118bit ボンキュッボン


「糸っち、みてみて。 あそこのビーチチェアに座っている三人。 はしから順に、ボン、キュッ、ボンだよ」


 雛乃は自身の胸あたりを手でなぞりながら言った。


 「だーれーがーキュッだっ! それにその言葉の使い方ちがーう!!」


 真ん中のハジメがざばっと跳ね起きてぶぅぶぅと騒ぐ。


 「まぁまぁ」


 「どぉどぉ」


 一方、両脇に座るシズクと佐門はゆとりある口調でハジメを宥めた。


 ボンに挟まれたハジメは、せめて心だけは豊満でいようと、ぐぬぬとこらえながらトロピカルジュースにささるストローをくわえた。


 「それにしても、息を呑むほどの景色が一望できるね。 ハジメちゃんもそう思わない?」


 「うん、白砂青松はくさせいしょうというべき景勝の地が眼前に」


 「あ! イクラさんと英美里さんがイチャイチャしてる! あっちでは雛乃さんと真衣さんが水の掛け合いを! あぁ! 糸さんと律さんは砂浜を追いかけっこ!」


 シズクは双眼鏡を覗き、一心不乱に絶景を鑑賞していた。


 そっちかい……。


 ハジメはそぉっと前言を撤回する。


 「あなた方のこと、いつまで経ってもよくわからないですね」


 ハジメとシズクのやり取りを横目に、佐門がぼそっと呟いた。


 「……というと?」


 「あなた方はとにかく謎が多すぎます。 第一に、どうやって私の監視をくぐり抜けてイクラお嬢さまとコンタクトを取ったのか。 警備は万全だったはずなのです。 第二に、なぜ私に口止めを命じたのか。 精神的窮地に立たされているイクラお嬢さまを放っておくのは私にとってこの上ない苦痛でした。 第三に、そもそもあなた方の目的は何なのか。 イクラお嬢さまの悩みを解決するというのは単なる建前で、身代金を要求したり、いかがわしい誘惑をしたりするのではないかと常に身構えていたのですが……今の所そういった素振りもみせない」


 佐門は箇条書きのメモでも読むかのように疑問点を列挙した。


 「随分ずいぶんうたぐり深いんだね、サモンちゃんは。 でも、当然っちゃ当然か。 イクラちゃんとのコンタクトに関してはお生憎あいにく様、私たちの方が一枚上手    うわてだったに過ぎない。 そして、イクラちゃんの悩み解決については、サモンちゃんも含めて我々が介入すべきでないと思ったんだ。 いや、違うな。 彼女たちだけで何とかなると思った、が正しいかな」


 「それは……相当なけですね」


 まぁ、その賭けに私も便乗したわけだけども。


 「最後に、私とシズクの目的は何なのかって、答えはすでに目の前に広がっているだろう」


 佐門の視界の中では、六人の少女が夏とたわむれていた。


 めいっぱいの笑みをたたえながら。


 「粋な計らい、ということですか」


 「お金持ちのビーチサイコーー! タダで飲めるジュースサイコーー!」


 そっちですか……。


 佐門はスンと前言を撤回する。


 「今の今まであなた方の個人情報にも探りを入れてはいたのですが、結局釣果   ちょうかはゼロでした。 まったく、あなた方はいったい何者なんですか」


 「そりゃあ、ただのしがないセミナー講師さ」


 ハジメはチュウとストローを吸った。


 佐門はこれ以上の詮索せんさくは無粋だと判断し、口を閉ざす。


 代わりに、遠くではしゃぐ見慣れた背中を眺めた。


 ますます似てきましたね、貴女あなたの後ろ姿に。


 貴女は亡くなる間際まで、イクラお嬢さまを気にかけていて。


 ある日のこと、貴女はイクラお嬢さまに内緒で、私だけにこっそり伝えたのでしたね。


 『あの子はちょっぴり怖がりだけど、聡明で、勇敢で、思いやりに溢れているの。 だから、どうかあの子の進みたい道を、全力で応援してあげて。 そうやって、あの子の成長を見守ってあげて』


 「……日々、成長しているんですね」


 「あぁ。 ゆっくりと一歩ずつ、前へ前へ」


 佐門とハジメの目にえる青色は、遥か彼方かなたまでずっときらめいていた。


 かたや、彼女の目には。


 「ハジメちゃんの成長は……もう止まったのかな」


 シズクが双眼鏡をハジメの胸に向けている。


 「おのれーー! シズクーー!!」

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