第11話 剣豪島津

 ハルトは腰に鈴を付ける。オウラは悪魔憑き手提げ金庫を尻尾で持つ。


 転移門を潜ると、大きな木造の館が見えてきた。建築様式は千葉のところで見た島国風の館だった。


 館の壁には蝋燭立てがあり、蝋燭が立ててある。だが、蝋の匂いがしないので、魔法によるものだと思った。


 正面から土足で館に踏み入った。

 オウラが木の床や襖を見て告げる。


「一見すると、単なる木や紙に見えます。ですが、全ての建材から魔法の気配がします。ダンジョンの壁と同様に、破壊するのは難しいでしょう。耐火能力も充分です」


「都合がいい。暴れても地形が変わらない状況だろう。帰りはオウラ一人で帰る事態になるのだからな」


 遠くから走り込んでくる足音が聞こえた。五人の鎧武者だった。

 ハルトは影を伸ばして、鎧武者を貫き一瞬で屠る。天井が開いて忍者が三人、奇襲してきた。


 これも何なく倒した。鎧武者や忍者は死ぬと、地面にすぶずぶと沈む。

 オウラが床を軽く踏んで確かめる。


「この床は生きておりますな。死んだ人間を養分にしています。館は死んだ人間を養分にしてどこまでも成長するモンスターのようなものですな」


 気になったので、確認しておく。

「僕が死んだあと、喰われる可能性は?」


「ハルト様を悪く評価するわけではないですが、ハルト様は異物です。館は食わないでしょう。いや、食えないでしょう。食べたら、腹を壊します」


「良いような、悪いような、評価だな」


 本来ならダンジョンでの戦闘は、オウラの役目だった。

 だが、島津がエリア支配者かどうかは不明。島津を倒しても転移門が現れない可能性があった。


 オウラが無事に帰ってくれないと困る。下手をすれば、蘇生に百年待ち、千年待ちの展開もある。なので、ハルトが戦いオウラの力を温存した。


 どんどん、ハルトとオウラは修羅の館の奥に進んで行く。修羅の館と呼ばれるだけあって、敵は全て人間か人型だった。


 鎧武者、忍者、修験者、魔術師、僧侶、戦士、バーサーカー、騎士、剣士、魔法剣士、レンジャー、盗賊、錬金術師、海賊、山賊、賢者、ドルイド、精霊使い、召喚士、と多種多彩に出てきた。


