step10.サプライズ(2)

 アコが他にタコの煮込みとパンコントマテとアイスティーを選ぶと、琴美はまたテーブルを離れた。食べ物が喉を通る気がしない由基はとうにフォークを置いていた。


 由基の斜向かいでアコは澄ました顔でスマホをいじっている。

「ア……」

「ねえ、ヨッシー」

 彼女だけがする呼び方をされてぎくりとなる。アコは由基を見もしないで小さな声で続けた。

「ことちんてカワイイよね。アコなんかと仲良くしてくれて、優しくて」

 そこでやっとまともに由基を見たアコは、真剣な顔をしていた。

「そういう優しいとこ、ヨッシーと同じだなって」

「え……」


「アコ、ことちんみたいになりたいって思った。ことちんみたいになったら、ヨッシーはアコのことも見てくれるかなって」

 彼女にしては低めの声で静かに話すアコはあくまで真剣だ。

「だからアコ、一生懸命ことちんの真似して……」

「それはダメだよ、アコちゃん」

 思わず由基が口を挟むと、アコはぎゅっと眉根を寄せた。

「ダメって……」


「だってそうだろ。アコちゃんにはアコちゃんの良さがあるのにどうして自分からそれをなくしちゃうんだよ」

「わかんない」

「俺は、たしかに、アコちゃんの見た目とか行動とか、びっくりさせられることが多かったけど、好きでこだわりがありそうなとことか感心したし、俺の常識にはない考え方とかそれはそれで個性なんだろうなって、明るくて元気で、めちゃくちゃ、行動力あるし」

 ああそうだ。


「アコちゃんの、アコちゃんらしいところ、俺はけっこう」

「なんで今更そういうこと言うの?」

 そうなんだ、いつも今更なんだ。ついこの間も三咲にそう言われたばかりで。


「どうしていつもヨッシーはアコを拒否るの? アコはどうすればいいの?」

「俺はただ」

「アコはヨッシーに気に入ってもらいたいだけだもん。なのにどうしてダメ出しばっかするの?」

「そんなつもりは」

「もうアコわかんないよ」


 がたんと音を立ててアコは立ち上がる。ちょうどトレーを持ってこっちに向かっていた琴美が声をあげる。

「アコちゃん?」

「ことちんゴメン。なんか友だちがすぐ来てってメッセきたからアコ行くね」

「え……うんわかった」

 アコは下を向いたまま琴美の脇をすり抜けて小走りに出ていった。


「大丈夫かな、アコちゃん」

 琴美はトレーをテーブルに置いて出入り口を振り返る。それから由基の向かいに座って気を取り直すようにアコがオーダーした料理を差し出した。

「ごめんなさい。これも良かったら」

「あ、うん」

 由基は表情を取り繕って頷く。心の中では頬が引きつりまくりだったが、動揺が顔に出にくい自分の性質を今は感謝する。アコとのいざこざは琴美には関係ないし、知らせたくないと思う。


 由基にとって琴美は、良い子だなと思う従業員で、頼りにもしている。今回は多少出すぎた真似をしてしまったけれど、今までの関係を崩したくない。そう思うのだ。

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