step7.ジェラシー(3)
「どうして。可愛いと思うよ」
『……うちのお祖母ちゃんは絹代っていうの』
「へえ。女優みたいな名前だね」
『お母さんは木綿の子でゆうこ』
絹、木綿。豆腐か?
『で、あたしが麻子』
麻婆豆腐か?
『どんどんランクが下がってんじゃん!!』
へ? と目を点にしてから由基はああ、と合点がいく。シルク、コットン、リネン。繊維の種類のことかと。
『子どもに自分より下のランクの名前を付けるとか失礼だよね。おまえには価値がないって言ってるようなもんだよ』
「いや……」
なかなか拗れていそうな問題だぞ、と警戒しながらも、なんだかんだとアコに説教するのが日常茶飯事になっている由基はつい講釈を垂れ始めてしまう。おっさんの悪いクセだ。
「愛情があるから親子で関連付けた名前を選んだわけだろ? そんな嫌味なわけないじゃない」
『そうかなあ?』
口を尖らせているアコの顔が目に浮かぶような声色だ。鬼嫁が少女に戻り、ほっとした由基は少し肩の力を抜く。
「それに、ランクというより時代性じゃないかな、それ」
『……わかんない』
「昔は絹織物は高級品だったろうけど、イマドキ絹製品をありがたがってる奴なんてあんまりいないよね。扱いが面倒だし。身近な布製品ていえば綿か麻でしょ。それに温暖化でどんどん夏が暑くなってるから、涼しくすごすためにさらさらした着心地の麻の服を選ぶ人が増えてるんだって、何かで読んだよ」
『人気ってこと?』
「そうそう。麻のリネンは、シャツとかワンピースとか普段使いのコットンと比べてきちんと感があるし、長く愛用する人が多いって」
『そっかあ、イマドキは麻がいちばんかあ』
「そうだよ」
『……でもアコはヨッシーのいちばんじゃないんだよね』
再び地を這うような低い声。由基はぎくりとなる。
『ねえ、ヨッシー』
地の底まで落ちるような数秒間の沈黙の後、アコは思い詰めた様子で言った。
『アコは二番目でもいいんだよ?』
は?
『アコはセカンドでも我慢できる』
はあ?
『由基が正直に認めるんだったら、アコは許してあげるよ?』
ちょっと待て。
『あの人が本命なんでしょ?』
アコの囁きに、由基の全身に鳥肌が立つ。
『応援してあげるよ。その代わり、アコが二番目ね』
「いや、違うから! 俺はことちゃんとどうこうなろうとかまったく考えてないから!」
『ことちゃん?』
アコの声がピンと尖がる。しまった。
『そんな呼び方してるんだ?』
「や、スタッフみんなの呼び方に俺も合わせるわけだし、他にも名前で呼んでる子はいるし、だ、だいたい君のことだって」
『きみ? なんでそんなよそよそしい言い方するの?』
ああもう。ぐだぐだだ。何が正解なのかわからない。脳みそが豆腐にでもなったみたいだ。
誰か助けて。誰へともなく助けを求めることしか由基にはできなかった。
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