step11.リスタート(3)

『とりあえず予約の目標数は達成だね。パートさんたちに感謝だよ』

「はい。わかってます」

『今年もセールの三日間通しで出勤してくれた人には手当を出すから、早めにシフトを組んで提出して』

「はい」


 電話の向こうのエリアマネージャーにかしこまって返事をしていると、相手の声音に笑いがまじった。

『で? お正月には両手に花でデートに行くの?』

 完全に面白がっている口調で三咲はころころと笑い声をあげる。こいつの情報網はどうなっているのか。


「なんでおまえは喜んでるんだ?」

 仕事の話ではないので由基も言葉使いを改める。

『だあって、おもしろいじゃん。モテ期到来。あんただって嬉しいでしょ?』

「モテてるって言うのかな……」

 閉店後の静かな事務室の中、由基はデスクチェアの背凭れによりかかりながら電話に向かってつぶやく。


『なにさ。この期に及んで』

「若い頃の惚れた腫れたなんかまやかしだろ」

『それ、若いとか年くってるとかじゃなくて、タイプの違いだから。あんたがそういう人だからって、ウエメセな決めつけやめなさいよ』

「なんだよ、そういうって」

『恋愛不感症』

 冷たく言い切られて由基はちょっと言葉に詰まる。


「……なんだよ。その言い草」

『だってそうじゃん』

「あのなあ」

『とにかく。逃げてるばっかじゃオトナとして恥ずかしいよ』

「俺はちゃんと話してるつもりだ」

『自分ではそのつもりだって、子どもがきちんと納得できるように話せないんじゃしょうがないじゃん』

「子どもか」

『子どもは子ども扱いされると怒るんだよ』

「うん」

『付き合ってあげたら?』

「ムリ」

『あんたの〈付き合う〉は犯罪だものね』

「おい」

『カノジョ扱いなんて、あんたの方がどうしたらいいのかわからないんじゃない?』

 それはそうかもしれない。そう思いながら疑問に思う。三咲はどっちの話をしてるんだ?


『もうさ、とりあえず付き合ってみたらいいのに』

「おまえはおもしろがってるだけだろ」

『否定はしない』

 今は仕事の上司で、若かりし頃には憎からず思っていた相手に、なんでこんなことにまで口出しされているのか。そもそも、どうしてこんなことになっているのか。


 たまたま夜道で、痴話げんかで絡まれていた女子高生を助けて、懐かれて、好き好き迫られて、何度断っても彼女はあきらめなくて。

 職場の好みの女子大生から告られて、いやでも相手は従業員だし自分はおっさんだし、とはぐらかせば怒って無視されて。

 知らない間にふたり、結託されて。


 追い詰められている。どうしてこんな目にあうのだろう。悪いことなんてしていないはずなのに。

「俺は何もしてないのになぁ」

『あんたの場合、それがよくないんでしょうが』

 呆れたようなため息まじりの声が耳に届いたかと思うと「じゃあね」とあっさり通話は切れた。

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