねぇ? どこに行ってるの?」




「そりゃ〜、オーボエ王国ですよ。ルガン村とヤザ村経由で向かいます」




 それを聞くとエリスはため息をつく。




「なんで、バンディ山を越えないのよ」




「え!? いや、あそこは盗賊が住処にしてますし、危険ですから……」




「でも遠回りじゃない」




 たしかにエリスの言う通りではある。シーヴが通ろうとしているのは、バンディ山を避け、大回りに迂回するルート。山を越えれば一日で王国に着くことができるが、そのルートで行けば、三日はかかってしまう。

 しかし、数十年前から山を越えるルートは危険視されている。

 その理由は盗賊が住み着いているからだ。




 毎年バンディ山を越えようとした商人達が何人も犠牲になっている。

 噂によれば、盗賊の頭はオーボエ王国の十聖と互角かそれ以上と言われている。




 そんな危険なところを好んで通ろうとする者はいない。




「エリス、さすがにあの山を通るのは……」




 パトもエリスを説得しようとするが、エリスはそれを聞かず、馬車を操作するシーヴの元に行き、無理やり進路を変えさせた。




「あ!!」




 馬車はバンディ山へと向かう道へと進路を変えて進んでいく。




「大丈夫よ。私はいつも山を抜けてくるけど、盗賊には会ったことないから」




「そ、そうなのか?」




 しかし、そんなエリスの言葉を信じてしまったのが悪かったのかもしれない。




「おい、そこの! 動くんじゃねーぞ!」




 パト達の乗る馬車は草木の生い茂る山のど真ん中で盗賊に囲まれていた。





続く

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