06 エーディンの姫
レイン公爵邸は、旧市街地に囲まれた小高い丘に佇んでいる。青い
正午の鐘が鳴るまでに天候は何度か荒れ、少し前に落ち着きを取り戻したばかりだ。
「こんなことならガラード卿の馬に送ってもらえばよかった」
「なにがガラード卿だ。師匠をひとり残して自分だけ逃れるなど許されないぞ」
「ウルカは旅を続けてきたんだから、雪にも慣れているんじゃないの?」
「雪原用の装備がなければ、歩き方になど意味はない。だいたい公爵の屋敷に続く道が、ろくに整備もされていないのはなぜだ。丘をぐるぐるぐるぐる、いい加減に嫌気が差す」
屋敷に続く道は、丸みのある丘を一周するように緩い円を描いている。師弟の罵りあいは門前まで続いたが、玄関先に佇む二つの姿を認めて自然と止んだ。
片方は円卓の騎士ガラード。
ユウリスに気付いた彼が優雅に手を振ると、もうひとりも二人に顔を向けた。
金髪と碧い瞳、綺麗に整えられた
「ユウリス、ウルカ殿、クラウも、ご苦労。何かやらかしたようだな。領邦軍の西砦から、天を
ガラードは≪ジャイアント・ゴーレム≫が起こした騒動を報告していなかった。彼が公爵に隠れて軽く肩を竦めるのを見すると、ユウリスは苦笑するしかない。
嘆息したウルカは、薄汚れた
「≪リッチ≫の工房は実在した。面白いものを見つけたが、円卓の騎士様が退治した怪物の
「承知した。報告はアーデン将軍も交えて聞くとしよう。だが全員、まずは湯で身体を温めて来なさい。夜通しで疲れているだろうが、その後は二人に話がある。一時間後、この場所に集合だ」
セオドアは一方的に告げると、ガラードを伴い屋敷の奥に姿を消した。二人の会話が途切れ途切れに届き、ヘイゼル、ブリギットの剣、そんな単語が聞こえる。レイン家の末妹が継承した伝説の剣を、円卓の騎士が確認するようだ――その行方には、ユウリスも興味がある。
「ヌアザに女神の至宝を要求されたら、父上は渡すのかな?」
「ケット・シーから聞いたという話を信じるなら、ブリギットの剣は最初からレイン家が管理していたはずだ。なんにせよ、目にしただけで殺意を呼び起こすような代物なんてありがたくもない。現状、まともに扱えるのはヘイゼルのみだ。あの子の手から離すのは現実的じゃない」
「なら円卓の騎士は、わざわざ見物に来ただけ?」
「私の知ったことか。それよりも徹夜仕事を終えた直後に、今度はどんな面倒事を押し付けられるのか気が気じゃない。言っておくが、お前も逃がさないからな。あとで
レイン家には来客用の大浴場と、家族が使う小さな浴室がある。侍女の気遣いで、両方とも湯は沸いていた。
広いほうを選んだユウリスは、風呂嫌いの白狼を無理やり引き込んだ。
暖炉や
「お風呂、気持ちいいのに。でも夏の水風呂は、はしゃぎすぎてジェシカに叱られたよね」
相棒の少年が湯船につかるあいだ、白狼は傍に控えている。風邪を引くから先に上がるよう促しても、聞き分けない。
ふたりで浴場からあがり、それぞれ布で身体を拭う。クラウが誰の手も煩わせずに前脚で器用に身支度を整える様は、もはや人間と変わらない。
そこでユウリスは、戸に近い床に小瓶が置かれているのに気付いた。中には赤い液体が半分だけ残されている。
「活血の霊薬か。ウルカもお風呂、早いんだよな」
灰色の
「うえ、まずい」
霊薬を飲んで浴場を出だ少年の鼓膜を、激しい怒鳴りあいが揺らす。
玄関にまわり込んだユウリスの目に飛び込んできたのは、母と子供ふたりの壮絶な応酬だ。使用人たちも息を呑んでいる。
ひときわ大きな金切り声を上げているのは、波打つ金髪が特徴的なグレース・レイン公爵夫人だ。
「何度、言えば、わかるの! 南区の
母の
二人は支度を整えて外出する間際に
先に唾を飛ばしたのは、次女のドロシーだ。
「あれもダメ、これもダメ、それもダメダメダメダメッ、ぜ・ん・ぶ・ダ・メッ! イライザもアルフレドも、ユウリスだって好き勝手にしているのに、あたしとエドガーはぜんぶダメ。お母様ってば、ほかに言葉を知らないのね。ほんとに大学出てる?」