 また種族も多様で、人間を初め、妖精、亜人、竜人、獣人、蜥蜴人、精霊人、と迷宮都市で冒険者をやっていれば必ず目にする種族を目にした。


 次々現れる敵を瞬殺しながら、ハルトは語る。


「ここは、取り込まれた冒険者の巣窟だな。ミイラ取りがミイラになった。そんなところかな。力を求めて、足を踏み込んではいけない領域に踏み込んだ結果か」


 オウラが関心を示しながら、意見する。


「厠と風呂場はありましたが。食事、武具の入手、睡眠など、どうしているのかが興味深いところです」


「大方、ここの支配者が倒した冒険者の持ち物でやりくりしているのだろう」


「わかりませぬぞ。必要な品は迷宮都市で購入し、どこからか運び入れているのやもしれませぬ」


 迷宮都市から持ち込みか、あり得る。何せ、ダンジョンでは武具は湧くがごとく出てくる。 


 極秘に商品を迷宮都市に送り出せば、欲しい物はたいがい手に入る。

 二百人以上は殺しただろうか。パタリと敵の襲撃が止んだ。


 十字路に到達する。右の方角から微かに冷たい風を感じた。

 館内で風? ハルトが不思議に思うとオウラが声を懸けてくる。


「いかがなされました、ハルト様? 疲れましたか?」

「いいや、右から風を感じる」


 オウラが小首を傾げる。

「風ですか? 私には何も感じませんが」


「とりあえず、行ってみよう」

 右に進む廊下は、行き止まりになっていた。


 オウラが壁を調べる。

「行き止まりですね。単なる壁に見えます」


 ハルトの腰の鈴が勝手に鳴った。

 壁が横にスライドして開いた。壁は外に繋がっていた。


 外は白い小石が敷き詰められた庭だった。

 庭の奥には小さな池があり、池のほとりには木製のベンチがある。


 ベンチには身長百八十㎝の鎧武者が座っていた。

 鎧の色は赤、兜の前立てには六文銭を付けていた。顔は面具を付けている。


 鎧武者からは気配はするが、殺気はない。ただ静かに座っていた。

 凡庸といえば、凡庸。まかり間違えば、置物にすら見える。


 だが、ハルトは鎧武者と腰に差す刀から秘めたる強い力を微かに感じていた。

 島津だな。では、呪いの準備を始めるか。


 ハルトの呪い攻撃は、相手を傷つけなくても使える。

 だが、いくつかの条件を達成することで、呪いの攻撃は六段階で強くなる。


 敵を認識する。敵に名を知らせる。敵の名を呼ぶ。影と敵の影が接触する。敵に攻撃を入れる。敵の血を手に入れる。


 相手を認識するは既に終了した。これで、呪いが一段階、強くなる。

 オウラが真剣な顔で鎧武者を評価する。


「泰然自若とは、目の前の鎧武者を指して表現するのかもしれませんな」

「ヨシムネ・島津だ。間違いない」


 敵の名を呼んだ。呪いの力が二段階目に強化される。

 自然に言葉を続ける。


「でも、武士って重装備を嫌うって、前にオウラが教えてくれたよね? 島津は鎧を着ているぞ。しかも、かなり頑丈な奴だ」


 オウラが知的な顔で注意する。


「武士の鎧は騎士の鎧より軽く機動性に富んでおります。ただ、島津の着ている品は、魔法の一級の具足。防御力も並の鎧と桁違いでしょうね」


 一級の防御力の具足は上級冒険クラスでの話。

 上級の域を超えたハルトの攻撃の前には意味がない。


 ハルトは軽口を叩く。

「それって、話が違うぞ。卑怯だろう?」


 本音ではない。軽い冗談のつもりだった。

 オウラは表情を緩め、冗談に付き合う。


「いいえ、あの姿は完全な戦支度。戦となれば、卑怯もへったくれもありません。生きていれば負けなし、も立派な理念です」


「ダンジョンに禁じ手なしの諺もある。それに、どんな理念や理想を持とうとも強者なら許されるのがダンジョンだ」


 オウラとの最後の会話が済んだ。


 敗北して千年の時間が過ぎれば、いくら長生きの魔獣とて、生きているかどうか怪しい。


「クロウ・ハルトだ。腰の刀を懸けて勝負してもらう」

 敵に名を教えた。これで、呪いの強さは三段階目になる。


 オウラが下がったので、ハルトは歩みを進める。

 ハルトと島津が二十歩の距離に来た時、島津は立ち上がった。


 島津は刀に手を掛けていたが抜かなかった。

 千葉の所で見た居合い斬りか。間合いに入ったら即死だ。


 ハルトは影を大きく伸した。ハルトの影が足元に伸びようと、島津は避けない。

 影が大きく伸びて、一辺の長さが四十歩の正六面体の空間を形作る。


 島津とハルトはハルトが作り出した薄闇の中で対峙する。

 光を残した理由は島津に影を作らせるためだった。


 それに、島津ほどの実力者なら、見えずとも斬れる。真っ暗闇でも意味がない。

 島津の影とハルトの影が重なった。呪いの力は四段階目に強化される。


 空間を一気に縮小し、相手をハルトごと押しつぶす攻撃が可能だった。

 だが、島津の腕なら、その一瞬で間合いを詰めて、空間ごとハルトを斬れると思った。


 島津は闇に飲まれたが、動じない。タイミングを見計らっている。

 ハルトは影の一部を水滴のようにして、島津の上に少し降らせる。


