19 精霊の宴

「この声……この歌は!」


 なおも、幼い声の調べは続く。



 生きてる人形、生き人形。

 私は人形、あなたの人形。

 蹴鞠けまりをもたせてくりゃしゃんせ。

 はいよはいよと抱きあげて、良い子、良い子と撫でりゃんせ。


 生きてる人形、生き人形

 あなたは人形、私の人形。

 血肉をいでくりゃしゃんせ。

 目玉をき髪抜いて、ぜーんぶ、ぜーんぶ寄越よこしゃんせ。


 生きてる人形、生き人形。

 貴方は人形、私の人形。



 唇を震わせたユウリスの耳元に突如、冷たい吐息がかかる。


「すてきになったね、ユウリス」


 バッと勢いよく振り返ったユウリスの眼前に、一人の少女が浮かんでいた。


 年の頃は、十にも満たないだろう。


 緩く波を描いた金の髪と、ふっくらとしたあどけない顔立ち。しかし肌に血の気はなく、碧い瞳からは光が失われている。フリルの重なる黒いドレスと、光沢のある靴。片腕に抱かれているのはパッフィ、あるいはフミルと名づけられたクマのぬいぐるみだ。


 厳かな死の空気を纏った紅い唇が、綺麗な弧を描く。


「ひさしぶり。こんなところで会うとは思わなかったけど、元気そう。でも、なんで裸なの?」


「そこには触れないでくれ、ヘイゼル」


 ヘイゼル。

 ヘイゼル・レイン。


 ユウリスにとっては、血のつながらない義理の妹にあたる。

 十年前に起きた事件をきっかけに、彼女は人としての生を捨てた。


 屍人を操り、死を弄ぶ、闇の存在となった公爵家の令嬢――身体的な成長は見られず、あの頃と変わらない姿で、そこにいる。


 無邪気に微笑む少女に、アクトルスが気勢を上げて切っ先を向けた。


 その行動に驚いたユウリスが反射的に刃を振りかざし、虹の聖剣を牽制する。


「やめろ、アクトルス! なんのつもりだ!?」


「お前こそ、なぜ怪物を庇い立てする!?」


「怪物、だと?」


「その娘を知っておるぞ! 死の国の女王ヘイゼル! エルクワーラの墓地で死霊の夜会を開き、コッカーサンド平原に屍人しびとの列を成した怪物の親玉よ!」


「待て! 事情はわからないが、剣を引いてくれ。彼女は知り合いだ。この場では敵じゃない。むしろ俺たちを助けてくれるかもしれない!」


 一触即発の二人を眺めながら、ヘイゼルは人差し頬に添えて首をかしげた。


「ここから出たいの? いいよ。ユウリスは帰してあげる。でも、そっちのおじいさんは嫌。うるさいんだもん」


「余はダグザの盟主たるアクトルスであるぞ!」


「名前を教えてくれるの? じゃぁ、こっちも自己紹介」


 宙を自在に舞うヘイゼルは、聖剣に匹敵する魔力を秘めたクマのぬいぐるみを掲げた。


「この子はパッフィ。でも、たまにフミルにもなるの」


「人形の名前など、どうでもいいわ!」


 顔を真っ赤にして戦意を漲らせるアクトルスだが、やがて諦めたように剣を引いた。


「死の国の女王が、ほんとうに余らを助けるのであろうな?」


「保証する。ヘイゼル、俺たちを元の世界に戻してくれ。彼もいっしょにだ」


「ユウリスがそうしてほしいなら、聞いてあげる」


 ふわりと高く舞い上がったヘイゼルは、片腕を頭上に掲げた。


 幼い人差し指がゆるく円を描くと、赤い空に亀裂がはしる。断層の隙間から飛び出した無数の鎖が、瞬く間にマグナス三世の残骸を縛り上げた。その連なりを構成するのは金属にあらず――幾重いくえにも絡み合った幽鬼の群れだ。