「まあ、なんて口の利き方! イライザもアルフレドも、やるべきことはやっています。ユウリスは――」
そこでグレースは、廊下の端で佇むユウリスに気付いた。
義理の母と息子は、とにかく仲が悪い。
普段なら口汚く罵られるところだが、なぜかグレースは口を
「母さん、なにも勉強をしないってわけじゃないんだ。僕は絵を習いたくて、ドロシーは演劇の勉強がしたいだけさ。学校にも通うし、進路は親と話し合うものだってわかっているよ。ただなんでも首を横に振られたら、僕らも息が詰まってしまう。少しだけ許してくれないかな」
こめかみをひくつかせたグレースは、子供たちと同じように鼻の穴を大きく膨らませた。
そこに二階から、もうひとりの子供が大股で下りて来る。レイン家の嫡男アルフレドだ。
「退けよ、双子。邪魔だ」
冷たく言い放ったアルフレドが、階段を占拠するドロシーとエドガーを乱暴に押しのけた。父に似た癖のない金髪の奥で、
そのまま玄関に向かおうとしたアルフレドの道を塞いだのは、やはり母のグレースだ。
「アルフレド、どこに行くの? 午後は家庭教師の時間よ」
「友達と会うんだ。勉強は今度でいい」
「貴方まで、ああ、もうなんてことでしょう。許しませんよ、アルフレド。部屋に戻りなさい、さあ、さあ――!」
「うるさいんだよ!」
伸びてきた母の腕を、アルフレドは力に任せに振り払った。
エドガーとドロシー、侍女、ユウリス、そしてグレース、その場に会した誰もが言葉を失う。それはレイン家で最も強い絆で結ばれた母子が、はじめてすれ違いを見せた瞬間だった。
あまりの衝撃に、双子が階段を下りて母を気遣う。
アルフレドは屋敷から出る直前、振り返りざまにユウリスを見据えた。
「お前さえ、いなければ」
呟きは誰の耳にも届かず、閉ざされた扉の音に掻き消された。
ドロシーとエドガーに付き添われ、茫然自失としたグレースが談話室に消えていく。止まっていた時が動き出したかのように忙しなく仕事へ戻ろうとする侍女のひとりを、ユウリスは呼び止めた。
「ジェシカ」
ブリギットでは珍しい、銀髪の女性だ。大陸北部の出身らしいが、詳しい身の上は聞かされていない。レイン家のなかでも、忌み子に分け隔てなく接してくれる使用人は彼女だけだ。
「さっきのなに、アルフレドはどうしたの?」
「ああ、ユウリス様。最近、アルフレド様は様子がおかしいようで。夜中に抜け出したり、お勉強をサボったり、とにかく、その、素行不良というか……でも奥様にあんな態度を取るのは、はじめて見ました」
「アルフレドが不良に?」
まさか、と頬を引きつらせるユウリスは、外から聞こえた怒鳴り声に目を丸くした。ジェシカと白狼に頷きかけ、急いで扉を開く――セオドアが、アルフレドの頬を叩いていた。
親子喧嘩は短く、アルフレドが雪を散らして屋敷の外に走り去る。
「アルフレド、どうしたんだ?」
「反抗期だろう」
ユウリスの背中から、ウルカが首を伸ばした。黒い外套は厚手の防寒着で、下に覗くのは同じ色の肌着だ。剣は腰のベルトに吊り下げているが、霊薬や鞄は外されている。
二階からは、ガラードも下りてきた。
「ユウリス君、ヘイゼルは素敵なお嬢さんだね。聖女の後継として、相応しいと思うよ。ブリギットの剣は一筋縄ではいかないだろうが、守ってあげなさい」
「必ず守ります。大切な家族だから」
やがてレイン公爵が手配した馬車が到着した。そして向かい合う座席の片側にセオドアとガラード、対面にウルカとユウリスを乗せて丘を下りはじめる。
白狼は同乗せず、雪道を併走していた。
途中、レイン家に繋がる道を歩く中年の男性警官とすれ違う。頼りなく
「ファルマン警部だ。父上に用があるんじゃないかな?」
口髭を撫でて思案した公爵は、すぐに首を横に振った。
馬車は速度を緩めず、雪道を進む。
