step6.アタック(2)

 三咲のマネージャー命令で強制されていた店舗限定商品のオリジナルジュレもめでたく完成し、由基はそれだけでだいぶ肩の荷が軽くなった思いでいた。


 熱帯魚の水槽から着想を得て、涼しげに泡がクラッシュする水色のジュレにこだわっていたのだが、「泡なら炭酸でいいじゃないですか」という、ベテランスタッフからの至極真っ当な意見にクラッシュジュレへのこだわりを捨て、蓋を開けてみればなんのヘンテツもないソーダ味のジュレができあがった。


 ジュレではなくゼリーと呼びたくなるシロモノで、熱帯魚に見立てフルーツを入れ込んであるのがまた、昔ながらのフルーツゼリーという塩梅で、由基はつくづく自分のセンスの悪さを思い知ったのだが、これはこれで良かったと思えたのは、いつも孫のおやつや仏壇に供える菓子を買いに来る年配のお客さんに喜ばれたからだ。

「仏さんだって暑いんだから涼しいお菓子の方がいいよねえ」


 そして更に意外だったのは、「エモい(レトロで良い)」と、当初の狙い通り若い女性層の支持を得られたことだった。

「インスタ映えはもう古いのか」

 さすがの三咲もしみじみつぶやいていた。まったく、何がウケるかわからない時代なのだ。




 由基がクラッシュジュレからソーダのゼリーに方向を転換する決断に至ったのには、アコからの影響も実はあった。


『ジェルネイルに挑戦しました! 夏っぽいでしょ?』

 ジェルネイルなるものがなんなのか由基にはわからないが、ラインで届いた画像の爪の色は透明感があってキレイだと思った。カワイイはよくはわからないが、キレイなものは素直にキレイだと感じる。

 やはり暑い夏には透明感に勝るものはない。その確信が良い方に転んでくれたわけだ。


 つまりは移動水族館からのインスピレーションとジェルネイルからの確信、二度のきっかけをアコから貰ってしまったわけで、だがそれを率直に本人に話すのも怖いなと由基は思っていた。「それならお礼にデートして」とか言い出しそうではないか。

 それでなくとも、仕事のことや自分についての話はあまりしないようにしているのだ。質問されても適当に流す。そりゃあ好きな食べ物くらいは正直に答えてはいるが。


 とにもかくにも、あとは試食販売会をクリアすれば夏のイベントは終了だ。

 というわけで、その日はマネキンさんの面接が三件固まっていた。午前中に来た二十三歳の女性はいい感じだった。事務の仕事をしているが、Wワークで休日にはよくイベントのバイトをしているのだという。観光施設でのビールの試飲販売なら経験があるということだった。

 由基の中では彼女は既に決定だ。二人採用することに決まっているのであと一人、雰囲気のいい女性が来てくれると助かるのだが。


 午後二時からはアマギアサコさんの面接だ。事務所でパソコンに向かいながら待っていると、ノックの音がした。

「店長、面接の方です」

「はい、こちらにどうぞ」

 立ち上がり、面接官の顔になって長机のイスを示した由基だったが。

「よろしくお願いします」

 しれっとお辞儀をしたJKの姿に、久々に倒れそうになってしまった。

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