 おぞましさに息を呑んだユウリスが、行き場のない悲嘆を噛みしめる。


「ヘイゼル、これは死者を冒涜ぼうとくしている」


「みんな、ただの働き者だよ。言われた通りに仕事をすれば、ご褒美に魔力をあげるの。生きていた頃と、なにもちがわないでしょう?」


 さらにユウリスたちの背後から、ビシッと軋むような音が響いた。すると後方の空間が割れ、そこに現実世界へつながる出口が現れる。


「生きている人は現世うつしよへどうぞ。死者は常世とこよへご案内」


 冷たい笑みを浮かべるヘイゼルに、アクトルスが切っ先を向ける。


「死の国の女王よ、滅びゆくマグナス三世をどうするつもりだ!?」


 しかしヘイゼルはぷいっと顔を背けてしまい、答えようとしない。悪態を吐いたアクトルスに肘を突かれ、しかたなくユウリスが問いを重ねた。


「ヘイゼル、マグナス三世を捕らえてどうする?」


「影の国と戦うの」


「……異界の話か?」


「うん、影の国は強い魂が集まる場所。死の国と同じ、常世の領域」


「異界同士が争っていると?」


「影の国を治める女王スカーアハは、死の国を認めてくれないの。いつもいじめてくるから、あの女は大嫌い。だから、しかえしをしなきゃ。このマグナスっておじいちゃんは、とても大きな力を持っているでしょう。前からほしかったんだ。誰かが弱らせてくれるのを、ずっと待ってた。まさかユウリスが、その手助けをしてくれるとは思わなかったけど」


「これからマグナス三世はどうなる?」


「鎖でつないで、まずはしつけから。言うことを聞いたら、いい子いい子と撫でてあげる」


 楽しそうに肩を揺らしたヘイゼルを前に、鎖で縛られたマグナス三世の残骸が身をよじる。しかし抵抗も虚しく、束縛はわずかにも揺るがなかった。幽鬼によって作られた鎖に抗う術はない。


 死者の国の女王は、悪逆の大王を冷徹れいてつに見据えた。


「イケナイことはしないでね。困らせる子は嫌いなの。もし、そうなった……腕をもいで、足を切って、最後は首をちょんぎるぞ」


 年端もいかない少女に囚われた仇敵を見ていられず、アクトルスは封印の壺に足を向けた。それを気に留める様子もなく、ヘイゼルの関心は依然としてユウリスから離れない。


 鈴の鳴るような愛嬌あいきょうに満ちた声で、彼女は死をもてあそぶ。


「ねぇ、ユウリスもいっしょに遊ぶ?」


「いや、この遊びに興味はない」


「そう、残念」


 しょんぼりする幼い顔は、なにも十年前と変わっていないように思える。あるいは以前より、表情は豊かになったかもしれない。義妹いもうとを救えなかった後悔と、いまも見過ごすしかないもどかしさがユウリスの胸を締めつける。


 彼は瞳を揺らしながら、ヘイゼルを見つめ続けた。


「あれから家に戻っていないのか?」


「うん、ユウリスといっしょ。もう、あそこは帰る場所じゃない」


「なにか力になれることは?」


「また、いっしょに遊びたいな。あのころは恥ずかしくて、ちゃんと言えなかったから」


「ヘイゼル……」


「心配しないで。いま、とても満ち足りているの。これは自分が望んだ世界。なにも後悔はないよ」


 そこに壺を抱えたアクトルスが戻った。


胸糞むなくそ悪い。余は、先に戻るぞ!」


 目的を達した王は、現実世界へ続く扉に身を投じた。


 赤い空間の地鳴りは増し、いよいよ異界の崩壊が臨界を迎える。


「ユウリスが死んだら、魂をもらいにいこうと思っていたの。でも、もうダメみたい。それは少しだけ悲しいかも」


「どうして駄目なんだ?」


「女神に影を捧げたでしょう? それは死すら差し出すことだもの。古い約束の終わりまで、もう逃げられない。だから大陸の滅びるときまで、長生きしてね。ダヌとバロールが死ねば、制約も消える。ずっと待っているから」


「また会えるか?」


「ユウリスが会いたいと思ってくれたらね」


 ヘイゼルが「ばいばい」と手を振った。


 マグナス三世の死霊と共に、死の国の女王が天に昇る。その幼くもおぞましい気配が消えるのを見届けると、ユウリスも異界の裂け目に飛び込んだ。


星刻せいこくの導きか……俺には残酷としか思えない」


 脳が揺れるような浮遊感に包まれたのは一瞬――視界が開けると、そこはキャストゥス墳墓の側面だった。焚火が舌を伸ばす頭上には、いまだ星の瞬きがある。薄く姿を見せた二つの月も、変わらず世界を照らしていた。


「アクトルスは……?」


「隣におる。どうやら誰も、火の始末をしなかったらしい」


 かたわらに視線を下ろすと、封印の壺を抱えたアクトルスの姿がある。すぐに気がつけなかったのは、彼が胡坐あぐらをかいていたせいだ。粛々しゅくしゅくと盛る火に照らされた王の横顔は、これまでよりも妙に老けて見える。