白狼様、と呼びかけるファルマン警部の声が聞こえるが、クラウも併走を止めない。
セオドアは可笑しそうに鼻を鳴らした。
「彼の目的はイライザだろう。たまに二人で会っているらしい」
「え、父上、イライザとファルマン警部って嘘でしょう?」
「ユウリス、ガラード卿の前だぞ」
「いえ、私へのお気遣いは無用に願います。ユウリス君とは、共に女神ダヌの
冗談か本気かの区別がつかず、セオドアが視線でウルカに助けを求める。しかし闇祓いの
なし崩し的に、セオドアは娘の火遊びに言及した。
「梅雨の舞踏会で、イライザがファルマン警部と踊ったらしい。それから外で何度か、二人きりで会っているのを見かけた。だが私は声を掛けていない。イライザも大人だ、分別はつくだろう」
「いや、でも、年齢が……その、離れすぎじゃない、かな?」
「自分の子であろうと、他人の恋愛事情に踏み込めばろくな結果にならない。それを私は、お前から学んだ。それともブレイク商会のご令嬢にひっぱたかれて、顔に引っかき傷までつくった息子の話もガラード卿に聞かせるか?」
「それは父上のせいだ!」
たまらずにガラードが肩を震わせて笑い、銀の甲冑が不協和音を奏でる。
「いや、貴族というのは親子でも他人行儀な関係と思いこんでいましたが、良い意味で驚かされました。ユウリス君は事情も複雑でしょうが、伸び伸びと育たたれている」
「ガラード卿、息子の話は――」
「父上、隠す必要はない。誰に何を言われても、俺は向き合うよ」
忌み子の話題を避けようとする父に、ユウリスは首を横に振る。成長した子の姿に頼もしさと寂しさを覚えながら、セオドアは小さく頷いた。そして居住まいを正し、ガラードに目配せをする。
円卓の騎士が、お任せします、と応じると、公爵は二人の名を呼んだ。
「ユウリス、ウルカ殿、これから明かすのは国家の大事。どうか、他言無用に願いたい。闇祓いの≪ゲイザー≫である二人の耳に入れておきたい話がある」
二人の闇祓い。
ユウリスもひとりの≪ゲイザー≫だと尊重して、セオドアは厳しい眼差しで切りだした。師弟が頷くのを確認して、公爵の低い声が車内に緊張を広める。
「年の瀬、戦争間近と噂されていた聖王国ダグザと新聖帝国エーディンのあいだで和解が成立した。条件はふたつ。ひとつは
まずはウルカが眉間に
大国の緊張は、ダグザの外交官がエーディンで殺害された事件に端を発している。いまさら間違いを認めれば、ダグザの面子は丸潰れだ。
二つ目の条件は、ガラードが語り継ぐ。
「もうひとつは、ダグザ側から提示されました。エーディンの姫を自国に嫁がせるようにと。二つの条件が揃い次第、和解が成り立ちます。両国とも、相手の要求を呑みました。ダグザ側の声明文はすでに、中立国であるヌアザに届けられています。問題は、花嫁として選ばれたエーディンの第二王女グィネヴァ様です。姫を乗せた馬車が、ブリギット市近郊で行方をくらませました」
待って、とユウリスが両手を上げた。
睨みあう国同士の婚姻となれば、たしかに一大事だ。口振りから秘密裏に交わされた和解だとは理解できるが、輿入れまで隠すのは不自然に思える。戦争突入の可否に直結する婚姻となれば、相当数の護衛もついてしかるべきだろう。
少年が並べた質問に、ガラードの表情が曇る。
「和解の合意後、グィネヴァ様は暗殺の危機に晒されました。それがエーディン内での対立に起因するのか、ダグザの
途端にユウリスは胸騒ぎを覚えた。
ブリギットでも秋の収穫祭において、暗殺未遂事件が起きたのは記憶に新しい。南部に拠点を置く職業的暗殺集団ハサンの一味による騒動だ。繋がりはいくらでも想像できるが、確信には至らない。
息子の
「例えば、暗殺者として名高いハサンの一味は各国で暗躍を続けている。だが問題は実行犯よりも黒幕だ。婚姻を公にできない以上、真相の究明には限界がある――と、失礼、ガラード卿」
