第18話 Side by サラリー

 私が痛みを感じて目を覚ました場所は白くて固いベッドの上だった。


「……っ、痛っ」


 無意識にため息が溢れてしまい、ミノタウロスに対して何も太刀打ちできなかったことを改めて実感していると、ドアをノックするリズミカルな音が部屋に響いた。


「……はぁ」


 天井を見ながら小さくため息を吐くと、ドアが軽くノックされた。


「はーい」


 返事をして入室を促す。


「サラリー様。起きましたか。お体の具合はどうですか?」


 ゆったりとした白いローブを着た温和な表情のお爺さんが、ベッドで横になる私のもとへやってきた。


「……大丈夫そうです。ところで、誰がここまで運んでくれたんですか?」


 私のことを助けてくれたのは誰だろうか。


「ご本人様からのお願いで、その質問には答えられません」


「そうですか……。では、どのくらいで外に出られますか?」


 今の私にはそこを深く追求する気力はなかった。


「上級ポーションで回復の促進をしておりますので、半日程度で退院することが可能です。それと、黒いローブだけで杖がないのですが、大丈夫でしたでしょうか?」


 私が装備していたローブは、ミノタウロスの攻撃で土汚れや血が付着した状態で壁に掛けられていた。


「私は杖を持たないので大丈夫です」


 魔法使いの杖は魔力を込めやすくするために持つものなので、それに慣れてきたら持つ必要はない。


「そうですか。では、半日ほど安静になさってください。ミノタウロスの討伐おめでとうございます」


「あっ、私は……って、行っちゃった……」


 お爺さんは言葉だけを残してサラッと退室した。

 討伐したのは私じゃないのにな……。


 





 

「それでは、お体にお気をつけて」


「……ありがとうございました」


 ある程度傷が癒えて退院した時には、外は真っ暗だった。


 酷く綻びたローブは処分してもらい、包帯が巻かれた体とそのせいで露出が多い肌着だけでギルドへ向かった。


 既にミノタウロスの絶命が確認されたのだろう。

 道中、周囲からは尊敬するような視線や声、まるで英雄でも崇めるかのような扱いを受けていた。

 

 そんなことはどうでもよくて、今探しているのは私のことを助けた可能性があるうちの一人。

 ギルドに到着したので、すぐにその人を探しにかかるが、すぐに見つけた。


 その人は受付嬢のサクラさんと楽しそうに話していたので、私は間に割り込むようにして声をかけた。


「ケイル。やっと見つけたー」


「……ケイル?」


 サクラさんはケイルの名前を知らなかったのか、名前を呼ぶ声には疑問を含んでいた。


「……サラリー様。そのお怪我は?」


 ケイルが私の体に巻かれた包帯に目をやりながら言った。

 

「うん。実は、ミノタウロスにやられちゃってさー」


 これを聞いた周囲の冒険者が口々に驚きの声を上げた。

 しかし、ケイルには驚いた様子がほとんど見られなかった。


「無事でなによりです」


 私はそんなケイルを気に入っていた。

 ぶっきらぼうだけど、どこか優しいところを。


「うん。これから……前のところに来れる? 私は先に行ってるから」

 

 なぜそこに呼んで話そうとしたのかはわからない。


 たまたま二人とも知っているところだから?

 

 私は周りに群がる冒険者をかき分けて一足先にあの場所へ向かった。


 







 ミノタウロスと戦ったときは天気が良くて雲ひとつなかったのに、今日は曇天の空模様だった。


 泉の前に到着した私は、無意識に慣れない木陰に腰を掛けていた。


 数十分、いやもっと待っただろうか。


「……お待たせしました」


 ケイルは私の背後の暗い森の中から静かに現れた。


「あっ、わざわざごめんねー。確認したいことがあってさー」


 ケイルは私から少し離れた位置に腰を下ろすと、こちらに向き直り、口を開いた。

 