 水滴のような影が鎧に掛かると、鎧が溶けるように煙を上げる。

 島津に入ったダメージは零。だが、攻撃は成功した。


 呪いの強化は五段階目に入った。

 島津はまだ動かない。そのうち、影からなる水滴の一滴が兜を伝わる。


 水滴は面を伝わり、島津の唇に触れる。

 唇は小さく切れる。血の一滴を流して、血は水滴に混じる。


 水滴は自然に下に流れ、地面に到達する。

 一滴の影は島津の血をハルトの許へと運んだ。


 呪いの力は最終段階まで強化された。

 もう、死んでもいいな。また、会う日までだ、オウラ。


 ハルトは呪いの視線を島津に向けた。呪いの視線は決まった。

 数秒後、ハルトの首が落ちる。


 さすが全てを斬る達人。僕は勝負に負けた。でも、目的は達した。

 ハルトは理解する。島津は強かった。それゆえに島津は死ぬ。


 島津は呪いの視線を掛けるより速く、居合い斬りでハルトの首を斬った。

 だか、あまりに攻撃が早かったので、ハルトは死んだのに気付くのが遅れた。


 死神も見逃した。ハルトには死んだはずなのに、生きている時間が存在した。

 結果、ハルトの視線による呪いは発動した。


 視界が暗くなる。影を維持する力は消え、呼吸も苦しい。

 肉体と魂を結ぶ結び目を斬られた。闘神無双に命が吸い取られる。


 島津の死を確認したかった。だが、首の落ちた向きが悪かったので確認できなかった。


 これが、死か。意外と優しいものだな。

 ハルトは消えゆく意識のなか、初めて訪れた死の余韻に浸った。


 ハルトは、気づいた時には大きな水面を前にして立っていた。

 潮の匂いがしないので、海ではなく、河か湖の前だと思った。


 空を見上げれば曇天だった。背後を振り返れば、石ばかりがだった。

「ここは、どこだ? これが死後の世界か?」


 水面を見ると、紙や木できた小舟には人魂が乗っていた。

 人魂は舟に一定の方向に流されている。


「流れがあるのだから、湖ではないのか? 河か? とすると、上流と下流があるんだろうな」


 漠然とした考えだが、当たっていると思った。

 河を黙って眺めていても暇である。


 人魂が上流から来て下流に行くのなら、上流が現世に近い。

 オウラが蘇生してくれるが、負担は減らしたい。


 河の上流に歩いて行く。天に昇って行く人魂が無数に見えた。

 河の上流では千を超える人が乗る舟があった。


 最初は漁師たちが漁でもやっているのか思った。だが、見ていると違った。

 舟に乗っている人間は二人組。一人が舟を操り、人魂の載る小舟に近付ける。


 もう、一人が網で小舟を掬う。掬われた小舟の人魂は、暗い天に昇って行く。

 死後の世界は地下にあると知識にあったな。ならば、天に昇れれば現世に帰れるのかもしれない。


「おや、久しぶりじゃのう。ミルドラダス王」

 声がして振り返ると、灰色のローブを着た老婆がいた。


 老婆は白髪で顔には深い皺が刻まれていた。

 老婆に呼ばれて本当の名前を思い出す。


 そうだ。僕は本当の名は、ミルドラダス。呪われた王冠の正当なる所有者だ。

 初めて本当の名で呼ばれた。オウラにも伝えていない真なる名前。


 だが、老婆に会って名乗った記憶はない。ハルトは老婆に警戒感を持った。

 自然な態度を装い聞き返す


「ミルドラダス王って、僕のことですか?」

 老婆は当然の顔で断定する。


「お前さんの他に誰がいる。それとも、名前を忘れてしまったのかい?」


「僕はミルドラダス王じゃない。僕の名はクロウ・ハルト。呪われた王冠を追い求め、呪い解く者です」


 老婆は不安な顔で確認する。


「そうか、今はハルトと名乗っているのか。呪いを解く気になったんじゃな。じゃが、いいのかい? 呪われた王冠の呪いを解くなら、お主は世界から消えるぞ」


「知っていますよ。でも、ゆがみは正さねばならない。世界はあるべき姿に戻るべきだ」


 老婆は悲しい顔で、ハルトの言葉を否定した。

「世界は光だけでは成り立たん。この世界には闇が必要なのじゃ。光が闇と混ざった時に両者の存在が世界を作った。もう、どちらか片方では成り立たん」


 ハルトは正直に思いの丈を告げる。


「世界がどうであろうと、知った話ではありません。僕は、僕が正しいと思う世界を作る。僕が必要とされない世界が正しいのなら、僕は消えてなくなりましょう」


 老婆は困った顔でハルトに意見を変えてもらおうとした。

「悲しいことはいうな。お前を必要とする者か大勢おる」


「人は僕を必要としているのではない。僕たちがもたらす恩恵が欲しいだけだ」


 老婆が厳しい顔で宣言する。


「わかった。どうしても、呪われた王冠の呪いを解くなら、運命神の名において宣言する。たとえ世の人間たちの目が光で潰れようと、世を照らす者を解き放つぞ」


「貴女が運命神でも関係ない。僕の邪魔をしたいなら、するがいい。僕は僕の行く道を進む」

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