「いえ、たしかに調査はヌアザが担当しますが、ご指摘の通り成果は期待できません。調停局が主導で動いていますが、今回のような案件に対する法整備が間に合っていないのが原因です」
法整備と聞いて、ユウリスはうんざりしたように顔をしかめた。人の命が危険に晒されている状況を、どんな法律が邪魔するというのだろう。そんな少年の不満に、ガラードは苦笑した。
「他国に干渉しすぎると、後々べつの火種になりかねない。いまヌアザでは、ラウンド・オブ・セブンと呼ばれる七王国の紛争を専門に扱う組織が発足しようとしている。今回の調査を担当している調停局の管轄だ。上手くやれると信じたいが、時間ばかりが過ぎている。さて、話しを戻しましょう。グィネヴァ王女はヌアザで保護した後、ダグザに送り届ける予定でした」
ガラードは鎧に隠れた胸元から、簡素な首飾りを取り出した。
麻紐の先に、丸く平たい石を嵌めた飾りがぶら下がっている。無機質な鉱物は真っ黒で、光沢の欠片もない。
「私はエーディンの伯爵家に産まれて、グィネヴァ様とは
いまは見る影もなく暗い石を握り締め、ガラードは苦悶に
王女は年明け早々にエーディンを出発し、隣国オェングスを経由して十五日前にブリギットの国境を越えたと報告を受けていた。最後の姿が確認されたのは、東の農村ダウンダルクだ。西のヌアザを目指す場合、次はブリギット市を抜ける以外に道はない。
しかしセオドアは渋面で呻き、指先でこめかみを叩いた。
「王女殿下が行方知れずになった日は、ちょうどブリギット市を通過する予定が組まれていた。しかし該当の馬車が税関を通過した記録は存在しない。考えられる可能性は三つ。ダウンダルク村とブリギット市の間で立ち往生しているか、なんらかの理由でブリギット市を避けて街道を外れたか――あるいは、敵に手に落ちたかだ」
努めて平静を装うガラードの
それまで沈黙を貫いていたウルカが、それで、と頬杖をついて公爵を見据えた。
「私とユウリスに何をさせるつもりだ。話しを聞く限り、怪物絡みの可能性は薄い。そもそも、いつまでも和睦を秘匿しているのが不可解だ。大々的に公表したほうが、護衛も増やせる。暗殺の危険と天秤にかけたとしても、こんな事態に陥ってまで隠し続ける理由は?」
「ウルカ殿とユウリスに、特別な要望はない。だが怪物退治の傍らで、王女に関連がありそうな手掛かりが見つかれば話しは別だ。報告を頼みたい」
「気配りはしよう」
「俺も気にかけておく」
「次にエーディンとダグザの密約を公にしない理由だが、それこそ
エーディンを統治するのは、かつてダグザを治めていた旧王家の一族だ。
事の発端は、二十六年前に
ダグザで圧政を
セオドアは続いて、ダグザの事情にも言及した。
「ダグザの政界も複雑だ。
ダグザの玉座は簒奪者であるウェディグ家に落ちた。現王のアクトルス一世は先妻を病で亡くして久しい。
そこでユウリスは、あれ、と首を傾げた。
「ダグザのアクトルス王って、六王戦役でダグザの王位に就いたんだよね。じゃあ、年齢って父上と同じくらいか、下手したらもっと上じゃないの?」
それに対して、グィネヴァ姫は年若いガラードの乳兄妹だ。奇しくもイライザとファルマン警部に似て、年齢差が気に掛かる。
ここで咳払いをしたのはセオドアだ。
「貴族の婚姻で、年が離れるのは珍しくはない。ただ世継ぎ問題は私も気掛かりだ。ガラード卿、アクトルス王のひとり娘はヌアザの預かりになっているとか?」
「ええ、ですがここだけの話し、娘のメドラウトがダグザに戻るかどうかは微妙です。身罷られた前王妃の子である彼女は史上最年少で円卓の騎士に選ばれ、女神に身を捧げました。そうでなくともエーディンが婚姻に応じたのは、キャストゥス家の血をウェディグ家に混ぜる目的なのは明白です。逆も然り。いつまでも簒奪者と呼ばれたくないウェディグ家は、伝統あるキャストゥス家の血を受け入れて価値を上げたいのでしょう」
なんだか生々しくて嫌だな、とユウリスが顔をしかめたところで、馬車がセント・アメリア広場に到着した。
