第三章 Dランク試験編

第20話 遠征

「受付さん! Dランク試験をお願いします!」


 アンがカウンターに乗り上げそうな勢いで元気に言った。


「少々お待ちください」


 俺が明確な意思を持ってサラリーの提案を拒絶した翌日。

 今日は余裕を持って早い時間帯にDランク試験を受けにきていた。


「二人とも。少し空ける」


「僕はいいですよ! アンは——大丈夫だと思います!」


 アンは楽しそうに鼻歌を歌っているので知らないが、シフォンの許諾をもらえたので大丈夫だろう。


 俺は二人がDランク試験の手続きをしてくれている間に、隅のカウンターでなにやら作業をしているサクラのもとへ向かった。


「仕事中すまない。聞きたいことがあってな」


「いいけど……何?」


 サクラは書き物をしていた手を止めた。


「サラリーはもう帰ったのか?」


「うん。今朝方王都へ帰還したわよ? 何かあったの?」


 サラリーの方から何かアクションがあるかと思っていたが特にないようだな。


「実は『漣』に誘われたんだ。まあ、キッパリ断ったけどな」


 俺は昨日の出来事を頭の中で思い出しながらサクラに伝えた。


「え!? そんなことして大丈夫だったの?」


「今のところはな」


「そう。ならいいけど。それよりも奥にいる二人がチラチラ見てるわよ?」


「ん? すまない。ここで失礼する」


 俺はこれから罪のない同士を倒して次のランクにのし上がらなければならないのだ。


「はいはい。気をつけてね」


 二人のもとへ小走りで戻ると、シフォンが待ってましたと言わんばかりに、手に持っていた紙を俺の眼前で見せつけてきた。


「タケルさん! Dランク試験からはパーティーで受けられるみたいなんです。個人とパーティーどっちにしますか?」


 少しだけ迷ったが結論はすぐに出た。


「パーティーで受けよう」


 誰かが試験に落ちる心配はしていないが、パーティーで受けた方が万が一の時にも安心だろう。

 

「じゃあここに名前とパーティー名とか色々と書いて! 早く、早く!」


「ああ、わかった。というか、アンはなんでそんなに楽しそうなんだ?」


 アンがぴょんぴょんと飛び跳ねながら急かしてきたので、冷静なシフォンに聞いた。


「実はパーティーで受ける場合は小遠征になるみたいです!」


「ふむ、個人だと?」


「個人で受けた場合は前回のような試験に合格した後に、ギルドから指定されたモンスターを時間内に個人で討伐するらしいです!」


 個人だとあっという間に終わりそうだな。

 まあ、この先もそういう機会はあるだろうし、遠征の経験もしておいた方がいいだろう。


「……なるほどな。すみません、こちらお願いします」

 

 俺はシフォンと話をしながらもサラサラと必要事項を紙に書き終えたので、テーブルを滑らせるようにして受付嬢に紙を渡した。


「はい。承りました。試験に関する説明はお聞きになりますか?」


「お願いしますっ!」


 アンが食い気味に答えた。


「かしこまりました。パーティーでDランク試験を受ける場合は、フローノアから西へ半日ほど歩いた先にあるダンジョンへの小遠征となりますので、万全の対策をしてから出発してください。試験完了の証明はダンジョンの最奥のフロアの内壁となりますので忘れずに回収をお願いします。夜営についての説明も行いますか?」


 徒歩で半日か。

 行き帰りで一泊ずつは必至だな。


「いえ、説明は不要です」


 夜営に関しては『漣』の時に何度も経験があるので問題ないだろう。


「そうですか。Dランク試験からは報奨金も出ますので、帰還しましたら必ず受付に申し出てください。では、お気をつけて!」


「ありがとうございます」


 報奨金が出るのはありがたいな。

 何に使うかじっくり考えないとな。

 

「ねぇ、タケルさん。ほんとに大丈夫なの? 強がったら失敗するよ?」


 アンが心配そうな表情で見上げてきたが、こちとら夜営担当と言っても過言ではないくらい夜営の準備と見張りをやってきたのだ。

 ある程度の物さえ揃っていれば簡単に出来る自信がある。


「大丈夫だ。昼頃には出発したいから買い出しに行くぞ」


「あ。僕、屋敷から枕を持っていきたいです!」


「いいぞ」


「私も! お気に入りの寝巻きは?」


「いいぞ」


「じゃ、じゃあ、僕はお菓子!」


「いいぞ」


「……! な、なら、私は——痛っ!」


「——張り合うな。時間がなくなる」


 途中から対抗心を持ち出して無意味な争いに発展していたので、俺は両者の頭を軽く叩くことで争いに終止符を打った。


「ぅぅ……。初めてぶたれました」


「脳に響くよね……」


「……はぁ。枕も寝巻きもお菓子も持っていくんだろ? それなら急がないとな……」


 二人は頭を抑えて痛がっていたが、すぐに花が咲いたような明るい顔になった。


 先に歩き出した俺の後ろからは、タケルさんは優しいとか、いいリーダーだとか言っているのが聞こえたが、無視を決め込んで歩を進めた。


 はぁ……。この調子だと二日で帰って来れないかもな……。





 