 ユウリスが口を開く前に、ダグザの君主は続けた。


「死とは、あのように恐ろしいものか。孤独で、冷たく、安寧もない。妄執と邪悪は絶えぬばかりか、死の国の女王に囚われ手駒てごまにされるやもしれぬ。ジョイボーイを棺に入れるよう言い遺した大王の気持ち、わからんでもないな。せめて死後は笑って過ごしたかろう。精霊の不自由など、知ったことか」


「壺の封印を解くかどうか、それを迷っているのか?」


 問いかけたユウリスは、辺りに視線をまわした。預けた着替えを取りたいが、クィールの姿は見当たらない。火の粉が股間に当たる気がして、彼は焚火から距離を取った。


 それを帰還の意思と捉えたアクトルスが、待ったをかける。


「ジョイボーイを見ていかんのか?」


「それより、この惨状をどうするか考えたほうがいい。生き残ったのは俺たちだけだ。死体がなくとも、数日もすれば行方不明の遺族が騒ぎだすぞ」


「好きに挑み、夢を求めて散ったのだ。奴らも満足であったろう。ここで起きたことは知らぬふりをすればよい。そこまで面倒は見きれん」


「まぁ、俺は構わないが……で、けっきょく壺はどうする?」


「無論、決まっておるわ!」


 威勢よく立ち上がったアクトルスは、壺を足元に叩きつけた。封印の魔術が施されていても、素材自体は焼いた土でしかない。大きな音を立てて割れた容器の破片が飛び散り、その中から黒い肌の中年男性が現れた。


 目を見開いたユウリスが、かすれた吐息をこぼす。


「これが、宴の精霊……」


 狭い空間に閉じ込められていたせいか、精霊は膝を抱えた窮屈きゅうくつな姿勢で固まっていた。やせ細り、目はくぼみ、肌は乾いている。伝承の通りに赤い腰布を纏っているが、バチと太鼓は見当たらない。


 そして、ぴくりとも動かなかった。


 顔色を失ったアクトルスの唇が「おお」と戦慄わななく。


「ユウリスよ! ジョイボーイは、もしや!」


「ああ、魔力が枯渇こかつしている。封印されている期間が長すぎたようだ。精霊にも、終わりは訪れる」


 ジョイボーイは、すでに死んでいた。


 両腕を大きく広げたアクトルスの慟哭どうこくに夜闇に響き渡る。


 胸元に手を添えたユウリスは、ただ精霊の冥福に祈りを捧げた。


「しかたがない。精霊をほうむる作法は知らないが、ダグザの図書館を漁れば一つくらいは見つかるだろう。俺も付き合うから、いっしょに――」


いな!」


「なに?」


「否! 否! 否! 否である!」


 力強く拒絶したアクトルスは、ジョイボーイの遺体を焚火に投げ入れた。死を受け入れた原始の紅蓮が、轟々ごうごうと空に伸び上がる。


 黒い肌の精霊は、そう長い時間をかけることなく灼熱しゃくねつついえた。肉の焦げる臭いもなく、ただ青々とした自然の息吹が鼻腔びこうをくすぐる。


 呆然とするユウリスの肩を叩くいた王は、おもむろに腰蓑こしみのを脱ぎ捨てた。


「これで良いのだ」


 全裸となった王が、雄々しく声を響かせる。


「ウゥゥゥゥゥゥ、ハァッ!」


 自らの腹を勇ましく叩くと、アクトルスは踊りはじめた。


 肘を突きあげ、膝を浮かし、踏み鳴らすは大地讃頌だいちさんしょうの音頭。たった独りであろうと熱気は激しく、あらんかぎりの気力と汗をしぼりだし――ジョイボーイのために、ただ歌う。



 ウゥゥゥゥゥゥ、ハァッ!


 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハッハァ、ハハハ、ハァッ!


 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!


 ハッハハハァ! ハッハハハハァ! ハハハハハハッハハハァッ!


 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!


 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハッハァ、ハハハ、ハァッ!


 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ!


 ジョジョジョジョジョジョジョジョジョイジョイ!


 ウゥゥゥゥゥゥ、ハァッ!