外は思いのほか吹雪いており、踏み出すと新しいブーツはくるぶしまで沈んでしまう。防水加工のおかげで濡れはしないが、屋根が恋しい。
女神を頂く噴水の正面に佇む市庁舎に急ぎながら、ユウリスは視線をまわした。
「クラウ?」
馬車に追随していたはずの白狼が見当たらない。いや、居た。屋根から屋根に身を躍らせ、豪雪を遊ぶように飛び跳ねている。
その光景に、ウルカも思わず目を丸くした。
「あいつがはしゃぐのをはじめて見た」
「北の魔獣だし、やっぱり雪が嬉しいのかな。しばらく好きにさせてあげよう。でも話しはさっきので終わりだよね。俺たち、なんで市庁舎まで呼ばれたんだろう?」
セオドアは意図を明かさないまま、ユウリスとウルカを市長舎のなかに促した。ガラードは途中で別室に案内され、闇祓いの師弟だけが市長の部屋に通される。
扉を開く直前、公爵は声を抑えて肩越しに振り向いた。
「≪リッチ≫の工房の件、ひとまず話題にしないよう配慮してほしい。では、行こう。すでに役者は揃えている」
重い戸が押され、ユウリスとウルカは久方ぶりの市長室に足を踏み入れた。それこそ、≪リッチ≫との攻防以来だ。聖女アメリアの巨大な絵画と美麗な装飾品が印象的な内装の部屋で、二人の男が待ち構えていた。
「ようこそ、闇祓いのウルカ。そしてユウリス君、久しぶりだね」
先に声を伸ばしたのは、ちょび
髪の薄い頭に布をあてがい、冬でも汗をかいている。赤い蝶ネクタイと正装に包まれた身体は丸みを帯びて、また少し太ったようだ――エイジス・キャロット市長は大きく手を広げて、二人を歓迎した。
続いて、隣り合う男が気さくに手を振る。
「やあ、ユウリス。ウルカさんも、その説はお世話になりました」
実年齢は三十も半ばのはずだが、外見はひとまわり若い。きっちりと着込んだ正装と赤い外套は元老院議員の証だ。長い赤毛を無造作に流し、キーリィ・ガブリフ議員が甘い仕草で片目を瞑る。
市長と議員の中央に進み立ち、セオドア・レイン公爵は不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、同志は集結した。我々でブリギットの闇を払うとしよう」
我々、と聞いてユウリスは耳を疑った――公爵と市長は古くからの盟友だが、キーリィ・ガブリフとは対立関係にあるはずだ。市長選挙の最中に表面化した三者の問題は根深く、簡単に妥協できるとは思えない。
少年の驚きから疑問を察し、キャロット市長が人懐っこい表情で指を振る。
「地下の問題は、もちろん意見が割れている。だけどね、ユウリス君。キーリィ君も、我々と同じくブリギットを愛する気持ちは変わらない。彼は身を挺して、暗殺者から私の命を救ってくれた。敵でないのなら、利害の一致する限りは手を取り合える」
興奮気味に拳を握る市長に、キーリィが意地悪く茶々を入れた。
「ですが噂によれば、例の暗殺者は市長が仕組んだ自作自演だとか。人気者のキーリィ・ガブリフを亡き者とするために、庇ってもらえるのを見越して自分を狙わせたと聞きましたよ?」
それは違うとあたふたする市長の横で、セオドアが頬を引きつらせる。
「ならば、≪リッチ≫に殺されかけたのも私自身の計画かな。あのときも君が身代わりになってくれた」
「そう言われると、今度は僕が疑わしいですね。結果として、お二人の信頼を得ました。命がけで」
キーリィがおどけると、残りの二人が肩を揺らす。
困り顔のまま、ユウリスは状況の説明を求めた。
「父上、つまりどういうこと?」
「我々は、ブリギットで発生する一連の凶事について犯人を定めた。それに対して結束し、対処する。ユウリス、ウルカ殿にも情報を共有しておきたい」
「犯人って、つまり≪リッチ≫やミアハの人形、オリバー大森林の異変を企んだ黒幕の正体を掴めたってこと⁉」
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