05-04 リッチの迷宮 ──フルングニルの猛襲──

「ベディヴィア卿、油断はならぬぞ!」


 耳を聾するような騒々しい崩壊の調べに、グワルマフイの怒号が混じる。その警告を受けたベディヴィアは薔薇の香りを嗅ぎながら、優雅に首を振った。


「ルーの魔槍は、怪物の核を穿つ神秘の至宝。我が手に矛の戻りしとき、すでに邪悪は潰えております。それより先ほどから、あちらの可愛いキャットちゃんたちが気になって仕方がありません。赤子の亡霊に、ただならぬ実力者が二人。ふふ、口説きがいがありそうだとは思いませんか?」


 ベディヴィアの視線を感じたジュジュとミスランディアは、同時に顔をしかめた。


「おい。なんか、いまパーヴァルっぽい視線を感じたぞ?」


「これ、失礼がすぎる。しかし慢心はいかんな」


「あん?」


「あやつらが相手にしておるのは、魔神の眷属たる《フルングニル》に相違あるまい」


「死者も殺せるミスランディアさまが恐れる相手かよ?」


「《フルングニル》に命滅の秘儀は通じぬ」


「はいはい、そういう設定にしてェんだよな」


「聞け、あの怪物には核がない」


 核は、怪物の基軸たる魔力の源だ。闇の世界を跋扈する住人は核に生かされ、核の終わりと共に潰える。しかし魔神バロールの儀式によって生まれた《フルングニル》には、核がない。土塊の異形として名高い《ゴーレム》と同じく、その分類は無機物だ。


「なぜ動くのか、なにを敵と認識し、どう生み出されておるのかもわからぬ。あの怪物こそ、魔神の秘儀そのものよ」


「あたしちゃんが粉微塵にすんのは?」


「最初の一打で仕留めれば有効であったろう。しかし “教授”曰く、魔神の眷属 《フルングニル》は原型を失っても動きを止めぬと聞いた。もしも分離が可能だとしたら、もはや破壊の連鎖も通用しまい」


 “古き知恵者”が思慮深く目を細めた刹那、巻き起こる土煙に巨人の陰影が浮かんだ。ミスランディアの言葉通り──砕け散り、四肢のつながりを失っても《フルングニル》の動きは止まらない。


 二の腕から先だけになった岩の拳が宙を舞い、二人の騎士に襲いかかる。


 側面から殴り飛ばされたベディヴィアが、広間の壁にのめりこんだ。薔薇の花弁は散り、美しき女騎士が吐血する。


「ベティヴィア卿!」


 警戒していたグワルマフイは、果敢に応戦した。しかし彼が握る宿滅の聖剣ガラティンは、太陽の下でこそ真価を発揮するため、薄暗い冥府では威力の半分も発揮できない。斬っても叩いても破片の猛攻は止まらず、歴戦の騎士も防戦を強いられる。


 崩落した天井付近まで上昇した岩の顔面は、さらに闇祓いたちの姿も捉えた。その邪悪な眼差を、赤ん坊を抱えたジュジュが臆さず睨み返す。


「どうするよ、ミスランディア?」


「封印が望ましいが、準備が足りぬ。あとは騎士たちに任せ、わしらは先に進もうか?」


「いや、敵に背ェ向けるってのは癪だな……やっぱ、あたしちゃんも手ェ貸してくらァ」


「あの騎士たちが味方という保証はないぞ?」

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