 王の気持ちは、ユウリスの理解が及ぶ範疇はんちゅうになかった。言葉にならないやるせなさだけが、心の隙間を抜けていく。この行為が誰をなぐさめるのだとしても、無常とはかなさを超えるほどの意味は見出せそうにない。


「ジョイボーイの冒険……これで、誰かむくわれたのか?」


 しかし、この場においては≪ゲイザー≫こそが異端者だった。そもそも彼は、純粋なジョイボーイの信奉者しんぽうしゃですらない。


 精霊の加護は、無垢な渇望にこそ宿る。


 なおも野太い歌声を伸ばすアクトルスに呼応し、キャストゥス墳墓が青い光を放った。同時に、周囲の空気が冷たさを帯びる。これは幽鬼が現れる兆候だ。


 異変に気がついたユウリスの視線が、油断なく周囲を巡る。


「幽鬼の気配!? アクトルス、なにかがおかしい! 歌をやめろ!」


 闇祓いの警告も虚しく、キャストゥス墳墓から死霊の群れが溢れだした。ジョイボーイの冒険に敗れた者たちの亡念が、≪ゴースト≫と呼ばれる青白い幽鬼となって顕現けんげんする。


「アクトルス、聞こえないのか!?」


 焚火の周りに闇の気配が漂いはじめても、アクトルスは孤独のうたげを止めようとはしなかった。


 とっさに剣を構えたユウリスが、破邪の胎動にみなぎらせる。


「闇祓いの作法に従――い?」


 唐突に、ユウリスは力の発現を抑えた。


 声が、聞こえる。


 道半ばにして散った霊体の、くぐもった叫び。それは生者のように明朗ではないが、なにかを訴えかけるような意思を宿していた。


 一つでは聞き取れない言葉も、無数に集まれば形になる。


 これは歌だ。


 一心不乱に舞い踊るアクトルスと同じように、≪ゴースト≫たちも揺れ動く。


 精霊が死んだ夜、≪ゲイザー≫は死者の宴を見た。



 ウゥゥゥゥゥゥ、ハァッ!


 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハッハァ、ハハハ、ハァッ!


 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!


 ハッハハハァ! ハッハハハハァ! ハハハハハハッハハハァッ!


 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!


 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハッハァ、ハハハ、ハァッ!


 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ!


 ジョジョジョジョジョジョジョジョジョイジョイ!


 ウゥゥゥゥゥゥ、ハァッ!



 人間の王と死霊たちが、楽しそうに草を踏む。


 音階は気ままに、心のあるがまま。


 声を枯らし、円を描き、火を囲み、祝祭にきょうじる。


 その只中に置かれたユウリスは「でたらめだ」と肩をすくめた。


「ろくでもない目にあった。言っておくが、こんなのは二度と御免だぞ」


 その悪態を聞き届ける者はいない。


 やがて彼も、足元に剣を投げ捨てた。肘を揺らし、膝を上げ、大きく息を吸い込む。郷に入らば郷に従え――慣れない音頭おんどをとりながら一度でも歌ってしまえば、羞恥心など夜風に潰えてしまう。


 これは全裸の男二人と、夢を叶えた死者たちの饗宴きょうえんだ。



 ウゥゥゥゥゥゥ、ハァッ!


 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハッハァ、ハハハ、ハァッ!


 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!


 ハッハハハァ! ハッハハハハァ! ハハハハハハッハハハァッ!


 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ! ジョジョジョジョイジョイ!

 ジョイジョイ!


 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハァ! ハァッ!

 ハッハハハッハァ、ハハハ、ハァッ!


 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ!

 ジョイジョイ!


 ジョジョジョジョジョジョジョジョジョイジョイ!


 ウゥゥゥゥゥゥ、ハァッ!



 星の瞬く空に上がる焚火の煙に、ぼんやりと人影が浮かんだ。


 脇に抱えた太鼓に、力強くバチを振るう姿は誰の目に触れることもなく――軽快と苛烈を孕んだ音が響き、晴れやかな吟声ぎんせいが重なり、四肢がしなやかに舞い踊る。


 それはジョイボーイの復活か、あるいは薬物が生んだ幻想か、真実を知る者はいない。


 翌朝、レノン修道院から王都ルアド・ロエサに通報が入った。


 近隣のキャストゥス墳墓で、幽鬼たちが宴を開いているという。


 駆けつけた騎士団が目にしたのは、世にも奇妙な光景だった。


 そこには燃え尽きた焚火のあとと、気持ちよさそうに眠る全裸の男が二人。


 片方のくたびれた初老の男は「余こそダグザの王アクトルスである!」と豪気に名乗り、かたわらの青年は「信じてもらえないだろうが、俺はディアン・ケヒトの闇祓いだ」と気落ちした様子で語った。


 無論、大麻の残り香が漂う現場に居合わせた不埒者ふらちもの戯言ざれごとに耳を傾ける兵士はいない。


 騎士団に捕まった全裸の男たちは、諸々もろもろの罪でろうにぶちこまれた。この二人が獄中ごくちゅうで口ずさんだ歌が兵舎で流行るようになり、やがてジョイボーイを奉じる祝祭の誕生につながるのだが――それは、また別のお話である。

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