「いえ。それでなんでしょうか?」


「うん。実はね。気になったことがあるんだー。実は私、ミノタウロスなんて倒してないんだよね」


 私はあの時の光景を思い出すように曇り空を見上げながら言った。

 私がミノタウロスに与えたダメージは精々二割程度だろう。


「……」


 ケイルはそんな私の告白を無言で聞いていた。


「ミノタウロスを瞬殺した挙句、私のことを助けて街まで運んでくれた人がいたの。薬屋のお爺さんに聞いてみたけど、性別も顔も何もかもがわからないんだー」


「……はい」


「私があの時間にあそこに行くことを知っていたのは、ギルドマスターとここの領主、そしてケイルだけなの」


 ギルドマスターは見たところ五十代くらいの女性だし、領主は初老の男性。

 可能性があるのはケイルしかいないけど、その可能性だって相当低い。


「そうなんですか……」


 ケイルはこの話に特に興味がないというように相槌を打った。


「もしかして……私のことを助けてくれたのはケイル?」


 私はほんの僅かな期待を込めて小さく笑った。


「……違います。俺はただのEランク冒険者なので……」


 やはり違うようだ。

 そんな装備と刀だけでミノタウロスに勝てるはずがない。

 

「だよねー。私のことを助けたのはケイルかタケルだと思ったんだー。あっ、タケルっていうのは三年前まで同じパーティーだった人なんだよね。あんなに早いのはタケルしかいないしね。もしそうなら、なんで助けてくれたのかなー」


 ほんの僅かに残っているあの時の記憶だと、私を助けた人は相当なスピードだった。

 それも、私が目で追えないくらいの。


「……何か大切な約束を……守ったのかもしれないですね……」


 ケイルは何かを思い出すように目を細めて、しっとりと言った。

 タケルとの約束……なんてしたかなー。


「約束かー……。でも、タケルの実力でミノタウロスを倒せるとは思えないしなー」


 あんな小型ナイフでちびちび切るだけの攻撃なら、討伐に何日もかかりそうだ。


「その人は……タケルさんはどうしてパーティーを抜けたんですか?」


 ケイルは私の目をジッと見ながら言った。

 

「うーん。ロイ、あ。ロイはうちのリーダーね。ロイが一番嫌がってたからねー。これじゃあSランクにはなれないって一年くらいは嘆いてたかなー。現にタケルが抜けてからたったの一年でSランクになったしねー!」


 私の話を聞いたケイルは軽く目を見開き、小さな息を一つ吐いていた。

 私たちがSランクに至るまでの話に驚いているのだろう。


「……タケルさんは今どこに?」


 僅かな沈黙の後、ケイルはゆっくりと言葉を紡いだ。


「死んだんじゃないかな? 泣きながらどっか行ったよ。ついこの前まですっかり忘れてたけど」


 どこに行ったのかは全くわからないし、話も聞かない。

 私達は三年前のあの日から既に死んだものと認識していた。


「……そうですか」


「うん。そこで一つ提案なんだけどさ、私と一緒に王都に行かない? お金ならたくさんあるから武器も防具もなんでも手に入るし楽しいよ? ロイに頼んで稽古もつけてもらえるしね。どう?」


 私がケイルを気に入ったからこその破格の提案だ。

 これを了承すれば、地位、名誉、名声、富。全てが一瞬で手に入る。


 だけど、返ってきた答えは予想外のものだった。


「……ごめんなさい」


 ケイルは考える素振りも見せずにあっさりと言った。


「……理由を聞いてもいい?」


 病気の母がいるとか、フローノアが好きだからとか、どこか申し訳ないからとか、そんな程度ならどうにでもなる。


「——俺は……、仲間を切り捨てることはできないので」


 ケイルは誰かの私怨を乗せるように力強く、それでいてはっきりと答えた。


 切り……捨てる?

 ケイルに私たちのなにがわかるの?

 

「……!? ふーん。私はもう行くね。ばいばい。ロン毛のおにーさん」


 意表を突かれた回答に面食らった私は、動揺を隠しきれずにすぐにこの場から立ち去った。


 誘わなければよかった。

 一瞬で勝ち組になれるチャンスを潰したんだ。


 これは王都へ帰ったらロイとスズに報告しないとなー。

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