step9.ハートブレイク(2)
「え?」
「いや、なんでもない。あんたもあんまりぼんやりしてないでさ、しっかり頼むよ」
「わかってる」
ますます不機嫌になる由基に肩をすくめて三咲は事務室のパイプ椅子から立ち上がった。由基も見送ろうとパソコンデスクの椅子から腰を上げる。書類を自分のカバンに突っ込んでいる三咲を見ていて思い出す。
「そうだ。商店会連合会からの夏祭り収支報告書も持っていってくれ」
「はいはい」
パソコン横の書類入れを漁って目的の書類を取り出し、後ろ手に左手を差し出している三咲に手渡す。が、A4サイズの紙切れは滑って床へと舞い落ちた。
「悪い」
「いいよ」
屈んでそのまま左手で書類を拾う彼女の手先を見ていて違和感を感じた。何か足りないものがある。脳裏に回答が閃いた瞬間、由基は声に出してしまった。
「あれ、結婚指輪は?」
「…………」
ぎろっと三咲は由基を見上げる。目が怖い。自身のデリカシーの無さに気がつき手で口を覆ってみたけれどもう遅い。
「すまん」
「バカ」
立ち上がった三咲は急に疲れた様子で頭を振った。
「なんだよ?」
「やっと気がついたのかと思って」
「え……」
「三月だよ。離婚したの。ここのスタッフさんだってみんな気づいて気遣ってくれてるのに、あんたはほんっとに今更すぎる」
「だっておまえ、言わないから」
「言うわけないだろ、バカ」
「なんで」
「そりゃまー、うちのはマスオさんだったし、婿ってだけじゃなく雇われ店長って立場でもあったし、くたびれちゃったみたいだね。もちろん夫婦仲にも問題あったし」
淡々と話しながら三咲は時計を気にした。同期入社で年齢も同じ、社内では親しい方だとはいっても仕事上の間柄だと割り切ってはいたけれど、自分はあまりにも薄情だったと気づかされて由基はうろたえた。
「あのさ、今度ゆっくり……」
「やなこった」
三咲は目を細めた。
「JK だのJDにモテモテでこの世の春を謳歌してる人にする話なんてないよ」
「あのなあ」
ひねた三咲の態度に由基は少し声を荒げる。
「いちおう心配してやってるのに、おまえは」
「心配してもらう状況ならとっくにすぎたんだよ」
しんと、肝が冷える低音で吐き捨て、三咲はやっぱり疲れた表情で由基を見た。
「あんたはいつも遅すぎる」
「それは、何も言わないから」
「言われなきゃわかんないの? ガキだね、ほんと」
グサッと胸を抉られ、さすがにこれはヒドイと言い返してやろうとしても言葉が出てこない。
「ほんとバカ」
俯いて黙りこくる由基に次に向けられた囁きには温度が戻っていた。励まされた心地で顔を上げてみたけれど、三咲はさっさと裏口から事務所を出ていってしまった。
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