「さあ、しゅっぱーつ!」


「おー!」


 アンに続きシフォンが声高らかに拳を天に突き上げた。


「……」


 俺たちはフローノアを出発して西へ歩き始めたが、二人は相当お気楽な様子であることがわかる。

 

「道中のモンスターは二人に任せるぞ?」


「うん!」


 今の俺の背中には百四十センチほどの巨大なバックパック。方や二人の荷物はお菓子の入った小さな肩下げの鞄と、それぞれの武器のみ。

 こう言った事情もあり、俺は万全な状態で戦うことは難しいので、モンスターに遭遇した場合は二人に戦ってもらわないと困るわけだ。

 

 呑気で楽しげな二人に挟まれながら歩くこと数時間経つと、空は徐々に朱色に染まっていた。

 ここまでオーク数体と無害なスライムにしか出会わなかったので、体力は有り余っている。

 近くには小さな川もあるので、万全を喫してここで休憩を取るべきだろう。


「……よし。夜営の準備をするから手伝ってくれ」


 俺は三メートルほど前を歩いていた二人を呼び止めると同時に、巨大なバックパックを地面に下ろした。


「え? もう準備ですか?」


「そうだよ。もう少し進めるよ?」


 二人はこちらに振り返りはしたが、まだまだ進む気なようだ。


「色々と教えることがあるんだ。少し早いが今日はここまでだ。それが終わったら休憩と食事とお菓子の時間を取るから安心してくれ」


 火の起こし方、薪のくべ方、見張りのやり方……数えればキリがないが教えることは山ほどあるのだ。


「はぁい」


 アンは渋々と言った感じで返事をしたが、シフォンは絶望的な表情をしながら固まっていた。


「シフォン? どうした?」


「ぼ、僕……」


「な、なんだ……?」


 シフォンの目には薄っすらと涙が浮かんでいるが、どんな深刻な問題が発覚したのだろうか……。


「……僕、屋敷にお菓子を忘れてきてしまいました……」


 シフォンは自分の小さな肩下げの鞄を一瞥してから重たい口を開いたが、全く大した内容ではなかった。

 

「……そうか。それは残念だったな」


 たかだか二日、三日の間お菓子を食べられないだけじゃないか。なんの問題もない。


「無理です……!」


 シフォンは俯きながらも鋭い語気で放った。

 

「そうか……。じゃあ、毎日食べるお菓子と何日か期間を開けた後に食べるお菓子はどっちが美味い思う?」


 無理やりにでも納得させるしかないな。

 普通は後者を選ぶはずだが……。


「どっちも美味しいです! なにを当たり前のことを?」


 ダメ。なんなく失敗。

 シフォンは勢いよく顔を上げると、これまた鋭い語気で放つ。

 第一の矢は失敗したので、諸刃の剣になるがパワープレーに出ることにした。


「そ、そうか……。フローノアに帰ったら好きなだけお菓子を買ってやるから小遠征の間は我慢できるか?」


 お菓子がないならお菓子で釣るしか方法がないのだ。


「えぇぇ! いいんですか? 好きなだけかぁ……。えへへ。何買おうかなぁ」


 シフォンは食欲に従順な裏表のない喜びの感情を顔いっぱいに浮かべた。

 俺の懐が寒くなるが仕方がない……。


「タケルさん。シフォンって怖いくらい素直だよね。それを天然でやるのが恐ろしいね……」


 このやり取りを自分は関係ないとばかりに傍観していたアンがこそこそと言った。


「……そうだな。なら、アンにも買ってやる」


 これでアンが食いついてしまえばシフォンと同類だが、アンはそうじゃないと願う。

 普通の感性を持つ人なら、ここで一度は拒否するはずだ……。


「えぇ、いいの!? やったぁ! 絶対だよ!」


 こちらもダメだった。

 アンは現金でシフォンは素直。

 性格こそ違うが方向性は似たようなものだろう。

 何のお菓子を買うのか知らないが、Dランク試験の報奨金はあっという間に消えてしまいそうだな。


 この後、お菓子を買う約束のおかげで元気を取り戻した二人に、夜を明かすために必要な準備を色々と教え終えた頃には夜が更けており、すぐに食事の時間になったのだった。

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